2011年01月14日

Coffee Break144 モーセの謝罪(出エジプト記32章)





 そこでモーセは宿営の入り口に立って、「だれでも、主につく者は、私のところに」と言った。するとレビ族がみな、彼のところに集まった。(出エジプト記32章26節)
 そこでモーセは彼らに言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。おのおの腰に剣を帯び、宿営の中を入り口から入り口へ行き巡って、おのおのその兄弟、その友、その隣人を殺せ。」(27節)


 モーセのこのことばに従ってレビ族の者が、その日の内に、イスラエルの民三千人を倒したとあります。
 これは大変な事件です。酔って歌い踊っていた者、石の板が割れるのを目撃しなかった者、金の粉が入った水を飲まされなかった者も──何しろ、男だけで六十万人いるのですから、遠くにいたものは見えなかった可能性があります──、剣を帯びた者が走り回って切りつけているのをみて、正気に戻ったかもしれません。
 ようやく、民の騒ぎが沈静化したのを見て、モーセは告げました。

「あなたがたはおのおのその子、その兄弟に逆らっても、きょう、主に身をささげよ。主が、きょう、あなたがたに祝福をお与えになるために。」(29節)


 ☆☆☆☆

 その夜の宿営地がどのような光景であったか、想像するしかありません。しかし、酔いと狂乱状態から覚めた人々の大部分は、自分の犯した罪の大きさにおののいたことでしょう。

 エジプト脱出から三ヶ月、いろいろな困難や揉め事を経験しながら、神が民をシナイまで導かれ、そこで、民との間に契約をしてくださったのです。わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代まで施す(20章6節)と約束してくださったのです。

 その契約の第一番目は、あなたは、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない、でした。二番目が、あなたは、自分のために偶像を作ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それらを拝んではならない。(20章3節〜5節)
 民はこの重大な戒めに違反したのです。

 モーセの胸中はどんなだったでしょう。
 モーセは翌日ふたたび、主のところに登って行きました。民が罪を犯したことを謝罪しました。
 しかし、ただ、たんに民に代わって謝罪して、赦しを乞うたのではありません。

 もし、許していただけないなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、わたしの名を消し去ってください。と申し上げたのです。

 「神が書かれた書物から、自分の名を消してください」と言うのは、非常に大きなことです。これは、死を意味しています。そもそも生まれた事実さえ消す、ほどの大きな死です。モーセは自分の命と引き換えに、民の罪の赦しを願ったのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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