2011年02月13日

Coffee Break172 律法とは(ローマ人への手紙3章20節)




 ある時、イエス様が宮(神殿)で教えておられると、律法学者とファリサイ人が一人の女を連れてきて、言いました。

「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。(ヨハネの福音書8章4節)
 モーセは律法の中で、こういう女を石打にするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」(5節)
 彼らはイエスを試してこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。(6節)
 けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のないものが、最初に彼女に石を投げなさい。」(7節)
 


 これは、Coffee Break132「姦淫の女」の書き出しです。
 姦淫は、夫のある女が姦通することでした。姦淫の現場を見つけられたら、女も男も石打の刑でした。律法にそう記されているからです。
 しかし、この時、イエス様が、「罪のないものだけが,先に石を投げなさい」と仰せになると、イスラエル人たちは、年長のものから一人また一人と,去って行ったのです。自分は罪がないと思える人はいなかったからです。
 
 昨日、見たようにレビ記19章20章で列記されているおきては、今の日本などでは法律に触れるものの方が、はるかに少ないのです。

 しかし、イエス様が地上に来られた二千年前のイスラエルの人たちは、イエス様に、「罪のないものから、石を投げなさい。」と言われて、自分には罪がないと言い張るようなものはいませんでした。すでに、レビ記の時代から千五百年をへだてて、みんな一所懸命律法を守ろうとしている社会であって、なお、罪びとだと認めたのです。
  

☆☆☆☆

 神はイスラエルの民を大変慈しんでおられました。それは、彼らを、自分たちは他の民族や国より秀でていると、まちがった選民意識を持たせるためではありません。

 何度も書いてきたように、聖書にも書かれているように、神は、アブラハムの子孫を通じて、楽園を追放された人類を、いつかふたたびご自分のところに連れもどそうとされたのです。
 そのために、たくさんの神のわざ(奇蹟)も現され、彼らを守って、エジプトから連れ出されたのです。そして、彼らがその神を礼拝し、従うかぎり、彼らを祝福しようと言われたのです。同時に、神の民にふさわしい律法をお与えになったのです。

「聖なるものとなる」のは、簡単なことではありませんでした。
 人間が神の前で完全になることはできないと、神ご自身もご存知でした。
 アダムとエバが罪を犯したとき、人間はエデンの園──神の守りの中から出てしまったのです。エデンの園の外は、悪魔の支配する世界です。
  このような世界では、どれほど完全になろうとしても、完全になることはできないのです。
 それを承知で、神は選びの民として、聖なるものになるようにと律法を下さったのです。


 パウロは、ローマ人への手紙3章20節で、次のように書いています。

 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

 しかし、神様は、パウロほどの人でも、このように呻吟するのをご存知だったでしょう。
「律法を守ることはできない。」
 その自覚が生まれたとき、人は自分自身で自分を救うことができないのを知り、ほんとうの意味で、神のみ前にひれ伏すからです。



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2011年02月14日

Coffee Break173 自信家の青年(マタイの福音書19章16節〜22節)

 


 ある時、イエス様のところに、いかにも金持で教養もありそうな青年が、やってきて訊ねました。

「先生。永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらいいのでしょうか。」(マタイの福音書19章16節)

 この「裕福な青年の話」は、マルコの福音書、ルカの福音書にも採録されていますが、この話、現代を舞台にしても語れそうだと思われないでしょうか。
 また、どんな人の記憶にも、一人や二人、このような「格好よくて落ち度のない優等生タイプの人」が、記憶に残っていないでしょうか。
 もし、あなたが、自分は豊かで、能力があり、いつも人から評価されていると思ってきたなら、彼(彼女)は、あなた自身かもしれません。

 この青年は、金持のうえに、頭も人柄も良く、人望もあり、社会的立場もあったのでしょう。自分にとても自信があったので、人生にも自分にも、大いに満足していたにちがいありません。
 パーフェクトな彼は、とうぜん神様に祝福されるべきだと思っていました。つまり、「永遠のいのち」をもらうことができる。もし、まだ、なにか足りないことがあっても、自分なら、それを指摘してもらえば、「できる」と考えていました。

 イエスは彼に言われた。「なぜ、良いことについて私に訊ねるのですか。良い方はひとりだけです。もし、いのちに入りたいと思うなら、戒めを守りなさい。」(17節)
 彼は「どの戒めですか」と言った。そこで、イエスは言われた。「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証をしてはならない。(18節)
 父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」(19節)
 この青年はイエスに言った。「そのようなことはみな、守っております。何かまだ欠けているでしょうか。


 イエス様は、「良い方(神様)の目に正しいことをしなさい」と言われたのです。律法を完全に守りなさい。と言われた青年は、「どの戒めですか」と聞き返すのです。というのも、彼には自信があったからです。
 そこで、イエス様は十戒を挙げられました。青年は、待ってましたとばかり、「そんなことはみな、守っております。何かまだ欠けているでしょうか。」
 じつは、彼は最初から、「そんなことはみな守っております。何かまだ欠けているでしょうか」と、言いに来たのがわかります。イエス様とそのまわりにいる群集に、立派な自分を誇示したかったのです。

 
 イエスは彼に言われた。
「もし、あなたが完全になりたいなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」(21節)
 ところが、青年はこのことばを聞くと、悲しんで去っていった。この人は多くの財産をもっていたからである。(22節)



 ☆☆☆☆

 姦淫の女に石を投げようとした群集は、イエス様の「罪のないものから石を投げなさい」のことばに、一人また一人と石を置いて、その場を立ち去ったのです。(ヨハネの福音書8章3節〜9節)
 当時のユダヤ人が律法を大切にしながらも、律法はなかなかまっとうできないことであるのは、ほぼ了解事項だったのでしょう。
 偶像を拝んだり、子どもをいけにえに差し出したり、親をののしったり、占いや霊媒師のところに行くなど、目に見える律法違反はなくても、神の前にわずかな偽りもないこと、ほんとうの意味で隣人を愛すること、他人を中傷しないことなど、すべてを完全に行なえる者はいないのです。

 自信家の青年に足りないのは、「自分が、神の目からごらんになったらとうてい足りないものである」と、知ることでした。
 「隣人を愛しなさい」を実行していると思っていても、「財産を施しなさい」と言われてさえ、できなかったのです。もっとも、財産を売って貧しい人に施して戻ってきたからといって、「さあ、永遠のいのちの切符を下さい」と挑戦的に手を出すような人に、神は憐れみをかけられるでしょうか。

 イエス様は、おっしゃったのです。
 
 あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。その上で、わたしについて来なさい。



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2011年02月15日

Coffee Break174 祭司の条件・死者から離れる(レビ記21章)





 レビ記21章22章は、ふたたび祭司に対する戒めです。

 祭司は、神聖政治国家にあって、神と民との仲立ちをする、大変神聖で重要な役割を担う人でした。ですから、幕屋での仕事──祭祀儀礼やその手順の綿密で厳格な手続きが、こまごまと記されています。
 アロンの二人の息子が祭壇に火をささげる際に、火がからだに燃え移って焼死した例からもわかるように、わずかな手違いも許されなかったのです。(レビ記10章1節2節)


 祭司は、私生活にも厳しく律法のわくが嵌められました。

 まず、祭司は、縁者の死に際して、一般の民と同じ振る舞いは許されませんでした。

 縁者のうちで死んだもののために、自分の身を汚してはならない。(レビ記21章1節)
 ただし、近親の者、母や父、息子や娘、また兄弟の場合は例外である。(2節)
 近親の、結婚したことのない処女の姉妹の場合は、身を汚してもよい。(3節)
 姻戚の縁者として身を汚し、自分を冒涜することになってはならない。(4節)


 現代の私たちにとっても、葬儀はとても大切な人生の通過儀礼です。もっとも、最近では、葬儀も多様なものになったようです。身内だけの葬儀。宗教色のない葬儀。「生前葬儀」などというものもあるそうです。

 もともと村社会であった日本でも、葬儀や結婚式は、社会とその家と本人にとって、人生の一大行事でした。縁者や村中の人が集まり、総出で弔いや祝言のために手伝い、同時に、村中の人に悲しみや喜びのご馳走や酒をふるまうときでもありました。
 これに参加しないなど、ありえないことでした。また、十分な振る舞いができない家は、蔑まれることもありました。


 素朴な同族社会、村社会であった古代イスラエルも、同じであったことでしょう。
 創世記に出てくるアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフの死に対して、近親者、とりわけ喪主とも呼べるような子供たちは、みな死者を葬っています。ヤコブの葬儀など、何十日にもわたる盛大なものでした。(創世記50章7節〜14節)
 イスラエル人でも、一般の人たちにとっては、礼儀を尽くして死者を送るのは、当然のことだったでしょう。それが、シナイで十戒をいただき、神との契約を交わした後、祭祀職の人たちには弔いが制限されたのです。
 祭司は、弔いに交わって死者と触れ、身を汚してはならないとされのです。ただ、ほんとうの近親者の葬儀は、例外であるというのです。

 その場合も、死者を悼んで、頭を沿ったり、ひげの両端をそり落としたり(悲しみを表す風習だった?)してもいけない。からだにどんな傷もつけてはならない。(5節) 哀悼、激しい嘆きを表してはならないのです。

 理由は、彼らは自分の神に対して聖でなければならない。また、神のみ名を汚してはならない。彼らは、主への火によるささげ物、彼らの神のパンをささげるからである。彼らは聖でなければならない。(6節)からです。


☆☆☆☆

 
 「死者に触れる」「死者を見送る」行為が、なぜ、「汚(けが)れ」なのでしょう。
 日本人の場合も、弔いに参加することは、「汚(けが)れ」ることだとされていました。葬式を忌み事と言いますし、死者を出した家の入口に忌中の張り紙を出します。
 塩が配られるのは、「汚れ」を払うためです。


 死者が、なぜ「汚れ」なのでしょう。

 これは、私の個人的な見解ですが、死は「神の御心でない現象」だから、ではないでしょうか。
 エデンの園に置かれたとき、人は永遠に生きるものでした。ほかの動物も、「産めよ増えよ。地に満ちよ」と祝福された存在であって、死については語られていません。
 エデンの園から、悪魔の支配する世界へ追放された時、人間に「死」や苦しみが入ってきたのです。
 それは悪魔の仕業でした。神様は、このような悪魔の支配下にある人間をも、気にかけておられたようです。もともと、人間は神の愛の対象として、造られたからです。また、人は神と語り合うように造られているのですから、神の御許を追放されても、神を慕う気持ちはなくなりません。
 アダムとエバの息子カインとアベルが、彼らの収穫物のなかから、ひつじの初子と農産物の初物を神にささげたのは、彼らの心に、神様を慕い、できればお話したいという気持ちがあったからです。(創世記4章2節〜4節)
 神も、そのような人間の心をお喜びになったのです。ただ、エデンの園で、最初アダムとエバが、神様と共にいた時のような、へだてのないまじわりはできませんでした。

 悪魔(罪)が、神と人間をへだててしまったからです。

 神のおられるところは聖域で、モーセがホレブで神から声を掛けていただいたときでさえ、近づこうとすると、「履物を脱げ」と命じられたのです。(出エジプト記3章5節)

 神は近づくものに対し、可能なかぎり、聖さを求められたのです。

 死の存在する世界──悪魔の支配する世──と、神のいる世界──神の国(エデンの園)を行き来するのは、それほど、大きな障壁があるということだと思います。 

 神はご自分に近づく人間には、聖さをお求めになり、民の代表として神と会う祭司にとくに厳しい戒律をお与えになったのです。

 さいわいなのは、今はこのような戒律や隔てがなくなったことです。
 レビ記から千五百年後、人の姿を取って世に来られた神、イエス・キリストが十字架の上で、どんなささげ物ものにも比べようのない大きな犠牲となって、私たちの罪を精算してくださったのです。
 それで、私たちはイエス様を通して、いつでも、どこでも(幕屋や教会堂のなかでなくても)、神様の前に出て、神様とお話しができるのです。 



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2011年02月16日

Coffee Break175 祭司の妻の条件(レビ記21章)




 祭司が死者に関わってはいけない理由は、「死は神様の御心ではない現象」だからと、私は考えます。人が神の手によって、地のちりから形作られ、神様の霊の息吹き込んでいただいて「いのちある者」になったとき、人は永遠に生きるものとされていたからです。

 「死は理不尽なもの」との認識は、だれにでもあると思います。まだ死にたくない(死ねない)時期に、思いを残して亡くなる人だけではありません。十分働き、成果を残し、たくさんの子や孫を残し、平均寿命をはるかに超えて百歳まで生きても、やはり、理不尽なことだとの気持ちは起こるのではないでしょうか。
 人間には理性がありますから、達観したり悟ったりして死を受け容れる人もいるでしょう。そうして、本人は「ちりに帰る」と覚悟を決めても、残された者が悔やみます。
 
 自分など、だれも愛してくれないし、どこへ行っても嫌われている。病気や老いのため人の世話にならないと生きて行けない。いっそ死んだ方が良い。もう自分の死を悲しむものなどいないよ、とさえ言いきる人に会ったことがあります。

 そのように開き直って死を受け容れようとしても、やはり、死は理不尽なものなのです。
 なんと言っても、それは、神様がご覧になって理不尽なことだからです。だれひとり悲しまないと思われる人の死でも、神様が悲しんでおられるのです。なぜなら、神様は永遠に生きるものとして、人をお造りになったからです。

 ☆☆☆☆ 


 祭司については、まだまだ細かい規則が続きます。

 彼らは淫行で汚れている女をめとってはならない。また、夫から離婚された女をめとってはならない。祭司は神に対して聖であるから。(レビ記21章7節)
 祭司の娘が淫行で身を汚すなら、その父を汚すことになる。彼女は火で焼かれなければならない。(9節)


 淫行とは、正式な結婚関係のないもの同士の性的関係、また、レビ記18章で示されているような禁止されている性的関係をもつことです。姦淫は、結婚している女が夫以外の男性と関係を持つことで、淫行の一種になります。また、男が遊女(売春婦)と関係をもつのは、不品行と言いました。祭司の娘の淫行は、「火で焼かれなければならない」のですから、これは、石打ちの刑より残酷だったのでしょうか。
 
 おきては、大祭司になると、もっと厳しくなります。

 兄弟たちのうち、大祭司で、頭にそそぎの油がそそがれ、聖別されて装束を着けているものは、その髪の毛を乱したり、その装束を引き裂いてはならない。(10節)
 どんな死体のところにも、行ってはならない。自分の父と母のためにも、自分の身を汚してはならない。(11節)
──だだの祭司の場合、近親のものの葬式にはでることができたのです。
 聖所から出て行って、神の聖所を汚してはならない。神のそそぎの油による記章を身につけてからである。わたしは主である。(12節)
 彼は処女である女をめとらなければならない。やもめ、離婚された女、あるいは淫行で汚れている女、これらをめとってはならない。彼はただ、自分の民から処女である女をめとらなければならない。(14節)
 彼の民のうちで、その子孫を汚すことのないためである。わたしは彼を聖別する主だからである。(15節)


 祭司は、夫に先立たれた女をめとることができましたが、大祭司は、処女でなければいけないと念を押されています。

 ついで主はモーセに告げて仰せられた。

「アロンに告げて言え。(16節)
 あなたの代々の子孫のうち、だれでも身に欠陥のある者は、神のパンをささげるために近づいてはならない。(17節)
 だれでも、身に欠陥のあるものは近づいてはならない。目の見えないもの。足のなえた者、あるいは手足が短すぎたり、長すぎたりしている者。(21章18節)


 障害のある人を、具体的にその状態を列挙して、祭司の仕事をしてはならないとする、レビ記21章16節から23節までには、ちょっと注意が必要でしょう。

 これについては、明日、考えてみたいと思います。



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2011年02月17日

Coffee Break176 祭司の条件・身体壮健(レビ記21章16節〜23節)

 


 あなたはイスラエル人の中から、あなたの兄弟アロンとその子、すなわち、アロンとその子ナダブとアビフ、エルアザルとイタマルを、あなたのそばに近づけ、祭司としてわたしに仕えさせよ。(出エジプト記28章1節)

 祭司の第一の条件は、血統でした。祭司はレビ族のなかの、アロンの家の者だけに与えられた職務でした。
 しかし、すでに見てきたように、祭司になるものには、他にも厳しい条件が課せられました。倫理的に正しい生活をする(飲酒などの制限)こと。また、禁じられている汚れに触れないこと。おきてのとおりの妻を選ぶこと。

 その上、身体的にも壮健であること、年令は二十五歳から五十歳。文字通り働き盛りでなければなりませんでした。(レビ記8章24節25節)
 さらに、具体的には、「壮健」である状態として、下記のように、身体障害や病気がないことが挙げられています。

 ついで主はモーセに告げて仰せられた。(レビ記21章16節)
「アロンに告げて言え。
 あなたの代々の子孫のうち、だれでも身に欠陥のあるものは、神のパンをささげるために近づいてはならない。(17節)
 だれでも、身に欠陥のあるものは近づいてはならない。目の見えない者。足のなえたもの、あるいは手足が短すぎたり、長すぎたりしている者。(18節)
 あるいは足や手の折れた者。(19節)
 くる病、肺病で痩せたもの、目に星のある者、湿疹のある者、かさぶたのある者や、こうがんのつぶれた者などである。(20節)


 17節18節は、今日で言う、身体障害。19節20節は、病気や怪我でからだに傷や炎症があることと考えられます。
 この箇所を見て、聖書の神様は、障害のある人を差別していると、思われる方がいるでしょうか。
 もちろん、神さまは、障害者や病人を差別するような方ではありません。
 

 ☆☆☆☆


 祭司は、神様と民を仲立ちする重要な仕事を担うものでしたが、これは、大変苛酷な労働でもありました。
 
 彼らは、青色、紫色、緋色の撚り糸で、聖所に仕えるための式服を作った。また、主がモーセに命じられたとおりに、アロンの聖なる装束を作った。(出エジプト記39章1節)
 ここに出ている大祭司の正装は、大変ものものしいものです。しっかりした布で織った長着の上にエボデと呼ばれるベスト状のもの、宝玉や貴石をはめ込んだ胸当て、純金を伸ばし細工して作った紐、徽章、すそ飾りの鈴、帯、被り物など、身につけるとかなりの重さになったでしょう。そのうえ、仕事の手順は、厳格に細かく定められていて、わずかな手違いも許されませんでした。

 アロンの二人の息子ナダブとアビフが、祭壇の火を取ろうとして火にかける香料の調合を間違ったため、祭壇の火が燃え移って焼死した事件(レビ記10章1節2節)を思い出した下さい。
 そのような緊張の仕事を、ささげ物が焼けつくされるまで、一晩中でもしなければなりませんでした。また、ひとたび、幕屋に入ると一週間から一ヶ月も、出てくるのは許されませんでした。


 今でも、たとえば、宇宙飛行士などには、並外れた壮健さが求められます。同様に、祭司の職務は病弱であったり、障害がある人には、体力的に無理な仕事だったのでしょう。

 すべてのやもめ、またはみなしごを悩ませてはならない。(出エジプト記22章22節)
 もしあなたが彼らをひどく悩ませ、彼らがわたしに向かって切に叫ぶなら、わたしは必ず彼らの叫びを聞き入れる。(23節)
──弱者を苦しめることへの禁止

 あなたは耳の聞こえない者を侮ってはならない。目の見えない者の前につまずく物を置いてはならない。あなたの神を恐れなさい。わたしは主である。(レビ記19章14節) 

 このような戒めを与えておられる聖書の神は、のちにキリストとなって地上にこられ、多くの障害のある人たちを慈しまれ、癒されたのです。



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2011年02月18日

Coffee Break177 祭司の食生活(レビ記22章)





 祭司の生活は、和解のささげ物の一部が取り分となって、支えられました。
 しかし、一度はささげられた聖なるものですから、食べ物とはいえ、その扱いは細心の注意を必要としました。

 アロンとその子らに告げよ。
 イスラエル人の聖なるものは、わたしのために聖別しなければならない。彼らはわたしの聖なる名を汚してはならない。それは彼らがわたしのために、聖なるものとすべきものである。わたしは主である。(レビ記22章2節)


● 聖別した食事を食べる席に、汚(けが)れたままで近づいてはならない。
● アロンの子孫で、ツァラアトや漏出のある者は、聖なるものを食べてはならない。
● 汚れた生き物(爬虫類など)に触れたもの。また人を汚れさせる人間(遊女などか)に触れたものも、聖なる物を食べてはいけない。その者は、からだに水を浴びてから食べる。
● または、夕方日が沈めば、きよくなるので、食べることができる。
● 自然に死んだものや、野獣に裂き殺されたものは食べてはいけない──正規の手続きでほふられていないから。

 このような規程を守って食べれば、祭司たちは、罪を負って死ぬことはないと、神は念を押されています。

 また、祭司以外の者が、聖なる物を食べる場合の規定は、次のとおりです。

● 一般人はだれも聖なるものを食べてはいけない。
  祭司の家にいても、たんに同居している者や雇い人は、聖なる物を食べてはならない。
● 祭司に金で買われた者(奴隷)は、これを食べることができる。また、その家で生まれたしもべも、祭司のパンを食べることができる。
● 祭司の娘で、一般人と結婚したものは、聖なるものを食べることはできない。
● 祭司の娘でも、離婚されて実家に帰っているものや、やもめで親元に戻っているもので、子どもがない場合、娘の時のように父親の物を食べることができる。(子供がいる場合は、親元にいても婚家先のものと見なされるので、食べることができない)
● 一般の人は、だれも、聖なる物をたべてはならない。
● 誤って誰かが食べた場合、その五分の一を足して、祭司に渡す。
● しかし、祭司は一般人がそのような過ちを犯して、罪過の咎を負うことがないよう、細心の注意を払わなければならない。
 
 この文脈から、祭司は、務めのないときは食事を自分の家でとったと推測できます。しかし、そのプライベートタイムにも、祭司の責務を負っていました。食事中もけっして、気を抜くことができなかったのではないでしょうか。

 興味深いのは、一時的な同居人(客?)や雇い人は、聖なるものを食べることができなかったのに、身分的には下のはずの奴隷は、聖なるものを食べることができたことです。
 奴隷は、主人に属するものなのである意味、家族扱いだったのかもしれません。

 祭司は職務から離れているときも、いつも神と向き合っている暮らしだったと伺えます。 

 イスラエルが神権政治国家であったのは、神のお定めになったことです。その国を動かす役割の祭司の責任は重大でした。

 
 モーセが四十年後、カナンを目前にしたアラバの荒野で、イスラエルの民に語ったことばは、彼らの神礼拝の原点を示しています。
 
 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。(申命記6章5節)




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2011年02月19日

Coffee Break178 ささげ物規程(レビ記22章17節〜24節)




 祭司の仕事は、ささげ物を切り離しては考えられませんでした。十戒をいただいて契約の民となったイスラエルの民は、神の前に犠牲をもたずに出るなど、ありえないことでした。
 レビ記は、最初の1章からささげ物規程が始まります。幕屋や祭司儀礼、祭司の資格などと同じくらい、ささげ物が大きな意味をもっていたからです。

 だれでも、イスラエルの家の者、またはイスラエルにいる在留異国人がささげ物をささげ、誓願のささげ物、あるいは進んでささげるささげ物として、全焼のいけにえを主にささげるなら、(レビ記22章18節)
 あなたがたが受け入れられるためには、それは牛、羊、あるいはやぎのうちの傷のない雄でなければならない。(19節)
 欠陥のあるものは、いっさいささげてはいけない。それはあなたがたのために受け入れられないからである。(20節)


 ささげ物の動物が「傷のないもの」との規程は、レビ記に最初から繰り返し、述べられていることです。「傷のない雄牛」(レビ記1章1節)「子羊またはやぎの傷のない雄」(10節)、同様のことばは、(3章1節、6節)、(4章3節、23節、28節、32節)、(5章15節、18節)、(6章6節)、(9章2節、3節)にも、繰り返されています。


 人が特別の請願を果たすため、あるいは進んでささげるささげ物として、牛か羊の中から和解のいけにえを主にささげるときは、それが受け入れられるためには傷のないものでなければならない。それにはどのような、欠陥もあってはならない。(22章21節)

 傷の種類も列記されています。

 盲目のもの、折れたところがあるもの、傷のあるもの、うみの出るもの、湿疹のあるもの、かさぶたのあるもの(22節)
 足が伸びすぎているか、または、なえ縮んでいるもの、(23節)
──進んでささげるささげ物の場合は可。
 こうがんの押しつぶされたもの、砕けたもの、裂かれたもの、切り取られたもの(24節)

 こうがんについては、去勢と関係があります。動物を去勢するのは古くから牧畜民の間で行なわれていたことでした。発情期がなくなり、また、気性が穏やかになるためです。肉もやわらかくなるのだそうです。


☆☆☆☆

 ささげ物の動物は、自分の罪の身代わりでした。人は神にたいして罪を犯して御前(みまえ)を追放されたのですから(創世記3章23節) 神の御前に出るためには、その罪の精算をしなければなりません。
 本来なら、死にも価する罪だったのですから、許していただくためには、自分のいのちを支払いに当てなければなりません。しかし、神は動物のささげ物で良いとして下さったのです。

 ですから、ささげ物は可能なかぎり、完全なものです。一番高価で、出すのが惜しいような良いものです。
 「もう処分しても良い」と思えるような傷や病気のあるもの、老いて役立たなくなった雄牛などをささげるなど論外です。

 ささげる本人が幕屋の入口まで引いてきた動物を、自分で殺すのですが、その前に祭司の前でその動物の頭に手を置きます。(参照、レビ記1章4節、3章2節8節13節、4章4節15節24節29節33節)

 それは、自分と動物のいのちが同一のものであるとの意味です。いのちは血にあると考えられたため、動物は必ず血をそそぎ出して殺さなければなりませんでした。また、人間は、動物の血を食べることを固く禁じられていました。
 いのちをささげて罪の贖いをするのに、人間が食べてしまっては贖いになりません。

☆☆☆☆


 現代、私たちのいわゆる偶像の世界にも、お供えの習慣はあります。お盆前になると、スーパーなどでも仏事用の菓子が売られます。花屋さんでは「仏事用の花」が、年中売られています。
 私の育った家や親戚、隣近所では、仏壇以外に神棚がありましたが、それぞれ独特の供え物をしていたと思います。良い物を供えるのは事実で、ごはんなら炊きたての、一番上の湯気の上がっている部分。果物でもお菓子でもいちばん良いところをお供えしました。もちろん、人間がいただく前に供えるのです。人間が食べてしまってから、「これ余ったから仏様に」、なんてことはないのです。
 若い人なら、初めてのサラリーを仏壇に供えました。ただし、仏様はお使いになりませんから、結局は「下げる」のですが。

 私個人の考えですが、なにか「ありがたい方」に感謝して、一番良い物を供えるというこのような習慣や感覚は、悪くないと思います。ただ、こうした伝統的宗教には、お供えにしても意味づけがはっきりしていなかったと思います。霊的なものに対してあいまいなために、日本人全体が、「いわしの頭も信心だよ」といった無宗教的な空気の中に流され、唯物論的価値観に埋没していったような気がします。
 日本では、キリスト教がふるわないと言われますが、仏教や神道も、信徒や門徒、氏子を失いつつあるのではないでしょうか。
 学校の教師をしている人が話していましたが、うっかり「いただきますと言いなさいと指導できない。宗教だと言われる」。
 食事に感謝することさえ、「なんで? 私の権利じゃない」というなら、これこそ怖ろしいことです。


☆☆☆☆

 聖書では、犠牲の動物の意味が、くどいほど説明されています。定められたささげ物が、定められた場所で、定められたようにささげられなければ、神に近づくことも、罪を許していただくことも、願いを祈ることもできません。
 
 旧約聖書の時代千五百年ほどの間に、一体どれほどの動物がほふられ、ささげられたことでしょう。動物のささげ物は一回限り有効なので、一人の人が毎年のように動物をささげました。


 それは、イエス・キリストが「犠牲の羊」となって十字架に架かり、全人類の罪を一度に清算してくださったときまで、続けられなければならなかったのです。




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2011年02月20日

Coffee Break179 安息日とイエス・キリスト(レビ記23章3節、マルコ2章)




 イスラエル人に告げて言え。
 あなたがたが聖なる会合として召集する主の例祭、すなわちわたしの例祭は次のとおりである。(レビ記23章2節)
 六日間は仕事をしてもよい。しかし、七日目は全き休みの安息、聖なる会合の日である。あなたがたは、いっさいに仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息日である。(3節)



 安息日は十戒の第4番めの戒めです。Coffee Break126でも一度取り上げました。
 十戒では、それは主が六日のうちに、天と地と海、また、それらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。(11節)のが、その由来です。

 これは、神様がご自分の創造のわざにあやかって、人間も六日間働いたら、七日目に休むようお命じになっていることです。
 安息日は、労使交渉の結果ではなく、民の長老会で話し合って決めたことでもなく、主人が召使に与えたものでもありません。まさに神のご命令でした。安息する日を神が祝福してくださり、聖なる日と宣言してくださったということに、大きな意味があったのです。

 アブラハム・イサク・ヤコブの創世記の時代、安息日はまだありませんでした。目の前の生活に追われる古代の社会では、人間は働けるだけ働いたでしょう。その後、奴隷生活に入ったエジプトで、イスラエル人は「休日」「安息」など思いもよらなかったのではないでしょうか。
 昔の日本のことわざに、「稼ぎに追いつく貧乏なし」というのがありました。貧しい社会では人は強迫観念に追われて、働きすぎてしまうものです。

 覚えていらっしゃるでしょうか。神様がマナを降らせて下さったときに、安息日の前の日には二日分下さったのに、安息日に集めに出かけた者がいました。(出エジプト記16章27節〜30節)


 七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。──あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みのなかにいる在留異国人も──(出エジプト記20章10節)

 奴隷から、家畜、外国人に至るまで休ませるという、この戒めは画期的なものです。

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 もともと神様が下さった安息日の戒めは、大変良いものでした。
 しかし、ほかの律法と同じで、これも人がそれを行おうとすると、本来の意味から外れた「律法主義」になっていきました。
 律法が可能なかぎり守れる者は、守れない者を罪びとだと、蔑むようになりました。守れるのは祭司や律法学者などユダヤのエリートや裕福な人たちでした。

 ある安息日のこと、イエスは麦畑の中を通っていかれた。すると、弟子たちが道々穂を摘み始めた。(新約聖書マルコの福音書2章23節)
 すると、パリサイ人たちがイエスに言った。「ご覧なさい。なぜ彼らは、安息日なのに、してはならないことをするのですか。」(24節)
 イエスは彼らに言われた。「ダビデとその連れの者たちが、食物がなくてひもじかった時、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。(25節)
 アビヤタルが大祭司のころ、ダビデは神の家に入って、祭司以外の者が食べてはならない供えのパンを、自分も食べ、またともにいた者たちにも与えたではありませんか。」(26節)


 パリサイ人(宗教学者)たちがイエス様に詰め寄ったのは、イエス様の弟子たちが、麦を摘んで食べたからです。彼らは、「麦を摘むという行為」が「労働」だと非難したのです。

 それに対して、イエス様は、サウルに追われるダビデが、空腹のあまり祭司の家に立ち寄って供えのパンを食べた歴史の事実を出して、反論されたのです。(Tサムエル記21章)
 ダビデの律法違反は、祭壇のささげ物であったパンを、祭司でもなく、その家族でもないのに食べたことでした。(参照Coffee Break177 祭司の食生活)

 規則を盾にとって、空腹で弱っている人間に食べ物を与えないのはおかしいのではないかと、イエス様はおっしゃったのです。

 また、言われた。「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。(27節)
 人の子は安息日にも主です。」(28節)


 安息日を下さった神さまは、十戒から千五百年後、人の愚かさで変質していた安息日をこのようにして正そうとしてくださったのです。
 しかし、神でなければ言えないことを言うイエス様を、パリサイ人は憎んだのです。



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2011年02月21日

Coffee Break180 過ぎ越しのまつり(レビ記23章出エジプト記11章12章)




 レビ記23章には、その後、イスラエルの民が長く行なうことになる例祭(毎年の祭り)が、神によって命じられているのです。
最初が、安息日でした。安息日は昨日も書いたたように十戒の第四番めの戒めでした。
つぎが、
 ●過ぎ越し(レビ記23章4〜14節)
 ●七週の祭り(15〜22節)
 ●新年の祭り(24〜25節)
 ●贖罪の日(27〜32節)
 ●仮庵の祭り(34〜43節)

 祭りはすべて、祭司や幕屋と関わる祭祀行事であり、神をほめたたえることでしたから、レビ記に戒めとして取り上げられているのです。

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 過ぎ越しの祭りは、イスラエルの民にとって歴史的な出来事、出エジプトを記念するものです。
 アブラハム・イサク・ヤコブの神は創世記の時代、彼らの子孫であるイスラエルの民から、全人類が神の祝福に入ると、約束を与えておられました。そのために、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫が民族と呼ばれるほどの大きさになる時間と場所が必要でした。
 ヤコブの十一番目の息子ヨセフがエジプトの宰相となり、飢饉に苦しむ一族全員七十人ほどをエジプトに迎え入れたところで、創世記は終りました。
 それから、四百年ほど後、王朝の交代でいつしか奴隷に堕ちていたイスラエル人を、神がエジプトから連れ出そうと、モーセを召し出されるのです。(出エジプト記3章)

 神はイスラエル人のために、さまざまな災厄でエジプトを打ち、パロ(エジプトの王)が、奴隷であるイスラエル人を出国させるよう促しました。パロは、アブラハム・イサク・ヤコブの神、「わたしはある」と言われる神の、人知を超えたふしぎなわざの数々に、何度か気持ちを揺さぶられるのですが、どうしてもイスラエルの民全員の出国を許可しません。

 最後に神(主)は、決定的とも言うべき災厄をエジプトに下します。それは、エジプトにいるすべてのものの初子──パロの息子から、奴隷女の息子、羊や家畜の子にいたるまでを打つ(死なせる)ものです。(出エジプト記11章5節)

 初子や初物はもともと神のものと定められていました。まだ、神がそのようなご命令を出さなかったカインとアベルの時代に、二人は自分たちの土地で取れた産物、羊の群れから、それぞれ初物、初子を神にささげたのです。

 初子かどうかは別にして、偶像礼拝をしている民の間では、人間の子どもを祭壇にささげるといった風習もあったようです。
 しかし、人間の子をささげることは、聖書の神・アブラハム・イサク・ヤコブの神のもとでは、禁止されていました。(レビ記18章21節)
 アブラハムの時代に、イサクをささげよとご命令されたことがありますが、それは、アブラハムの信仰をテストするためでしたから、アブラハムがイサクをほふろうとする瞬間に止められました。

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 主は、エジプトの国でモーセとアロンに仰せられた。(出エジプト記12章1節)
 この月をあなたがたの月の始りとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。(2節)
 イスラエルの全会衆に告げて言え。
 この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。

 あなたがたはこの月の14日までそれをよく見守る。そしてイスラエルの民の全集会に集まって、夕暮れにそれをほふり、(6節)
 その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいにそれをつける。(7節)


 神のみわざを目の当たりにしても、どうしてもイスラエルの神・主を認めないエジプトのパロに対して、ついに、神はみ怒りをもって、報いられるのです。
 エジプト中の初子を打つと宣言されたのですが、ただ、この神の声を聞くことができた人は神の怒りは通り過ぎると約束してくださったのです。

 それは、ほふった羊の血を、門柱とかもいに塗りつけておくことでした。
 こうしておけば、主は、その血を見て、あなたがたの所を通り越そうと言われるのです。そうしたら、わたしがエジプトの血を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。(12章13節)

 この日は、あなたがたにとって記念すべき日となる。あなたがたはこれを主への祭りとして祝い、代々守るべき永遠のおきてとしてこれを祝わなければならない。(出エジプト記12章14節)

 レビ記23章の記述は、このご命令を確実なものにするためでした。



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2011年02月22日

Coffee Break181 収穫のまつりと刈りいれのおきて(レビ記23章9節〜19節) 




 イスラエル人に告げて言え。
 わたしがあなたがたに与えようとしている地に、あなたがたが入り、収穫を刈り入れるときは、収穫の初穂の束を祭司のところに持ってくる。(レビ記23章10節)
 祭司は、あなたがたが受けいれられるために、その束を主に向かって揺り動かす。祭司は安息日のその翌日、それを揺り動かさなければならない。(11節)


 このとき、イスラエルの民はエジプトを出て、一年が経ったばかりの頃ですが、神は彼らが将来がカナンに入って、地を耕し、麦を収穫できた時のおきてをお与えになります。

 初穂の束(大麦)を神様にささげるときに、全焼のいけにえとして、一歳の傷のない雄の子羊をささげること。それの供え物として、小麦粉で作ったパン、ぶどう酒をつけることが規程されています。
 初穂を神にささげることなしには、民はパンも、炒り麦も、新穀も食べてはならないと戒められています。
 
 あなたがたは、安息日の翌日から、すなわち奉献物の束を持って来た日から、満七週間が終るまでを数える。(15節)
 七回目の安息日の翌日まで五十日を数え、あなたたがは新しい穀物のささげ物を主にささげなければならない。(16節)


 50日を数えて、もう一度ささげる穀物のささげ物は、小麦のことです。小麦が取れたあとの、この50日の祭りが、収穫の祭りのクライマックスだったようです。
 このときは、種を入れたパンを家で焼いてきて、ささげます。パンとぶどう酒、傷のない一歳の子羊七頭、若い雄牛一頭、雄羊二頭を、完全に焼き尽くすいけにえとしてささげました。
 ほかに贖罪のいけにえとして雄やぎ一頭、和解のいけにえに一歳の雄の子羊二頭をささげるように、命じられています。

 これらを祭司がささげる儀式には、全国民が集まることになっています。完全な休日で、仕事も禁じられていますから、国を挙げてのお祭り(聖なる会合)だったのでしょう。ささげものが豪華なのも、全国民からのささげものだからです。

 この祭りの規程のすぐあとに、次のようなおきてがあるのは、注目すべきでしょう。

 あなたがたの土地の収穫を刈り入れるとき、あなたは刈るときに、畑の隅まで刈ってはならない。あなたの収穫の落穂も集めてはならない。貧しいものと在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。(22節) 

 ☆☆☆☆


 旧約聖書の士師記とサムエル記の間に、「ルツ記」があります。
 聖書の中で、いちばん心温まる物語だと言われています。登場するのは、極貧の中にいるナオミとルツという二人のやもめです。
 ナオミは飢饉を避けて移住した隣国のモアブで、夫と二人の息子を失くしてしまいます。息子たちは現地の女と結婚していましたが、死んだとき、子供はいませんでした。
 イスラエルの飢饉が去ったと聞いたので、ナオミは帰国を決意します。嫁たちには自分の国に残るよう言いますが、長男の嫁のルツはナオミについて、ベツレヘムにやってきました。
 着の身着のまま外国から帰って来たふたりの生活を支えたのが、イスラエルの律法にある落穂ひろいの制度でした。ちょうど、大麦の収穫期に戻ってきたルツは、ボアズと言う人の農場に行って落穂を拾い、とりあえず飢えをしのぐことができたのです。

 
 この話が、ほのぼのと温かいものになっているのは、この落穂拾いの制度によります。ルツは外国人の女、イスラエルの律法ではそもそも嫁に迎えるべき女ではありませんでした。でなくても、女に仕事などない時代です。差別があれば飢え死にしたかもしれません。けれども、落穂を拾う権利は、やもめや孤児や在留異国人を保護するために、神様がお定めになったのでした。からだを使うことをいとわず、懸命に働くものに対して、自分の畑がなくても収穫物のなにほどかを得ることができたのです。ルツは、しゅうとめと二人分の口を養うために働く嫁でした。

 ルツが、その後、農場主ボアズと結婚しオベデという息子を産むのは、神様はすでにご存知だったことでしょう。オベデの息子がエッサイ、エッサイの八番目の息子にダビデが生まれ、やがてイスラエル王国の二代目の王になるのです。
 
 あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈ってはならない。あなたの収穫の落穂を集めてはならない。(レビ記19章9節)
 あなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である。(10節)
 

 もっとも、このようなおきてが救ったのは、もちろん、ナオミやルツだけでなかったことこそ大切です。





※ルツ記に取材した私の「聖書物語・ルツ」を
あわせて読んでいただければ感謝です。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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