2010年12月23日

Coffee Break122 十戒(出エジプト記20章)




 クリスチャンでなくても、十戒という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。映画にもなり、いまだに1958年に制作されたチャールトン・ヘストン主演のビデオやDVDも出ていて、一般の人にも人気があります。
 これは、神がモーセとイスラエルの民にお与えになった神の戒めのことです。神とイスラエルの民との約束で、シナイ契約とも呼ばれています。
 しかし、聖書には、「十戒」と言う言葉は、直接は出てきません。


☆☆☆☆

 神はイスラエルの民をエジプトから導き出されて、すばらしい奇跡のうちに、シナイまで連れてこられました。
 これが、神のわざでなくて、たとえば、人間の力と知恵だけの行動なら、きっと挫折していたでしょう。葦の海をわたることはもちろん、わずか三日歩いて水がないと、リーダーを殺してしまいそうになるような集団です。長い奴隷状態から急に解放されたイスラエルの民には、集団を支える理念も組織もろくになかったのです。いくらかのものを持ち出していたとはいえ、着の身着のままの難民同然の状態でした。

 とくに、自分たちを導いて下さっている主に対し、イスラエルの始祖であるアブラハム・イサク・ヤコブの神であると知ってはいても、神に従うことがどういうことか、神の御心にかなって生きるとはどういうことかという基本さえわからない奴隷の民に、ここで、神は契約とそれに伴う掟をお与えになるのです。

 十戒は、聖書の中で、20章2節から17節にわたって書かれています。ここにある番号は他の章と同じ「節分け」の番号で、戒め自体に番号がふられているのではありません。カトリックとプロテスタントとでは、分け方に多少の違いもあります。
 私たちプロテスタントでは、以下のとおりです。


前置き・・・わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。
       

第一の戒め   20:3   あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

第二の戒め   20:4   あなたは、自分のために、偶像を作ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。

第三の戒め   20:7   あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。

第四の戒め   20:8   安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。

第五の戒め   20:12   あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。

第六の戒め   20:13   殺してはならない。

第七の戒め   20:14   姦淫してはならない。

第八の戒め   20:15   盗んではならない。

第九の戒め   20:16   あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。

第十の戒め   20:17    あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいはその男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。



 第一の戒めから第四の戒めまでは、神に関することです。神に関する戒めは、日本人にはわかりにくいのではないでしょうか。

 第五から第十までは、対人関係における戒めです。私たちがいま、この日本人の常識をもって読んでも、すぐ理解できそうな箇所もあります。
 あすは、これらの戒めの意味を、少し考えてみましょう。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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