2010年11月14日

Coffee Break83 再会




「選びの民の家族史」は、創世記46章で、いよいよ終局に入ってきました。
 ヨセフが生きていたこと、それどころか、エジプトで出世して宰相となり、一族全員の窮地を救う力があること。これらを聞いた時、ヤコブは長い苦労の人生から抜け出したような気がしたのではないでしょうか。
 それでも、ヤコブがエジプト行きの前途に何か不安があったのでしょうか。これまで、ヤコブは前途に大きな障害や不安を抱えた時に祈り、また神はそのヤコブの祈りに応えて下さっています。
 そうです。ヤコブは、彼らはアブラハム以来、カナンを所有するものとなるという神の約束を思い出していたのです。カナンは父祖からの約束の地なのです。飢えたとは言え、異郷の地に行ってもよいのだろうか。アブラハムもききんの時エジプトに行きましたが、ここで妻を妹と偽るような失敗をしています。
 そこで、ヤコブは、ベエル・シェバに来た時、神に犠牲をささげたのです。
 それに対して、神は「恐れるな」「私自身がふたたびあなたを導き上る」と言ってくださいました。これで、ようやく、ヤコブの懸念は払拭されました。
 
 一族七十人にしもべたち、多くの家畜など、その隊列は大きなものだったでしょう。
 彼らは、エジプトでも豊かな土地ゴシェンが与えられ、そこへ入りました。
 ヨセフみずから車をしたてて、ゴシェンに父イスラエル(ヤコブ)を迎えに出てきました。

 ヨセフは父に会うなり、父の首に抱きつき、その首にすがって泣き続けた。(創世記46章29節)
 イスラエルはヨセフに言った。「もう今、わたしは死んでもよい。この目であなたが生きているのを見たからには。」(30節)


 かつて、他の息子たちがヨセフと穏やかに話すこともできない(創世記37章4節)ほど、ヨセフだけを特別扱いして可愛がったイスラエルです。ヨセフがいなくなったことが、彼にとってどれほどの喪失だったかがわかろうと言うものです。
 
 ヨセフは父や兄に言います。
 私はあなたたちのことを、パロに知らせに行きます。また、家族が羊飼いであると、あらかじめ紹介しておきます。そうしておけば、あなたたちはゴシェンに住むことができるでしょう。なぜなら、エジプト人は羊を飼うものを忌み嫌うからです。
 これは、ちょっと逆説的です。エジプト人が嫌う牧畜業を生業としているので、イスラエル一族だけがエジプト人から離れて、ゴシェンに住むことができるという都合の良い状況を述べています。

 もちろん、パロもヨセフの家族を歓迎して、受け容れてくれます。
 まもなく、ヨセフの兄弟たち、父ヤコブはパロに引き合わせられるのです。

  私自身がかならずあなたを導き上る。(創世記46章4節)と神は約束してくださいました。しかし、次に彼らがエジプトから出て、カナンを目指すのは、はるか後の時代でした。
 エジプト。そこは、彼らイスラエルの民が増えて、民族となるための苗床だったからです。



 
posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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