2010年10月24日

Coffee Break62 つぎの心配 




 ヤコブのラバンへの怒りは、創世記31章38節から42節に述べられています。
  @ ラバンが仕事において、どれほどシビアは人間であったか。病気や事故、野獣に取られた家畜でさえ、ラバンはヤコブの責任にしたこと。ラバンは家畜をヤコブの裁量で殺して食べることも許さなかったこと。
  A 放牧の仕事は厳しく、中東の気候は、昼は暑く、夜は寒くて寒暖の差がとても大きいのです。ヤコブは夜よく眠ることも出来なかったと、伯父に言っています。十分な衣類、良い天幕などが与えられなかったと推測できます。
  B ラバンがヤコブをただ働きさせた手口。姉娘レアを押し付け、ヤコブのけっきょく、ふたりの娘の花嫁料として働き、残りの六年はラバンの家のために働いたが、ラバンはなんども約束を破って報酬を変えたこと。
  C もし、自分が事前にラバンに出て行くと言ったら、ラバンはヤコブを無一物で追い出したであろうこと。
 神、アブラハム・イサクの神がハランを出るように指示してくださり、また助けてくださったので、出てくることができたこと。

 ラバンは答えます。


「娘たちは私の娘、子どもたちは私の子ども、群れは私の群れ、すべてあなたが見るものは私のもの。この娘たちのために、または娘たちが産んだ子どもたちのために、きょう、私に何ができよう。(43節)
 さあ、今、私とあなたと契約を結び、それを私とあなたとの間の証拠としよう。」(44節)
 これに対して、ヤコブは石を取り、これを立てて石の柱とした。(45節)
 さらにヤコブは一族の者に命じて石を集めさせ、石塚を築いた。(46節)


 石塚のそばで、ヤコブの一族とラバンの一族は「和解の食卓」に着いたのです。
 
 ラバンとヤコブとの応酬は、彼らの長年の確執のクライマックスです。面従腹背だったヤコブも、力のぶつかり合いの極地でとうとうラバンと対決をしたのです。
 腹黒いラバンのことですから、力関係が自分に利ありと見れば、まだヤコブをひねりつぶすつもりだったでしょう。しかし、ヤコブは長年の忍耐と体を張った働きで、伯父のためだけでなく、自分のためにも力を蓄えました。もはや、ラバンもヤコブを去らせるしかないと悟ったのです。ここに至ってまだ、一族の長、ヤコブのしゅうととしての体面と立場を標榜するラバンは、ちょっと憐れにさえ見えます。
 
 実のところ、ラバンは、ヤコブの力に圧倒されていたのです。「くちばしの黄色いひよこ」と思っていたのに、いつの間にか自分と対等の力をつけています。たぶん、ラバンの息子たちは、ヤコブに比べるとはるかに見劣りがしたのでしょう。
 彼は石塚を証拠に、ヤコブと契約を結ぼうと提案します。
 今後、自分たちが石塚を越えてヤコブのところに、敵意を持って行くことはない。だから、ヤコブもまた石塚を超えて来てはならない。 そのようなことがあったら、どうか、アブラハムの神、ナホルの神──彼らの父祖の神──がわれわれの間をさばかれますように。
(52節)
 ヤコブも父イサクの恐れる方にかけて誓った。(53節)


 誓いをさらに確かなものにするために、彼らは山に行っていけにえをささげ、また食事をします。
 翌朝、ラバンは子どもたちと娘たちに口付けして祝福し、自分の家へ帰っていくのです。


☆☆☆☆

 ヤコブは、伯父の家からの脱出に成功しました。
 しかし、彼には前途に大きな不安がありました。もともと、兄エサウの恨みを買って、家を逃げ出すことになったのです。兄は、その頃ヤコブを殺そうと思っていたのです。まだ、執念を燃やして待っているかもしれません。悪事を犯した者の心には、いつまでも安らぎがないのです。




posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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