2010年10月21日

Coffee Break59 鍛錬




 ヤコブはけっきょく四人の妻をもちました。子どもは十二人。のちにラケルがベニヤミンを産みますので、十三人です。
 女性たちの受身の人生、姉妹で否応なく一人の男に嫁がされたレアとラケルの煉獄状態。それに対して、男が複数の妻をもてたこの時代を、ちょっとうらやましく思う男性がいらっしゃるかもしれません。
 あのまじめなアブラハムでも、妻の奴隷ハガルを側女とし、サラが死んだあとに、ケトラという女性と再婚して、そばめももっています。ヤコブの兄エサウは、ヘテ人の妻二人がいたのですが、それが父親イサクと母リベカの気に入らなかったらしいと判断すると、イシュマイルの娘もめとるのです。

 けれども、男性には男性の制約がありました。なんと言っても、「体を張って」働き、敵と戦うのが男の生活でした。創世記で、神は、罪を犯したアダムに、「あなたは顔に汗を流して糧を得」(創世記3章19節)とおっしゃっています。
 当時は、今のように「個人主義」では生きていけません。生活の基盤は強い家父長制の大家族制度です。家族の中で父親に服従し、団結することで、家族を守り、自分を守ったのです。
 
 ヤコブがラバンに従い続けたのは、ヤコブが無一物だと言う弱みだけでなく、ラバンが伯父であり、しゅうとであって、服従する気持ちがあったからでしょう。それに妻や子供を守ると言った男としての義務感も強かったからでしょう。


 そのような制約と拘束の中で、したたかなラバンにこき使われ、欺かれつづけて、ヤコブは鍛錬されて行きました。
 
 それが神のご計画であると、ヤコブは、今私たちがこの物語を見るように、納得していたかどうかわかりません。(何しろ、私たちは完結した聖書を、読むことが出来るのです)。
 しかし、彼を支えていたものは、彼が信仰するアブラハム・イサクの神ではなかったでしょうか。
 あの、荒野の夜、ベテルと彼が名づけた場所で、天に上るはしごの夢の中に現れてくださった神のお姿と言葉を、彼は何度も思い出したでしょう。



「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。(創世記28章13節)

 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。(14節)

 見よ。わたしはあなたと共にあり、あなたがどこへ行ってもあなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしはあなたに約束したことを成し遂げるまで、けっしてあなたを捨てない。」(15節)


 神はたしかにヤコブをお捨てになりませんでした。

 ヤコブにとって、レアとの結婚は、「望みもしなかった不当な」出来事でした。しかし、ヤコブは与えられた運命を甘受しました。好きでないレアとも床をともにしました。はしためとの間にも子どもをもうけました。そして、その結果、イスラエル民族を構成する十二部族の名祖が生まれるのです。

 なかでも、レアの息子ユダの家系のダビデが、イスラエル王国の二代目の王になり、その家系に、やがて、イエス様が降誕されるのです。
  
 そのような重要なポジションにいたヤコブへの、神からの鍛錬は、延々と続くのですが。




 
posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。