2010年11月16日

Coffee Break85 政治家ヨセフ 




 ヤコブがパロに拝謁した場面(創世記47章7節〜10節)のあと、聖書はまた、ヨセフの公生活に主題を移します。
 ヨセフはエジプトで、いきなり宰相として取り立てられました。その後、宰相として生涯をまっとうするのです。これは、パロの夢を解き明かしたという、ただ一回の功績だけではなく、誰が見ても認めるような知恵と人間性の高さとがあったのでしょう。


 聖書に書かれているのは、そのうちの一部です。彼がポティファルの妻に言い寄られても、断乎としてはねつけたこと、監獄の中で料理長と献酌官の夢を解き明かして、それが的中したこと。また、私的には、家族との再会に見られるような暖かい人間性と、神の御心を体現するような許しと和解を行なうところです。

 政治家としては、彼は飢饉を前に、豊作の間に大量の穀物を貯蔵しました。それをエジプトの国民はもちろん、世界中(当時の中東)から買い付けに来た者たちに売ります。そのことによって、パロの家には銀が集まり、いやがおうにも豊かになるのです。

 それで、ヨセフはエジプトの地とカナンの地にあったすべての銀を集めた。それは人々が買った穀物の代金であるが、ヨセフはその銀をパロの家に納めた。(47章14節)

 ヨセフは集めたお金を着服するようなことはなかったのです。これは、驚くべきことなのです。古今東西、権力や役職にある者が「役得」を利用しなかった方が珍しいでしょう。彼はポティファルの家にいた時と同様、主人に忠実でした。
 ポティファルの妻の誘惑を断った時の、ヨセフの言葉を振り返ってみましょう。

 ご主人は、この家の中では、私より大きな権威をふるおうとされず、あなた以外には、何も私に差し止めてはおられません。あなたがご主人の奥様だからです。どうして、そのような大きな悪事をして、私は神に罪を犯すことができましょうか。」(39章9節)

 当時、姦淫とは、人のものを取る(盗む)という罪のひとつでした。ちなみに男が妻に対して不誠実である「一夫多妻」は、咎められるべきものではありませんでした。ヤコブは四人もの妻妾を持ち、母違いの子どもが入り混じり、そのことで苦労はしましたが、結果的にはそれがヤコブ(イスラエル)への祝福となったのです。
 ヨセフが「神に罪を犯すことができましょうか」と言ったのは、もちろん、主人の妻を盗むことが、神への罪だと知っていたからです。同じく、パロの宰相である自分が、パロの家に入るべき銀を、たとえ一部でも盗むべきではないと、神を信じるヨセフはよくわかっていたでしょう。

 
 飢饉は治まらなかったので、エジプトの民はまたヨセフのところにきました。
「私たちに食物を下さい。銀が尽きたからといって、どうして私たちがあなたさまの前に死んでよいでしょう。」(15節)

 ヨセフが「それでは家畜を寄越しなさい。家畜と穀物を引き換えよう」と言ったので、みんな家畜を引いてきて、代わりに穀物をもらいました。
 それでも、飢饉が続いたので、民はまたやってきました。

「私たちの銀も尽き、家畜の群れもあなたさまのものになったので、私たちの体と農地のほかには、あなたさまの前に何も残っていません。(18節)
 私たちはどうして農地といっしょにあなたさまの前で死んでよいでしょう。食物と引き換えに私たちと私たちの農地を買い取ってください。私たちは農地といっしょに奴隷となりましょう。どうか種を下さい。そうすれば、私たちは生きて、死なないでしょう。そして土地も荒れないでしょう。」(19節)

 そんなわけで、民の土地はすべてパロのものになりました。また、民はパロの奴隷となったというのです。
 これは、現在の常識で考えると、まことに為政者にとって都合よく運んでいるように見えるのですが、飢饉を予測して貯蔵をしていたこと自体が、大変な善政であるという前提でしょう。


 神が用いられた人間もその時代の制約の中を生きているのです。ヨセフはパロの家の宰相という立場の中で最善を行なったのです。じっさい、大量の餓死者を出すよりよほどすばらしいことでした。
 ヨセフは、民の望みどおり、種も与えました。条件は、収穫の五分の一をパロに収めると言うものでした。二割の税金は高いでしょうか。単純に比べられないかもしれませんが、江戸時代の年貢が五公五民、安くても四公六民でしたから、これは相当善政といえるでしょう。
 
 ヨセフは政治家としても温情のある、優れた人だったのです。






posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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