2010年11月11日

Coffee Break80 大いなる救い




 ヨセフは兄弟たちに言った。「どうか私に近寄ってください。」彼らが近寄ると、ヨセフは言った。「私はあなたがたがエジプトに売った弟のヨセフです。(創世記45章4節)
 今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。(5節)


 兄弟と対面し、兄弟に自分の素性を明かす瞬間の、このヨセフの言葉は感動的です。まさに、ヨセフは、さまざまな心の曲折を経て、やっぱり骨肉の情には勝てなかったのです。兄たちに売られたという「わざわい」を逆転して(じつは神がそうされて)ヨセフは、カナンにいたのでは想像もつかない権力と地位と富とを手に入れました。妻と二人の子どものいる家庭もあります。
 穀物を買いに来た兄たちをいじめることも、恨み言を言って追い返すこともできたのです。じっさい、そう見えなくもない場面もありました。
 そうしないで、兄たちを許すヨセフの人間性に、同じ生身の人間である私たちは、感動させられるのです。


 日本にも涙腺を緩めさせる人情話がたくさんあります。たとえば、歌舞伎十八番と言われた有名な出し物「勧進帳」。
 兄・源頼朝から追われる身となった義経主従が、奥州の藤原氏を頼って落ち延びる途中、安宅関という関所を通過するときの話です。
 関所にはすでに、回状(指名手配書)が回っていました。義経主従は山伏姿に変装していましたが、関所の役人富樫左衛門は、義経を人相書きとよく似ているため、引き止めようとします。その時、弁慶が、「おまえが義経に似ているばかりに、行く先々で疑われる。憎いやつ!」と、主人義経を棒(戒杖)で打ち据えます。心で泣きながら主人を助けるために主人を打つ弁慶の必死の姿に、富樫左衛門はもらい泣きして、彼らを見逃して通してやるのです。
 この話は、骨肉ではなく、主従の情と富樫氏の仁義を焦点にしたもので、主従関係の絆が家族以上に評価された江戸時代の人々に受け、歌舞伎の出し物として大ヒットしたものです。


 私たちの体に熱い血が流れているかぎり、いつの時代も、情にひびく話に人は感動します。

 ただ、私たちは、ヨセフ物語を人情話としてだけ見てしまうと、本質を見誤るのではないでしょうか。

 これは、聖書の中の、それも「創世記」の物語です。神がアブラハムをカルデアのウルから(じっさいにはハランから)召し出され、それを、イサク、ヤコブへ引き継がせてきた「神の人類救済計画の器となる民をお作りになる」プロセスなのです。

 一介の遊牧民だったアブラハムは、神の導きと守りのなかで、恵みと祝福を受け、一代で大きな族長となりました。その子イサクは父の信仰と財産を受け継ぎ、繁栄を生きました。イサクの双子の息子エサウとヤコブの間には、大きな確執がありましたが、ヤコブは結局カナンに戻ってきて、アブラハムの家を継ぐことになりました。
 彼らは確かに有力な遊牧民の族長だったのです。けれども、神の大きな計画に用いていただくには、その信仰、人数においてまだまだ足りなかったのでしょう。
 神はここで、彼らをより良い苗床に移して数を増やし、民族と呼ばれるほどに成長させられる必要があったのです。

 エジプトは、神が彼らイスラエルの民に備えられた、いわば「苗床」でした。
 そこに、アブラハムの直系ヤコブ(イスラエル)の家族だけが移住することが神のご計画でした。
 ヨセフは、兄弟との出会いの中で、そのことをすでに神によって示されたのでしょう。
 45章7節のヨセフの言葉は、神がヨセフにどのように働いておられるかを証しするものではないでしょうか。じつに、ヨセフは大きく神のお取り扱いを受けた器だったのです。


 それで神は私をあなたがたより先にお遣わしになりました。それは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによってあなたがたを生きながらえさせるためだったのです。(7節)

 

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2010年11月12日

Coffee Break81 夢のような話




 聖書には、これまで読んできただけでも、劇的な場面がたくさんあります。
 アブラハムがイサクを献げる場面。イサクとリベカの対面。ヤコブが兄の祝福を奪う場面。ヤコブのベテルの夜。ヤコブが神様と一晩中戦うヤボクの渡し。
 そして、この創世記45章
 ヨセフが兄弟たちに自分の素性を明かし、彼らへのゆるしを表明し、和解の中で、彼らをエジプトに招く場面です。

 今、私をここに遣わしたのは、あなたがたではなく、実に神なのです。神は私をパロには父とし、その全家の主とし、またエジプト全土の統治者とされたのです。(創世記45章8節)

 それで、あなたがたは急いで父上のところに上って行き、言ってください。『あなたの子ヨセフがこう言いました。神は私をエジプト全土の主とされました。ためらわずに私のところに下って来てください。(9節)

 あなたはゴシェンに住み、私の近くにいることになります。あなたも、あなたの子と孫、羊と牛、またあなたのものすべて。(10節)

 さあ、あなたがたも、私の弟ベニヤミンも自分の目でしかと見てください。あなたがたに話しているのは、この私の口です。(12節)


 こうしてヨセフは、たくさんのみやげの品と共に、父ヤコブのために兄弟たちをいったんカナンに送り出すのです。

 ☆☆☆☆


 エジプトへ下った息子たちを待つヤコブは、どんなに不安だったことでしょう。どれほど思い沈んでいたでしょう。ヤコブは、息子たち全員をエジプトに行かせてしまって、孤独でした。彼はカナンでは、豊かな遊牧民の族長でしたが、すでに年老いて自分では遊牧もできませんでした。愛する妻ラケルは、末っ子ベニヤミンを産むときに死んでしまいました。
 のちに、エジプトに一家で旅立つ人員の中に、息子の嫁や娘、孫娘がいたと書かれているのに、レアと二人の側女のことは出ていませんから、このときも、妻たちはいなかったのでしょう。

 最愛のベニヤミンも、今回は連れて行かれてしまったのです。
 息子たちが、無事戻ってくるか、いつ戻ってくるかと、待っているうちに、ヤコブは一種のうつ状態になっていたのかもしれません。

 息子たちがカナンに戻り、父に「ヨセフはまだ生きています。しかも、エジプト全土を支配しているのは彼です。」と言われても、ヤコブはぼんやりしていて、喜ぶ様子もなかったのです。
 息子たちは父に、ヨセフが、一家を挙げてエジプトへ来るようにと言ったことを詳しく話して聞かせました。ヨセフが、父を乗せるために贈ってくれたという車を見せられて、ヤコブは初めて元気づいたのです。

 イスラエルは言った。「それで十分だ。私の子ヨセフがまだ生きているとは。私は死なないうちに彼に会いに行こう。」(45章28節) 


 息子たちが全員無事に戻ってきただけではありません。死んだと思っていたヨセフが生きていて、エジプトの最高権力者になっている。ヤコブは一家で、エジプトに招かれ、よい地を与えられて安楽に暮らせると言うのです。夢のような話です。

 失意と苦労がついてまわったヤコブの人生で、これほどまでに喜ばしい日はあったでしょうか。
 その上、彼が旅立とうとする時、神が顕現されて祝福してくださるのです。



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2010年11月13日

Coffee Break82 長い鍛錬



 
 エジプトに旅立つに当って、ヤコブを祝福された神、アブラハム・イサク・ヤコブの神は、このとき、きっとホッとされたことでしょう。イサクまで引き継いできた信仰を、ヤコブとその子孫が引き継ぐはずでした。しかし、ヤコブの人生には、あまりにも多くの曲折がありました。
 彼の人生の出発点において、母リベカと父イサクの息子への気持ちが異なっていたので、ヤコブの心も、兄弟関係も捻じ曲がってしまいました。父を騙して兄が受けるはずの祝福を奪い取ったあと、ヤコブの人生は掛け違ったボタンのように、問題がついてまわりました。


 ☆☆☆☆


 聖書には、神に用いられた人物だけでなく、神に背いた人物の名前も残っています。どちらにしても、みんな、大変な人生を生きた人ばかりです。
 「選びの民の」始祖たち、アブラハム・イサク・ヤコブ・ヨセフの人生がよい例です。神は全人類を祝福に入れるための選びの民を作ろうとされて、無名のアブラハムを召し出されるのですが、数多くの神の顕現と祝福にもかかわらず、アブラハムは「忍耐して待ち続け」、「神によって試みられ」、「神への従順」を生きました。
 最後には豊かな族長として天寿を全うした人生でしたが、たとえば、イシュマエルを追放したこと、サラが没後に娶ったケトラと側女の間の子どもも財産を分けてイサクから遠ざけたことなど、神に従うために、あえて、一人の子供しかそばに置きませんでした。(創世記25章1〜6章) これは大家族イコール幸せという当時の習慣や人間の性質に反するものでした。神が「サラが産む子どもとの間に、契約を立てる」とおっしゃった言葉に従ったのです。(創世記17章19節)

 イサクは、父の遺産を受け継ぎ、信仰を受け継ぎ、穏やかな人生かと思えば、やはり苦労と曲折がありました。とくに、美しい妻リベカとの間の齟齬は、どうしたことでしょう。イサクはエサウを可愛がり、祝福も長子の権利も彼のものと思っていました。ところが、リベカはヤコブを愛し、そそのかして、エサウからそれを奪う手伝いをするのです。
 この家庭の中の不協和音から、ヤコブの苦難の人生が始まりました。ヤコブは兄を騙し、恨みを買って逃亡します。彼は頼って行った先で、今度は伯父ラバンに騙されるのです。伯父は肉親ではありましたが、策謀家でした。ヤコブが望まない娘を妻として押し付け、そのため、ヤコブは愛しているラケル以外に、妻と妾を三人ももち、望まぬ「女の闘い」に巻き込まれました。伯父が冷静にヤコブを利用するので、ヤコブも負けずに策略を巡らして対抗しました。そこには、愛や許しが入る余地はありませんでした。

 のちに、独立した族長になったあとも、ヤコブの家族はヤコブの心の屈折や複雑な親子関係を、そのまま反映していました。長男のルベンが父の側女と寝たり、ユダが嫁に子どもを孕ませたり、父の意思に反して二人の息子が、居住地にしていた場所のシェケムの住人を虐殺して、ヤコブを窮地に追い詰めました。

 ヤコブもいつまでも、ラケルへの思いを引きずっていたのでしょうか。ラケルが産んだヨセフを特別に可愛がり、その結果ヨセフは危うく兄たちに殺されそうになり、代わりに砂漠を行く隊商に売られてしまったのです。

 この三代記は、人間の物語としては、どちらかといえば「暗い話」です。この話が、それでも深く私たちの心に刻まれるのは、ここには、天地万物を創造された神様が働かれていて、神の救いの計画に用いる民族を作ろうと、恵みと祝福・愛で、彼ら不完全な人間を導いておられるとわかるからです。

 ☆☆☆☆


 ヨセフがいなくなった(息子たちに、獣に殺されたと偽られて)あと、ヤコブについての記述は、わずかです。
 ヤコブは着物を引き裂き、粗布を腰に巻いて、幾日もヨセフのために泣き暮らしたのでした。息子、娘たちがかわるがわるやってきて、彼を慰めましたがなんの効果もありません。「慰められるより泣きながら、ヨセフのいるよみに下って行きたい」と言い続けました。(創世記37章34節35節)
 彼が、行き詰まり、悲しみ、迷う時に必ず顕現されたアブラハム・イサク・ヤコブの神は、どうされたのでしょう。
 
 その時、神はすでに、エジプトに奴隷として売られたヨセフと共におられたのです。
 無慈悲なように見えますが、座して歎いているヤコブをそのまま、神は次のご計画に着手されていたのです。

 いよいよ、ヤコブが一族全員とエジプトに下るときに、神はすばらしい祝福をヤコブにお与えになるのです。

 
 神は、夜の幻の中でイスラエルに、「ヤコブよ。ヤコブよ」と言って呼ばれた。彼は答えた。「はい、ここにいます。」(創世記46章2節)
 すると仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。(3節)
 わたし自身があなたといっしょにエジプトに下り、また、わたし自身が必ずあなたを再び導き上る。ヨセフの手はあなたの目を閉じてくれるであろう。」(4節)


 長い長い鍛錬の時間でした。



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2010年11月14日

Coffee Break83 再会




「選びの民の家族史」は、創世記46章で、いよいよ終局に入ってきました。
 ヨセフが生きていたこと、それどころか、エジプトで出世して宰相となり、一族全員の窮地を救う力があること。これらを聞いた時、ヤコブは長い苦労の人生から抜け出したような気がしたのではないでしょうか。
 それでも、ヤコブがエジプト行きの前途に何か不安があったのでしょうか。これまで、ヤコブは前途に大きな障害や不安を抱えた時に祈り、また神はそのヤコブの祈りに応えて下さっています。
 そうです。ヤコブは、彼らはアブラハム以来、カナンを所有するものとなるという神の約束を思い出していたのです。カナンは父祖からの約束の地なのです。飢えたとは言え、異郷の地に行ってもよいのだろうか。アブラハムもききんの時エジプトに行きましたが、ここで妻を妹と偽るような失敗をしています。
 そこで、ヤコブは、ベエル・シェバに来た時、神に犠牲をささげたのです。
 それに対して、神は「恐れるな」「私自身がふたたびあなたを導き上る」と言ってくださいました。これで、ようやく、ヤコブの懸念は払拭されました。
 
 一族七十人にしもべたち、多くの家畜など、その隊列は大きなものだったでしょう。
 彼らは、エジプトでも豊かな土地ゴシェンが与えられ、そこへ入りました。
 ヨセフみずから車をしたてて、ゴシェンに父イスラエル(ヤコブ)を迎えに出てきました。

 ヨセフは父に会うなり、父の首に抱きつき、その首にすがって泣き続けた。(創世記46章29節)
 イスラエルはヨセフに言った。「もう今、わたしは死んでもよい。この目であなたが生きているのを見たからには。」(30節)


 かつて、他の息子たちがヨセフと穏やかに話すこともできない(創世記37章4節)ほど、ヨセフだけを特別扱いして可愛がったイスラエルです。ヨセフがいなくなったことが、彼にとってどれほどの喪失だったかがわかろうと言うものです。
 
 ヨセフは父や兄に言います。
 私はあなたたちのことを、パロに知らせに行きます。また、家族が羊飼いであると、あらかじめ紹介しておきます。そうしておけば、あなたたちはゴシェンに住むことができるでしょう。なぜなら、エジプト人は羊を飼うものを忌み嫌うからです。
 これは、ちょっと逆説的です。エジプト人が嫌う牧畜業を生業としているので、イスラエル一族だけがエジプト人から離れて、ゴシェンに住むことができるという都合の良い状況を述べています。

 もちろん、パロもヨセフの家族を歓迎して、受け容れてくれます。
 まもなく、ヨセフの兄弟たち、父ヤコブはパロに引き合わせられるのです。

  私自身がかならずあなたを導き上る。(創世記46章4節)と神は約束してくださいました。しかし、次に彼らがエジプトから出て、カナンを目指すのは、はるか後の時代でした。
 エジプト。そこは、彼らイスラエルの民が増えて、民族となるための苗床だったからです。



 
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2010年11月15日

Coffee Break84 拝謁(創世記47章)




 エジプトに移住してきたイスラエル(ヤコブ)とヨセフの兄弟たちは、いよいよパロ(エジプトの王)に拝謁することになります。
 
 ヨセフはパロのところに行き、告げて言った。「私の父と兄弟たちと、羊の群れ、牛の群れ、そして彼らのものすべてがカナンの地からまいりました。そして今ゴシェンの地におります。」(創世記47章1節)

 ヨセフは兄弟の中から五人を連れて、パロに引き合わせました。五人が誰と誰であったのかは聖書に記述がありません。ともかく、パロは喜んで謁見したのです。
 兄弟たちは、ヨセフに言い含められていたように、彼らが先祖代々、羊を飼うものであることを強調しました。その上で、飢饉がひどくて、カナンには牧草がないのでゴシェンに住まわせてくださいと頼みます。
 パロはヨセフに言います。

 「エジプトの地はあなたの前にある。もっともよい地にあなたの父と兄弟たちとを住ませなさい。彼らはゴシェンの地に住むようにしなさい。もし、彼らの中に力のある者を知っていたら、その者を私の家畜の係長としなさい。」(創世記47章6節)

 その後、ヨセフは父ヤコブをパロに拝謁させました。父と兄弟が別々の機会にパロに会ったと言うのは、エジプト側のもてなしが、親と兄弟では違っていたのでしょう。
 パロは、とくに宰相の父、自分が全権を委ねているヨセフの父に敬意ある応対をしました。

 パロはヤコブに尋ねた。「あなたの年は、いくつになりますか。」(47章8節)
 ヤコブはパロに答えた。「私のたどった年月は百三十年です。私の齢(よわい)の年月はわずかで、ふしあわせで、私の先祖のたどった齢の年月に及びません。」(9節)


 現代の日本では、高齢者の方に年令を訊ねるのが、はばかられる雰囲気があります。しかし、昔は、高齢長寿は誇るべきことだったのではないでしょうか。
 何しろ、日本でも江戸時代半ばまで、平均寿命が二十歳未満でした。乳幼児・子どもの死亡率はとても高いものでした。ききん、天災に加え、抗生物質のような効果的な薬がない時代には、伝染病で一度に村一つなくなることも珍しくなかったのです。
 長寿は、生まれつきの健康な体質に加えて、病気や災害をくぐり抜けるだけの幸運にも恵まれることで、まさに、神様からの賜りものでした。
 中国では七十歳を古稀(こき)と呼んだのです。七十才まで生きる人はまれ(稀)だったからです。七十歳は敬意と驚きをもって讃えられたのでしょう。その言葉はそのまま、日本に入って使われていたのです。ただし、いまは、七十五才で後期高齢者というわけですから、だれも七十歳に驚く人はいません。長生きとさえ思われません。

 創世記の時代は、暦が今と同じでなく戸籍制度などもありませんから、年令や年月の数え方には諸説があるようです。さらに、今のような数字を表記する文字がなく、そのため、聖書のこの時代(3500年前頃)の年令を解読するのはかなり困難なのです。
 アブラハム百七十五年、イサク百八十年と言うのは、そのまま今のその年齢と同じとはいえないのですが、相当高齢ではあったのでしょう。目がうとくなる、耳が遠くなる。歯がなくなる、深いしわが刻まれる、腰が曲がるなど老化が表面に現れ、記憶力が衰え、しかも、同じ時代の人がどんどん先になくなると、たしかな年令はわからなくなってしまいます。


 高齢は尊敬されるべきことなので、パロはヤコブの年令を訊ねました。答えるヤコブの方は、そのまま「百三十年です」とそっけなく答えると、誇っているように聞こえたのかもしれません。相手はパロですから謙遜の姿勢を見せて、「私の齢の年月はわずかで、ふしあわせで、私の先祖のたどった齢の年月に及びません。」と言ったのでしょう。

 ヤコブはエジプトで十七年生きたので、亡くなったとき百四十七歳でした。父イサク、祖父アブラハムの寿命には及ばなかったとはいえ、彼の晩年は平安で幸せなものでした。

 ヤコブは自分の死に臨んで、すべてをヨセフに託すのです。その葬儀は、ヤコブにとっても思いもよらなかったほど盛大で、行き届いたものでした。



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2010年11月16日

Coffee Break85 政治家ヨセフ 




 ヤコブがパロに拝謁した場面(創世記47章7節〜10節)のあと、聖書はまた、ヨセフの公生活に主題を移します。
 ヨセフはエジプトで、いきなり宰相として取り立てられました。その後、宰相として生涯をまっとうするのです。これは、パロの夢を解き明かしたという、ただ一回の功績だけではなく、誰が見ても認めるような知恵と人間性の高さとがあったのでしょう。


 聖書に書かれているのは、そのうちの一部です。彼がポティファルの妻に言い寄られても、断乎としてはねつけたこと、監獄の中で料理長と献酌官の夢を解き明かして、それが的中したこと。また、私的には、家族との再会に見られるような暖かい人間性と、神の御心を体現するような許しと和解を行なうところです。

 政治家としては、彼は飢饉を前に、豊作の間に大量の穀物を貯蔵しました。それをエジプトの国民はもちろん、世界中(当時の中東)から買い付けに来た者たちに売ります。そのことによって、パロの家には銀が集まり、いやがおうにも豊かになるのです。

 それで、ヨセフはエジプトの地とカナンの地にあったすべての銀を集めた。それは人々が買った穀物の代金であるが、ヨセフはその銀をパロの家に納めた。(47章14節)

 ヨセフは集めたお金を着服するようなことはなかったのです。これは、驚くべきことなのです。古今東西、権力や役職にある者が「役得」を利用しなかった方が珍しいでしょう。彼はポティファルの家にいた時と同様、主人に忠実でした。
 ポティファルの妻の誘惑を断った時の、ヨセフの言葉を振り返ってみましょう。

 ご主人は、この家の中では、私より大きな権威をふるおうとされず、あなた以外には、何も私に差し止めてはおられません。あなたがご主人の奥様だからです。どうして、そのような大きな悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。」(39章9節)

 当時、姦淫とは、人のものを取る(盗む)という罪のひとつでした。ちなみに男が妻に対して不誠実である「一夫多妻」は、咎められるべきものではありませんでした。ヤコブは四人もの妻妾を持ち、母違いの子どもが入り混じり、そのことで苦労はしましたが、結果的にはそれがヤコブ(イスラエル)への祝福となったのです。
 ヨセフが「神に罪を犯すことができましょうか」と言ったのは、もちろん、主人の妻を盗むことが、神への罪だと知っていたからです。同じく、パロの宰相である自分が、パロの家に入るべき銀を、たとえ一部でも盗むべきではないと、神を信じるヨセフはよくわかっていたでしょう。

 
 飢饉は治まらなかったので、エジプトの民はまたヨセフのところにきました。
「私たちに食物を下さい。銀が尽きたからといって、どうして私たちがあなたさまの前に死んでよいでしょう。」(15節)

 ヨセフが「それでは家畜を寄越しなさい。家畜と穀物を引き換えよう」と言ったので、みんな家畜を引いてきて、代わりに穀物をもらいました。
 それでも、飢饉が続いたので、民はまたやってきました。

「私たちの銀も尽き、家畜の群れもあなたさまのものになったので、私たちの体と農地のほかには、あなたさまの前に何も残っていません。(18節)
 私たちはどうして農地といっしょにあなたさまの前で死んでよいでしょう。食物と引き換えに私たちと私たちの農地を買い取ってください。私たちは農地といっしょに奴隷となりましょう。どうか種を下さい。そうすれば、私たちは生きて、死なないでしょう。そして土地も荒れないでしょう。」(19節)

 そんなわけで、民の土地はすべてパロのものになりました。また、民はパロの奴隷となったというのです。
 これは、現在の常識で考えると、まことに為政者にとって都合よく運んでいるように見えるのですが、飢饉を予測して貯蔵をしていたこと自体が、大変な善政であるという前提でしょう。


 神が用いられた人間もその時代の制約の中を生きているのです。ヨセフはパロの家の宰相という立場の中で最善を行なったのです。じっさい、大量の餓死者を出すよりよほどすばらしいことでした。
 ヨセフは、民の望みどおり、種も与えました。条件は、収穫の五分の一をパロに収めると言うものでした。二割の税金は高いでしょうか。単純に比べられないかもしれませんが、江戸時代の年貢が五公五民、安くても四公六民でしたから、これは相当善政といえるでしょう。
 
 ヨセフは政治家としても温情のある、優れた人だったのです。






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2010年11月17日

Coffee Break86 最後の祝福




 イスラエル(ヤコブ)が死に臨んで、自分の埋葬や葬儀を頼んだ息子はヨセフでした。彼らが寄留しているエジプトで、ヨセフが最高権力者なのですから、それもしぜんかもしれません。

 ヤコブは、死期を悟った時、ヨセフを呼び寄せて言いました。

「もしあなたの心にかなうなら、どうかあなたの手をわたしのももの下に入れ、私に愛と真実を尽くしてくれ。どうか私をエジプトの地に葬らないでくれ。(創世記47章29節)
 私が先祖たちとともに眠りについたなら、私をエジプトから選び出して、先祖たちの墓に葬ってくれ。」
 すると、ヨセフは言った。「私はきっと、あなたの言われたとおりにいたします。」(30節)
 それでイスラエルは言った。「私に誓ってくれ。」そこでヨセフは彼に誓った。イスラエルは床に寝たまま、おじぎをした。(31節)



 アブラハムとイサクは、同じ場所・マムレの畑地にあるマクペラのほら穴に葬られました。そこは、最初アブラハムがサラを葬るために、ヘテ人(ヒッタイト人)エフロンから、銀四百シェケルで買った土地でした。(創世記23章4節〜20節)
 また、そこには、ヤコブの母リベカも葬られ、妻レアも葬られていました。(49章31節)──ヤコブ最愛の妻ラケルは、彼らが、ベテルからエフラテまで旅する途上、ベニヤミンを産むとき、難産のために死に、その場所で葬られました。(35章19節)

 ヤコブが恐れたのは、エジプトに葬られることでした。カナンは、神がアブラハム・イサク・ヤコブに約束された土地でしたから、そこに戻るのが、彼の悲願でした。



 いよいよヤコブの死が迫った時、ヨセフは二人の息子を連れて、もう一度、父の枕辺を訪ねます。
 ヤコブはヨセフの息子、マナセとエフライムについて、まず、自分の子どもとすることを告げ、祝福をします。ヨセフは、長男マナセをヤコブの右手の前に、次男エフライムを左手の前に進ませるのですが、ヤコブはわざわざ手を交差して、エフライムを右手で、マナセに左手を置いて、祝福します。
 右手は、より高い地位にあるもののために使われる手なので、ヨセフは父の手を取ってその間違いを正そうとするのですが、ヤコブは「わかっている」と答えるのです。

「わかっている。わが子よ。私にはわかっている。彼もまた一つの民となり、また大いなるものとなるであろう。しかし、弟は彼よりも大きくなり、その子孫は国々を満たすほど多くなるであろう。」(48章19節)

 ヤコブのことばは、後にその通りになるのですが、まだ、何百年も先のことが、どうしてヤコブにわかるのでしょう。彼は、その時までヨセフの二人の息子と会っていませんし、目が見えなくなっていたので、見掛けで判断したのでもありません。ですから、これは、神のご指示だったのでしょう。

 マナセとエフライムはこの時、もう成人だったでしょうから(イスラエルがエジプトに移住してから十七年経っていました。彼らはその前に生まれているのです)、祖父のこのやり方に、心穏やかではなかったかもしれません。しかし、聖書の中では、人間の個人的な思いは二の次である、このような場面はめずらしくありません。ヤコブ自身が兄の祝福を奪ったのですが、あとから振り返れば、すでに母の胎内にいたときに、兄が弟に仕える(25章23節)という主のことばがあり、その通りになったのです。


☆☆☆☆

 最後に、イスラエルは自分の息子たちを呼び、一人一人を祝福します。
 彼の死は、聖書のスペースだけでも、アブラハムやイサクの死に比べて、はるかに大きく取り上げられています。じつに、47章28節から、48章49章がイスラエルの死に関する記事です。
 子孫に対する祝福や遺言を言い終えて、ヤコブは死にました。

 ヤコブは子らに命じ終わると、足を床の中に入れ、息絶えて自分の民に加えられた。(49章33節)

 じつに、大往生でした。今の時代の人も憧れる死に方ではないでしょうか。
 




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2010年11月18日

Coffee Break87 約束の地




 ヤコブの最後が「大往生だった」ということについて、少し説明が必要かと思われます。
 「往生」は、本来仏教用語です。
 広辞苑によると、「@この世を去って他の世界へ生まれ変わること、とくに極楽浄土へ生まれること。A死ぬこと、あきらめること。Bどうにもしようのない状態になること。閉口。」とあります。
 私の感覚では、往生は、いま、「死ぬ」の意味に使われることが一般的かと思います。私の祖父や祖母が亡くなったときは、「大往生されましたな」と、慰めてくださる方が多かったのです。災難にも遭わず、ひどく苦しまず、長生きして亡くなった人への褒めことばでしょうか。
 時代劇などで、悪人などが追い詰められながら、悪あがきして最後まで徹底抗戦する時、「往生際が悪い」などと言うのは、Aの意味ですね。
 また、大変な目にあうことを、私の出身地関西では、「おうじょうした」と言っていましたから、Bの意味です。


☆☆☆☆

 ヤコブはもちろん仏教徒ではありません。お釈迦様が生まれる千年も前に、インドからはるか、はなれた中東で生まれた人です。彼の大往生に「極楽浄土」は関係がないのですが、それでも、イメージとしては似ているのです。──極楽浄土が仏教本来の思想なのかどうかは、ここでは問題にしないことにします。

 ヤコブは、自分の一族の将来とともに、死後の世界を見ているのです。ヤコブが死後カナンのマクペラのほら穴に葬って欲しいと願う理由は、祖父アブラハム、祖母サラ、父イサクと母リベカ、妻のレアがそこに葬られているから、だけではありません。


 エフライムとマナセを祝福したあと、ヤコブは言いました。

「私は今、死のうとしている。しかし、神はあなたがたとともにおられ、あなたがたをあなたがたの先祖の地に帰してくださる。」(創世記48章21節)


 ヨセフやその子ども、ヤコブのすべての子孫もやがては、そこに帰ってくると言うのです。これは、一度、死で、へだてられた彼らが、やがてカナンで相まみえ、永遠にいっしょに生きることができるという望みを表しているのではないでしょうか。
 
 カナンは、イスラエルにとって神の約束の地なのです。そこで、アブラハム・イサク・ヤコブの子孫は、地のちりのように、空の星のように増え広がるだけでなく、彼らを通じて 全人類が神の祝福に入ることになる(創世記12章2節3節、13章16節、15章5節6節、17章4節、22章17節18節、26章4節、35章11節12節)場所なのです。
  
 ヤコブがこの時、カナンに、いま私たちクリスチャンが期待しているような「永遠のみ国」のまぼろしを見ていたかどうかはわかりません。けれども、彼はそこが、神様がともにおられて、祝福してくださる場所であるのはわかっていたでしょう。
 
 残念ながら、イスラエルの子どもや孫たちは、すぐにエジプトからカナンに帰ることはできませんでした。 

 彼らが神の選びの民であるのは、栄誉であるとともに、厳しい試練に逢うことだったからです。
 ヤコブの子孫たちが、ふたたびカナンに戻ってくる前に、イスラエルの民にはたくさんの苦役が待っていました。





 
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2010年11月19日

Coffee Break88 ヤコブの葬儀





 ヤコブが死ぬと、ヨセフは医師に命じてヤコブの遺体をミイラにしました。ミイラにするのに四十日かかったそうです。エジプト中がヨセフの父ヤコブのために喪に入り、七十日間歎き悲しんだとあります。葬儀はそのあとなので、遺体が腐らないようにミイラにする必要があったのです。

 それから、ヨセフはパロに願い出ました。

「私の父は私に誓わせて、『私は死のうとしている。私がカナンの地に掘っておいた私の墓の中に、そこに、必ず私を葬らなければならない』と申しました。どうか今、私に父を葬りに上って行かせてください。私はまた帰ってきます、と。」(創世記50章5節)
 パロが快諾したので、ヨセフは父を葬るためカナンに向かいました。

 このとき、
 彼とともにパロのすべての家臣たち、パロの家の長老たち、エジプトの国のすべての長老たち、(7節) ヨセフの全家族とその兄弟たちおよび父の家族たちも上って行った。ただ、彼らの子どもと羊と牛はゴシェンの地に残した。(8節)
 また、戦車と騎兵も、彼とともに上って行ったので、その一団は非常に大きなものであった。(9節)
 彼らはヨルダン川の向こうの地ゴレン・ハアタデに着いた。そこで彼らは非常に荘厳な、りっぱな哀悼の式を行い、ヨセフは父のため七日間、葬儀を行なった。(10節)



 そのあと、一行はカナンに戻り、マクペラの畑地、ヤコブの先祖の墓に遺体を葬りました。それから、ヨセフとその兄弟、ヤコブを葬るために同行したすべての人たちはエジプトに戻った、とあります。
 アブラハムの遺体はイサクとイシュマエルが葬ったのです。(創世記25章7節〜10節)イサクの遺体はエサウとヤコブが葬りました。(創世記35章28節29節)

 ヤコブの葬儀が麗々しくなったのは、ヨセフがエジプトの宰相だったからですが、聖書がそれをくわしく記しているのは、ヨセフの威光、出世を強調するためだけでしょうか。 
 ヘブル人のために、これほど敬意を表してくれたエジプトが、やがて、ヘブル人があまりに増え広がったのを恐れ、彼らを奴隷として重労働を課し、数がそれ以上増えるのを恐れて生まれてくる男の子すべてを殺そうとする時代がくるなど、神ご自身以外、このとき誰が知っていたでしょうか。

 神は聖書記者に啓示と霊感をお与えになったとき、創世記の終わりと、出エジプトとのコントラストを,明確に読者に印象付けるよう意図されたのでしょうか。







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2010年11月20日

Coffee Break89 復讐は神のもの 




 イスラエル(ヤコブ)の葬儀が終わり、エジプトに戻ってきたヨセフの兄弟たちは、彼らがヨセフに行なった悪の仕返しを、ヨセフがするかもしれないと恐れました。そこで、父ヤコブの遺言ででもあるかのように、次のようなことづけをしました。

「あなたの父は死ぬ前に命じて言われました。(創世記50章16節)
『ヨセフにこう言いなさい。あなたの兄弟たちは、実にあなたに悪いことをしたが、どうか、あなたの兄弟たちのそむきと彼らの罪を赦してやりなさい、と。』
 今、どうかあなたの父の神のしもべたちのそむきを赦してください。」ヨセフは彼らのこのことばを聞いて泣いた。(17節)


 ヨセフが泣いたのは、一度出来てしまった兄弟との間の溝の深さを知ったからではないでしょうか。兄たちが、心から悔い改めているのではなく、恐れとおびえから、父親の遺言を装って、仕返しをしないように命じるその間違いのためではないでしょうか。

 これは、赦すことの難しさを語っていると、私には思えます。被害者が加害者を赦したと思っても、真の和解に至るのは容易なことではありません。罪を犯した側は自分の咎が、雪のように白くなったとは、なかなか信じられないのです。
 かつて、ヤコブが兄エサウに再会することを恐れ、さまざまな方法でその怒りを和らげようとしました。会ってみると、案に相違してエサウはすっかり弟を赦していて、自分の所に来るようにと招きましたが、ヤコブは丁重に断っています。猜疑心の強いヤコブの心の奥には、なおエサウが赦してくれたことが、信じきれていなかったのでしょう。(創世記32章、33章)
 ヨセフの兄弟たちの猜疑はもっともなのです。人と人との関係では、完全な赦しもまた、ありえないのです。

 ヨセフは言います。
「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりでしょうか。」(50章19節)

 ヨセフは、「復讐は神の権限に属することで、人間である自分がそのようなことはできない。」と言ったのです。箴言20章20節にも、「悪に報いてやろうと言ってはならない。」とあります。

 さらに、「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人を生かしておくためでした。」(50章20節)

 「復讐や報いは神のみ手の中にあることです」。というのは、人が悪を計ったと思えるようなことでさえ、じつは、良い結果をもたらすための神のご計画であったとわかるからと、ヨセフは言っています。
 
 ヨセフは、このとき、すでに、兄たちより数段高い地点で、神を信頼していました。神様から、信じられないほどの現世の利得も受けたヨセフでしたが、神の高さ、大きさ、権能を兄弟の誰よりもよく理解していました。



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