2010年10月29日

Coffee Break67 その後 




  踏み切りに 飛び込んだ友 送った日 秋風今も首に残って

 私の小さな人生にも、いくつかの悲しい場面があります。これは高校時代、クラスメートの葬儀に出たときの情景を、最近になって、思い出して書いたものです。彼女は踏み切りで事故死したとのことでした。とくに親友というほどの人ではありませんでしたが、亡くなる半年くらい前から、彼女がふさぎ込んでいるのが、見て取れました。一週間ほど前には、教室で先生にひどく叱られ、泣いていました。自殺ではないかとの思いを拭えませんでした。同じ学年の生徒が全員葬儀に出ましたが、その時の風がことさら冷たい印象なのは、自分がずっと、彼女の痛みに対して傍観者だった、との思いがあったからでしょう。



 ☆☆☆☆

 ヤコブの人生は、年ごとに悲しみが積もるようでした。ラケルを旅の途中に葬ったあと、新しい場所に天幕を張った頃のこと。

 ルベンは父のそばめビルハのところに行って、これと寝た。イスラエル(ヤコブ)はこれを聞いた。(創世記35章22節)

 のちの律法に照らせば、これは大きな罪です。父の妻と寝るのは、神の掟を犯すことでした。(レビ記20章1節)。(参照:出エジプト、20章17節、あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち、隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人の物を欲しがってはならない。

 息子のしたことを、ヤコブが心でどのように思ったのかはわかりませんが、ここでは、ヤコブがとくに息子を処罰したとは書かれていません。
 もちろん、十戒とそれに伴う神のおきては、出エジプトの後に神から与えられたものであり、ヤコブが生きていたのは、少なくとも出エジプトより四百年もさかのぼった時代です。イスラエル十二部族が生まれる道程のことであり、神様がヤコブに働かれたのでしょうか。
 
 その事件の後、イサクがヘブロンで死にました。イサクの一生は百八十年でした。エサウとヤコブは父を葬りました。


 聖書は、その後エサウの系図を語ります。
 エサウは、エドムに住み着き、エドム人の先祖となりました。(創世記36章)
 これは、エサウとヤコブがまだ母リベカの胎内にいた頃に、神から出たことで、ヤコブにアブラハム・イサク・ヤコブの家を与えられた神は、エサウにはエドムのセイルをお与えになったのです。(申命記2章1節〜6節)


 イサクを葬った後、ヤコブは父が住んでいたカナンに住み着きました。
 子どもたちは成人し、それぞれ父の羊を飼うことができるようになっていました。ラケルが産んだヨセフは十七歳で、兄たちの手伝いをしていました。

 ヤコブは、自分が年取ってから生まれたヨセフをとりわけ可愛がって、ヨセフにだけ長袖のついた服を作ってやったりしていました。ヨセフはそのように自分を愛してくれる父に、兄たちの仕事振りを告げ口したりするのでした。

 とうぜん、兄たちはヨセフを憎みました。この兄弟の不仲が、また大きな悲しみをヤコブにもたらすのです。





posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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