2011年01月13日

Coffee Break143 モーセの激怒(出エジプト記32章)




 出エジプト記32章で、モーセは登場以来はじめてと言うほどの怒りを、イスラエルの民に対して爆発させています。

 宿営に近づいて、子牛と踊りを見るなり、モーセの怒りは燃え上がった。そして、手からあの板(神の指が記した十戒の石板)を投げ捨て、それを山のふもとで砕いてしまった。(出エジプト記32章19節)
 それから、彼らが造った子牛を取り、これを火で焼き、さらにそれを粉々に砕き、それを水の上にまき散らし、イスラエル人に飲ませた。(20節)


 これは、もうよけいな注釈なしで読んでいただいて、モーセの怒りのすごさがわかろうといえるほどのものです。神様からいただいた貴重な石板を粉々にくだけるほどの勢いで投げつけたのです。金の子牛も粉々にし、それを水にまき散らし、その水をイスラエル人に飲ませたというのです。
 たんに抑えていた感情が「切れた」怒りではない、八つ当たりやストレスからくる怒りでもありません。悲憤慷慨とでも言う怒りです。何に対して悲憤慷慨しているのでしょう。それは、民が神を冒涜したことに対するものです。


 モーセがホレブの山で神に召されてから、私たちは「私人」としてのモーセを見ることはありませんでした。モーセの行動はあくまでも、エジプトのイスラエル人を奴隷の境涯から脱出させ、約束の地カナンに導く使命を果たすものとして、書かれているのです。はじめは、神の召しをしり込みしてためらいながら受けるようなモーセでしたが、神の後押しと導きで信仰を確かにされ、少しずつ自信をつけて、パロとでも堂々と渡り合える男に変貌していったのです。

 モーセはパロにも、怒りを爆発させていることがあります。また、民から飲み水や食べ物のことで責められ、石打に会いそうなときには、神にも叫んでいます。神もモーセに叫んで答えられ、まさに四つに組むような神との関係のうちに、モーセは間違いなく、稀有な預言者、聖書の歴史に残る出エジプトのリーダーとなっていくのです。

 シナイ山に宿営した時、ですから、モーセは神の呼びかけに答えて、山に登りました。神がご自分に従うモーセとイスラエルの民に、契約を授ける用意がここで、完全に整ったのです。

 そのクライマックスで、四十日四十夜山に入ったモーセが戻ってくると、民は、偶像を造って拝み、酔っ払ったり歌ったりの乱痴気騒ぎの最中だったのです。

 モーセは直ちに、留守を任せたアロンにつめよりました。
「この民はあなたに何をしたのですか。あなたが彼らにこんな大きな罪を犯させたのは。」(32章21節)
「わが主よ。どうか怒りを燃やさないで下さい。あなた自身、民の悪いのを知っているでしょう。」(22節)


 アロンのこの言い訳は、モーセの怒りの火に、油を注ぐことになったにちがいありません。じっさい、ここまで、モーセと一体になって民をリードしてきたアロン、さらに祭司の身分まで約束されているアロンがこのような答えしかできないことに、私たち読者もあきれます。モーセの怒りを見て、震えてしまったのか、アロンはまるで他人事のように言うのです。

 彼らが、自分たちに先立って行く神を造ってくれといったので、金を供出させました。

「彼らはそれを私に渡したので、私がこれを火に投げ入れたところ、この子牛が出てきたのです。」(24節)
 そのようなリーダーの下で、「モーセは、民が乱れており、アロンが彼らをほおっておいたので、敵の物笑いとなっているのを見た。」(25節)


 そして、モーセは叫ぶのです。
「だれでも、主につく者は私のところに。」
 出エジプト記をはじめからここまで、きちんと読んでくれば、モーセの怒りもわかろうというものです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。