2010年11月19日

Coffee Break88 ヤコブの葬儀





 ヤコブが死ぬと、ヨセフは医師に命じてヤコブの遺体をミイラにしました。ミイラにするのに四十日かかったそうです。エジプト中がヨセフの父ヤコブのために喪に入り、七十日間歎き悲しんだとあります。葬儀はそのあとなので、遺体が腐らないようにミイラにする必要があったのです。

 それから、ヨセフはパロに願い出ました。

「私の父は私に誓わせて、『私は死のうとしている。私がカナンの地に掘っておいた私の墓の中に、そこに、必ず私を葬らなければならない』と申しました。どうか今、私に父を葬りに上って行かせてください。私はまた帰ってきます、と。」(創世記50章5節)
 パロが快諾したので、ヨセフは父を葬るためカナンに向かいました。

 このとき、
 彼とともにパロのすべての家臣たち、パロの家の長老たち、エジプトの国のすべての長老たち、(7節) ヨセフの全家族とその兄弟たちおよび父の家族たちも上って行った。ただ、彼らの子どもと羊と牛はゴシェンの地に残した。(8節)
 また、戦車と騎兵も、彼とともに上って行ったので、その一団は非常に大きなものであった。(9節)
 彼らはヨルダン川の向こうの地ゴレン・ハアタデに着いた。そこで彼らは非常に荘厳な、りっぱな哀悼の式を行い、ヨセフは父のため七日間、葬儀を行なった。(10節)



 そのあと、一行はカナンに戻り、マクペラの畑地、ヤコブの先祖の墓に遺体を葬りました。それから、ヨセフとその兄弟、ヤコブを葬るために同行したすべての人たちはエジプトに戻った、とあります。
 アブラハムの遺体はイサクとイシュマエルが葬ったのです。(創世記25章7節〜10節)イサクの遺体はエサウとヤコブが葬りました。(創世記35章28節29節)

 ヤコブの葬儀が麗々しくなったのは、ヨセフがエジプトの宰相だったからですが、聖書がそれをくわしく記しているのは、ヨセフの威光、出世を強調するためだけでしょうか。 
 ヘブル人のために、これほど敬意を表してくれたエジプトが、やがて、ヘブル人があまりに増え広がったのを恐れ、彼らを奴隷として重労働を課し、数がそれ以上増えるのを恐れて生まれてくる男の子すべてを殺そうとする時代がくるなど、神ご自身以外、このとき誰が知っていたでしょうか。

 神は聖書記者に啓示と霊感をお与えになったとき、創世記の終わりと、出エジプトとのコントラストを,明確に読者に印象付けるよう意図されたのでしょうか。







posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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