2010年08月30日

Coffee BreakF アダム


 人は神にとって、特別な対象だったのです。
 神は、ほかの生き物は、言葉だけで造っておられます。

 「水には生き物が群がれ。鳥が地の上、天の大空を飛べ」というように。

 しかし、人間は手ずから造っておられるのです。
 土地のちりから形を造り、鼻にいのちの息を吹き込み・・・
 この表現では、神がちりを集めて形をつけているところ、鼻に息を吹き込んでいるところが、あたかも人間が作業をしているように目に浮かんできます。


神である主は東の方エデンの園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。(創世記2章8節)
神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。(2章9節)
神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。(2章15節)


 神は人に対して、仕事を与えておられます。園を耕し、守りなさいと。
エデンの園では、人は、そこに住む主人として置かれたのです。すべての管理を任された大変大きな権限を持つ管理人だと、いえるでしょう。

 ただ、不思議なのは、こうして、愛を持って特別に造られた人を、最初一人しか造らなかったことです。
神は、人を造る前に、また造った後にも、たくさんの鳥や獣、地をはうものを造っているのですが、たぶん、わざわざ書くまでもなく、すべて雌雄であったと推測できます。なぜなら、神は、何度も、「生めよ。ふえよ。地を満たせ」と祝福されているからです。つまり、神にとっては最初から、生き物を雌雄一対のものとして造ることは、ごく簡単だったでしょう。

 けれど、人の場合は、最初ひとりだったのです。

 ところが、
「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼のふさわしい助け手を造ろう。」と、エバを造られるのです。

 有名な箇所です。

 また、神は、アダムを深い眠りに陥らせ、アダムのあばら骨を取ってエバを造った。

そして──。

人は言った。
「これこそ、今や私からの骨、
私の肉からの肉。
これを女と名づけよう。
これは男から取られたのだから。」(2章23節)
それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、二人は一体となるのである。
(24節)


アダムは大喜びでした。しかし、それが、ワナになったのです。

何か、じりじりと胸が灼けるような箇所、それがこのあとの3章です。



posted by さとうまさこ at 05:46| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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