2011年01月11日

Coffee Break141 幕屋(出エジプト記24章〜31章)





 主はモーセに仰せられた。「山へ行き、わたしのところに上り、そこにおれ。彼らを教えるために、わたしが書きしるしたおしえと命令の板をあなたに授けよう。」(出エジプト記24章12節)
 そこで、モーセとその従者ヨシュアは立ち上がり、モーセは神の山に登った。(13節)

 モーセが山に登ると、雲が山をおおった。(15節)

 モーセは雲の中に入って行き、山に登った。そして、モーセは四十日四十夜、山にいた。(18節)


 出エジプト記25章から31章までは、神を礼拝するための設備──幕屋、契約の箱、あがないのふた、机、燭台などの作り方についての、神様からの指示です。
 まず、民に材料を献納させることへの指示があります。
 金、銀、青銅、青色、紫色、緋色の撚り糸。亜麻布、やぎの毛、赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材。
 燈油、そそぎの油とかおりの高い香のための香料。エボデや胸当てにはめ込むしまめのうや宝石。
(25章1節〜7節)

 それから、幕やの型と幕屋のすべての用具の型とを、わたしがあなたに示すのと全く同じように作らなければならない。(9節)
 アカシヤ材の箱を作らなければならない。長さは二キュビット半、幅は一キュビット半、高さは一キュビット半。(10節)
 これに純金をかぶせる。──(11節)


 このような説明が延々と続きます。具体的で、非常に細かい指示があるのですが、じつは、この説明から、出来上がりをイメージするのは、案外、大変なのです。
 リビングバイブル(いのちのことば社)には、一キュビットが約四十五センチであること、幕屋と付属品の略図が詳しく描かれています。イメージを膨らませる参考にされるとよいかと思います。

 十戒が20章に提示され、その細則まで与えられた契約は、24章までなのです。それにたいして、幕屋への指示は細かすぎるような気さえするのです。

 ☆☆☆☆
 

 これまで、天地を創造された「わたしはある」と仰せの神様は、必要な時に必要な人に顕現され、近づいてくださってお語りになっています。
 アダムとエバ、カインとアベル、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ。そして、モーセ。
 モーセには最初、ホレブの山の燃える柴の中に顕現され、エジプトでも荒野でも叫びに答えてくださった神様です。
 その神様が、契約を下さると同時に、神様とお会いする場所を特定されたのです。
 神様にお仕えする祭司が選ばれたのも、このときが最初です。(たとえば、創世記14章18節には、メルキゼデクという名の王であり、祭司である人に、アブラハムがささげ物をした記録がありますが、このメルキゼデクが仕えていたのが、天地を創造した神かどうかはわかりません。)

 神様が祭司として指名されたのは、モーセの兄アロンとその子ナダブとアビフ、エビアタルとイタマルでした。彼らが着る装束のデザインや作り方、任職式の手順、祭司が神にお会いする手順などが、また、細かく指示されています。

 最後に安息日を守るよう念を押された神は、モーセにあかしの板2枚、すなわち、神の指で書かれた石の板を授けられたのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

Coffee Break142 金の子牛(出エジプト記32章)





 民はモーセが山から降りてくるのに手間取っているのを見て、アロンのもとに集まり、彼に言った。「さあ、私たちに先立っていく神を作って下さい。私たちをエジプトの地から連れ上ったあのモーセという者が、どうなったのか私たちにはわからないから。」(出エジプト記32章1節)

 モーセはヨシュアをともなって、山に登っていきました。その前に、民の長老に命じました。「私たちがあなたがたのところに戻ってくるまで、ここにいなさい。訴えのある者はアロンとフルの告げるようにしなさい。」(24章14節)

 つまり、アロンとフルはモーセが山にこもっている間、民の統括を任されたのです。そのアロンに民は、「神を作って下さい」と迫るのです。
 このようなことばが民から上がるのは、モーセはほとんど神のような存在だったのを意味しているのでしょう。じっさい、モーセと共に、神はいろいろな形で顕現しておられました。モーセがいればこそ、奇蹟やしるしが現れ、葦の海も割れ、苦い水も甘くなり、マナもウズラも食べることができました。また、シナイでは神は雲となって下りてこられ、雷や声でお答えになったのです。

 モーセが山に姿を消すと共に、これらの「しるし」が見えなくなったのです。
 すると、民はたちまち不安に取り付かれ、「私たちに先立って行く神」を求めたのです。イスラエルの民はしょせん奴隷状態を脱したばかりの、烏合の衆だったと思われるでしょうか。一人のカリスマリーダーがいなくなると、迷い子のように泣き言を言って、アロンに無理を言ったのでしょうか。

☆☆☆☆

 アロンは民の要求に押されたのでしょう。民に装身具を供出するように言って、金の耳輪や腕輪を溶かして、金の子牛を作ります。
 民はそれを、「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ」と言って、祭壇を築き、祭りを行なったのです。「天地を創造された神様」「わたしはある」方を拝む時と同じように、全焼のいけにえと、和解のいけにえまで供えたのです。

 そこで、翌日、朝早く彼らは全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえを供えた。そして、民はすわっては、飲み食いし、立っては、戯れた。(32章6節)

 これは、十戒で神が戒められた偶像礼拝そのものです。わずか四十日で民は、神の戒めを破ったのです。モーセのことばを民に伝えたアロンがいて、このようなことが起こったのです。

 主はこの様子をご覧になって、モーセに仰せになりました。
「さあ、すぐ降りて行け。あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民は堕落してしまったから。」(32章7節)
 

 イスラエルの民はなぜ、モーセを待つことができなかったのでしょう。かりに、モーセが死んでしまったかもしれないと思っても、十戒を守ろうとしなかったのでしょう。
 しかし、私たちはこのイスラエルの民の信仰のうすさを笑うことはできません。彼らがエジプトで長い間奴隷だったため、奴隷根性が残っていたから、偶像を拝んだとはいえないのです。

 聖書では、サウル王が、サムエルの「待て」と言う命令を聞くことができず、サムエルから見放されてしまいました。(Tサムエル13章、15章)
 偶像礼拝に陥った王もたくさんいました。現在の私たち、クリスチャンでさえ、神様だけに聞き、お答えをじっと待つのは、なかなかできないのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

Coffee Break143 モーセの激怒(出エジプト記32章)




 出エジプト記32章で、モーセは登場以来はじめてと言うほどの怒りを、イスラエルの民に対して爆発させています。

 宿営に近づいて、子牛と踊りを見るなり、モーセの怒りは燃え上がった。そして、手からあの板(神の指が記した十戒の石板)を投げ捨て、それを山のふもとで砕いてしまった。(出エジプト記32章19節)
 それから、彼らが造った子牛を取り、これを火で焼き、さらにそれを粉々に砕き、それを水の上にまき散らし、イスラエル人に飲ませた。(20節)


 これは、もうよけいな注釈なしで読んでいただいて、モーセの怒りのすごさがわかろうといえるほどのものです。神様からいただいた貴重な石板を粉々にくだけるほどの勢いで投げつけたのです。金の子牛も粉々にし、それを水にまき散らし、その水をイスラエル人に飲ませたというのです。
 たんに抑えていた感情が「切れた」怒りではない、八つ当たりやストレスからくる怒りでもありません。悲憤慷慨とでも言う怒りです。何に対して悲憤慷慨しているのでしょう。それは、民が神を冒涜したことに対するものです。


 モーセがホレブの山で神に召されてから、私たちは「私人」としてのモーセを見ることはありませんでした。モーセの行動はあくまでも、エジプトのイスラエル人を奴隷の境涯から脱出させ、約束の地カナンに導く使命を果たすものとして、書かれているのです。はじめは、神の召しをしり込みしてためらいながら受けるようなモーセでしたが、神の後押しと導きで信仰を確かにされ、少しずつ自信をつけて、パロとでも堂々と渡り合える男に変貌していったのです。

 モーセはパロにも、怒りを爆発させていることがあります。また、民から飲み水や食べ物のことで責められ、石打に会いそうなときには、神にも叫んでいます。神もモーセに叫んで答えられ、まさに四つに組むような神との関係のうちに、モーセは間違いなく、稀有な預言者、聖書の歴史に残る出エジプトのリーダーとなっていくのです。

 シナイ山に宿営した時、ですから、モーセは神の呼びかけに答えて、山に登りました。神がご自分に従うモーセとイスラエルの民に、契約を授ける用意がここで、完全に整ったのです。

 そのクライマックスで、四十日四十夜山に入ったモーセが戻ってくると、民は、偶像を造って拝み、酔っ払ったり歌ったりの乱痴気騒ぎの最中だったのです。

 モーセは直ちに、留守を任せたアロンにつめよりました。
「この民はあなたに何をしたのですか。あなたが彼らにこんな大きな罪を犯させたのは。」(32章21節)
「わが主よ。どうか怒りを燃やさないで下さい。あなた自身、民の悪いのを知っているでしょう。」(22節)


 アロンのこの言い訳は、モーセの怒りの火に、油を注ぐことになったにちがいありません。じっさい、ここまで、モーセと一体になって民をリードしてきたアロン、さらに祭司の身分まで約束されているアロンがこのような答えしかできないことに、私たち読者もあきれます。モーセの怒りを見て、震えてしまったのか、アロンはまるで他人事のように言うのです。

 彼らが、自分たちに先立って行く神を造ってくれといったので、金を供出させました。

「彼らはそれを私に渡したので、私がこれを火に投げ入れたところ、この子牛が出てきたのです。」(24節)
 そのようなリーダーの下で、「モーセは、民が乱れており、アロンが彼らをほおっておいたので、敵の物笑いとなっているのを見た。」(25節)


 そして、モーセは叫ぶのです。
「だれでも、主につく者は私のところに。」
 出エジプト記をはじめからここまで、きちんと読んでくれば、モーセの怒りもわかろうというものです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

Coffee Break144 モーセの謝罪(出エジプト記32章)





 そこでモーセは宿営の入り口に立って、「だれでも、主につく者は、私のところに」と言った。するとレビ族がみな、彼のところに集まった。(出エジプト記32章26節)
 そこでモーセは彼らに言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。おのおの腰に剣を帯び、宿営の中を入り口から入り口へ行き巡って、おのおのその兄弟、その友、その隣人を殺せ。」(27節)


 モーセのこのことばに従ってレビ族の者が、その日の内に、イスラエルの民三千人を倒したとあります。
 これは大変な事件です。酔って歌い踊っていた者、石の板が割れるのを目撃しなかった者、金の粉が入った水を飲まされなかった者も──何しろ、男だけで六十万人いるのですから、遠くにいたものは見えなかった可能性があります──、剣を帯びた者が走り回って切りつけているのをみて、正気に戻ったかもしれません。
 ようやく、民の騒ぎが沈静化したのを見て、モーセは告げました。

「あなたがたはおのおのその子、その兄弟に逆らっても、きょう、主に身をささげよ。主が、きょう、あなたがたに祝福をお与えになるために。」(29節)


 ☆☆☆☆

 その夜の宿営地がどのような光景であったか、想像するしかありません。しかし、酔いと狂乱状態から覚めた人々の大部分は、自分の犯した罪の大きさにおののいたことでしょう。

 エジプト脱出から三ヶ月、いろいろな困難や揉め事を経験しながら、神が民をシナイまで導かれ、そこで、民との間に契約をしてくださったのです。わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代まで施す(20章6節)と約束してくださったのです。

 その契約の第一番目は、あなたは、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない、でした。二番目が、あなたは、自分のために偶像を作ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それらを拝んではならない。(20章3節〜5節)
 民はこの重大な戒めに違反したのです。

 モーセの胸中はどんなだったでしょう。
 モーセは翌日ふたたび、主のところに登って行きました。民が罪を犯したことを謝罪しました。
 しかし、ただ、たんに民に代わって謝罪して、赦しを乞うたのではありません。

 もし、許していただけないなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、わたしの名を消し去ってください。と申し上げたのです。

 「神が書かれた書物から、自分の名を消してください」と言うのは、非常に大きなことです。これは、死を意味しています。そもそも生まれた事実さえ消す、ほどの大きな死です。モーセは自分の命と引き換えに、民の罪の赦しを願ったのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

Coffee Break145 神の書かれた書物(出エジプト記32章33章) 





「今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら──。しかし、もしも、かないませんなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください。」(出エジプト記32章32節)

 民が金の子牛を拝んで、その前で乱痴気騒ぎを演じて、一番お怒りになったのはもちろん、主なる神さまです。神さまの心を一番知っていたのは、モーセでした。神がお書きになった書物とは、天地の創造から、永遠の未来までのすべてを采配され、総べられている神が、それらを洩らさず記録されている、その記録ノートです。
 そこに、私たちはひとりひとり、生まれる前から、母の胎内に形作られる前から記録されているわけです。そして、もちろん、肉体が死んだあとのことも、記録されるわけです。
 ですから、モーセが「私の名を消し去ってください」と神に申し上げたのは、たんに命を差し出しますというような、「目先の」措置ではないのです。
 今のように、肉体の命だけをいのちと見る時代の人であっても、自分の存在がそもそもなかったものとされ、永遠に人々の記憶からも消し去られると聞くと、どんな気持ちがするでしょう。

 モーセが民の罪の身代わりに、自分の存在を消してくださいと神に申し上げると、神もその心を斟酌してくださいました。

 すると主はモーセに仰せられた。「わたしに罪を犯した者はだれであれ、わたしの書物から消し去ろう。(33節)
 しかし、今は行って、わたしがあなたに告げた場所に、民を導け。見よ。わたしの使いがあなたの前を行く。わたしのさばきの日にわたしが彼らの罪をさばく。」(34節)


 俗な言い方をすれば、モーセの捨て身のとりなしに、神様はいくらか機嫌を直してくださったのです。今はとりあえず、カナンに行けと言われるのです。ただし、これまでのように、ご自分が民を導いて下さるのではなく、神の使い(みつかい)に導かせよう。


 33章に入ると、神はもう一度、命令を繰り返しています。
 乳と蜜の流れる地にあなたがたを行かせよう。わたしは、あなたがたのうちにあっては上らないからである。あなたがたはうなじのこわい民であるから、わたしが途中であなたがたを絶ち滅ぼすようなことがあるといけないから。(33章3節)

 乳と蜜の流れる地とは、当時の中東にあって、食べ物の産物の豊かさを表現したことばでしょう。日本なら、同じことを瑞穂(みずほ)の国といいました。良いお米があり余るほど穫れる土地です。
 アブラハムの時代から、もともとの自分たちの領土をもたず、荒地や砂漠や山地に遊牧し、時に麦やぶどうの栽培でしのいできたイスラエル人たちにとって、流れるほどの乳(牛乳とは限りません)──豊かな牧草地、流れるほどの蜂蜜──花が咲き乱れる野や山──は憧れだったのでしょう。エジプトから連れ出されたイスラエルの民の行き先は、そのような夢の世界だったのです。
 神はなぜ、ご自分の代わりにみつかいを行かせるか、その理由も述べています。

 あなたがたはうなじのこわい民である。
 「うなじがこわい」も、聖書に何度も出てきます。頑固で強情で、物覚えが悪い。聞きわけがない。頑迷とでも言いなおせるでしょうか。よほど、イスラエルの民にお怒りになったのでしょう。神はさらに仰せになります。

「イスラエル人に言え。あなたがたは、うなじのこわい民だ。一時でもあなたがたのうちにあって、上っていこうものなら、わたしはあなたがたを絶ち滅ぼしてしまうだろう。今、あなたがたの飾り物を身から取りはずしなさい。そうすれば、わたしはあなたがたをどうするかを考えよう。」(33章5節)

 叱り付けながらも、同時に、民に許しの機会をお与えになっています。この民との細やかなやりとりに、聖書の神様の、「熱い情」ともいうべきやさしさを感じませんか。
 もちろん、民はすべての飾り物を、取りはずしました。




posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

Coffee Break146 金の子牛事件後(出エジプト記33章34章)



 金の子牛事件は、神と民との間に、非常に大きな割れ目を作ってしまいました。
 民のあまりの乱行を見たモーセは、神の指で書かれた十戒の二枚の板を投げつけて、粉々に割ってしまいました。
 怒りの制裁で民三千人が、剣で殺されました。でなくても、乱痴気騒ぎの後の惨状はひどいものだったでしょう。
 なにより、これまで、先頭になってモーセと共に民を導いてくださった神が、もう自分はいっしょに行かないと仰せになったのです。モーセの必死のとりなしがつづきます。
 そのために、モーセは天幕を取り、宿営地の外遠くはなれた場所に張り、とくべつに神様と会見することとしました。
 
 モーセがこの天幕に出て行くときは、民はみな立ち上がり、おのおの自分の天幕の入り口に立って、モーセが天幕に入るまで、彼を見守った。(33章8節)
 モーセが天幕に入ると、雲の柱が降りて来て、天幕の入り口に立った。主はモーセと語られた。(9節)
 民は、みな、天幕の入口に雲の柱が立つのを見た。民はみな立って、おのおの自分の天幕の入口で伏し拝んだ。(10節)


 この時の天幕は、神がシナイで造り方を授けられた幕屋とはまるで違うものです。けれども、すでに、そこが、神の臨在される場所となったのです。遠くの天幕の者も、雲の柱を見ることができたのです。これは、私の想像ですが、それは天から降りてくる、たつ巻のような雲の柱だったかもしれません。

 主は、人が自分の友と語るように、顔と顔を合わせてモーセと語られた。モーセが宿営に帰ると、彼の従者でヌンの子ヨシュアという若者が幕屋を離れないでいた。(11節) 

 人が神の顔を見ることは許されていないので、ここで言う「顔と顔をあわせて」はとても親しい状態を述べたものでしょう。その親しい状態とは、人が「自分の友と語るとき」にたとえられています。その天幕は「会見の天幕」と呼ばれ、特別の聖域だったのです。それで、モーセが帰った後、ヨシュアがだれも、みだりに近寄らないように番をしていたのでしょう。

 33章を通じて、モーセは神に同行してくださるように重ねて交渉しています。
 やがて、主は仰せになります。

「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」(19節)
 わたしは恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむについては、あらためて、書きたいと思っています。これは、神の自由について考えさせられることばです。

☆☆☆☆

 34章1節で、主はモーセに、二枚の石の板をもって、シナイに登って来るように命じられます。 そこで、もう一度十戒の戒めを授けられ、契約を結びなおしてくださったのです。
 モーセはふたたび、四十日四十夜主と共に山にいました。彼はパンも水も飲まなかったと書かれています。しかし、彼は痩せも衰えもしませんでした。それどころか、十戒を書き記した石の板をもって、山を下りてきたモーセの顔は、光を放っていて、だれも近づけないほどでした。(34章27節〜30節)



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

Coffee Break147 モーセの交渉力(出エジプト記33章34章)




 金の子牛を作ってそれを拝み、乱痴気騒ぎをしていたことは、十戒の、とりわけ、最初の二戒、「わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」「あなたは自分のために偶像を作ってはならない。」に違反することでした。
 ここまで、全能の神がその全能の力を発揮されて、しるしと不思議を行い、イスラエルの民を奴隷状態から解放してくださり、シナイまで連れて来てくださった、そのすさまじいまでの愛のお心にそむくことでした。昼は雲の柱で、夜は火の柱で、導き、追跡するエジプト軍を全滅させ、おそいかかってくる砂漠の民アマレク軍をも追い払い、マナをふらせ、ウズラを呼び、飲めない水を飲める水に変えてくださった、そうした出来事を、イスラエルの民はモーセがシナイ山にこもっていたわずか四十日で忘れてしまったのです。

 モーセが必死に謝罪し、とりなしても、神は、「もう、イスラエルの民とはいっしょに行かない。(自分の)み使いにあなたたちをリードさせよう。」とおっしゃるのです。

 創世記から、聖書を読んでこられた方なら、聖書の神さまは、どういう方であるのか、気がついておられるでしょう。
 神は、霊であり(創世記1章1節)、ことば(創世記2節、ヨハネの福音書1章1節)であり、その顕現は、声だけのこともあり、足音だけのこともあり、天使やみ使いと呼ばれる形のある「人」をお使いになることもあり、人の夢に働き、雲や火、雷や噴火といった自然現象や気象、天変地異として、存在をあらわされることもある方なのです。

 アダム、エバまた、カインやアベルにしても、そのような見えない神の声を聞くことができ、まるで、そこにいらっしゃるかのように、神とお話しができた様子が書かれています。アブラハムは、神ご自身の声やみ使い、夢を通じて接触していただいたのです。

 しかし、出エジプトに際しては、神はすべての形で顕現しておられます。イスラエルの民がシナイまで来ることができたのは、じつに、神ご自身が同行してくださったからでした。


☆☆☆☆

「わたしとあなたの民とが、あなたのお心にかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちといっしょにおいでになって、私とあなたの民が、地上のすべての民と区別されることによるのではないでしょうか。」(出エジプト記33章16節)

 私が、モーセはやはり、「えらい」(ほんとうは偉大と言うべきでしょうが、あえて・・・)と思うのは、彼が民のために、じつに、神様と、粘り強く交渉していることです。モーセ自身は私たちが今、問題にしているような性格特性で見ると、どんな人なのかわかりません。最初、神様に召された時に、かなりしり込みして、「私は口下手です」「どうか他の人を遣わしてください」(出エジプト記3章11節4章10節13節)と申し上げているところから、無口な羊飼いのイメージがあるだけです。しかし、民のリーダーとしてパロを屈服させるようになっても、彼が民に君臨して、しだいに独裁的支配者になっていくような様子はありません。それどころか、民からは突き上げられ、責められ、そのたびに、神さまに向かって叫んでいます。

 何しろ、モーセの背後にいらっしゃるのは全能の神です。その神ご自身がイスラエルの民を、「全人類を祝福するための器」として育てようと決められ、アブラハム・イサク・ヤコブをお選びになって、その子孫であるイスラエルの民を、エジプトから連れ出し、カナンに移そうと決めておられるのです。モーセは、いわば、そのために用いられているわけです。
 33章16節で、モーセは、神が自分を召命された、その原点を指摘して、神を説得しているのです。それで、神は仰せになります。


「あなたの言ったそのことも、わたしはしよう。あなたはわたしの心にかない、あなたを名指しで選び出したのだから。」(17節)

 すかさず、モーセは返答するのです。
「どうかあなたの栄光を私に見せてください。」(18節)

 しかし、主なる神は、やはり主です。

「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名であなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」(19節)


 私たちは神様に向かって,叫ぶことはできるかもしれません。ですが、 「主権をもっているのはあくまでわたし・主である」、そう仰せになり、また、どんなことでもお出来になる神、それが聖書の神さまです。すべてを創造され、全知全能で、あらゆるものの支配者であられる方、そのような方が「主」であると認めないと、聖書は理解しがたいのです。
 そういうお方にぶつかっていって、交渉できるモーセをすごい!と思うのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月18日

Coffee Break148 あかしの石の板(出エジプト記34章)





 主はモーセに仰せられた。「前と同じような二枚の板を、切り取れ。わたしはあなたが砕いたこの前の石の板にあったあのことばを、その石の板の上に書き記そう。(出エジプト記34章1節)
朝までに準備をし、朝シナイ山に登って、その山の頂でわたしの前に立て。(2節)


 モーセが主(神)に、カナンまで同行してくださるよう重ねてお願いしたので、主はモーセに、もう一度、同じような石の板を二枚もってシナイ山に登ってくるように、仰せになりました。契約をやり直してくださるのです。

 だれもいっしょに上ってはならない、山の敷地のどこにもモーセ以外の者、それに家畜も入ってはならないと、厳しい制限がありましたが、モーセはきっと喜びに満ちていたでしょう。
 彼が頂に上ると、主は雲の中にあって降りてこられたのです。そして、主ご自身が宣言されるのです。

「主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、(34章6節)
恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を許すもの、罰すべきものは必ず罰して報いるもの、父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。」(34章7節)


 モーセは急いでひざまづき、伏し拝んで、「主よ。どうかわたしたちの中にいていっしょに進んでくださいますように。」とお願いするのです。
 そこで、ようやく、主が、契約をやり直してくださると仰せになるのです。


☆☆☆☆

 二度目の契約は、一度目とそっくり同じことばが繰り返されたのではありません。すでに、十戒は授けられているのですから、今回は、神様は、その遵守について念を押されたのです。
 まず、第一に、神・主が、イスラエルの民との契約以降、どこに置いても、どの国のうちにおいても、かつてなされたことのない奇しいことをしてくださると言うのです。
 その証明に、カナンにいる異民族──エモリ人、カナン人、ヘテ人、ペリジ人、ヒビ人、エプス人を、追い払おう。
 ただし、これには条件がありました。イスラエルの民も、彼らと契約を結ばないように、つまり、婚姻や同盟をしないようにと言われるのです。
 彼らの神を倒さなければならない。イスラエルの民が彼らの神──アシェラを拝むといけないから。わたしは、ねたむ神である。


 たとえ、彼らと契約をしなくても、自分のために偶像を造ってはならないと、もう一度、神は念を押され、金の子牛を刻んで拝んでいた民へ、強い警告をしているのです。
 このほかに、神が仰せになったのは、種を入れないパンの祭り(過ぎ越しの祭り)を行なうこと。初子は神のものであるから、神にささげるか(家畜の場合)、人間の初子は、別の動物で贖うこと。

 安息日の遵守。六日間働けば、七日目は休まなければならない。「耕作の時も、刈り入れの時にも、休まなければならない。」 つまり、農繁期でも休みなさいとの命令です。
 そのほかに、小麦の初穂のために収穫祭を行なうこと、初穂を主にささげることが告げられています。

 それから、モーセはシナイ山から降りてきた。モーセが山を下りてきたとき、その手に二枚のあかしの石の板を持っていた。彼は主と話したので自分の顔のはだが光を放ったのを知らなかった。(29節)

 困難の中で、神様に向かって粘り強く交渉し、神さまの愛の確証をいただいたモーセは、もはや、ミデヤンの羊飼いの面影はもちろん、イスラエル人のリーダーとしても、「ただの人」ではありませんでした。彼だけが六十万人のイスラエル人の中から、神さまに選ばれた、とくべつな人であるのが、だれの目にもわかるほど変貌していたのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

Coffee Break149 モーセの変容(出エジプト記34章ルカの福音書9章)




 それから、モーセはシナイ山から降りて来た。モーセが山を降りて来たとき、その手に二枚のあかしの板を持っていた。彼は、主と話したので自分の顔のはだが光を放ったのを知らなかった。(出エジプト記34章29節)

 これは、モーセの顔が、神様と語ったために、喜びにあふれ、興奮して輝いているというようなものではありません。じっさいにひかりを放ったのです。


 今の時代、私たちは「光り輝く人」を見るのは、容易なことです。出エジプト記の時代(三千五百年前)と比べなくても、ただ、百年前の人と比べても、容易ではないでしょうか。
 私たちはとても明るい世界に住んでいます。毎日、よい石鹸で洗顔することが出来ます。紫外線を避けて帽子を被り、日傘を差し、UVカットのクリームを塗って、化粧もきれいにしています。
 なんと言っても、ライトが格段に進化したのです。「蛍の光窓の雪」で勉強したと言われる時代はもはや伝説の世界ですが、ライティングでりんごでもみかんでも輝いて見えます。

 私は大きな舞台の上に立ったことが二三度あります。べつに、自慢するほどのことでもなく、学生時代に合唱部に入っていたので、合唱コンクールなるものに出たのです。八十人くらいの内の一人ですから目立つわけではありません。合唱の審査結果も、いつも選外でした。ただ、当時、大阪で一番大きいと言われたホールの舞台に上がった感想は、「まぶしい!!」というものでした。ものすごいライトが舞台を照らしているのを、初めて知ったのです。

 ニュース関係の方が、街頭で取材しているのに出くわしたことがありますが、テレビで見るよりずっと顔色が悪いのです。それで、また、ライトの効能を思い出したものです。


☆☆☆☆


 イエス様がペテロとヨハネとヤコブ連れて、祈るために山に入られた時のことです。

 祈っておられると、御顔の様子が変わり、御衣は白く光り輝いた。(ルカの福音書9章29節)
 しかも、二人の人がイエスと話し合っているではないか。それはモーセとエリヤであって、(30節)
 栄光のうちに現れて、イエスがエルサレムで遂げようとしておられるご最期についていっしょに話していたのである。(31節)


 モーセが、イエス様、エリヤとともに、山に現れただけでも、モーセがいかに神に用いられた人かわかるというものです。なにしろ、この時、モーセがシナイ山で神とお会いした出エジプトの時代から、千五百年も経っていたからです。エリヤは第二列王記に登場する、やはり、偉大な預言者です。その最期は、たつ巻に乗って天に昇って行ったのです。(U列王記2章11節)

 しかし、ここでイエス様の様子が変わって、光り輝いたのは、特筆すべきことなのです。イエス様とモーセとエリヤは、イエス様の十字架について話していたのです。イエス様の十字架は、新しい契約──神ご自身が十字架に磔になり、犠牲となって、私たちの罪を贖ってくださるという契約──のためなのです。
 私たちは、神の救いのご計画の中で、神様から二度、大きな契約をいただいているのです。最初がモーセの律法です。これが、旧い契約(旧約)と言われるものです。十戒を、石の板としていただいてきたとき、モーセの姿が光り輝いたのです。
 そして、二度目、新しい契約、十字架の契約の前に、イエス様の様子が変容されたのです。


 私たちのだれでも、容易に光り輝いて見える時代だからこそ、このイエス様の変容と、モーセの変容を、心に刻みたいと思うのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

Coffee Break150 御霊の輝き(Uコリント3章7節〜12節) 




 出エジプト記34章のモーセの姿の変容について、パウロは新約聖書コリント人への手紙2で、次のように書いています。

 もし、石に刻まれた文字による、死の務めにも栄光があって、モーセの顔の、やがて消え去る栄光のゆえにさえ、イスラエルの人々がモーセの顔を見つめることができなかったほどだとすれば、(Uコリント3章7節)
 まして、御霊の務めには、どれほどの栄光があることでしょう。(8節)


 石に刻まれた文字とは十戒を示しています。モーセが十戒をいただいてきたとき、その栄光で顔が輝いていたのです。しかし、パウロはそれは、やがて消えていったものと解釈しているのです。それに引き換え、イエス様の栄光は永遠に続くもので決して消え去ることはありません。
 主イエスとなって、地上に来てくださった神様を信じる私たちは、信仰によってイエス様に似たものに変えらていかれると約束されています。それをしてくださるのは、ここでパウロが語っている、御霊(聖霊)なのです。

☆☆☆☆


 クリスチャンの友人Kさんが話してくださったできごとです。

 彼女のご主人が、信仰をもって間もないころ、韓国の教会へ行かれたそうです。じっさいには牧師や長老など、指導的な立場の方の研修のようなものだったうえ、ご主人の体調もあまり良くない時で、Kさんは心配していたそうです。
 ところが、聖霊に満たされた大きな教会での礼拝や、祈祷院での徹夜祈祷会などを体験して、一週間後、帰宅されたご主人の顔が、輝いていたそうです。
 しばらくすると顔の輝きはなくなってしまったそうですが、「人が主に向かうと、覆いが取り除かれる。そして主の栄光を反映できると言うことは、真実だ。それを、忘れないでいたい」と思われたそうです。

 パウロは、二千年近く前の人です。けれども、彼が書いたこの手紙の意味は、もちろん今も生きています。
 私たちクリスチャンたちは、ただ、分厚い聖書を抱いて、陶然として賛美(歌)を歌い、厳かに礼拝するだけの、神秘主義者ではありません。
 聖霊が日々、私たちに働いてくださって励まされ、祈りつづける信仰のうちに、イエス様に少しでも似たものになりたいと思っているのが、クリスチャンです。もちろん、イエス様は神様ですから、その衣の裾に触れるのにも四苦八苦するのですが、自分にはできなくても、聖霊が成し遂げてくださるので、私たちには希望があります。
 自分の顔の輝きは自分で見ることができませんが、でも、教会では、ほかの方の顔に御霊の輝きを見ることができるのです。

 冒頭のパウロの言葉は、次のように続きます。
 
 もし消え去るべきものにも栄光があったのなら、永続するものには、なおさら栄光があるはずです。(Uコリント3章11節)
 このような望みを持っているので、私たちはきわめて大胆にふるまいます。(12節)





posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。