2011年01月22日

Coffee Break152 幕屋と祭司(出エジプト記36章〜)




 幕屋建設は、エジプトから脱出して約三〜四ヶ月後の、当時のイスラエルの民の状態を考えると、大事業だったでしょう。今風に言えば「国庫を傾けての資材と人材の投入」となるでしょうか。イスラエルの民はまだ、定住していなくて、カナンに向かっている途中だったのです。

 「国庫を傾けての資材と人材の投入」などと表現しましたが、じっさいに、これらの集団は国家とも、言えないでしょう。
 国家とは少なくとも、住民と、そこに住める領土がなければなりません。ところが、この当時のイスラエルは、民はいますが、国土は「約束の地」であり、将来手に入るはずのものです。その約束の地カナンは、乳と蜜が流れる豊穣な土地なのですが、先住民がいるのです。
 
 もちろん、私たちがいま考える近代的な国家観を、当時の世界に当てはめるのは正しくないでしょう。歴史的にみて、どこの地域でも民族の大移動や流入はあったからです。日本のような島国で、比較的、他民族との衝突がなかった国でも、有史以前までスパンを長く見ると、東南アジアから、蒙古や朝鮮、中国など大陸から、はては、古代イスラエル王国が滅んだとき、世界中に離散したユダヤ人まで渡来していると言われているのです。


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 エジプトからイスラエル人を助け出された神は、奴隷であるイスラエル人の呻きを聞かれて、「アブラハム・イサク・ヤコブへの約束を思い出された」のです。(出エジプト記2章24節25節)

 この約束は、彼らの子孫を通じて全人類が祝福に入るということです。そのような大切な選びの民を、エジプトから導き出しただけでは、もちろん、不十分です。彼らを神の選びの民にふさわしく鍛え、ととのえ、統率しなければなりません。そうでなければ、まず約束の地に入る前に、またバラバラになってしまうか、どこかの民の奴隷となることでしょう。
 神・主が、シナイに到着するなり、イスラエルの民に十戒とその細則をお与えになり(出エジプト記20節〜)、幕屋の建設をお命じになったのは、彼らイスラエルの民が、神礼拝を中心にしっかりした神政政治を行い、団結して、約束の土地で国づくりができるようにするためです。

 神を恐れ敬いながらも、まだ、自分たちをエジプトから救い出してくださった神のことがよくわからず、すぐにつぶやき、自分が罪びとであるという概念さえ、よくわかっていない人々に、犠牲をささげ、おそれをもって神の前に出ることを、教える必要があったのです。
 
 旅の途中で、国庫を傾けていると思われるほどの資材を使って幕屋作りをさせたのも、神のご計画でした。

 
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 幕屋は、当時のイスラエルの状態を考えれば、大変ものものしく豪勢なものです。「人々がささげ、天幕建設に使った金は千四百キログラムに達しました。」(出エジプト記38章24節) また、銀は四千二百五十キログラムにもなったそうです。(この項は、リビングバイブルより引用)

 しかし、どれほど豪華で大きくても、幕屋は移動式の天幕でした。天幕の中に聖所と呼ばれる場所、その奥に、大祭司しか入れない至聖所がありました。至聖所には、契約の箱、恵みの座、聖所には燭台や金の机、香の壇などが置かれました。至聖所と聖所は厚いカーテンで仕切られていました。また、至聖所・聖所全体が天幕でおおわれていました。聖所の前の庭に祭壇が備えられ、犠牲の動物が焼かれました。また、多量の血が流されるために、それを洗う洗盤が備えられました。庭を囲む板と幕も作られました。

 大きさは、至聖所、聖所も含めて、長方形の庭が、奥行き約50メートル、幅25メートルほどですから、かなり大きいものです。旅に出るときはこれらをぜんぶ分解して運びました。契約の箱は特別に注意深く、二本の柱の四隅を祭司たちが担いで進んだのです。

 幕屋の目的は、礼拝する場所、神とお会いする場所を特定することでした。イスラエルの民が正式に神を礼拝するためには、誰でもこの幕屋に来なければならなかったのです。また、人々は、直接幕屋の中に入って神を礼拝することができず、神と人々との仲介役として祭司職も定められました。その祭司たちも、大祭司といわれる一人の人物の仲介を経て、神への勤めをすることができました。
 最初の大祭司はモーセの兄であったアロンです。(出エジプト記28章1節)これらの定めは、神の聖さと人間の穢れのために設けられたものです。 建物の目的は、礼拝する場所、神とお会いする場所を特定することでした。アロンが大祭司で、祭司職はアロンの血筋につながるものの、世襲となりました。(出エジプト記28章1節) 

 祭祀全体に関わる仕事は、レビ族のものと決められました。後にカナンに入り、カナンの土地が十二部族に分配された時も、レビ族には土地は分け与えられませんでした。しかし、祭祀に関わる仕事は、むしろ、彼らを富ませることになりました。彼らは、ひとびとが神への捧げ物として持参した中から、分け前を得るように定められていたからです。

 幕屋の建設には時間もかかりました。

 出エジプト記40章17節にその完成した日が記されています。

 第二年目の第一の月、その月の第一日に幕屋は建てられた。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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