2010年09月29日

Coffee Break37 アブラハムの心



 エジプトを出たアブラム一行は、はじめの目的地ネゲブに向かいました。アブラムと妻のサライ(サラ)、甥のロト、それにしもべたち、エジプトで加えられた男女の奴隷、羊やロバや牛やらくだ。その上、たくさんの銀や金もありました。
 豊かな遊牧民の大所帯の移動は、道中の村や道行く人の目を引いたに違いありません。
 銀や金が充分にあれば、ほかの民のテリトリーを通るのもスムーズに行くことが多かったでしょう。必要に応じて、青草と水の代金を払うことが出来ます。自分たちが持っていない食料を買うこともできます。
 
 彼はネゲブから旅を続けて、ベテルまで、すなわち、ベテルとアイの間で、はじめに天幕を張ったところまで来た。(13章3節)
 そこは彼が以前に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。(4節)


 行き先もわからない放浪の旅に召し出されて、エジプトまで流れていったアブラムにとって、自分の過ちをも覆って下さって、その上、多くのものを持って、以前、祭壇を築いた場所に戻ってくることが出来たのは、神のお恵み以外なにものでもなかったでしょう。
 犠牲を捧げて、両手を高く上げ、また、地に伏して祈るアブラムの姿が、目に見えるようなシーンです。

 ところが、問題が生じました。アブラムとロトの持ち物が、あまりに多すぎて、一つところで放牧していっしょに暮らしていくことができなくなったのです。
 アブラムの家畜の牧者たちとロトの牧者たちとの間に、争いが起こったのです。
 その上、そこには、もともとの住民カナン人とペリジ人もいたのですから、四つ巴の争いだったかもしれません。
 それで、アブラムはロトに言いました。


「私とあなたの間、あなたの牧者と私の牧者たちとの間に争いがないようにしてくれ。私たちは親類同士なのだから。(8節)
 全地はあなたの前にあるではないか。私から別れてくれないか。もしあなたが左に行けば、わたしは右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう。」(9節)
 ロトが目を上げてヨルダン川の低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので、その地ツォアルのほうに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。(10節)
 それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取り、その後、東の方に移動した。こうして彼らは互いに別れた。(11節)



 アブラムは、甥に先に選ばせ、甥に良いほうを取らせました。エジプトでは自分の命を惜しんで、妻を妹と偽って王の宮廷に召し上げられるようなことをしたアブラムですが、この場面を読むと、甥に対して愛に満ちた、寛大な族長の風格を感じさせます。
 ロトは良いほうを取ったのですが、同時に、心から伯父を敬い、愛する気持ちが深まったことでしょう。
 
 もっとも、これをアブラムの個人的な美質だと見るべきではないと思います。
 アブラムが、人間的な損得勘定を抜きにして、甥に先に選ばせることができたのは、神さまに信頼していたからだと、私は思うのです。
 行き先もわからず、神の命令に従って故郷を出てきたのです。
 明日の生活が不確かな境遇だったのにたくさんの財産とともに、以前神とお会いした場所に戻ってくることが出来ました。
 ふたたび、その地で「主の御名によって祈った。」とき、アブラムの信仰は、より強められていたのではないでしょうか。


 じっさい、アブラムの行為は、主の御心にかなっていました。


 ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。(14節)
 わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。(15節)



 もっとも、アブラムは素直に喜んだでしょうか。アブラムには、あと継ぎになる子どもがいませんでした。




posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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