2011年01月27日

Coffee Break157 脂肪をささげる(レビ記、Tサムエル記)





 Coffee Break155、156で書いたように、動物(牛、羊、やぎ)のささげ物、鳥(山鳩か家鳩にひな)のささげ物、小麦(小麦粉、パン)のささげ物は、ささげることのできるアイティムです。これは、ささげものとして、たとえば、らくだや馬、その他の動物は不適格ということです。同様に、鳥なら何でも良いということではありません。小麦は上等の小麦と油と乳香が添えられる。パンにする場合は、パン種を入れないパンと、決められていました。

 一方、レビ記には、ささげ物のカテゴリーが示されています。全焼のささげ物(1章3節)、和解のささげ物(3章1節)、罪のためのいけにえ(4章2節)、罪過(あやまって犯した罪)のためのいけにえ(5章1節〜4節)、祭司任職のいけにえ(6章19節)などです。

 全焼のいけにえもまた、イスラエル全体として幕屋にささげるもの、祭司が自分のためにささげるもの、民の代表がささげるもの、罪を犯した人がささげるものと、さまざまなケースに分けられました。和解のためのささげもの、罪のためのささげものも、ささげる人、ささげる理由によって少しずつささげ方や、ささげるものが異なりました。、

 罪を犯したケースでも、祭司が犯した罪、民全体のもの、民の代表が犯した罪、律法に違反した罪、偽りの証言への罪、みだりに誓ったこと(たとえほんとうでも嘘でも)への違反など、さまざまでした。

 ただ、ささげ物のささげ方で、共通するところはありました。まず、どの動物でも、脂肪は内臓のもの背のものに関わらず、必ず燃やし尽くして煙にしなければなりませんでした。脂肪は神のものとされたからです。また、足や内臓はよく洗って焼かれ、皮は捨てられました。

 罪以外に、「汚れ」の規程があって、汚れはやはりささげ物をして、きよめなければなりませんでした。汚れは、たとえば、死体や清くない動物に触れた場合。漏出や月経などの、性器からのおりもの。出産後の女性も一定期間、汚れているとされました。

 また、ツァラアトと呼ばれている皮膚病や腫もつ、身体の表面が変わるもの、また、家の壁や衣服や皮や布の製品に現れる異常──今なら、カビの一種と見られるのではないかと思えるもの──なども、祭司に見せて、処置をしてもらわなければなりませんでした。


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 聖書の神さまへの畏敬の念は深いのだけれども、レビ記が少々退屈だと感じるのは、仕方がないのではないでしょうか。同じように見える規程が繰り返し述べられていること、また、そのささげ物が、いまの日本に住む私たちにとって、あまりにも日常生活からかけ離れていることも、一因だと思います。
 まず、私たちにとって、雄牛や羊や山羊を、身近に見ることがありません。肉は大好きと言う人は多いかもしれませんが、解体する現場を見る人も少なければ、解体については考えたくもない人が大部分でしょう。

 すし屋さんの生簀の中から、はまちが取り出されて目の前で解体されても、アジの頭と中落ちの上に刻まれたたたきが盛られて出てきても平気ですが、四つ足の動物なら、ウサギの解体も胸が悪くなるかもしれません。まして、殺して血を取り出して、それを祭壇のまわりに注いで、脂肪を削いで、腎臓と肝臓の小葉を切り取って・・・と、想像する前に抵抗があります。
 
 脂肪は神のものだから、絶対に食べてはならないと言われても、当時は脂肪が「うまい」と思われていたのかなあと、考えるばかりです。今はむしろ、脂肪を避けてステーキを食べる人もたくさんいるのですが。


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 時代は、レビ記の時代(紀元前千五百年)から下って、紀元前1千年頃でした。イスラエルの人々はカナンの地に、ほぼ定着して暮らしていました。
 イスラエルの民はもちろん、祭司を中心にした神権政治の中にありました。聖書では、第一サムエル記の最初の時代です。
 その頃、礼拝の中心である契約の箱は、ヨルダン川の西、エフライムのシロにあり、祭司エリが天幕に仕えていました。ところが、エリの二人の息子は祭司の後継者として失格者でした。


 さて、エリの息子たちは、よこしまな者で、主を知らず、民に関わる祭司の定めについてもそうであった。
 それどころか、人々が脂肪を焼いて煙にしないうちに祭司の子はやってきて、いけにえをささげる人に、
「祭司にその肉を渡しなさい。祭司は煮た肉は受け取りません。生の肉だけです」と言うので、
 人が、「まず、脂肪をすっかり焼いて煙にし、好きなだけお取りなさい」と言うと、祭司の子は、「いや、いま渡さなければならない。でなければ、私は力ずくで取る」と言った。
 このように、子たちの罪は、主の前で非常に大きかった。主へのささげ物をこの人たちが侮ったからである。(Tサムエル記2章12節〜17節)


 もちろん、エリの二人の息子は、報いを受けたのでしょう。早死にしてしまう(Tサムエル記4章11節)のです。しかし、祭司の子でもこのような違反をするとは、脂肪は古代イスラエルの人にとっても、食べてみたい「うまいもの」だったのかもしれません。



posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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