2011年01月12日

Coffee Break142 金の子牛(出エジプト記32章)





 民はモーセが山から降りてくるのに手間取っているのを見て、アロンのもとに集まり、彼に言った。「さあ、私たちに先立っていく神を作って下さい。私たちをエジプトの地から連れ上ったあのモーセという者が、どうなったのか私たちにはわからないから。」(出エジプト記32章1節)

 モーセはヨシュアをともなって、山に登っていきました。その前に、民の長老に命じました。「私たちがあなたがたのところに戻ってくるまで、ここにいなさい。訴えのある者はアロンとフルの告げるようにしなさい。」(24章14節)

 つまり、アロンとフルはモーセが山にこもっている間、民の統括を任されたのです。そのアロンに民は、「神を作って下さい」と迫るのです。
 このようなことばが民から上がるのは、モーセはほとんど神のような存在だったのを意味しているのでしょう。じっさい、モーセと共に、神はいろいろな形で顕現しておられました。モーセがいればこそ、奇蹟やしるしが現れ、葦の海も割れ、苦い水も甘くなり、マナもウズラも食べることができました。また、シナイでは神は雲となって下りてこられ、雷や声でお答えになったのです。

 モーセが山に姿を消すと共に、これらの「しるし」が見えなくなったのです。
 すると、民はたちまち不安に取り付かれ、「私たちに先立って行く神」を求めたのです。イスラエルの民はしょせん奴隷状態を脱したばかりの、烏合の衆だったと思われるでしょうか。一人のカリスマリーダーがいなくなると、迷い子のように泣き言を言って、アロンに無理を言ったのでしょうか。

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 アロンは民の要求に押されたのでしょう。民に装身具を供出するように言って、金の耳輪や腕輪を溶かして、金の子牛を作ります。
 民はそれを、「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ」と言って、祭壇を築き、祭りを行なったのです。「天地を創造された神様」「わたしはある」方を拝む時と同じように、全焼のいけにえと、和解のいけにえまで供えたのです。

 そこで、翌日、朝早く彼らは全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえを供えた。そして、民はすわっては、飲み食いし、立っては、戯れた。(32章6節)

 これは、十戒で神が戒められた偶像礼拝そのものです。わずか四十日で民は、神の戒めを破ったのです。モーセのことばを民に伝えたアロンがいて、このようなことが起こったのです。

 主はこの様子をご覧になって、モーセに仰せになりました。
「さあ、すぐ降りて行け。あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民は堕落してしまったから。」(32章7節)
 

 イスラエルの民はなぜ、モーセを待つことができなかったのでしょう。かりに、モーセが死んでしまったかもしれないと思っても、十戒を守ろうとしなかったのでしょう。
 しかし、私たちはこのイスラエルの民の信仰のうすさを笑うことはできません。彼らがエジプトで長い間奴隷だったため、奴隷根性が残っていたから、偶像を拝んだとはいえないのです。

 聖書では、サウル王が、サムエルの「待て」と言う命令を聞くことができず、サムエルから見放されてしまいました。(Tサムエル13章、15章)
 偶像礼拝に陥った王もたくさんいました。現在の私たち、クリスチャンでさえ、神様だけに聞き、お答えをじっと待つのは、なかなかできないのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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