2010年11月08日

Coffee Break77 熱い涙




 この頃、エジプトに穀物を買い付けにきた人の数は、数え切れないほどだったでしょう。何しろ、中東全域が大飢饉なのです。よほど貧しい人は、座して飢え死にしたでしょうが、ろばやらくだをもっていて旅費がある人なら、やってきたに違いありません。穀物を売る販売所も一箇所ではなかったでしょう。ナイル沿いにある町々に販売所ができて、そこに人々が長い列をなしている様子が見えるようです。
 ただ、この話について、一つ疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。ヨセフはエジプトでパロに次ぐ最高の権力者です。穀物の放出を指示したのもヨセフです。けれども、そのようなトップにいる人が、買い付けにきたおびただしい人々の中から、どうして、自分の兄弟と接点を持つことができたのでしょう。最初にヤコブの息子たちがエジプトに行った時、穀物の販売所のような場所にヨセフがいたのはなぜでしょう。


 販売所が、人種、民族、部族、地域の人ごとに分かれていたのでしょうか。ヨセフには神が共におられたのですから、兄弟が来ると、なんらのお告げがあったのでしょうか。

 二度目の時は、シメオンを人質に取られているので、最初から、兄たちが、「宰相様にお会いしたい」と申し込んだのでしょう。
 ヨセフは、兄たちが弟ベニヤミンを連れて戻ってくる日を、首を長くして待っていたに違いありません。確信はありました。なぜなら、彼らが最初に買って帰った穀物は、せいぜい一二年しかもたず、ききんは七年続くからです。

今から考えると,
想像できないほど、イスラエル(ヤコブ)一家の家族愛と結束は強かったのです。兄エサウから祝福を奪ったヤコブでさえ、兄と再会すると、泣いて抱き合ったのです。(創世記33章1〜4節)
父に可愛がられていい気になっている少年ヨセフに、腹を立てて売り飛ばしてしまった兄たちですが、その嫉妬は他人同士ではなく、兄弟だからこそ起こったものです。父ヤコブの愛をみんな欲しかったのです。
 家族はとても近い関係なので、愛憎が背中合わせになっているものです。エジプトで奴隷に売られたあと、ヨセフにもそのような人の心のひだが、だんだんわかってきたでしょう。ですから、兄たちがシメオンを見殺しにするはずがないと信じていました。

 部下から、ヘブル人(ユダヤ人の別名)が戻ってきたと聞いたヨセフは、直ちに彼らの様子を見に行き、弟ベニヤミンがいるのを(たぶん、物陰から)確かめると、家の執事に彼ら全員を自分の屋敷に連れて行くよう、また宴会の準備をするように言いつけます。
 驚いたのは、ヤコブの息子たちです。

 なぜ?と言うわけです。
 一介の買出し人、それどころか前回はスパイの容疑を掛けられて、シメオンを拘置されてしまったのです。袋に買い付け代金の銀が戻されていたのも不可解。何が起こるかわからないこわい世界です。
 今度はいきなり、宰相の御殿のような屋敷に案内され、これも何かのワナだと恐れました。そこで執事に平身低頭して言いました。

「失礼ですが、あなたさま。この前の時には私たちは食料を買うために下ってきただけです。(創世記43章20節)
 ところが、宿泊所に着いて、袋をあけました。すると、私たちの銀がそのままそれぞれの袋の口にありました。それで、私たちはそれを返しに持って来ました。(21節)
 また、食糧を買うためには、ほかに銀を持ってきました。袋の中にだれが銀を入れたのか、私たちにはわかりません。」(22節)
 彼は答えた。「安心しなさい。恐れることはありません。あなたがたの神、あなたがたの父の神が、あなたがたのために袋の中に宝を入れてくださったのに違いありません。あなたがたの銀は私が受け取りました。」それから、彼はシメオンを彼らのところに連れてきた。(23節)


 執事の返事が、ふるっています。
 穀物の袋に戻っていた銀は、「あなたがたの父の神がくださったのでしょう。あなたがたが支払った穀物の代金の銀は、私が確かに受け取ったのですから」と言う訳です。
 そう言われてしまっては、彼らも返すことばがありません。
 足を洗う水を出されたので足を洗い、ろばに餌をやって、宰相に持ってきた土産類を出し、整え、ヨセフを待っていました。

 やがて戻ってきたヨセフに、全員が頭を地に付けて平伏しました。
 ヨセフは尋ねます。


「あなたがたが先に話していた、あなたがたの年老いた父親は元気か。まだ、生きているのか。」(27節)
 ヨセフは目を上げ、同じ母の子である弟のベニヤミンを見て言った。「これがあなたがたが私に話した末の弟か。」そして言った。「わが子よ。神があなたを恵まれるように。」(29節)
 ヨセフは弟なつかしさに胸が熱くなり、泣きたくなって、急いで奥の部屋に入って行って、そこで泣いた。(30節)


 ヨセフ物語は、涙の物語ですが、その涙は冷たい悲しい涙ではなくて、熱い涙です。
 懐かしい肉親に再会して、ヨセフは熱い涙を流すのです。異郷で神様に守られて「成功」した彼も、ホームシックを心の奥深くにたたみ込んでいたのでしょう。一時は兄たちを恨んだかもしれませんが、それでも、生まれ育った家族のぬくもりの記憶は、宰相としてまわりから払われる敬意や満足では贖えないほど、強かったのです。

 威厳を繕っていた彼は、涙を人に見せることもできず、奥の部屋に行って泣くのです。




 
posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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