2010年09月28日

Coffee Break36 なぜ?(創世記12章)



 アブラム(アブラハム)は遊牧民でした。アブラムと妻サライ、甥のロトは、着の身着のままの乞食のような旅ではなくて、羊を飼いながらの移動でした。
 アブラムが最初祭壇を築いたシェケムの場、モレの樫の木のところまできたとき、当時、その地にカナン人がいた。と聖書は記しています。
 遊牧民は農耕者と違って同じ土地への定着性は薄いかもしれませんが、テリトリーはありますから、アブラムはそこに長居するわけにはいかなかったでしょう。そこから、ベテルの東にある山の方に移動して、天幕を張った。のですが、また、すぐ、ネゲブの方へと旅を続けなければならなかったのです。
 
 ただ、アブラムには確信があったはずです。もともと、神に召し出されて、そのご命令に従って、故郷を出てきたのです。その上、主は二度も彼の前に現れてくださったのです。


 じっさい、アブラムは祝福されていました。

 ネゲブのほうへ旅を続けているとき、飢饉があったので彼は、飢饉を避けてエジプトに行って、滞在することに決めました。
 その時、
彼は妻のサライに言いました。
「聞いておくれ。あなたが見目麗しい女だということをわたしは知っている。(創世記12章11節)
 エジプト人は、あなたを見るようになると、この女は彼の妻だと言って、私を殺すが、あなたは生かしておくだろう。(12節)
 どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くしてくれ、あなたのおかげで私は生延びるだろう。」(13節)



 アブラムの危惧したとおり、エジプト人はサライがとても美しいのに目を止めて、パロ(エジプトの王)に推奨し、パロはサライを宮廷に召し入れたのです。
 パロは喜び、アブラムに羊の群れ、牛の群れ、ロバ、男女の奴隷、雌ロバ、らくだなどを与えました。
 アブラムは、いっぺんに豊かになったのですが、神さまが、サライが人の妻だということでパロとエジプトを、災害でひどい目に合わせたのです。
 パロはアブラムを呼びつけて、言いました。

「あなたはいったい何ということをしたのか。なぜ、彼女があなたの妻であることを、告げなかったのか。(18節)
 なぜ彼女があなたの妹だと言ったのか。だから、私は彼女を私の妻として召し入れていた。しかし、さあ、今、あなたの妻を連れて行きなさい。(19節)」

 
 こうして、アブラムはエジプトから追放されるのですが、サライを返してもらった上、増えた所有物はそのまま持って出ることが出来ました。

 嘘をついて、妻がパロの宮廷に召し入れられるようなことをしたアブラムの行為は、けっして褒められるものではありません。私など、ひどい目に合わされるのは、パロではなくアブラムの方だと思うのですが、しかし、神はこのアブラムの過ちをも覆ってくださったのです。
 そのため、彼は豊かな遊牧民になってエジプトから出たのです。
 
 アブラムは「信仰の父」といわれていますが、彼の信仰に神さまもまた、答えてくださったのです。
 もっとも、この話は、一寸先が見えない道でも、神への信仰で歩み出すという従順が先にあって、その後、神さまの祝福があったという出来事です。とくに、アブラムは神さまの遠大な「救いの計画」に選ばれた人でしたから、こうした過ちに対しても、神さまはそれを益に変えてくださったのでしょう。
 信仰すれば、ご褒美に祝福があるという因果の物語ではないのです。



 祈りながらも、しばしば、信仰の確信が揺らぎ、とてもアブラムにはなれないと、心底、思う者として自戒をこめて、思うところです。




posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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