2010年11月21日

Coffee Break90 創世記を終えるにあたって




  のびやかに大根一本横たわる 入日に浮かぶ野菜スタンド
  白い肌 持ちおもりする そのからだ よし 買ったりと 100円入れる
  食べ方は あとの話 よくぞいま この腕の中 持ち方惑って


 これは、三年前のいまの季節に書いた歌です。
 ところどころ畑地が残る住宅街。一軒のお宅が収穫したばかりの野菜を、台に並べて売ってくださっていました。規格品でない大きな大根のみずみずしい重さに、嬉しさいっぱいだったのを思い出します。壮大な創世記の話のおわりに、なんとちっぽけなシーンをと思われるかもしれません。
 しかし、このようなとき、私は大きな大きな神様が、日を昇らせ、雨をふらせ、地上を祝福してくださっているのを思い知るのです。

☆☆☆☆


 創世記最後の50章、その最後のパラグラフ(22節〜26節)です。

 ヨセフと父の家族とはエジプトに住み、ヨセフは百十歳まで生きた。
 ヨセフはエフライムの三代の子孫を見た。マナセの子マキルの子らも生まれて、ヨセフのひざに抱かれた。
 ヨセフは兄弟たちに言った。「私は死のうとしている。神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へと上らせてくださいます。」
 そうして、ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださるから、そのとき、あなたがたは私の遺体をここから携え上ってください」と言った。
 ヨセフは百十歳で死んだ。彼らはヨセフをエジプトでミイラにし、棺に納めた。
 


 この終局は、「つづく」と追記を入れたいようなところです。
 アダムとエバが禁じられていた木の実を食べて、楽園を追放され、その子カインとアベルの間に家庭内殺人事件があり、ノアの箱舟の物語、バベルの塔の物語の後、果てしない時間経過のあと、アブラハムが召し出されました。けれども、そのアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフと続いてきた物語は、ここで終わるのではないと、誰でもわかるのです。

☆☆☆☆

 私はひとりの信徒に過ぎません。創世記を初めて読むのではありませんし、聖書通読もしましたが、とても誰かに聖書の教えをお伝えするような学びもしていませんし、力もありません。それを承知で、向こう見ずにも、聖書から、読んだことを思いつくまま文章にしてブログとはいえ公表してきました。
 
 もとより、Coffee Breakは聖書解説ではなく、エッセイです。自分が納得できるよう調べたり、解説書を読んだりはしましたが、できるだけ注解書に書いてあることを記したりしないようにしました。専門家の本や牧師の説教などを、引用したり援用したりもしないよう努めました。
 元の文章や解釈の一部だけを引用したり、援用したりするのは、その文章や説教の趣旨を損なう恐れがあります。また、未熟な自分が、背伸びして満足したり、受け売りを自分の知識と勘違いしたり、知ったかぶりをしたりする危険もあります。
 さいわいにも、毎日、祈って聖書を読み、聖霊に導かれて書くことができました。また、思いがけずたくさんの方が読んでくださっているのに、励まされました。神様と読者の皆様に、心からお礼を申し上げます。


 聖書通読はつづきますが、創世記は、きょうでおしまいです。
 創世記の最後を、このブログのリンクにある佐々木先生のサイト、聖書通読のための解説「聖書を読むぞー」・第26課「創世記」から説明をお借りして、締めさせていただきます。



 創世記は多くの意味で始まりについて記したものです。天地の始まり、人間の始まり、結婚の始まり、罪の始まり、救いのプログラムの始まり、家族の始まり、イスラエル民族の始まり、細かく言うともっとあることでしょう。これらはみな大切なことです。
 しかし、そのようなことに最初に目を奪われていると、もっと大切なことを見落としてしまいます。創世記で最も大切なことは、この書物が物事の始まりについて記したのではなく、神が万物を造り、治めておられる方であるという事実を記し、人間の救いの計画を示したものです。
 この書物は、「万物の始まりは次のような次第であった」ではなく、「はじめに神は天と地を創造された」という言葉で始まっていることに、もう一度注意しましょう。主語は万物ではなく神です。焦点は、天と地でも万物でもなく、神です。この書物は天と地がどのようにして始まったかを述べているのではなく、神がどのような方であるかを示し、神が何をしてくださったかを教えている書物です。神が聖書の影の著者、本当の著者だとすると、これは神の自己紹介なのです。神は「私こそ天と地を造った者である」と、自分をお示しになったのです。

  聖書を初めて読む人の多くはこの創世記の出だしの部分でとても感動するか、ばかばかしくて読む気を失ってしまうかするようです。現代人ならば読む気を失う人のほうが多いでしょうか。あまりにも荒唐無稽な神話か、おとぎばなしに思えてしまうからです。たとえ読み続けたとしても、この出だしの破天荒な内容からして、聖書とはこんなものかと思い違いをしてしまいます。

どのような文章にも書かれた目的があります。聖書は、神が人間に与えてくださる救いを示すために書かれたものです。その最初の部分が創世記であり、創世記は神の自己紹介、すなわち神とはどのような方かという最も大切な点からはじまります。それから人間とは何なのかが教えられ、人間と神との関係はどうあるべきかも示され、人間同士はどうあるべきかが説かれ、人間の日常生活、労働と休息の関係は基本的にどうあるべきか、極めて本質的なことが物語形式で語られているのです。そのようなことを念頭において読まなければ、聖書がわからなくなります。






    聖書箇所は、新改訳聖書から引用させていただいています。

      




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2010年11月22日

Coffee Break91 青空




きょうは聖書の話はおやすみです。
これらの歌は、教会の子どもクラスの子どもたちと、遠足に行った時のものです。
高く晴れた秋空の下で、いろいろなグループの、さまざまな年令の子どもたちが楽しそうに遊んでいました。



相模原市麻溝公園にて

  子を集め 秋陽の網で掬い取る 神の手わざに 舞える紅葉

  天高く 地は頼もしく光満ち もみじもけやきも歌うか 晩秋

  弁当で満腹 おやつでふくらむ頬笑い 立ち上がって跳ね 駆け回って跳ね

  舞台よし 観客もよし 台本は 神なる指の書かれた如く


ミニ動物園ふれあい広場

  触られて なお眠たげな 羊たち お前はぶちあり 私もぶちあり

  羊飼いおらぬ囲いの 羊たち 空も地面も のべる手も見ず






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2010年11月23日

Coffee Break92 出エジプトのはじまり(出エジプト記1章)



 出エジプト記は、飢饉を避けてエジプトに寄留したヤコブの子孫たちが、その地で増え広がり、民族と呼ばれるほどの大きな集団となって、やがて、エジプトを出て行く話です。
 
 神の視点から見れば、このエジプト脱出は最初から神のシナリオだったでしょう。なぜなら、アブラハムが召し出された時から、神は彼らにカナンを与えると約束をされたのです。エジプトがいかに豊かな土地であっても、それは神のお示しになった場所ではなく、しょせん一時の避難所、イスラエルの子孫が数を増やすための苗床でした。

 
 さて、ヨセフのことを知らない新しい王がエジプトに起こった。(出エジプト記1章8節)
 彼は民に言った。「見よ。イスラエルの民は、われわれより多く、また強い。(9節)
 さあ、彼らを賢く取り扱おう。彼らが多くなり、いざ戦いというときに、敵側についてわれわれと戦い、この地を出て行くといけないから。」(10節)
 

 そこで、王はイスラエル人に苛酷な労働を課して、彼らを苦しめたというのです。端的に言えば、奴隷として追い使ったのです。
 ところが、立場が悪くなり、労働が厳しくなり、苦しみが増しても、イスラエル人は弱る様子がなかったのです。それどころか、プレッシャーの中でよけい強くなり、数も増えていったのです。

 とうとう、王はとんでもないことを考えつきました。
 生まれてくるヘブル人(イスラエル人)の男の子を、全員殺してしまおうというのです。

 これを何年くらい続けるつもりだったのかわかりません。男子がいなければ、たしかにいざと言うとき、敵側に回る戦力は少ないでしょう。しかし、腕力の要る労役をする男子も減るのですから、エジプトもやがては困るはずです。

 のちに、イエス様がユダヤにお生まれになるとき、時のヘロデ大王が「イスラエルの王が生まれる」と聞いて、自分に取って代わるものが出ることにおびえ、二歳以下の赤ん坊を全員殺そうとしました。これは、その時期だけだったかもしれませんが、流す血に対して、効果の疑わしい方法ではありました。
 エジプトでも、それから千五百年後のユダヤでも、将来権力を脅かすはずの赤ん坊は、虐殺の網を逃れたのです。もちろん、神様が介入されたのですが。

 ☆☆☆☆

 エジプトの王はヘブル人の助産婦を呼んで言いました。

「ヘブル人の女に分娩させるとき、産み台の上を見て、もし男の子なら、それを殺さなければならない。女の子なら生かしておくのだ。」(16節) 

 しかし、助産婦たちは神を恐れる人だったので、王の命令に従いませんでした。王に呼びつけられて咎められると、言いました。ヘブル人の女は、エジプトの女と違って、活力があって、自分たちが行ったときにはすでに産み終えてしまっています。

 パロは怒って命令を出しました。生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない。

 苛酷な労働にも耐え抜いてきたイスラエル人も、このような命令には、さすがに悲鳴を上げたのでしょう。その声を、神がお聞きになったのです。


☆☆☆☆


 創世記を読むとき、私は「聖書は神が主役の書物」と念じて読み、それでも、何度もそのことを思い出さなければなりませんでした。
 なぜなら、聖書は神が主役とはいえ、人類の救いについて書かれたものですから、じっさいに焦点が当てられているのは、人間だからです。

 学校などで、子どもたちのケアしている場合、見守り、助け、指導し、方向付けをするのは大人ですが、子どもの様子を中心に考えたり、記録したりします。手を貸したり、対話したりするのも、話題は子どものことであり、対象になる子どもが中心に見えます。
 職員会議を開くとか両親と話し合うとか、人間世界に還元すればそのような場の想定もありですが、天地万物を創造された聖書の神様はおひとりですから、「神様会議」はありえません。


 出エジプト記以降になると、人間の救いについての問題は、さらに具体的に、深刻になり、あたかもダイナミックな人間ドラマを見るような印象が、ますます強くなります。
 それだけに、ここでも、聖書の主役は神であると、自戒して読まなくてはなりません。





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2010年11月24日

Coffee Break93 王女の息子(出エジプト記2章5節〜10節)




 イスラエル人への抑圧は強くなり、その上、生まれてくる子どもまで殺せと言われては、雑草のように強い民族でも悲鳴を上げます。
 出エジプト記は、この民の悲鳴をお聞きになった神が、一人のヘブル人モーセを召し出され、イスラエルの民をエジプトから導き出す記録です。


 出エジプト記2章では、あるイスラエル人の家にスポットがあたります。レビ族の家の人が同じレビ人の娘と結婚するのです。その女が、男の子を産んだ時、ちょうど王からの命令が出ました。「男の子はみんなナイルに投げ込まなければいけない。」(出エジプト記1章22節)
 しかし、どんな親でも、自分の子どもを川に投げこめるものではありません。この母親は子どもを隠しました。三ヶ月隠したのですが、隠しおおせない時が来て、パピルス製のカゴに入れて、川に浮かべることにしました。
 カゴには瀝青と樹脂を塗って防水していたのですから、なんとか助かって欲しいと祈るような気持ちで捨てたのでしょう。

 この子の幼い姉が、そのカゴのうしろからついていくと、たまたまエジプトの王女が侍女たちと水浴びするため川に下りてきました。流れてきたカゴを王女が開けてみると、赤ん坊が泣いているのです。
 王女はすぐにヘブル人の子どもだとわかったのですが、赤ん坊をかわいそうに思いました。
 その時、赤ん坊の姉、後に女預言者として活躍するミリアムは、機転を利かせて王女の前に出て、「誰か、ヘブル人の乳母を呼んできましょうか」と言うのです。もちろん、呼ばれてきたのは、男の子の母親です。
 王女は、「この子を連れて行って、私に代わって乳を飲ませてください」と頼み、その費用まで約束してくれたのでした。(出エジプト記2章5節〜10節)

 こうして、本当の母の元で乳離れするまで育てられ、のちに王女に返されて、王女の息子として育てられたのが、モーセです。

 この物語はここまででも、ふしぎなところもあり、また、共感も覚えるのです。
 ふしぎなのは、いくら王女とはいえ、ヘブル人の子どもとわかっている赤ん坊を生かして置けたのかということです。
 川に流したものが、王女の目に止まったぐうぜんも、神が働かれたとしか思えません。
 川は一筋道だといっても、奴隷が住んでいる地域と王宮の地域では距離があったでしょう。流れるカゴの後を追跡したミリアムも、しっかりものの子どもです。

 こうしてヘブル人でありながら、エジプト人の家に接木されたモーセは、王族として成長するという幸運を手にしました。奴隷の家に育っていては、けっして身につけることはなかった高い教養と、大きなものを見渡す見識と、人の上に立つ威厳ある態度が、彼のものになりました。
 同時に、彼は単純に支配者側の人間と成りきることはできませんでした。成長するにつれ、彼は自分の中に流れるヘブル人の血を、意識するようになりました。

 大人になり、同胞の苦役を見たモーセの心に、ヘブル人としての正義感がわき起こります。その正義感は、人間的には「将来を約束された」地位にいたモーセの、すべてを捨てさせることになるのです。




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2010年11月25日

Coffee Break94 血と身分




 モーセは、聖書の中でも、人気がある預言者の一人です。
 (ちなみに、旧約聖書の中でもっとも偉大な人物を五人挙げるとしたら、アブラハム、モーセ、サムエル、ダビデ、イザヤと、言われています。)
 エジプトから自分の民を連れ出した英雄・指導者として、モーセの名前は、いまでも人類史に輝いています。

 この出エジプト記が、映画「十戒」になったこと、出エジプトのできごと自体が、新約旧約聖書を通じて、大きな出来事であることも事実です。

 民族を丸ごと、住み慣れた土地から連れ出すという大事業のリーダーだったモーセですが、一人の人間として彼を見ても、大変な魅力があります。

 彼のドラマは、その生い立ちから、波乱と危機に満ちています。
 すでに見たように、王の命令で殺される赤ん坊だったのが命拾いし、あろうことか、王女に拾われて、その子どもとして育てられる幸運を、手にしたのです。

 そのまま、一生高い身分でよい暮らしができたかもしれないのに、自分の出自の血、ヘブル人であることを忘れませんでした。
 二つの立場、卑しい奴隷の血統と、王家の身分のはざまで、彼の人生は思いがけない方向に向かうのです。
 


 こうして日がたち、モーセが大人になったとき、彼は同胞のところへ出て行き、その苦役を見た。そのとき、自分の同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。(出エジプト記2章11節)
 あたりを見回し、ほかにだれもいないのを見届けると、彼はそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した。(12節)
 次の日、また外に出てみると、なんと、ふたりのヘブル人が争っているではないか。そこで彼は悪い方に「なぜ自分の仲間を打つのか」と言った。(13節)
 すると、その男は、「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。あなたはエジプト人を殺したように、私も殺そうと言うのか」と言った。そこで、モーセは恐れて、きっとあのことが知れたのだと思った。(14節)
 


 王女の息子として成長したモーセが、エジプトを脱出しなければならなくなった直接の事件です。

 たぶん、エジプト人がヘブル人の奴隷を打つのは、当たり前のことだったのでしょう。モーセがほんとうのエジプト人なら、奴隷を打っている男を咎めたりしないわけです。そのモーセの葛藤に、私たちは共感するのです。


 私たちも、たいてい二つ三つと、互いに自分の内部でぶつかり合うような立場をもっています。
 愛があっても、愛があるからこそ、別の人を打たなければいけないこともあります。たとえば、役所や企業で内部告発する人などは、そのような葛藤を生きたのではないでしょうか。その結果、立場を失う人も珍しくないでしょう。

 この物語が、神様の救いの計画の一環であり、モーセの血と立場の葛藤も、神様が大きく彼を用いられるためだったとわかっていても、すべてを捨てて荒野へ逃げるモーセに寄り添い、思わず同行してしまいます。







  
 
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2010年11月26日

Coffee Break95 モーセの結婚(出エジプト記2章21節)




 自分がエジプトの王女の息子ではなく、ヘブル人の赤ん坊だったのを拾われたのだと、モーセが知ったのはいつでしょう。乳離れするまで実の母のところで養われたとありますが、母乳を必要とするのは、どんなに長くても二〜三歳までです。ふつう三歳までの記憶は残らないと言われています。いくつかの場面を覚えていても、意識してその意味付けをするようになるまで、記憶として組み立てられないからだそうです。とはいえ、友人に、二歳の時のことを覚えていると言う人がいますから、個人差があるのでしょう。
 それでも、大人になったモーセは、自分がヘブル人であることを知っていました。いま、私たち日本人が、たとえば白人と顔を比べたら明らかに違うように、外見がエジプト人と違っていたのでしょうか。

 ヨセフが、ヤコブや自分の兄弟たちをエジプトに呼び寄せる時、「羊を飼うものをエジプト人は忌み嫌うから、あえて羊を飼うものと明かすように」(創世記46章34節)と、言っています。遊牧民である彼らは,最初からエジプト人とはなれてゴシュンの地に住み、その結果、エジプト人と結婚したりする者も、ほとんどいなかったのでしょうか。(もちろん、ヨセフはエジプトの祭司の娘と結婚していたので、その子マナセとエフライムには、二つの民族の血が流れていたのです。創世記41章51節52節

 
 時代が下って、ヨセフのことを知らない王が治める時代になり、苛酷な労役がヘブル人に課され、さらに、人口が増えるのを恐れて男の子を殺せとのお触れが出るくらいですから、彼らは、エジプト人とほとんど融和せず、その言語や生活習慣、拝む神も、隔絶していたのでしょう。


☆☆☆☆

 モーセがヘブル人を打っていたエジプト人を殺し、その殺人を別のヘブル人から脅迫されたとき、どうして、王の前に申し開きをしなかったのでしょう。彼は王女の息子なのですから、自分を強く弁護して、ヘブル人奴隷の申し立てなど、ひっくり返せなかったのでしょうか。
 それとも、モーセは自分がヘブル人のために良いと思ってしたことが、同じヘブル人から脅迫のタネになったことに、嫌気が差したのでしょうか。

 のちにモーセは、神から召命を受けた時、「私は口下手です」と辞退しています。(出エジプト記4章10節) これは、もともとの彼の性質ではなく、このとき、同胞に裏切られ、口をつぐんで国をあとにした時のショックが尾を引いていたのかもしれないと、(私見ですが)思うのです。

 王子であったモーセは、きっと多くの外国語や弁論などの教育を受けていたでしょう。
 私たちも、とても活発だった人が、なにかの挫折によって人が変わったように無口になったり、引っ込み思案になったりするのを、目にすることがあります。


 荒野に逃げていたモーセは、ある日、ミディアンの地の井戸のそばにいました。すると、羊飼いの娘たちが七人やってきて、羊に水を飲ませ始めました。すぐに、男の羊飼いたちがやってきて、女ばかりのこの群れを、追い払おうとしました。
 モーセはこれを見て立ち上がり、荒くれの羊飼いたちをやっつけたのです。


 娘たちは家に彼を連れ帰り、父親であるミディアンの祭司に紹介しました。モーセは恩人として温かくもてなされ、その家に滞在して羊飼いの仕事を手伝うことになりました。祭司は、長女のチッポラをモーセに娶らせました。彼女は息子を産み、モーセは彼の名前をゲルショム(私は外国にいる寄留者だ)と名づけました。
 この名前から推測するのに、モーセは妻と子どもをもち、落ち着いた生活をしながらも、同胞・ヘブル人から切り離されているような寂しさがあったのでしょう。(出エジプト記2章15節〜22節)
 
 エジプトの王子になりきれなかった彼は、ミディアンの祭司の娘婿にもなりきれませんでした。それは、彼が意識しているというより、天から与えられた宿命でした。

 彼には、神が定めた使命があったのです。
 モーセが羊を追って、神の山ホレブにやってきたときのことです。

 すると主の使いが、彼に現れた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。(出エジプト記3章2節)
 
 この場面はとても印象的です。モーセはこの日をさかいに、一介の羊飼いから、すべてのヘブル人を、エジプトから、約束の地カナンに向けて連れ出す指導者として歩み出すのです。




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2010年11月27日

Coffee Break96 モーセの召命(出エジプト記3章)



  召命と言う言葉は、アブラハムのときにもすでに出てきました。(Coffee Break35) けれども、改めて、ノンクリスチャンの人から、「召命」の説明を求められていますので、私なりにご説明します。

 モーセが羊を追って、神の山ホレブに来た時、神が燃える柴の中から、彼に声をお掛けになりました。(出エジプト記3章2節〜6節)
 とつぜん、何の心の準備もないまま、モーセは召命を受けるのです。


 主は仰せられた。「わたしはエジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使うものの前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。(出エジプト記3章7節)
 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に彼らを上らせるためだ。(8節)
 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」(10節)


 モーセはびっくりして、神にお訊ねます。

「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行って、イスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」(11節)

☆☆☆☆


 あなたが、ある日とつぜん、思いもかけない人から、思いもかけない重要な役割を仰せつかったらどうするでしょう。人間社会の中、会社や学校や家庭や近所づきあいの中でも、それが自分の予測や意思とはほとんど関係なく一方的に選ばれて、ポジションに置かれたら・・・、嬉しいでしょうか。困惑するでしょうか。
 もちろん、話によりますね。名誉に報酬もたっぷりついていて、仕事があまり難しくなければ、願ったり叶ったりですね。少なくとも、私のような怠け者の凡人は、「きつくないなら・・・」「私でも出来るのでしたら」なんてことなら、お受けします。

 ですが、現実の人間社会でも、報酬はたっぷりあって、仕事がきつくないようなことが、「降ってわいて」くることはありませんね。やりたい人はいくらでもいるからです。
 とてつもなく難しくて、だれでもできるわけでないからこそ、どこか高い場所にいる人が決断して、ある人に白羽の矢を立てるわけです。それは、大いに名誉なことかもしれませんが、ものすごく困難な仕事だったりするのです。


 召命とは、神様がとくべつにお選びになった人に、同様な困難な役割を担うよう、声をお掛けになることを言います。神様が声をお掛けになるのですから、仕事は神様の御用──御心から発するものです。
 神様の仕事ですから、人間社会で言うような報酬と引き換えではありません(結果として人間的な目に見える報酬をいただく場合もありますが)。 もっぱら、神様を畏れ敬う従順の気持ちから、神様の御心に叶うことするのを喜ぶのでなければ、とても務まるものではありません。

 もちろん、神様は最大のサポートを約束してくださいます。創世記で見てきたように、アブラハムもイサクもヤコブも試練に遭いましたが、同時に、神様がゆたかに祝福をしてくださっています。
 神様を信じるものにとっては、神の約束は、人の約束よりはるかに確かなものです。
 それでも、召命を受けるのはなかなか決断の要ることです。
 モーセの場合、とくに、静かな田舎でひっそりと平穏に暮らしていたのに、とつぜん、エジプトに戻り、奴隷となっている60万人の同胞を、その国から連れ出すリーダーとして選ばれたのです。

 モーセが「私は何者でしょう」と、神様に申し上げたのは当然なのです。
 出エジプト3章4章は、召命を受けて逡巡するモーセと、神のやりとりです。




 
 
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2010年11月28日

Coffee Break97 モーセの弱気(出エジプト記3章、4章、詩篇23章) 




 神から、「今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」(出エジプト記3章10節)と、召命を受けたモーセは、直ちに、「わたしは何者でしょう」と申し上げました。
 
 しかし、神はこのモーセの質問にお答えになる代わりに、仰せになったのです。

わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。」(12節)

 モーセも自分の質問に、いつまでもこだわってはいません。つぎの質問を神に申し上げるのです。

「私は、イスラエル人のところに行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのもとに遣わされました』と言えば、彼らは、『その名はなんですか』と私に聞くでしょう。わたしは、何と答えたらよいのでしょうか。」(13節)

 神のお答えは、次のようなものです。

「わたしは、『わたしはある』と言う者である。」

 この神様の、ふしぎな自己紹介については、別の機会に考えます.
 ともかく、神はご自分が、イスラエル人の先祖の神、アブラハム・イサク・ヤコブの神であること。神は今、イスラエルの苦難に目を留めておられること。神ご自身が、いまイスラエル人を約束の地カナンに連れ上ろうとしておられることを、エジプトにいるイスラエルの長老たちに告げなさいと言われます。
 エジプトの王は、イスラエル人を、容易にはエジプトから離れさせないだろうが、神が王に手を伸ばしてあらゆる奇跡を行なって、王の気持ちを変えるとも仰せになります。

 まだ、モーセは逡巡しています。
「ですが、彼ら(イスラエル人)は、それを信じるでしょうか。主は私に現れなかったと言うのではないでしょうか」(4章1節)

 そこで、主は、モーセがもっている羊飼いの杖を蛇に変え、モーセの手をツァラアトに変えるしるしをお見せになりました。「この二つの、しるし(ふしぎなワザ・奇跡)を彼らが信じない場合は、ナイルから水を汲んでかわいた土に注げば、それは血となる」と、エキストラのしるしまで、用意してくださったのです。

 それでも、モーセは決心ができません。
「ああ、主よ。私はことばの人ではありません。口が重いのです」と、ためらうのです。

☆☆☆☆


 モーセの召命の箇所は、なんだか私たちをホッとさせないでしょうか。出エジプト記のモーセ。聖書の中でも、もっとも偉大な預言者でリーダーのひとり。神が直接現れてくださって、十戒をいただき、神と顔と顔をあわせてお話しすることができたモーセでさえ、大きな使命をとつぜん、神から仰せつかって、これほど気弱に戸惑うのです。

 
 昇進うつということばがあります。引越しうつとか、マタニティブルー、五月病。これらはに共通するのは、新しい役割に伴う不安や恐怖、戸惑いでしょう。病気や不幸続きでうつになる、挫折がうつの原因になるというのは──もちろん深刻な事態ですが──まだ理解しやすいのです。けれども、良い場所に移されて、責任ある役割を任されてさえ、人はウツになるのです。 


 モーセは、もちろん、結局は神の命令どおりエジプトに戻ります。神の指示通り、兄アロンの協力を得て、エジプトのパロとの交渉に入るのです。
 私たちも、戸惑い、つまずきながらも、目の前でそそりたつ障壁を乗り越えて行きます。その時、意識するとしないに関わらず、私たちは「神のお声を聞きたい」「神が自分とともにいてくださるように」と、思うのではないでしょうか。


 聖書には、私たちが、戸惑う時、つまづきそうな時に適用できそうなエピソード、また、励ましを受けるすばらしいことばが、たくさん出てきます。
 
 時代は下りますが、イスラエル王国の王ダビデも、歌っています。

 
 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
 
 あなたが私とともにおられますから。 

 あなたのむちとあなたの杖、

 それが私の慰めです。           (詩篇23篇4節)





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2010年11月29日

Coffee Break98 わたしはある(出エジプト記3章13節14節)




 「私は、イスラエル人のところに行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのもとに遣わされました』と言えば、彼らは、『その名はなんですか』と私に聞くでしょう。わたしは、何と答えたらよいのでしょうか。」(出エジプト記3章13節)
 神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある』と言う者である。」(14節)


☆☆☆☆


 クリスチャンとして神様のお話しをする時、一番難しいのは、じつは自分の信仰している神様の名前です。
 なにしろ、神ご自身がモーセに、「わたしはある」と言う者だと、自己紹介をなさったのです。これがどのような意味なのかは、創世記のはじめから書かれているのですから、大体そのとおりに言うことにしています。
 「天と地をお作りになった方」「天地万物、星も太陽も月も、すべての動物も植物も、私たち人間もお作りになった方」で、いまも「すべてを存在させていらっしゃる方」だと説明するのです。
 ただ、これは、どうしても長くなるのです。
 秩序正しく原稿を作って話すのではなく、いきなり状況にあわせ、要領良く相手に納得していただこうとすると、たいてい難しい話になってしまいます。

「わたしは存在する」は、英語聖書では、「I am who I am.」(Today’s English Version)となっています。こちらの方がいくらかわかりやすいでしょうか。
 
 
 日本人の感覚からすると、何かを願ってお祈りする相手には、形と名前があるのです。「いわしの頭も信心から」ではありませんが、水晶玉や石ころ、動物や人の形を刻んだり描いたりしたもの、要するに見えるものです。名前もたくさんついています。
 たとえば、平家物語などを読んでいると、武将が戦いに行く前には、「南無八幡大菩薩」などと、唱えています。


 もっとも、このような通称とも言うべき名前は、「わたしはある」という方にもありました。「アブラハム・イサク・ヤコブの神」です。
 創世記で、アブラハムに現れて、ハランから召し出してくださった天地創造の神は、イサク、ヤコブをも祝福してくださって、イスラエル民族のいしずえを築いてくださったのです。ですから、この名前なら、モーセもイスラエルの民も「わかる」のです。エジプトに移住して四百年近く経っていても、彼らは、イスラエル民族の名祖であるアブラハム・イサク・ヤコブとともにいてくださった神を「主」とあがめ、忘れることはありませんでした。
 
 しかし、この名前は、あくまでイスラエルの民の神としてのお名前です。ですから、モーセがアロンとパロのもとに会いに行くと、パロは言いました。
「主とはいったい何者か。私がその声を聞いてイスラエルを行かせなければならないというのは。私は主を知らない。イスラエルを行かせはしない。」(出エジプト記5章2節)

 モーセは言いなおしています。
「へブル人の神が私たちにお会いくださったのです。」(3節)

 アブラハムの時代、出エジプト記の時代から、神様がキリストとなって地上に来られる二千年前まで、長い間、聖書の神はイスラエルの神でした。それで、また、要領の悪い私の神さまの紹介は、ますます長くなるのです。
 イエス・キリストの福音によって、初めて、聖書の神様は全人類の神になったのです。

 それは、ホレブで神がモーセにお会いになったときの神ご自身の自己紹介、「わたしは『わたしはある』というものである」が、本来の姿として現れてこられただけなのですが。





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2010年11月30日

Coffee Break99 パロとの交渉@(出エジプト記5章)




 さて、出エジプト記の順序にもどりましょう。

 モーセが召命を受けた時を同じくして、神はモーセの兄アロンに声を掛けていました。ふたりは神の山ホレブで会い、再会を喜び合いました。モーセはそこで、主から告げられた言葉のすべてと、主が示してくださったしるしについて、兄アロンに語りました。

 エジプトに戻った二人は、イスラエルの長老たちを全員集めました。そこで、アロンが、主がモーセに語った言葉を告げ、モーセはみんなの前で、しるしを行なって見せました。
 言葉だけでなく、しるしがあったので、民はみなモーセとアロンを信じました。なによりも、アブラハム・イサク・ヤコブの神、彼らの主が自分たちの苦しみをご覧になってくださったことを喜び、ひざまずいて神を礼拝したのです。

 これで、最初モーセが心配していた大役は、ひとまず、順調にすべり出したかに見えました。
 

 しかし、本当の任務はこれからです。民を連れ出しても良いという許可をパロ(エジプト王)から取り付けなければなりません。奴隷なのですから、主人が許さなければ出国は叶わないのです。

 モーセとアロンはパロのところに行き、言いました。

「イスラエルの神、主がこう仰せられます。『わたしの民を行かせ、荒野でわたしのための祭りをさせよ』」(出エジプト記5章1節)
 案の定、パロは、「主とは何者か。私は主を知らない」と返答します。

 当時は、無神論者はいなかったでしょう。どのような小さな神であれ、神を信仰していない国はなく、自分たちの神を持たない人もいなかったのです。自分の神ならば、まだしも耳を傾けようというわけです。
 
 すると彼らは言った。「ヘブル人の神が私たちにお会いくださったのです。どうか今、私たちに荒野へ三日の道のりの旅をさせ、私たちの神、主にいけにえをささげさせてください。でないと、主は疫病か剣で私たちを打たれるからです。」(3節)
 エジプトの王は彼らに言った。「モーセとアロン。おまえたちは、なぜ民に仕事を辞めさせようとするのか。おまえたちの苦役に戻れ。」(4節)
 


 パロの態度は、とりつくしまもありません。
 奴隷ごときから、「要求」を出されたパロは、かえって態度を硬化させます。
 レンガを作るのには、粘土とわらが要るのですが、そのわらを、もう支給しない。わらは自分たちで探して調達し、しかも、作るれんがの量は減らしてはならぬと言うのです。れんがを作る作業だけでも重労働なのに、その上材料のわらを捜してくる仕事が加わったのです。

 どう考えても無茶な話です。支配者に逆らったらどうなるか、目にものを見せてくれよう! パロはそんな気持ちだったのでしょう。

 パロは言い募ります。

「彼らはなまけものだ。だから、『私たちの神に、いけにえをささげに行かせてください』と言って叫んでいるのだ。(8節)
 あの者たちの労役を重くし、その仕事をさせなければならない。偽りのことばにかかわりを持たせてはいけない。」(9節)


 その結果、イスラエル人の人夫頭たちは、締め付けを受け、咎められ、「なぜ、おまえたちは定められたれんがの量を作れないのか」と、むちで打たれる羽目になりました。

 当然、彼らはモーセとアロンに抗議をします。
 「あなたがたはパロやその家臣たちに私たちを憎ませ、私たちを殺すために彼らの手に剣を渡したのです。」(21節)

 モーセとアロンのパロとの交渉は、その第一番目の関門から、暗礁に乗り上げてしまったのです。





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