2011年01月21日

Coffee Break151 幕屋建設(出エジプト記35章4節〜36章6節)




 旧約聖書の出エジプト記の後半は、神がモーセとイスラエルの民にお与えになった戒め、命令です。十戒は、最初の四つは神に対するもの、5番目から10番目までは対人間に関することです。これらを遵守させるために、神はたくさんの細則を定めています。それは、出エジプト記だけでなく、レビ記に、また、申命記にも述べられています。

 じつに、この膨大な掟や細則を読みこなすのは、聖書通読の最初の胸突き八丁ではないでしょうか。
 私は六法全書のようなものは、読んだことがありません。日本国憲法の前文は中学生のとき、学校で暗記させられましたが、今にして思うと、それほどの量ではありませんでした。さし当たって、中学生にとってはあまり身近な話でもなし、丸暗記イコール理解したことになりました。
 しかし、聖書の戒めは、理解しなければいけないと思い、繰り返し読んでいるのですが・・・。


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 出エジプト記35章4節からは、いよいよ幕屋の建設がじっさいに始まります。幕屋とは、神様が人間と会って下さる場所です。モーセはホレブの山(シナイ山)で、初めて主の顕現を体験し、その後、神は常にモーセとともにおられました。シナイ山の前に宿営をしてからは、神は山にモーセを呼ばれ、また、モーセが宿営地に、「会見の天幕」をもうけてからは、雲の中から天幕に臨んでくださいました。

 しかし、モーセにもいつか命の終わる日が来るからでしょう。イスラエルの民が子々孫々まで長く、神様とお会いするために、神様は幕屋を造ることを命じられたのです。また、神にお仕えし、お会いする専門職として、祭司職をお決めになりました。

 幕屋を作るために、まず、建築資材の調達です。

 モーセはイスラエル人の全会衆に告げて言った。
「これは、主が命じて仰せられたことである(出エジプト記35章4節)
 あなたがたの中から主への奉納物を受け取りなさい。すべて、心から進んでささげる者に、主への奉納物を持って来させなさい。すなわち、金、銀、青銅、(5節)
 青色、紫色、緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、(6節)
 赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、(7節)
 燈油、そそぎの油とかおりの高い香のための香料、
 エポデや胸当てにはめ込むしまめのうや宝石である。(8節)



 これらは幕屋と祭具、契約の箱とふた、祭司装束に使う材料です。これらがどのようなものかわかる人の方が少ないと思います。やぎの毛、なめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材などは、想像はできますが、当時のものとそっくり同じに再現するのは、専門家でも難しいのではないでしょうか。
 大切なのは、これらは、強制的な「供出」ではなく、すべて、心から進んでささげられなければならないということです。惜しいなと思いながら出したのでは、神はお喜びにならないということでしょう。

 じっさいには、モーセの前から立ち去ったイスラエルの会衆は、これらの資材を自発的に、どんどんもってきたのです。男たちは建築現場で働くために、労働を申し出、女たちは手で青色、紫色、緋色の撚り糸をつむぎ、亜麻布を織ってもってきたのです。
 モーセは主の霊によって、指物(さしもの)、金細工や鍛冶の仕事が上手な、ユダ部族の「フルの子であるウリの子ベツァルエル」と「ダン部族のアヒサマクの子オホリアブ」とを名指しで召し出した。

 モーセは、ベツァルエルとオホリアブ、および、主が知恵を授けられた、心の知恵のある者すべて、すなわち感動して、進み出てその仕事をしたいと思う者すべてを、呼び寄せました。

 しかし、イスラエル人は、なおも朝ごとに、進んでささげるささげものを持って来た。
 それで、とうとう、モーセは宿営中に告げさせて言ったのです。
 「男も女も、もはや聖所の奉納物のための仕事をしないように。」




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2011年01月22日

Coffee Break152 幕屋と祭司(出エジプト記36章〜)




 幕屋建設は、エジプトから脱出して約三〜四ヶ月後の、当時のイスラエルの民の状態を考えると、大事業だったでしょう。今風に言えば「国庫を傾けての資材と人材の投入」となるでしょうか。イスラエルの民はまだ、定住していなくて、カナンに向かっている途中だったのです。

 「国庫を傾けての資材と人材の投入」などと表現しましたが、じっさいに、これらの集団は国家とも、言えないでしょう。
 国家とは少なくとも、住民と、そこに住める領土がなければなりません。ところが、この当時のイスラエルは、民はいますが、国土は「約束の地」であり、将来手に入るはずのものです。その約束の地カナンは、乳と蜜が流れる豊穣な土地なのですが、先住民がいるのです。
 
 もちろん、私たちがいま考える近代的な国家観を、当時の世界に当てはめるのは正しくないでしょう。歴史的にみて、どこの地域でも民族の大移動や流入はあったからです。日本のような島国で、比較的、他民族との衝突がなかった国でも、有史以前までスパンを長く見ると、東南アジアから、蒙古や朝鮮、中国など大陸から、はては、古代イスラエル王国が滅んだとき、世界中に離散したユダヤ人まで渡来していると言われているのです。


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 エジプトからイスラエル人を助け出された神は、奴隷であるイスラエル人の呻きを聞かれて、「アブラハム・イサク・ヤコブへの約束を思い出された」のです。(出エジプト記2章24節25節)

 この約束は、彼らの子孫を通じて全人類が祝福に入るということです。そのような大切な選びの民を、エジプトから導き出しただけでは、もちろん、不十分です。彼らを神の選びの民にふさわしく鍛え、ととのえ、統率しなければなりません。そうでなければ、まず約束の地に入る前に、またバラバラになってしまうか、どこかの民の奴隷となることでしょう。
 神・主が、シナイに到着するなり、イスラエルの民に十戒とその細則をお与えになり(出エジプト記20節〜)、幕屋の建設をお命じになったのは、彼らイスラエルの民が、神礼拝を中心にしっかりした神政政治を行い、団結して、約束の土地で国づくりができるようにするためです。

 神を恐れ敬いながらも、まだ、自分たちをエジプトから救い出してくださった神のことがよくわからず、すぐにつぶやき、自分が罪びとであるという概念さえ、よくわかっていない人々に、犠牲をささげ、おそれをもって神の前に出ることを、教える必要があったのです。
 
 旅の途中で、国庫を傾けていると思われるほどの資材を使って幕屋作りをさせたのも、神のご計画でした。

 
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 幕屋は、当時のイスラエルの状態を考えれば、大変ものものしく豪勢なものです。「人々がささげ、天幕建設に使った金は千四百キログラムに達しました。」(出エジプト記38章24節) また、銀は四千二百五十キログラムにもなったそうです。(この項は、リビングバイブルより引用)

 しかし、どれほど豪華で大きくても、幕屋は移動式の天幕でした。天幕の中に聖所と呼ばれる場所、その奥に、大祭司しか入れない至聖所がありました。至聖所には、契約の箱、恵みの座、聖所には燭台や金の机、香の壇などが置かれました。至聖所と聖所は厚いカーテンで仕切られていました。また、至聖所・聖所全体が天幕でおおわれていました。聖所の前の庭に祭壇が備えられ、犠牲の動物が焼かれました。また、多量の血が流されるために、それを洗う洗盤が備えられました。庭を囲む板と幕も作られました。

 大きさは、至聖所、聖所も含めて、長方形の庭が、奥行き約50メートル、幅25メートルほどですから、かなり大きいものです。旅に出るときはこれらをぜんぶ分解して運びました。契約の箱は特別に注意深く、二本の柱の四隅を祭司たちが担いで進んだのです。

 幕屋の目的は、礼拝する場所、神とお会いする場所を特定することでした。イスラエルの民が正式に神を礼拝するためには、誰でもこの幕屋に来なければならなかったのです。また、人々は、直接幕屋の中に入って神を礼拝することができず、神と人々との仲介役として祭司職も定められました。その祭司たちも、大祭司といわれる一人の人物の仲介を経て、神への勤めをすることができました。
 最初の大祭司はモーセの兄であったアロンです。(出エジプト記28章1節)これらの定めは、神の聖さと人間の穢れのために設けられたものです。 建物の目的は、礼拝する場所、神とお会いする場所を特定することでした。アロンが大祭司で、祭司職はアロンの血筋につながるものの、世襲となりました。(出エジプト記28章1節) 

 祭祀全体に関わる仕事は、レビ族のものと決められました。後にカナンに入り、カナンの土地が十二部族に分配された時も、レビ族には土地は分け与えられませんでした。しかし、祭祀に関わる仕事は、むしろ、彼らを富ませることになりました。彼らは、ひとびとが神への捧げ物として持参した中から、分け前を得るように定められていたからです。

 幕屋の建設には時間もかかりました。

 出エジプト記40章17節にその完成した日が記されています。

 第二年目の第一の月、その月の第一日に幕屋は建てられた。



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2011年01月23日

Coffee Break153 幕屋の完成(出エジプト記40章)





 出エジプト記40章の1節から16節は、祭祀に必要な用具、至聖所や聖所、天幕や囲いの板など、幕屋の部分がすべて出来上がり、幕屋が組み立てられていく様子です。神様がその順序、その位置を指示しておられます。
 
 建物が組みあがると、そこにある用具や、幕屋に入る祭司を聖別します。

 最初に建物と、そこに入れるすべての用具を、油を注いで聖別します。
 次に、祭司となるアロンとその子たちに、装束を付けさせて聖別します。
 聖別とは、聖書用語です。物や人を、神様のために取り分けることですが、それには儀式がともないます。多くの場合は祭司が、聖別される物や人に油をそそぐのです。この場合は、アロンが最初の祭司なので、モーセが油注ぎをしています。

 あなたは、彼らの父(アロン)に油をそそいだように、彼らにも油をそそぐ。彼らは祭司としてわたしに仕える。彼らが油そそがれることは、かれらの代々にわたる永遠の祭司職のためである。(出エジプト記40章15節)
 モーセはそのようにした。すべて主が彼に命じられたとおり行なった。(16節)


 モーセはアロンやアロンの子たちに油をそそいで、神様の御用を勤める祭司として聖別したわけです。のちに、イスラエルが王制を取り入れる時、ときの預言者サムエルが、最初の王サウルを神の声を聞いて選び、油を注いで王にしています。(Tサムエル記10章1節) また、二代目の王ダビデもサムエルが油をそそいで王にしたのです(Tサムエル記16章12節13節)。王もまた神の御声に聞き、その御心を行なわなければならない、つまり神の御用をするために選ばれた人たちだったのです。


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 祭司が、幕屋で神とお会いするのは、ソロモンがBC10世紀にエルサレムに神殿を建てるまで続きました。祭司職が、アロンの子孫に世襲されること、レビ族が祭祀に関わることも、その後続けて行なわれました。
 
 モーセはそのようにした。すべて主が彼に命じられたとおりに行なった。(出エジプト記40章16節)

 主がモーセに命じられたとおりであるが、繰り返し出てくることに注目したいと思います。(21節、23節、25節、27節、29節、32節)
 幕屋のたたずまいは、モーセの考え、制作建築に関わった人たちの感性や考えではなく、すべて、主が命じられたとおりであったと、強調しているのです。

 また、幕屋と祭壇の回りに池を設け、庭の門に垂れ幕を掛けた。こうして、モーセはその仕事を終えた。(33節)
 そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。(34節)

 モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕やに満ちていたからである。(35節)



 イスラエルの民が一致団結して、知恵と力と財力のかぎりを尽くして、神・主のお命じになったとおりに幕屋を完成させたことを、主がお喜びになったのです。
 イスラエル人は雲が幕屋から上った時に、旅立ったのです。その後、彼らが荒野で旅をしている間、彼らはいつも、雲が上がるときに旅立ちました。

 イスラエルの全家の者は旅路にある間、昼は主の雲が幕屋の上に、夜は雲の中に火があるのを、いつも見ていたからである。(38節)
 これは、出エジプト記最後の40章、最後の38節です。十戒をいただき、幕屋が完成し、祭司制度も出来上がりました。しかし、荒野の旅までに、まだ、することがありました。







       聖書は新改訳聖書を
       使わせていただいています。




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2011年01月24日

Coffee Break154 大寒






   居並んだ家々 にわかに翳(かげ)りゆく 冷たさが降る 夕陽押しのけ



   寒中お見舞い申し上げます。


 少し日が長くなりましたが、寒さはまだまだ続きます。今は(今月二十一日から)、大寒に入っています。これが、二月四日の立春まで続きます。その前日の二月三日、節分の頃が、一番寒いですね。もっとも、クリスチャンは、寒さもまた、神さまのみわざだと受け止めています。


       風うなる 空見上げれば 宇宙あり
     風うなる 青空ひかる きらきらと
     グランドに 冷気よこたう 睦月(むつき)かな
     冷たさの 頬にとどまる 昼下がり

     山茶花を 打ち砕くよな 寒気(かんき)張り
     山茶花の 面(おも)垂れている 小正月
     山茶花の ちぢみふるえる 大寒波
     山茶花を 打ち砕くよな 寒波立つ

     裸木に 夢見る春よ あと三月(みつき)
 


 寒い時には、食べ物の煮える音が心にしみます。
  
     小豆煮る 時を刻んで 湯気のぼり
     小豆煮る ふんわり甘い 狂おしさ
    

     窓際で  祈る手のひら 冬日をすくって



 悪い風邪などが流行らないように、お祈りしています。
 聖書は、明日からレビ記に入ります。また、お訪ねくださいね。

                       さとうまさこ



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2011年01月25日

Coffee Break155 全焼のいけにえ(レビ記1章)




 出エジプト記の次に来るのは、レビ記です。
 創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記と合わせて、「律法の書」と呼ばれています。また、「モーセ五書」とも言います。


 主はモーセを呼び寄せ、会見の天幕から彼に告げて仰せられた。(レビ記1章1節)
「イスラエル人に告げて言え。
もし、あなたがたが主にささげ物をささげるときは、だれでも、家畜の中から牛か羊をそのささげ物としてささげなければならない。(2節)
 もし、そのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、彼が主の前に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。(3節) 


 この書き出しでわかるように、レビ記は、幕屋が完成し、祭司職が決められたイスラエルに、主・神が、祭祀や律法の細則について、さらに命じられたことが記されています。もちろん、命令は出エジプト記のとき同様、すべてモーセにお語りになるのです。


 レビ記1章は、「全焼のいけにえ」のささげ方です。
 全焼のいけにえとは、文字通り、完全に燃やし尽くして、煙にしてしまうものです。なぜなら、それはささげる人の、罪の身代わりだからです。
 その順序は、ささげる人が自分で家畜の中から、雄牛、雄羊、山羊のうち、傷のないものを天幕の入口に引いてきます。
 それを祭司が受け取ってくれます。そうしたら、その家畜の頭に手を置きます。
 手を置くことで、その動物が自分の身代わりだと示すのです。ほんとうは、罪を犯した本人が死ななければいけないところを、動物でも良いと神様が認めてくださったわけです。

 ささげる人がみずから手を下して、ささげる動物を殺します。祭司は、器に血を取り出し、その血を祭壇のまわりにそそぎます。動物を切り分けている間に、祭司が、祭壇にたきぎを並べ、切り分けた動物の体と頭、脂肪を載せて焼くのです。内臓と足は、ささげる本人がきれいに洗って、やはり、体や頭といっしょに祭壇で焼きます。
 こうして、完全に焼き尽くして、煙にしてしまうのです。


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 祭祀儀礼などと聞くと、なんとなく形式的で整然とした儀式を思い起こしますが、レビ記に書かれたささげ物規程は、とても生々しいものです。
 牛や羊のような大型動物を、引いてきた人自身が殺すのです。これは、家畜やその屠殺に慣れている人でも、かなりの力仕事ではないでしょうか。
 においや煙も、強烈なものだったでしょう。たきぎで燃やすのですが、風の強い日や、雨の日もうまく燃えたのでしょうか。
 
 しかし、その生々しさに、人は自分の罪の大きさ、重さを見たのかもしれません。
 食事のために動物を殺すのではなく、このような、完全に焼き尽くす犠牲は、当時の人々が考えうる神様に対する、最大のささげ物だったのです。

 なだめの香りといわれる、この焼き尽くすいけにえについては、創世記8章に、その初出を見ることができます。洪水が引き、箱舟から出てきたノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげたのです。(創世記8章20節)

 主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、はじめから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすようなことはすまい。(21節)





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2011年01月26日

Coffee Break156 いけにえ(レビ記1章2章、新約聖書ヘブル人への手紙5章1節〜4節)




 全焼のささげ物には、大型動物のほかに鳥も受け容れられました。鳥の場合は、山鳩か家鳩のヒナでした。
 これは祭司が首をひねって殺し、祭壇の横にかかるよう、血をそそぎ出しました。餌袋と羽毛は灰捨て場に捨て、翼をつかんで引き裂くのですが、左右の翼を切り離してはならないと命じられています。これらを祭壇の上で全焼のいけにえとして焼きました。
 雄牛や雄羊、山羊に比べれば、鳥のヒナはすぐに燃え尽きたでしょう。じっさいには、このような鳥のささげ物が多かったのかもしれません。

 これらの、ささげ物には、穀物が供えられました。穀物の供え物は、上等の小麦粉に、オリーブ油をそそぎ、乳香を加えました。
 祭司は、もってこられた小麦粉の一部と油と乳香を祭壇で燃やしました。これも、主へのなだめの香りの火によるささげ物でした。残りは祭司が取ってよいことになっていましたが、祭司の取り分も、神聖なものと見なされました。
 小麦は、パンなどに加工してあってもよかったのですが、その場合は、パン種(イースト菌)や蜂蜜を入れてはなりませんでした。

 出エジプトの出発前の過ぎ越しで、「パン種を入れないパン」を用意することが命じられていますが(出エジプト記12章3節〜8節)、このように、犠牲がほふられる時の供え物には、発酵するパンは禁止されたのです。

 
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 出エジプト記は、幕屋の完成と祭司制度の制定で終わりました。
 幕屋はきよくない人間がきよい神に近づくための場所です。しかし、罪ある人間は、きよい神様に近づくことができません。まず、自分の罪を贖わなければなりません。こうして、定められた動物の命が贖いのためにささげられたのです。祭司とは、律法に定められた手続きを行ないながら、ささげ物をもってきた人と、神との仲立ちをする職業でした。

 大祭司はみな、人々の中から選ばれ、神に仕えることがらについて人々に代わるものとして任命を受けたのです。それは、罪のために、ささげ物といけにえとをささげるためです。(新約聖書ヘブル人への手紙5章1節)
 彼は自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な迷っている人々を思いやることができるのです。(2節)
 そしてまた、その弱さのゆえに、民のためだけでなく、自分のためにも、罪のためのささげものをしなければなりません。(3節)
 また、だれでも、この名誉は自分で得るのではなく、アロンのように神に召されて受けるのです。(4節)



 犠牲(いけにえ)の羊であり、同時に、大祭司であるイエス・キリストについての言及が、レビ記からの膨大な歳月(千五百年ほど)をへだてて、新約聖書に記されています。神さまは、十戒を与えた直後に、のちにくるキリストの贖いを人類が理解するように、幕屋の細則を定められていたのです。これは、目を瞠るような神のみわざではないでしょうか。




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2011年01月27日

Coffee Break157 脂肪をささげる(レビ記、Tサムエル記)





 Coffee Break155、156で書いたように、動物(牛、羊、やぎ)のささげ物、鳥(山鳩か家鳩にひな)のささげ物、小麦(小麦粉、パン)のささげ物は、ささげることのできるアイティムです。これは、ささげものとして、たとえば、らくだや馬、その他の動物は不適格ということです。同様に、鳥なら何でも良いということではありません。小麦は上等の小麦と油と乳香が添えられる。パンにする場合は、パン種を入れないパンと、決められていました。

 一方、レビ記には、ささげ物のカテゴリーが示されています。全焼のささげ物(1章3節)、和解のささげ物(3章1節)、罪のためのいけにえ(4章2節)、罪過(あやまって犯した罪)のためのいけにえ(5章1節〜4節)、祭司任職のいけにえ(6章19節)などです。

 全焼のいけにえもまた、イスラエル全体として幕屋にささげるもの、祭司が自分のためにささげるもの、民の代表がささげるもの、罪を犯した人がささげるものと、さまざまなケースに分けられました。和解のためのささげもの、罪のためのささげものも、ささげる人、ささげる理由によって少しずつささげ方や、ささげるものが異なりました。、

 罪を犯したケースでも、祭司が犯した罪、民全体のもの、民の代表が犯した罪、律法に違反した罪、偽りの証言への罪、みだりに誓ったこと(たとえほんとうでも嘘でも)への違反など、さまざまでした。

 ただ、ささげ物のささげ方で、共通するところはありました。まず、どの動物でも、脂肪は内臓のもの背のものに関わらず、必ず燃やし尽くして煙にしなければなりませんでした。脂肪は神のものとされたからです。また、足や内臓はよく洗って焼かれ、皮は捨てられました。

 罪以外に、「汚れ」の規程があって、汚れはやはりささげ物をして、きよめなければなりませんでした。汚れは、たとえば、死体や清くない動物に触れた場合。漏出や月経などの、性器からのおりもの。出産後の女性も一定期間、汚れているとされました。

 また、ツァラアトと呼ばれている皮膚病や腫もつ、身体の表面が変わるもの、また、家の壁や衣服や皮や布の製品に現れる異常──今なら、カビの一種と見られるのではないかと思えるもの──なども、祭司に見せて、処置をしてもらわなければなりませんでした。


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 聖書の神さまへの畏敬の念は深いのだけれども、レビ記が少々退屈だと感じるのは、仕方がないのではないでしょうか。同じように見える規程が繰り返し述べられていること、また、そのささげ物が、いまの日本に住む私たちにとって、あまりにも日常生活からかけ離れていることも、一因だと思います。
 まず、私たちにとって、雄牛や羊や山羊を、身近に見ることがありません。肉は大好きと言う人は多いかもしれませんが、解体する現場を見る人も少なければ、解体については考えたくもない人が大部分でしょう。

 すし屋さんの生簀の中から、はまちが取り出されて目の前で解体されても、アジの頭と中落ちの上に刻まれたたたきが盛られて出てきても平気ですが、四つ足の動物なら、ウサギの解体も胸が悪くなるかもしれません。まして、殺して血を取り出して、それを祭壇のまわりに注いで、脂肪を削いで、腎臓と肝臓の小葉を切り取って・・・と、想像する前に抵抗があります。
 
 脂肪は神のものだから、絶対に食べてはならないと言われても、当時は脂肪が「うまい」と思われていたのかなあと、考えるばかりです。今はむしろ、脂肪を避けてステーキを食べる人もたくさんいるのですが。


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 時代は、レビ記の時代(紀元前千五百年)から下って、紀元前1千年頃でした。イスラエルの人々はカナンの地に、ほぼ定着して暮らしていました。
 イスラエルの民はもちろん、祭司を中心にした神権政治の中にありました。聖書では、第一サムエル記の最初の時代です。
 その頃、礼拝の中心である契約の箱は、ヨルダン川の西、エフライムのシロにあり、祭司エリが天幕に仕えていました。ところが、エリの二人の息子は祭司の後継者として失格者でした。


 さて、エリの息子たちは、よこしまな者で、主を知らず、民に関わる祭司の定めについてもそうであった。
 それどころか、人々が脂肪を焼いて煙にしないうちに祭司の子はやってきて、いけにえをささげる人に、
「祭司にその肉を渡しなさい。祭司は煮た肉は受け取りません。生の肉だけです」と言うので、
 人が、「まず、脂肪をすっかり焼いて煙にし、好きなだけお取りなさい」と言うと、祭司の子は、「いや、いま渡さなければならない。でなければ、私は力ずくで取る」と言った。
 このように、子たちの罪は、主の前で非常に大きかった。主へのささげ物をこの人たちが侮ったからである。(Tサムエル記2章12節〜17節)


 もちろん、エリの二人の息子は、報いを受けたのでしょう。早死にしてしまう(Tサムエル記4章11節)のです。しかし、祭司の子でもこのような違反をするとは、脂肪は古代イスラエルの人にとっても、食べてみたい「うまいもの」だったのかもしれません。



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2011年01月28日

Coffee Break158 血の意味(レビ記7章)



 脂肪は幕屋でのささげ物に限らず、イスラエルの民が食べてはいけないものでした。
 
 イスラエル人に告げて言え。
 あなたがたは、牛や羊、あるいは山羊の脂肪をいっさい食べてはならない。
 死んだ動物の脂肪や野獣に引き裂かれた動物の脂肪は、何に使ってもさしつかえない。しかし、決してそれを食べてはならない。(レビ記7章22節〜25節)
 

 25節には、これを食べるものは、その民から断ち切られるからであると書かれています。

 脂肪と同様、食べてはいけないものに、血がありました。

 あなたがたは脂肪も血もいっさい食べてはならない。あなたがたが、どんな場所に住んでも、代々守るべき永遠のおきてはこうである。(レビ記3章17節)

 また、あなたがたのどこの居住地においても、鳥でも動物でも、その血をいっさい食べてはならない。(7章26節)
どんな血でもこれを食べるものはだれでも、その者はその民から断ち切られる。(27節)


 どのような動物であっても、神様がいのちをお与えになったのです。そのいのちは、血にあると考えられたのでしょう。そうだとすれば、究極のところ神様のものである血(いのち)を、人が食べてはいけなかったのです。
 
 また、ささげ物の目的は、人間のいのちの代わりにささげ物のいのちを差し出すことでしたから、そのいのちを、人間自身が食べてしまってはささげ物の意味がなくなってしまいます。


 これは現代において、たとえば先端医学の処置や血液検査、輸血などの形で人が血を扱うのも、ダメということではありません。
 このブログの佐々木先生のリンク、「聖書を読むぞー」→「聖書の読み方」にあるとおり、聖書は、もともとだれに宛てて書かれたものかを、考慮して読まなければいけないと思います。レビ記は,出エジプト直後のイスラエルの民に与えられました。まだ、細胞やDNAのこと、輸血の技術も血液検査のことも知らない人たちです。また、現代の複雑な生命科学の話など、理解できない人たちでした。神様が血や脂肪を食用とすることを禁じられたのは、いのちとはなにか、いのちが究極のところ神様のものであるということを、当時の人々に教えるためだったのではないでしょうか。

 私たちがここから適用として学ぶのは、神様がいのちをお造りになったこと、そのいのちの本質を尊び、神様への畏敬の念と感謝を忘れないことだと思います。


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 レビ記が冒頭から、細かいささげ物規程を述べているのは、祭司が神様に近づくのに、ぜひともこの犠牲をたずさえていくことが必要だったからです。これなしには、神が定められた幕屋であっても、神様との対面はかなわないのです。
 
「聖書の神」「アブラハム・イサク・ヤコブの神」「わたしはある」と自己紹介された神は、どうして、神に近づきたいと願う人間に、「いのち」を要求されるのでしょう。本当なら、人のいのちを差し出さなければいけないところを、動物の命で代えさせてくださったのだと言っても、なんと残酷な神様だと思われる方もいるかもしれません。

 明日は、このようないけにえが必要になった理由について考えてみます。



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2011年01月29日

Coffee Break159 いけにえと幕屋(創世記、出エジプト記、レビ記)




 神様に初めて、羊の初子をささげたのは、アダムとエバの息子アベルでした。この時はそれが、全焼のいけにえだったかどうか、定かではありません。神様が、なだめの香りを喜ばれたとも書かれていません。ただ、アベルの兄カインのささげ物・農産物の初穂と比べて、どうやら神様は羊の方に「目を止められた」とあるだけです。その微妙な差に、カインは傷つき、怒り、弟を殺してしまうのです。(創世記4章2節〜7節)

 さて、つぎに、ささげ物をささげたのは、箱舟から出てきたノアでした。この時は全焼のいけにえをささげて、神様はその香り(なだめの香り)を喜ばれたとあります。(創世記8章20節21節)
 バベルの塔の物語(創世記11章)のときは、神様は彼らの様子をごらんになるために、「降りてこられた」のです。人のほうから、神様に「降りて来て、ご覧下さい」と、言ったのではありません。(創世記11章)

 アブラハムを召し出される時も、神様は一方的にアブラハムに近づいてくださり、仰せになったのです。
「あなたは、あなたの父の生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12章1節)

 その後、主は何度もアブラハムに現れて、導いておられます。アブラハムは自分に現れてくださった主のために「祭壇をきずいた」のです。(12章7節)
 イサクにもヤコブにも、主はご自分の方から現れてくださり、そのたびに、人間の側は祭壇をその場所にきずいています。
 
 主が、ご自分の方から全焼のいけにえを指示されたのは、アブラハムと契約を結ぶときです。(創世記15章)
「わたしのところに、三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山鳩とそのひなをもって来なさい」(9節)
「さて、日は沈み、暗やみになったとき、そのとき、煙の立つかまどと、燃えているたいまつが、あの切り裂かれたもの(いけにえ)の間を通り過ぎた。」(17節)
 この時、いけにえのために、火を用意されたのは神ご自身でした。


 しかし、このときの儀式すべては、アブラハムが深い眠りの中で起こったことでした。

 
 モーセがミディアンの羊飼いだったときも、羊を追ってシナイ(ホレブ)の山にやってきたモーセに、神様のほうから現れてくださいました。(出エジプト記3章2節〜)


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 シナイ山で十戒を授かった後、一度下山したモーセは、契約の書を取り、民に読んで聞かせるのですが、この時初めて、全焼のいけにえをささげ、また、和解のいけにえとして雄牛を主にささげました。いけにえの血の半分を取って、祭壇に注ぎかけ、残りを民に注ぎかけて、「主が民と結ばれる契約」の儀式をしています。
 ふたたび、山に入ったモーセに対し、主は、正式に幕屋の建設を命じられるのです。
 そして、幕屋が完成したあとに、レビ記に記されている厳格な祭祀規程が定められたのです。


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 十戒とそれにともなう契約があり、幕屋が完成したあと、神礼拝がこのように儀式化され、厳格になったのはどうしてでしょう。


 私が考える一番大きな理由は、出エジプトまでは、神様はひと個人に近づいて、話し掛けておられたのです。神様がお近づきになった人(ノア、アブラハムなど)は、神様のすべてを知らなくても、神様を恐れる敬虔な人でした。それに対し、ノアの時代の滅ぼされた人たち、バベルの塔を建てて、「全地」に散らされた人たちは、「群集」でした。

 神様が導き出されたイスラエル民六十万人のほとんどは、そのとき、自分たちを選びの民として契約してくださった神様のことをまだ、よく知りませんでした。神様が天地を創造されたのは、はるかむかしのことです。アブラハム・イサク・ヤコブの神に対する正確な記憶も、かなり失われていたでしょう。「わたしはある」神を、彼らが信じたのは、ひとえに、モーセをお立てになった神が奇蹟やしるしをつぎつぎと行い、彼らをエジプトから導き出してくださったからでしょう。彼らは、目の前でパロを屈服させ、海が割れ、マナを降らせ、水を湧き出させる不思議なみわざを目の当たりにしたのです。


「あなたがたは見たから信じるのですか。見ないで信じるものはさいわいです」と、イエス様は言われました。(ヨハネの福音書20章29節)
 新約の時代のイエス様の弟子でさえ、見ないと信じられない状態でした。
 エジプトから導き出したイスラエルの民に、ここで、きっちり、神を恐れる作法を教えなければ、また、ノアの時代の大部分の人間、バベルの塔を建てようとして、神の怒りに触れた人間のような、勝手気ままな「烏合の衆」になってしまいます。
 かりに神を祀っても、間違った神を祀り、簡単に「姦淫を犯す」可能性がありました。──じっさい、シナイ契約のすぐあとに、金の子牛を作って偶像礼拝をする節操のなさでした。(出エジプト記32節)


 神がアブラハムをお召しになった時の、ことばを思い出してください。

  主はアブラムに仰せられた。
 「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
  そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。
  あなたの名は祝福となる。
  あなたを祝福する者をわたしは祝福し、
  あなたをのろう者をわたしはのろう。
  地上のすべての民族はあなたによって祝福される。」(創世記12章1節〜3節)



 イスラエルの民は、たんに一つの民族として栄えるよう選ばれたのではないのです。やがて、彼らから救い主が現れて、全人類が救われるその器として選ばれたのです。それゆえ、イスラエルの民には、この時代から後もずーっと、きびしい鍛錬と試練が与えられることになるのです。
 



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2011年01月30日

Coffee Break160 祭司職(レビ記8章10章)




 ついで主はモーセに告げて仰せられた。(レビ記8章1節)
「アロンと彼とともに入るその子らを連れ、装束、そそぎの油、罪のためのいけにえの雄牛、二頭の雄羊、種を入れないパンのかごをもって来、(2節)
 また全会衆を会見の天幕の入口に集めよ。」(3節)


 アロンとその子たちの祭司任職の儀式は、全会衆の前で行なわれたのです。
 それは、続く5節から36節まで、つまり8章ぜんぶを費やして記されています。

 まず、モーセはアロンとその子らを、水で洗います。
 つぎに、アロンに祭司の装束を着けていきます。

 長服を着せ、飾り帯を締めさせ、その上に青服をまとわせ、さらにその上にエボデを着けさせ、エボデを帯で締め、
 胸当てを着けさせ、その胸当てにウリムとトンミムを入れた。また、彼の頭にかぶり物をかぶらせ、かぶり物の前面に、金の札すなわち聖別の記章をつけさせた
(6節〜9節)のです。

 それから、幕屋の中とそこにあるすべてのものに、そそぎの油を掛けて聖別し、祭壇と祭具を聖別し、アロンやその子たちの頭から油を掛けて、聖別するのです。さらに、罪のためのいけにえと全焼のいけにえを定めの手順でほふるのです。ささげ物をし、食事をし、その後も、まだ儀式は続きます。
 
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 神と民とを仲立ちする祭司の任務は、とても重く大きいものでした。
 聖書では、主役は神だというのは、何度か書きました。同時に、私たちが聖書を読むとき、留意しなければならない大切なことは、神様は、人間とは格の違う高いお方なのだということです。聖書の神様は、人間より少しばかり偉い方などではないのです。天地すべてを総べておられる全知全能の方なのです。

 幕屋は、その神が人に近づいてくださる場所ですから、大変神聖な場所でした。その祭儀を行なう祭司は神聖な職業でした。アロンとその子の任職の儀式が、全会衆を集めて行なわれたのは、当然だったのです。
 民は、祭司任職のものものしい儀式を見ることで、神の神聖、神礼拝の厳粛さを実感することになったでしょう。

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 さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、
 その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた。(レビ記10章1節)
 すると、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ。(2節)


 これは、火の上に盛った香が、定められた調合法に従ったものではなかったから(出エジプト記30章34節〜38節参照)神の怒りに触れたのだと、言われています。ナダブとアビフはわざと規則を破ったのではなく、まだ祭司職に慣れていなくてミスを犯したのかもしれなかったのですが、神はそのような間違いも見逃されなかったのです。

 その理由については、次回に見てみましょう。





 
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