2010年12月01日

Coffee Break100 モーセの弱気 民の弱気(出エジプト記5章、6章)





 パロとの交渉は決裂しただけでなく、パロを怒らせたので、ヘブル人(イスラエル人)奴隷の待遇は前よりひどくなってしまいました。
 パロがヘブル人監督を迫害し、鞭打ったことで、モーセとアロンは同じヘブル人の彼らから、激しい非難を受けることになります。

「主があなたがたを見て裁かれますように。あなたがたはパロやその家臣たちに私たちを憎ませ、私たちを殺すために彼らの手に剣を渡したのです。」(出エジプト記5章21節)

 このようなことは、人間世界では当然の帰結です。反乱や革命というものは、ある集団とある集団の利害の対立の極地ですから、すんなりと進むはずがないのです。モーセとアロンのしたことは、それまでのヘブル人とエジプト人との関係を、根本からひっくり返すものなのです。奴隷であったヘブル人の側から、三日間も彼らの祭りのために出国させてくれなどということは、これまではなかったのでしょう。

 衝突があれば、当然、強い方が力づくで弾圧に出て来ます。その時、弱い側が一致団結してさらに交渉に当たるというのは、理想に過ぎません。私たちのまわりに見る小さな「団体交渉」でも、すぐ暗礁に乗り上げ、そうなると、不満がリーダーに向かうのです。

 さいわい、と言うべきか、出エジプト記は聖書の物語です。神がイニシャティブを取っておられる話なのです。
 そもそも、モーセが召し出されたのも、苦境にあえぐイスラエル人にリーダーになってくれと、担がれたのではありません。その叫びを聞かれた彼らの神・主がモーセを呼び出され、一方的に大任をお与えになったのです。

 ヘブル人監督に、「主があなたがたを見て、さばかれますように」と言われては、モーセも黙ってはいられません。すぐに、主のもとに戻って、申し上げるのです。

「主よ。あなたはこの民に害をお与えになるのですか。何のために私を遣わされたのですか。(22節)
 私がパロのところに行って、あなたの御名によって語ってからこのかた、彼はこの民に害を与えています。それなのにあなたは、あなたの民を少しも救い出そうとはなさいません。」(23節)
 主はモーセに仰せられた。
「わたしがパロにしようとしていることは、今にあなたにわかる。すなわち、強い手で、彼は彼らを出て行かせる。強い手で、彼はその国から彼らを追い出してしまう。」(6章1節)



 当然のことなのですが、神のお返事には、わずかの揺るぎもたじろぎもありません。
 神は、また、「わたしは主である」と告げ、自分は、エジプトにいるイスラエル人の苦悩の叫びを聞いたので、おまえに大任を与えた。かならず、パロは、あなたたちを去らせる。と断言されるのです。

 それから、今回の命令のもとになった出来事、アブラハム・イサク・ヤコブにカナンを与えると誓ったその地に、イスラエル人を連れ出し所有地として与えるのだと、前にも仰せになったことを(3章15節)繰り返して仰せになるのです。

 モーセとアロンは民のところに行きました。
 
 モーセはこのようにイスラエル人に話したが、彼らは落胆と激しい労役のためモーセに聞こうとしなかった。(6章9節)

 無理もありません。人間関係だけしか見えないとき、苦難があれば人間的な方法で解決したくなります。ここでは、自分たちの要求を下ろして奴隷生活に甘んじれば、少なくとも「元のレベルの苦しさ」に戻れるのです。

 民がまったく聞く耳を持ってくれないことに、モーセは落胆します。
 またしても、気弱になって、神に申し上げるのです。

「ご覧ください。私は口べたです。どうしてパロが私の言うことを聞くでしょう。」(6章30節)


 物事がうまく運ばない時、自分の短所がより大きく感じられるという人間心理は、モーセでも同じだったのだなあ思うと、私など、少なからず慰められたりするのです。もちろん、出エジプト記のテーマはそのようなところにないのでしょうが。





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2010年12月02日

Coffee Break101 パロとの交渉・しるしと不思議(出エジプト記5章7章)




 主はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたをパロに対して神とし、あなたの兄アロンはあなたの預言者となる。」(出エジプト記7章1節)

 モーセが主に「わたしは口下手です」と訴えたことに対し、神は、モーセに一段と高い立場をお与えになりました。パロに対して、モーセは神で、アロンはその預言者だというのです。これまでは、モーセが神の預言者で、アロンはいわばモーセの助手でした。
 これは、名前がワンランク上がったといったことではありません。神が仰せになったのですから、権威があります。
 もちろん、神の権威には裏付けもあります。神は、パロの頑なな気持ちを変えるために、エジプトでたくさんのしるしと不思議を行なうと約束してくださいました。

 わたしが手をエジプトの上に伸ばし、イスラエル人を彼らの真ん中から連れ出すとき、エジプトはわたしが主であることを知るようになる。(7章5節)

 パロは「主とは何者か、私は主を知らない」(5章2節)と言ったのですから、この主のことばは、モーセにとても大きな励ましとなったでしょう。
 それで、モーセは自信を回復して、パロのもとに行くのです。

 主はモーセに約束したとおり、パロの前でふしぎを行なわれます。

 モーセとアロンがパロのところに行き、主が命じられたとおり行なった。アロンが自分の杖をパロとその家臣たちの前に投げたとき、それは蛇になった。(10節)

 パロはすぐに、お抱えの呪術者を呼びました。なんと、呪法者たちも同じことを行なって杖を蛇に変えたのです。このようなふしぎのいくつかは、当時神でなくても行なえたのでしょうか。呪術者たちの行なったことは、ふしぎではなく、奇術だったのでしょう。
 ところが、アロンの杖の蛇は、呪術者たちの蛇をのみこんでしまったのです。

 パロや呪術者たちが驚いたのは、言うまでもないでしょう。けれども、さすがにエジプトのパロです。それくらいのことでは、「負け」を認める気配もありませんでした。
 
 主はモーセとアロンに命じて、つぎのしるしと不思議を行なうように仰せになりました。ホレブで約束された、ナイルの水を血に変えるしるしでした。

 モーセとアロンは主の命じられたとおりに行なった。彼はパロとその家臣の前で杖を上げ、ナイルの水を打った。すると、ナイルの水はことごとく血に変わった。(20節)
 しかし、エジプトの呪法師たちも彼らの秘術を使って同じことをした。それで、パロの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞こうとしなかった。主の言われたとおりである。(22節)
 
 「神の行う不思議だというが、それがどうした。自分の方もそれくらいのことはできる」と、パロはかえって、傲慢に、かたくなになったのでした。

 神はつぎのしるしと不思議を行なうよう、モーセに仰せになります。




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2010年12月03日

Coffee Break102 かえるの災害





 神はモーセに仰せられた。「パロのもとに行って言え。
 主はこう仰せられます。『わたしの民を行かせ、彼らにわたしに仕えさせるようにせよ。
 もし、あなたが行かせることを拒むなら、見よ。わたしは、あなたの全領土をかえるをもって、打つ。
 かえるがナイルに群がり、上ってきて、あなたの家に入る。あなたの寝室に、あなたの寝台に、あなたの家臣の家に、あなたの民の中に、あなたのかまどに、あなたのこね鉢に、入る。
 こうしてかえるは、あなたとあなたの民とあなたのすべての家臣の上に、はい上がる。』」
        (出エジプト記8章1節~4節)
 


 この主(神)の言葉は、これ以上付け加えるものがないほど、リアルです。神の手の、三番目のしるしと不思議は、かえるをナイルから上がらせて、エジプト中にあふれさせることです。川や野原だけでなく、家の中に入り、寝室に侵入し、寝台に上がり、かまどやこね鉢にまで入り込むと言うのです。
 エジプトで、かえるがどのようなイメージで見られていたかはわかりませんが、日本でも、数が少なければ愛嬌のある生き物です。おたまじゃくしは理科の勉強に、わざわざ飼って観察したりします。これを食べる国もあります。

 けれども、数が多すぎれば、なんでも邪魔になります。
 寝室と台所に侵入し、かまどいっぱいになって火も焚けないのです。こね鉢で麦粉をこねようとしても、かえるが邪魔をしてこねられないのでしょう。
 
 主はモーセに仰せられた。「アロンに言え。 
 あなたの手に杖を持ち、川の上、池の上に差し伸ばし、かえるをエジプトの地に、はい上がらせなさい。」(5節)
 アロンが手をエジプトの水の上に差し伸ばすと、かえるがはい上がって、エジプトの地をおおった。(6節)
 


 両生類のかえるが、足の踏み場もないほどあふれているのです。かえるは跳びますから、家の屋根、木の上、馬や羊の体にも取り付いたでしょう。相当気味の悪い光景です。災害と言っていいでしょう。
 すると、エジプトの呪法師たちも秘術を使って、同じように「かえるをエジプトの地の上にはい上がらせた」のです。

  火事場で、もう一つ火をつけるようなことが出現したのです。エジプト中がパニックになったことでしょう。


 しかし、呪法師たちは、ヘブル人の神に対抗するために、パロに呼ばれているのです。自分たちも同じ不思議なわざができるところを見せなければなりません。
 そんなわけで、これには、パロも音を上げました。

 モーセとアロンを呼び寄せて、「かえるを私と私の民のところから除くように、主に祈れ。そうすれば、私はこの民を行かせる。彼らは主にいけにえをささげることができる。」(8節)と、命じるのです。
 
 モーセが、かえるが断ち切られるように、あなたとあなたの家とあなたの家臣の為に、いつ祈ったらいいでしょうか。とパロに訊ねると、パロは「あす」と言います。

 モーセは、こことばかり念を押します。
「あなたのことばどおりになりますように。私たちの神、主のような方がほかにいないことを、あなたが知るためです。」(10節)

 モーセが主に向かって叫ぶと、主は聞き入れてくださって、かえるは家と庭と畑から死に絶えたのです。
 
 ところが、パロは息つく暇のできたのを見て、強情になり、彼らの言うことを聞き入れなかった。主の言われたとおりである。(15節)

 結果、主はモーセを呼ばれ、三番めの災害を、エジプトにもたらされるよう命じられるのです。。

註、一般に10の奇跡と呼ばれるものは、ナイルが血に変わるところから始まります。
   その前に杖が蛇に変わるしるしがありますが、これは、プロローグでしょう。



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2010年12月04日

Coffee Break103 ぶよとあぶ





 主はモーセに仰せられた。「アロンに言え。あなたの杖を差し伸ばして、地のちりを打て。そうすれば、それはエジプト全土で、ぶよとなろう。」(出エジプト記8章16節)

 パロとのこの交渉は、十の災害と呼ばれています。ヘブル人奴隷を彼らの神礼拝のため、荒野へ行かせるなんてとんでもないと、かたくななパロに対し、主はそのしるしと不思議で、つぎつぎとエジプトをおびやかされるのです。

 最初の災害は、主がナイルの水を血に変えたことでした。エジプト中で、川が臭くなり、魚が死に、飲み水にも困るようになったのです。
 二番目がかえるの大発生です。
 災害はひどいものでしたが、パロはほとぼりがさめると、やっぱりかたくなになるのです。

 三番目は、地のちりが、ぶよになったのです。ちりがぶよになったと言うことは、数え切れないほどの大発生です。わたしは、じつはぶよと蚊のちがいもわからないものですが、蚊柱の中を通るだけでも気持ちが悪いのですから、きっとすごい光景だったでしょう。
 エジプトの呪法師たちも、彼らの秘術を使って、同じことをしようとしたのですが、できませんでした。そこで、パロに「これは神の指です。」と言うのです。つまり、ヘブル人の神を、神と認めたのです。

 けれども、「パロの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞き入れなかった。」(19節)のです。
 
 主はモーセに仰せになります。
 それは、エジプト中をあぶの群れで満たすというものでした。
 あぶは、虻蜂取らずと言うことわざがあるくらいで、蜂のように刺すのです。大きさも蜂くらいはあるでしょう。そのような虫が大量発生し、家の中にまで入ってきたら、とても生活どころではありません。

 主は、このとき、ヘブル人が住むゴシュンの地を特別扱いし、そこにはあぶの群れがいないようにすると、仰せになり、事実そのとおりでした。
 それはもちろん、ただ、不思議をお見せになるためでなく、「主である私が、その地の真ん中にいることを、あなたが知るためである。」(22節)
 
 一方で、エジプト全土が、あぶの群れによって、荒れ果てたと(24章)言われる状態になったのです。
 これには、パロも譲歩を見せました。モーセとアロンを呼び寄せて言いました。
「さあ、国内でおまえたちの神にいけにえをささげよ。」(25節)

 最初から出国が目的ですから、国内でいけにえをささげるのでは、話になりません。
 モーセは、自分たちはエジプト人の忌み嫌うものをささげるので、エジプト人に殺されるかもしれませんと断った上で、あらためて、「三日の道のりを旅して、私たちの神にいけにえをささげなければなりません。これは主がお命じになることです。」(27節)と伝えました。

 パロはけっして遠くに行ってはならないとの条件つきで、モーセたちが、荒野に行くのを許可しました。

 ところが、モーセが祈り、あぶがいなくなると、パロの気持ちがまたしても変わったのです。






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2010年12月05日

Coffee Break104 疫病・腫物・雹 





 主はモーセに仰せられた。「パロのところに行って彼に言え。
 ヘブル人の神、主はこう仰せられます。『わたしの民を行かせて、彼らをわたしに仕えさせよ。(出エジプト記9章1節)
 もし、あなたが、行かせることを拒み、なおも彼らをとどめておくなら、(2節)
 見よ。主の手は、野にいるあなたの家畜、馬、ろば、らくだ、牛、羊の上に下り、非常に激しい疫病が起こる。』(3節)



 五番目の災害は、家畜への疫病でした。それも、主は、エジプト人の家畜とイスラエル人の家畜を区別し、疫病はイスラエル人の家畜には起こらなかったのです。
 その事実は、すぐにイスラエル人の居住地に調査に行ったパロの使いから、パロの耳に届いたのですが、パロは強情で、相変わらずイスラエル人たちを行かせようとはしませんでした。


 六番目の災害は、人間に対するものでした。
 主はモーセとアロンにお命じになります。「かまどのすすを取ってパロの前で天に向かってまき散らせ。」
 それで、モーセがすすをまき散らすと、それは細かいほこりとなってエジプト全土に散らばって人や獣につき、うみの出る腫物になりました。
 エジプトの呪法師たちも腫物のせいで、人前に出てくることができなくなりました。それを見て、パロの心は、ますますかたくなになったと言うのです。

 パロは王ですから、プライドが高くて、負けを認めることができなかったとも言えますが、根本的には、ヘブル人の神(奴隷の民の神)を、認めることができなかったのです。
 もとより、主なる神は、パロのかたくなさの原因をご存知でした。

 主は、パロに「わたしがあなたを打つなら、あなたは地から消し去られる」存在だと宣告するのです。わたしは万能で、なんでもできるが、「わたしの力をあなたに示すためにあなたを立てておく。また、わたしの名を全地に知らせるためである。」(15節16節)

 七番めの災害は、雹を降らせることでした。
 
 エジプト全土に雹を降らせると言う宣告を聞いて、「パロの家臣のうちでも主のことばを恐れたものは、しもべたちと家畜を家に避難させた」(20節)のですが、パロと同じで、イスラエル人の神のことばを侮ったものは、しもべや家畜を野に残した。

 その結果、エジプト全土にわたって、人から獣、野にいるすべてのもの、草に至るまで雹に打たれて、木でさえ砕けたのです。

 これを知ったパロの心も、やっと砕かれたように見えました。




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2010年12月06日

Coffee Break105 いなごの災害





 川や池、家の飲み水までが血に変わり、かえる、ぶよ、あぶが大発生、疫病、腫物、雹がおそって、エジプト中を震撼させました。しかし、パロはその時は驚くのですが、災害がおさまると、またかたくなになって、イスラエル人を出国させようとはしません。

 それで、主はまたモーセに仰せになります。
「パロのところに行け。わたしは彼とその家臣たちを強情にした。それは、わたしがわたしのこれらのしるしを彼らの中に、行うためであり、(出エジプト記10章1節)
 わたしがエジプトに対して力を働かせたあのことを、また、わたしが彼らの中で行なったしるしを、あなたが息子や孫に語って聞かせるためであり、わたしが主であることをあなたがたが知るためである。」(2節)
 


 モーセとアロンをパロのもとに行かせるときの、主なる神のことばが、少しずつ変わっていくのに注意したいと思います。
 雹を降らせる前、主はパロに、わたしは、私の力をあなたに示すためにあなたを立てておく。また、わたしの名を全地に知らせるためであると、パロ自身を直撃しない理由を述べます。

 ところが、八番目の災害を送るときには、モーセに、わたしが彼らの中で行なったしるしを、あなたが息子や孫に語って聞かせるためであり、わたしが主であることをあなたがたが知るためである。(2節)と、その理由が、イスラエル人に対するものとなっています。
 
 これは、相対するものを対称させて強調するレトリックでしょう。主がここで、「わたしがそのつもりになれば、パロに手を伸ばして、エジプトとパロを地から消し去ることは、容易である」と、仰せになっているのです。

 じっさい、この後、いなごの災害、暗やみの災害、それに初子(ういご)を打つ災害と、続くのですが、パロを完全に打ちのめしたのは、十番目の「初子の災害」で、パロの王子が死んだ時でした。
 ですから、主は最初にこれを持ってこられ、一度の災害で、イスラエル人を去らせることもできたかもしれないのです。そうしなかったのは、主の存在を認めないパロに、真の神の力を見せること、同時に、自分の民であるイスラエル人に、主のしてくださったことを語り継がせるためでした。


 モーセとアロンはパロのところに行って、彼に言った。「ヘブル人の神、主はこう仰せられます。『いつまでわたしの前に身を低くすることを拒むのか。わたしの民を行かせ、彼らをわたしに仕えさせよ。(10章3節)
 もし、あなたが、わたしの民を行かせることを拒むなら、見よ、わたしはあす、いなごをあなたの領土に送る。(4節)
 いなごが地の面をおおい、地は見えなくなる。また、雹の害を免れて、あなたがたに残されているものを食いつくし、野に生えているあなたがたの木をみな食い尽くす。(5節)



 これには、パロの家臣たちが震え上がりました。パロに、ヘブル人奴隷を行かせるよう進言するのです。
 パロは、譲歩するかに見えました。しかし、またもや、かたくなになりました。
 
 



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2010年12月07日

Coffee Break106 パロの強情




 いなごの災害と聞いて、どんなイメージをもたれるでしょう。昆虫を虫カゴで飼う感覚では、あんな小さな虫が災害を起こすなんて信じられません。
 いなごは日本では、佃煮になったりもします。私もいただいて食べたことがあります。けれども、良い殺虫剤がなかった昔には、稲を喰い荒らすことから恐れられていたのです。

 卵から孵化してわずか四〜七週間ほどで成虫になり、異常発生のときは、最大50キロ平方もの群れをつくり、飛んで、一晩で五百キロ以上移動するというのですから、もはや虫とも言えません。
 
 空が真っ暗になるほどの群れに、エジプトの人々も恐れをなしたのでしょう。


「もう、ヘブル人たちを行かせてください」という家臣の進言で、パロもその気になったのです。モーセとアロンを呼び返して言いました。
「行け。おまえたちの神、主に仕えよ。だが、いったいだれが行くのか。」(出エジプト記10章8節)
 モーセは答えた。「私たちは若いものや年寄りも連れて行きます。息子や娘も、羊の群れも牛の群れも連れて行きます。私たちは主の祭りをするのですから。」(9節) 


 ところが、これを聞いたパロは、怒り出しました。全員を行かせたりはしない。そんなことをしたら、ひどいことになるぞ。行くなら壮年の男だけにしろと、逆に脅しに掛かります。

 主はモーセに仰せられました。
「あなたの手をエジプトの上に差し伸ばせ。」
 それから、東風が終日終夜吹き荒れ、それに乗って、いなごの大群が押し寄せたのです。

 いなごは、雹のあと、エジプトにわずかに残っていた野の草や木の実を食い尽くしていきます。
 パロは、急いでモーセとアロンを呼び出して、言いました。
「わたしはおまえたちの神、主に対して罪を犯した。今一度だけ許してくれ。」


☆☆☆☆


 ちなみに、旧約聖書では、いなごは食べても良い虫に上げられています。(レビ記11章22節)

 モーセが神に祈って、いなごがエジプトから一匹もいなくなると、パロはまたしても気が変わりました。
 それで、主はモーセに命じられました。


「あなたの手を天に向けて差し伸べ、やみがエジプトの地の上に来て、やみに触れるほどにせよ。」(10章21節)


 エジプト中は真っ暗になりました。しかし、イスラエル人の住む地域には、「ひかりがあった」のです。
 パロは、モーセとアロンを呼んで、「行け」と言いましたが、今度も条件付でした。
「子どもたちはいっしょに行ってもよいが、羊や牛は置いていけ」と言うのです。

 モーセは、羊や牛は、全焼のいけにえになるのですから、全部連れて行きます。どの羊と牛が良いかは、その時になってみないと、わからないからです、とパロの要求を突っぱねます。
 パロはそれを聞くと、機嫌を損ねて、モーセとアロンに命じました。

「私のところから出て行け。私の顔を二度と見ないように気を付けろ。おまえがわたしの顔を見たら、その日に、おまえは死ななければならない。」(28節)
 モーセは言った。「結構です。私はもう二度とあなたの顔を見ません。」(29節)


 しかし、主はもう一つ、わざわいを用意していたのです。



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2010年12月08日

Coffee Break107 モーセの変貌(出エジプト記10章)





 暗やみの災害のあと、パロは大変怒って、モーセとアロンに言いました。
「出て行け。もう一度、顔を会わせるようなことがあったら、命はないと思え」
 それに対するモーセの返事も、強いものです。

「結構です。私はもう二度とあなたの顔を見ません。」(出エジプト記10章29節)
 モーセが足音荒く席を蹴って戻る姿が、目に浮かぶような場面です。

 最初、ホレブの山で、神から召命を受けた時の、ミディアンの羊飼い、いくらか気の弱そうなモーセが、しだいに雄雄しい預言者・指導者になっていく様子が、この十の奇跡の間に描かれています。
 
 柴の中に現れた主。わたしはあるというお方。アブラハム・イサク・ヤコブの神に、モーセは最初から、畏れをもって接していました。
 主は、「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。」(3章12節)と、仰せになったのですが、それが、十のしるしと不思議の進行とともに、より大きな確信となってモーセを変えて行ったと、私には思えます。
 
 じっさい、はじめ、エジプトに戻ってきたモーセは、自分の民にさえ主が授けてくださった不思議を行なって、イスラエルの長老たちを説得しなければなりませんでした。
 ところが、九つの災害のあと、「主は、エジプトが民に好意を持つようにされた。モーセその人も、エジプトの国で、パロの家臣と民とに非常に尊敬されていた。」(11章3節)と、書かれています。

 主が、十もの災害を順番に下されるのは、なにもスペクタクルな場面を用意して、私たち読む者に話題をお与えになるためではありませんでした。
 一つには、「主とは何者か。私は主を知らない。」と言い切ったパロに、主を知らしめるために──主なる神は、イスラエルの神であるだけでなく、全世界の全人類の神である。エジプトの神々よりはるかに力のあるものであると──。
 また、ひとつには、主(神)がその力とみわざとで、イスラエルを救ってくださったということを、イスラエル人が語り、また彼らの子孫の間に語りつがせるためだったのです。
 同時に、エジプトを出てカナンに向かう旅の、困難な前途を知っておられた神は、なにより、モーセを強い指導者として育成しておられたのではないでしょうか。


 モーセは四十年後、カナンを目前にして、死ぬのですが、主はモーセを継いで指導者となったヨシュアにも、仰せになっています。
 「強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。」(ヨシュア記1章6節) 

 
☆☆☆☆☆

 十番目の災害は、初子を打つというものでした。初子(ういご)とは、最初の子どもですが、人間の場合、長男を指していました。
「エジプトの国の初子は、王座に着くパロの初子から、ひき臼のうしろにいる女奴隷の初子、それに家畜の初子に至るまで、みな死ぬ。」(5節)
 しかし、イスラエル人の初子は、災害から免れると宣告されて、その方法が指示されるのです。それが、過ぎ越しの祭りとして、伝えられるものになりました。
 




 
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2010年12月09日

Coffee Break108 過ぎ越し(出エジプト記12章)




 人が居住地を変えると言うのは、大事件です。家を買って引っ越すようなことでも、人生の一大事で、まして、村ごと、町ごと、国ごと、民族ごとそっくり移住するとなると、大事件にならないはずがありません。日本は海に囲まれた島国なので、領土の中まで侵略されたこともなければ、民族ごと、国の外に強制移住させられた歴史もないのです。日本が単一民族国家というのは、かつて問題になったように、事実とちがっていると思います。しかし、日本では、人数的に拮抗する二つの民族が、対立しながら共生するような状況はありませんでしたから、聖書の世界にあるように、部族、民族、国などの「一つの社会」がまるごと移動し、移住させられ、そのたびに、衝突、戦争、融和を繰り返す状況は、私たちには、理解しがたいのではないでしょうか。

 創世記のなかで語られるイスラエル人の先祖、アブラハム・イサク・ヤコブは、遊牧民の一部族でした。彼らは、数が多くなっても民族や国を形成するほどではなく、アブラハムは最初、兄のナホルと別れて、ハランからカナンに出てきました。また、カナンでは、甥のロトと別れて、ロトはソドムの近くに天幕を張ったのです。(創世記13章12節)

 こうした移動はすべて神の采配されるところでしたが、同時に、遊牧民として宿命的な生活様式でした。ヤコブは十二人もの息子を得て、いよいよ大きな部族となったのですが、それでも、民族と呼ぶには少なく、ヨセフのツテでエジプトに移住した時のイスラエル一族は七十人ほどでした。


 それが、四百年ほど経つと、ヘブル人(イスラエル人)はエジプトで、パロが警戒するほどの民族集団になっていました。すでに、エジプトではヨセフのことを知らない王朝になっていて、ヘブル人を奴隷として支配していました。この苦しい状況下で叫ぶ民の声をお聞きになった、アブラハム・イサク・ヤコブの神(主)がモーセを召して、彼らを、アブラハム・イサク・ヤコブに約束しておられたカナンの地に移されようとされたのです。

 安上がりの労働力奴隷を、快く立ち去らせる君主などいません。それで、主はエジプトに次々と災害を下して、パロに圧力をかけるのです。
 九番めの暗やみの災害で、パロは事実上、屈服しました。
 けれども、ただ、出て行ければ良いのではありません。

☆☆☆☆

 主はエジプトの国でモーセとアロンに仰せられた。(出エジプト記12章1節)
「この月をあなたがたの月の始りとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。(2節)
 イスラエルの全会衆に告げて言え。
 この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。(3節)
 もし、家族が羊一頭の分より少ないなら、その人はその家のすぐ隣の人と、人数に応じて一頭を取り、めいめいが食べる分量に応じて、その羊を分けなければならない。(4節)

 あなたがたはこの月の十四日までそれをよく見守る。そして、イスラエルの民の全集会は集まって、夕暮れにそれをほふり、(6節)
その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいにそれをつける。(7節)
その夜、その肉を食べる。すなわち、それを火に焼いて、種を入れないパンと苦菜を添
えて食べなければならない。(8節)

 あなたがたは、このようにしてそれを食べなければならない。腰の帯を引き締め、足にくつをはき、手に杖を持ち、急いで食べなさい。これは主への過ぎ越しのいけにえである。(11節)
 その夜、わたしはエジプトの地を巡り、人をはじめ、家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子をうち、また、エジプトのすべての神々にさばきを下そう。わたしは主である。(12節)
 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたに滅びのわざわいは起こらない。(13節)
 この日は、あなたがたにとって記念すべき日となる。あなたがたはこれを主への祭りとして祝い、代々守るべき永遠のおきてとしてこれを祝わなければならない。(14節)
 

 エジプト出立は、イスラエル人が、ただ、どたばたとエジプトから出て行くことではない。しっかりと記憶に残る神のワザの出来事とともに、代々語り継がれ、祝われるべき儀式を経て、それから、旅立つべきメモリアルデーであると、聖書は語っています。

 主は、エジプト中の初子を打つと宣言され、しかし、ご自分の民イスラエル人には、犠牲の羊をほふって、各家の門柱と鴨居に塗っておけば、災害は、その家の前を過ぎ越す(通り過ぎる)ことを示されたのです。

 主は、イスラエル人の出発に当って、イスラエル人が神の選びの民であり、彼らが主の命令に従うかぎり、彼らとともにおられることを、今一度、示されたのです。






        聖書箇所は、新改訳聖書より引用しています。





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2010年12月10日

Coffee Break109 旅立ち(出エジプト記12章)





 エジプトにいたイスラエルの民が、主のご命令どおり羊をほふり、その血を各家の門柱や鴨居に塗りつけ、旅支度をして犠牲の羊を食べる様子は、出エジプト記12章21節から28節に記されています。もちろん、同時にパンも食べるのですが、このパンは種(酵母)を入れないパンをでなければならないと、命じられていました。それで、過ぎ越しの祭りを除麹祭とも言います。
 イスラエル人が過ぎ越しの食事をしている間に、主はエジプトを行きめぐり、パロの初子から地下牢にいる捕虜の初子、羊や山羊など家畜の初子までを打たれました。

 それで、その夜、パロやその家臣および全エジプトが起き上がった。そして、エジプトには激しい泣き叫びが起こった。それは死人のない家がなかったからである。(出エジプト記12章30節)

 パロはついに、モーセとアロンを呼んで、言います。「おまえたちもイスラエル人も立ち上がって、私の民の中から出て行け。おまえたちの言う通り、行って、主に仕えよ。
 おまえたちの言う通りに、羊の群れも牛の群れも連れて行け。そして私のためにも祝福を祈れ。」(12章31節32節)


 エジプトは、イスラエルの民をせきたてて、強制的にその国から追い出しました。

 それどころか、イスラエル人が求めるまま、金銀の装身具や着るものを与えたのです。つまり、彼らは、手ぶらで逃げたのではなく、エジプト人から餞別(せんべつ)をもらったのです。
 旅立つ人、引っ越す人に対する餞別は、日本にも最近まで習慣としてありました。今でも、会社の転勤などの場合、行なうのではないでしょうか。
 しかし、それはよい人間関係の間で成立したもので、喧嘩している間では、「盗人に追い銭」に、なってしまいます。それでも、エジプト人はイスラエル人にいろいろのものを与えたのです。これも主が、エジプト人の心に働かれたからです。


 旅立つイスラエル人は、壮年の男子だけで六十万人だったと書かれています。これに女・子どもを加えた数は二百万とも、それ以上とも言われています。それに、家畜、家財道具(持ち運べるだけの)、いっしょに逃げる外国人などがいたというのですから、壮大な光景です。
 
 ゆっくり食事をしている暇がなかった彼らは、パンになる前の練り粉の入った鉢を担いで行くありさまでした。

 年寄りも、病人も、子供も、乳飲み子も妊婦もいるのですから、大人数とはいえ、危なっかしい集団です。それで、追い討ちをかけられないよう、事故が起こらないよう、主は民を連れ出すために、寝ずの番をされたというのです。

 神様が、私たち人間のように眠るとか、眠らないと疲れるなどないのですから、これは擬人化した象徴的な表現でしょう。イスラエル人が脱出しながら、主が見張って守って下さっているのを、実感したのでしょう。
 イスラエル人はこののち、この記念すべき日には、自分たちが「主のために寝ずの番」をすることになりました。


 その日は、ヤコブ(イスラエル)の子どもたちがエジプトに移住して(創世記46章47章)から、ちょうど四百三十年後のことでした。

 エジプトという苗床から、殖えた株(イスラエル人)を引き抜いて、ごっそり新しい土地に移植する作業は、簡単なものではありませんでした。
 アブラハムを召し出された日から、イサク・ヤコブに現れ、彼らの神となられた主にとって、出エジプトは、主(神)の選びの民との大きな契約(シナイ契約)に先立つ、第一歩でした。
 
 エデンの園から出て、迷いの中に入ってしまい、創造主(神)を忘れた人間を、ふたたび、御許に連れ戻そうとされる主のご計画は、ここから新たな展開を見せるのです。





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