2010年12月24日

Coffee Break123 神と人との結婚(出エジプト記20章)




 十戒の、最初の四つの戒め、それは、天地創造の神に対して、イスラエル人たちがどのように接しなければならないかを示しています。
 
 まず、神様は、イスラエルの民とご自分との関係を述べています。

「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。」(出エジプト記20章2節)

 「あなた」というのは、エジプトから出てきたイスラエル人のことです。多少の外国人が混ざっていたとしたら、彼らも入るでしょう。しかし、エジプトから連れ出してもらうことのなかった人、この時点で、どこか別の場所で暮らしていた人に、出エジプトと関係のなかった人に語りかけられているのではありません。

 この前提を、確認しておかないと、十戒の神に対する戒めは、わかりにくいのです。

  第一の戒め
「あなたは、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」(3節)

 この最初の戒めを、ノンクリスチャンの友人が、「なんだか、押し付けがましい」と言いました。たしかに、聖書のこれまでの物語からはずして、この言葉だけを取り出し、しかも、「キリスト教の神以外に、神があってはならない」などと、読み替えてしまうと、もちろん、押し付けがましいのです。

 聖書の神は、天地万物を創造された大きな大きな神様です。けれども、その神様を知らない人は、当時も、今と同様、たくさんいたのです。太陽や月、牛や猫や蛙や蛇なども神だとして、祀り上げている人々がいました。
 そのような人々の中から、天地創造の神は、楽園を追放され罪の世界で苦しむ人間を、なんとかもう一度、みもとに連れ戻そうと、アブラハム・イサク・ヤコブを選び出し、ヤコブと子どもたちをエジプトに移しました。彼らの子孫が大きくなったら、その民族を通じて全人類を救う器として用いるためでした。

 出エジプト記は、エジプトで民族と呼ばれるほどに大きくなったアブラハム・イサク・ヤコブの子孫・イスラエル人を、神ご自身が連れ出され、先祖アブラハムに約束された地カナンに、導こうとされる物語です。


 それが、「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神・・・」という意味です。
 歴史的に長い間、イスラエル人を慈しみ、祝福し、そして、奴隷状態に苦しむ時に、多くの奇跡やしるしでもってそこから連れ出して下さった神が、「わたし以外に神があってならない。」と仰せになるのは、当然のことではないでしょうか。

 
 シナイでのこの戒め(契約)は、そのような「神の救いのご計画の物語」の中で、今まさに神がお救いになったそのイスラエル人を目の前において、与えられたものなのです。神と人との深い絆・愛が前提になっている戒めなのです。
 
 それで、この契約は、しばしば神とイスラエルの民との結婚にたとえられているのです。
 



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。