2010年10月17日

Coffee Break55 逃亡




 ヤコブが兄エサウになりすまして、父イサクから祝福を受け終わるや、兄のエサウが父のもとにやってきます。
 母と弟の悪たくらみなど何も知らないエサウは、自分の仕留めた野生の獣の肉を料理してもってきたのです。彼はどんなに誇らしく張り切っていたでしょう。野山に入って猟をするのは、今の私たちには想像もできない激しい仕事だったでしょう。当時は、山々はほとんど原生林のままで、道らしい道もなかったでしょう。人間より優れたとくべつな聴覚や嗅覚や俊足の動物を追うために、エサウはまた、素晴らしいアスリートだったにちがいありません。

 かつて、猟でくたくたになり、弟に一杯のスープをねだって長子の権利を売り渡してしまったエサウでしたが、この日は期するものがあったでしょう。
 父親から祝福を受けるのが、アブラハム・イサクの家を継ぐ者にとってどれほど重要な行事であるかの自覚はありました。いつも以上に野山を駆け回って、最上の獲物を仕留め料理して父に差し出したのです。


 彼もまたおいしい料理をこしらえて、父のところに持ってきた。そして父に言った。「お父さんは起きて子どもの獲物を召し上がることができます。あなたご自身が私を祝福してくださるために。」(創世記27勝31節)


 たった今、あとつぎのエサウを祝福し終えたと思っていたイサクはどんなに驚いたことでしょう。
「おまえはだれだ。」と尋ねます。
 エサウが「あなたの長男エサウです」と答えると、激しく身震いして言うのです。


「では、いったい、あれはだれだったのか。獲物をしとめて私のところに持って来たのは。おまえが来る前に、わたしはみな食べて、彼を祝福してしまった。それゆえ、彼は祝福されよう。」(33節)
エサウは父の言葉を聞くと、大声で泣き叫び、ひどく痛み悲しんで父に言った。「私を、お父さん、私をも祝福してください。」(34節)
父は言った。「おまえの弟が来て、だましたのだ。そしておまえの祝福を横取りしてしまったのだ。」(35節)
エサウは言った。「彼の名がヤコブというのも、このためか。二度までも私を押しのけてしまって、私の長子の権利を奪い取り、今また、私の祝福を奪い取ってしまった。」 また言った。「あなたは私のために祝福を残しておかれなかったのですか。」(36節)
イサクは答えて言った。「ああ、私は彼をおまえの主とし、彼のすべての兄弟を、しもべとして彼に与えた。また穀物と新しいぶどう酒で彼を養うようにした。それで、わが子よ。おまえのために、私はいったい何ができようか。」(37節)
エサウは父に言った。「お父さん。祝福は一つしかないのですか。お父さん。私を、私をも祝福してください。」エサウは声を上げて泣いた。



 エサウはもう半狂乱だったでしょう。無理もありません。あまりに思いがけないことだったからです。祝福は一つしかないことはわかっていたでしょうから、自分をも祝福してくれとすがりつくのは、取り乱していた証拠とも言えます。
 父イサクも何とかしてやりたいと思ったかもしれません。しかし、長子の権利そのものは神様からゆだねられたものです。神様の代わりに親として祝福したのですから、間違いを認めて簡単に訂正するというわけにはいかないのです。
 イサクは、息子を諭しにかかります。


 見よ。おまえの住む所では、
 地は肥えることなく、
 上から天の露もない。        (39節)
 おまえはおのれの剣によって生き、  
 おまえの弟に仕えることになる。
 おまえが奮い立つならば、
 おまえは彼のくびきを
 自分の首から解き捨てるであろう。」 (40節)


 エサウよ。お前の人生はきびしいものとなる。人生を剣で闘いとるように、闘って生きて行かなければならない。弟に従うことになるが、奮い立って自由を得るようにせよ。 
 
 エサウはとうぜん弟を恨みました。身近にいたものに、「父が死んだら、ヤコブを殺してやる」と洩らしました。
 これが、母リベカの耳に入りました。リベカはあくまでヤコブの味方です。さっそくヤコブを呼び寄せて、自分の実家、ハランにいる兄ラバンのところに逃げるように言います。
 その上で、夫のイサクに泣きつきます。


「わたしはヘテ人の娘たちのことで、生きているのがいやになりました。もしヤコブが、この地の娘たちで、このようなヘテ人の娘たちのうちから妻を娶ったら、私は何のために生きることになるのでしょう。」(46節)

 ヘテ人とは、カナンに住んでいた部族のひとつでヒッタイト人のことです。エサウはこの時ヘテ人の娘と結婚していたのです。その嫁が気に入らない。ヤコブまで地元のヘテ人と結婚するようなことがあったら、私は生きていないほうがましです、と言うわけです。

 イサクは妻の愚痴を、素直に言葉どおり受け取りました。
 ヤコブを呼び寄せ、命じました。


「カナンの娘たちの中から妻をめとってはならない。
 さあ、立って。バダン・アラムのお前の母の父ベトエルの家に行き、そこで母の兄ラバンの娘たちの中から妻をめとりなさい」(28章1節)


 そののち、イサクはヤコブの旅立ちを祝福し、送り出したのです。

 こうして、父と母とに別れをつげ、家をあとにしたヤコブですが、その実、兄エサウを恐れての、逃亡でした。
 
 兄エサウのかかとをつかんで生まれてきたヤコブは、「押しのけるもの」という意味のヤコブという名前がついていました。その名のとおり、あくの強い性格でした。こうして、兄を押しのけたヤコブが「神の選びの家族」を引き継ぐのです。全人類を救いに入れるための民族の形成は、単純な道ではなかったのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。