2011年04月01日

Coffee Break218 モーセとアロンとレビ人(民数記18章)


 

 コラの一味と指導層の代表者たちによるモーセとアロンに対する反乱は、とても悲惨な結果を招きました。(民数記16章)
 一万四千七百人が死ぬという結果に対し、私たちは、それでも腑に落ちないものを感じないでしょうか。今の時代なら、クーデターや革命や、あるいは政権交代の理由は、一応目に見えるものとして説明できます。政権が変われば福祉が良くなるとか、税金が安くなる、不公平が是正される、教育が充実するなどと思うわけです。

 民数記の中で、イスラエルの民が集団で決起して、モーセとアロンに逆らったのも、実際的ないろいろな憤懣や要求と背中合わせであったのでしょうか。

 生まれたばかりのイスラエルの国には、領土がなかったのです。荒野は、あまり住人はいなかったかもしれませんが、自分たちの領土ではありませんでした。すでにそこで生活している人たちもいたことでしょう。そのような場所で、いったいどのような生業で食べていたのでしょう。
 彼らの父祖アブラハムやイサク、ヤコブは、遊牧をしながらカナンを行きめぐり、家畜の数を増やして豊かな族長になって行ったのです。
 しかし、エジプトから出てきて荒野をさまよう民は、膨大な人数を抱えており、彼らの先祖のように豊かな生活は望むべくもありませんでした。

 
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 この反乱には、もっと根源的な原因があったように思えます。

 カナン偵察に行った十二人の内、十人は「そこを征服することはできない」と、報告したのです。それは、神・主の怒りに触れました。その報告を聞いて泣き、エジプトに帰ろうと言った者たちは、「けっしてカナンに入ることはできない」と宣告を受けたのです。


 荒野で四十年間留め置かれて、結局カナンに入ることができないと宣告された民は、希望が持てたでしょうか。その後、悔い改め、神にお詫びするために、ささげ物をした民は大勢いたことでしょう。
 このとき、民は幕屋に入れない自分たちの立場に、苛立ったのではないでしょうか。何とか、神様に直接お会いして自分の気持ちを訴えたいと思ったことでしょう。
 コラたちはそうした民の不安や、霊的渇きに力を得て、反逆したのではないでしょうか。


 彼らは集まって、モーセとアロンとに逆らい、彼らは言った。
「あなたがたは分を越えている。全会衆残らず聖なるものであって、主がそのうちにおられるのに、なぜ、あなたがたは、主の集会の上にたつのか。」(民数記16章3節)


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 さて、民数記18章は、次のように始まります。

 そこで、主はアロンに言われた。
「あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちと、あなたの父の家の者たちは、聖所にかかわる咎を負わなければならない。(民数記18章1節)
 しかし、あなたの父祖の部族であるレビ族のあなたの身内の者たちも、あなたに近づけよ。彼らがあなたに配属され、あかしの天幕の前で、あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちに仕えるためである。(2節)


 主がモーセを差し置いて、直接アロンに話されるのは、異例のことです。
 これは何を意味するのでしょう。出エジプトの始めから、モーセは神が特別に選ばれた神の器──預言者でした。モーセなくしては、イスラエルの民のエジプトからの救出はなかったのです。その上で、十戒が与えられ、シナイ契約が成立し、神政政治国家イスラエルが発足してからは、祭祀制度が新しい国のシステムの中核に定められたのです。
 神はそのシステムの下で、イスラエルをカナンに入れ、全人類の祝福の器となる民族をお造りになるご計画だったのです。

 モーセやアロンはいずれ死ぬ者ですが、祭祀制度は新しい契約が結ばれて幕屋が廃止されるまで(イエス様が来られるまで)、存続し、神と民を結び、神の民を鍛え上げる中核となるはずのものです。

 神が直接アロンに話しかけたのは、すでに神のご計画が新しい局面に入っていたことを意味しているとも受け取れます。
 
 じっさい、モーセは稀有な預言者でしたが、人間的な意味で彼が報われたかどうかは、疑問です。彼の子どもたちは祭司の仕事を、受け継ぐことはありませんでした。彼らはレビ人でしたから、祭司の下働きをするレビ人と同じ報酬は得たかもしれませんが、なにひとつ記されていないのです。

 そして、それゆえ、私たちはモーセを見上げるのです。



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2011年04月02日

Coffee Break219 レビ族の相続財産(民数記18章) 




 コラたちは、モーセとアロンの近親でした──従兄弟だと考えることもできます。(参照・レビ族の系図──出エジプト6章16節〜20節)
 近親であるだけに、モーセとアロンの支配に我慢がならなかったのかもしれません。その上、祭司には、ささげ物ものから取り分けられた魅力的な「報酬」がありました。それらのささげ物からの報酬は、聖なるものであるために、たくさんあった場合も祭司とその家族が独占的に食べなければいけないというような、規定もあります。(Coffee Break177)
 これらの規程の結果、当時の非常に貧しいイスラエルの民の間で、最上の肉が食べられる立場の祭司たちを、うらやむ人たちがいたのも、ありうることではないでしょうか。


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「あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちと、あなたの父の家の者たちは、聖所にかかわる咎を負わなければならない。そしてあなたと、あなたとともにいるあなたの子たちが、あなたの祭司職にかかわる咎を負わなければならない。(民数記18章1節)

 しかし、あなたの父祖の部族であるレビ族のあなたの身内の者たちも、あなたに近づけよ。彼らがあなたに配属され、あかしの天幕の前で、あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちに仕えるためである。(2節)


 民数記18章では、祭祀に関わる祭司とそれを助けるレビ人の役割がもう一度、取り上げられています。
 また、奉仕にかかわるレビ人の報酬について、これまでになく、詳しく記されています。

 わたしは(主・神)今、レビ族には、彼らが会見の天幕の奉仕をするその奉仕に報いて、イスラエルのうちの十分の一をみな、相続財産として与える。(21節)
 
これからはもう、イスラエル人は会見の天幕に近づいてはならない。彼らが罪を得て死ぬことがないためである。(22節)

 レビ人だけが会見の天幕の奉仕をすることができる。ほかの者は咎を負う。これは代々にわたる永遠のおきてである。彼らはイスラエルの人の中にあって相続地をもってはならない。(23節)

 それは、イスラエル人が、奉納物として主に供える十分の一を、わたしは彼らの相続財産としてレビ人に与えるからである。それゆえわたしは彼らがイスラエル人の中で相続地をもってはならないと、彼らに言ったのである。」(24節)
 


 これらの規程が、さきのコラたちの事件から、どれくらいの時間の隔たりがあるのか、正確にはわかりません。ただ、この規程で、アロン一族と一般のレビ人との役割が、さらに、くっきりしたものになりました。また、レビ人以外のものが、幕屋に近づくことが厳禁されていますから、コラの事件の教訓が、このような規程に反映されたものと見えます。

 とくに、レビ族は、将来カナンに入った時、相続地がないことになっていましたから、代わりの報酬を、ここではっきりと打ち出しています。
 国家のシステムの中枢・幕屋で仕事をし、奉納物の十分の一を永久に与えられたのです。レビ人は今で言う、公務員的な立場になったと言えます。それも、世襲の公務員です。
 
 もっとも、彼らも、彼らのその報酬の中から、主・神に供え物をしなければなりませんでした。

 主はモーセに仰せられた。(25節)
「あなたはレビ人に告げて言わなければならない。
 わたしがあなたがたに相続財産として与えた十分の一を、イスラエル人から受け取るとき、あなたがたはその十分の一の十分の一を、主への奉納物として供えなさい。」(26節)
 

 こうして、祭祀制度と神政政治国家の足固めが、着々と進んでいくのです。



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2011年04月03日

Coffee Break220 カディシュにて(民数記20章) 


 

 イスラエル人の全会衆は、第一の月にツィンの荒野に着いた。そこで民はカディシュにとどまった。ミリヤムはそこで死んで葬られた。(民数記20章1節)

 イスラエルの民は、長くバランの荒野にとどまっていたようです。そこを出て、ツィンの荒野の南端ガディシュという地点に入ったのが、「第一の月」というわけです。正確に今から何年前のことだったかはわかりません。
 
 この記述で、注目すべきは、「ミリヤムがそこで死んで葬られた」ことです。同じ20章28節では、もう一人の重要な人物アロンの死が記されています。

 ミリヤムは少女だった時、死ぬべき運命だった赤ん坊のモーセを、機転で救ったモーセの姉です。アロンは、モーセが預言者となって、同胞イスラエルの民を脱出させる時に、口の重いモーセのことばを、民に取り次いだモーセの兄です。二人はモーセに対立するようなこともありましたが、ミリヤムもアロンも、ともにモーセの働きのために欠かせない人物でした。
 この二人の死が記録されるということは、出エジプトからカナンへの旅が、終局に近づいたことを意味しています。

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 ツインの荒野の先(北側)が待ちに待ったカナンです。まもなく、約束の地に入ることができるのです。民の心は熱く燃えたでしょうか。
 残念ながら、相変わらず不満と愚痴とあてつけを言って、モーセを困らせています。

 ところが会衆のためには水がなかったので、彼らは集まってモーセとアロンに逆らった。(民数記20章2節)
 民はモーセと争って言った。「ああ、私たちの兄弟たちが主の前で死んだとき、私たちもしんでいたのなら。(3節)
 なぜ、あなたがたは主の集会をこの荒野に引き入れて、私たちと、私たちの家畜をここで死なせようとするのか。(4節)
 なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから上らせて、この悪いところに引き入れたのか。ここは穀物も、いちじくも、ぶどうも、ざくろも育つような所ではない。その上、飲み水さえない。(5節)

  
 エジプト出てきて、葦の海の奇蹟を経験し、歓呼の歌を歌い、タンバリンを打ち鳴らしてシェルの荒野を三日間歩いたあと、彼らは「飲む水がない」とモーセに不平を言いました。(出エジプト記15章22節〜25節)
 同じ不満を民は、何度繰り返したでしょう。

 食べ物と飲み物は、人間が生きるためのいちばん基本的な必要とはいえ、そのたびに、「エジプトにいたらよかった。飢え死にさせるために連れ出したのか」と聞かされるモーセは、どれほど腹立たしかったでしょう。それ以上に、イスラエルの民の「助けて下さい」という叫びに答えて、彼らを救い出された神の御心はどんなだったでしょう。物分りの悪い子ども、あるいは、子どものように不満を夫にぶつけて、なじる妻の姿と見えなくはありません。シナイ契約は、アブラハム・イサク・ヤコブの神とイスラエルの民との結婚にもたとえられるのですから、その観点で見ると、イスラエルの民は、あまり「聡明な」妻とは言えないですね。

 モーセが、水のことで、また神にひれ伏したので、神はモーセに指示をお与えになります。

「杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。あなたは彼らのために岩から水を出し、会衆とその家畜に飲ませよ。」(民数記20章8節)

 そこで、モーセは杖を取り、岩の前に会衆を召集しました。

 モーセは手を上げ、彼の杖で岩を二度打った。すると、たくさんの水がわき出たので、会衆もその家畜も飲んだ。(11節)
 しかし、主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なるものとしなかった。それゆえ、あなたがたは、この集会を、わたしが彼らに与えた地に導きいれることはできない。」(12節)


 主は、岩に命じれば岩は水を出すと仰せになったのです。ところが、モーセは岩を杖で打ったのです。結果としては、このやり方でも水は出たのですが、主は、命じたやり方をしなかったことをお咎めになりました。モーセが岩を叩いたのは、以前、レフィディムで
岩を叩いて水を出したときの体験から、思わず体が反応したのかもしれません。(出エジプト記17章4節〜6節)

 その結果、モーセもアロンも共に、民を率いてカナンに入ることはできないと宣告されてしまうのです。
 それにしても、神の基準の、なんという厳しさでしょう。





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2011年04月04日

Coffee Break221 エドム(民数記20章14節〜24節)




 エドムは、イサクの双子の息子の一人エサウの領地でした。
 覚えておられるでしょうか。イサクの妻リベカがみごもったとき、双子が母の胎で争ったというのです。あまりの苦痛に、リベカが主の託宣を求めると、弟が兄を支配すると言われました。(創世記25章23節)
 生まれた双子は、二卵性双生児だったのでしょうか。外見も性格も対照的でした。野性的で、今で言うアスリートタイプだったエサウ。母親のそばで家事を手伝い、性格的にはよく気がつき、あれこれたくらむようなヤコブ。エサウは父イサクのお気に入りで、ヤコブはリベカに愛されるマザコン息子でした。
 
 ヤコブは母親と協同して、兄から長子の権利と跡継ぎの祝福を奪い取り、エサウは結局、イサクやリベカの元を離れて、エドムに住んだのです。エドムで大きな族長になったエサウは、そのままエドムの支配者になりました。

 ですから、エドムとイスラエルは、まるっきりの異民族ではないのですが、五百年昔の先祖の、兄弟のつながりは、とうぜん他人も同然です。


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 いま、私たちが地図で見るかぎり、カディシュからまっすぐ北上すると、すぐにカナンです。しかし、そのためには山地を通らなければならないからでしょうか。モーセたちは、エドムの領土の真ん中を通っている通商路を通過して、カナンに向かおうと思いました。
 そして、エドムの王に使いを送るのです。


「あなたの兄弟、イスラエルはこう申します。あなたは私たちに降りかかったすべての困難をご存知です。(民数記20章14節)
 私たちの先祖たちはエジプトに下り、私たちはエジプトに長年住んでいました。しかしエジプトは私たちや先祖たちを、虐待しました。(15節)
 そこで、私たちが主に叫ぶと、主は私たちの声を聞いて、ひとりの御使いを遣わし、私たちをエジプトから連れ出されました。今、私たちはあなたの領土の境にある町、カデシュにおります。(16節)
 どうか、あなたの国を通らせてください。私たちは畑もぶどう畑も通りません。井戸の水も飲みません。私たちは王の道を行き、あなたの領土を通過するまでは右にも左にも曲がりません。」(17節)


 ここで言われている王の道とは、シリヤのダマスコからヨルダン川東岸のエドムの領内を通過してアカバ湾に至り、エジプトに向かう重要な通商路で、地中海に沿った「海の道」と対をなすものだったのです。(岩波書店刊、旧約聖書V注釈)

 シリヤからエジプトへ旅する旅人や商人、ときには軍隊が通過する「公道」だったのでしょう。

 しかし、エドムはモーセに言った。「私のところを通ってはならない。さもないと、私は剣をもっておまえを迎え撃とう。」(18節)

 イスラエル人は重ねて言います。

 「私たちは公道を上って行きます。私たちと私たちの家畜があなたの水を飲むことがあれば、その代価を払います。ただ、歩いて通り過ぎるだけです。」(19節)

 しかし、エドムは、「通ってはならない」と言って、強力な大軍勢を率いて彼らを迎え撃つために出てきた。(20節)


 エドムの領内にある公道を通過するのを拒まれたイスラエルの民は、エドムの領土の外側を迂回して、北進することにしました。

 この途中のホル山の近くに来たとき、主がモーセとアロンに仰せになるのです。
「アロンは民に加えられる。約束の地に入ることはできない。」(24節)

 エジプトからモーセを助けて、はるばる民を率いてきたアロンも、いよいよ死ぬべきときが近づきました。




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2011年04月05日

Coffee Break222 初音(はつね)









      初音(はつね)聞く 地震のあとの 峠みち





   町に出るために、自転車で小さな峠道を通ります。
   春先から夏過ぎまで、鶯の声が聞こえる場所です。

   先日、その峠道の空で、今年初めて、鶯の鳴き声を聞きました。
   地震以来、重くなっていた顔が、思わず上がりました。

   「ああ。春だ!」

 
   やがて、みちのくの山々にも春が来て、初音が聞こえることでしょう。
   被災された方々が希望を見出し、顔を上げて

   「ああ、春!」と言える日が、
   一日も早く訪れますよう、願わずにはいられません。


   神様の慰めと助けがありますよう、お祈り申し上げます。


                       さとうまさこ











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2011年04月06日

Coffee Break223 アロンの死(民数記20章22節〜29節、ヘブル人への手紙7章23節〜25節)




 聖書には、ここまで、たくさんの死が記されています。アダムからノアに至るまでの十代十人は、みな並外れた長寿をまっとうしました。
「ノアの一生は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。」(創世記9章29節)と記されています。
 この時代、異色なのは、もちろん、アダムとエバの息子カインによる弟殺しの犠牲になったアベルの死です。(創世記4章8節)
「神に取られた」と記されているエノクの最後は、特筆すべきものです。それは、不慮の事故ではなく、神とともに歩んだ(創世記5章24節)エノクへの、神の恩寵でした。

 族長時代になると、アブラハム、イサク、ヤコブ、サラ、ラケル、レアなどの死と埋葬の記事があります。残された者たちに、きちんと埋葬してもらい、喪の期間を覚えられた彼らの死は、人間的で共感できるものです。

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 出エジプト記、レビ記、民数記と続く一連の「荒野の物語」のなかでは、死はまた、違った角度から書かれています。

 イスラエルの民が神と契約を結び、カナンに入るまでのプロセスは、長い間奴隷であったイスラエルの民の、神の訓練の場でもあったのです。
 
 荒野での四十年の間、もちろんおびただしい人が死に、また生まれたことでしょう。けれども、聖書に記されている死は、神の民の訓練の過程の出来事として意味のあるものばかりです。
 たとえば、アロンの二人の息子が、幕屋で火を捧げていたときに死んだこと。(レビ記10章1節2節) 神の名を冒涜した者が、律法違反で石打にあったこと。(レビ記24章10節〜23節) やはり、安息日にたきぎを集めていたものが、律法違反で石打にあったこと。
 モーセやアロンの権威に反抗したコラやレビ人たちが、割れた地面に落ちて死んだり、神から火が出て焼け死んだりもしました。(民数記16章)

 他方、荒野の旅で、大きな役割を果たしたと思われる女預言者ミリヤムの死は、20章1節の中でも、その最後の一行です。彼女が埋葬されたのか、民がその死を泣き悲しんだのかも書かれていません。


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 主はエドムの国の領土であるホル山で、モーセとアロンに告げて仰せられた。(23節)

「あなたはアロンとエルアザルを連れてホル山に上れ。(25節)
 アロンにその衣服を脱がせ、これをその子エルアザルに着せよ。アロンは先祖の民に加えられ、そこで死ぬ。」

 モーセは、主が命じられたとおりに行なった。全会衆の見ている前で、彼らはホル山に登って行った。(27節)
 モーセはアロンにその衣服を脱がせ、それをその子エルアザルに着せた。そしてアロンはその山の頂で死んだ。モーセとエルアザルが山から降りてきたとき、(28節)
 全会衆はアロンが息絶えたのを知った。そのためイスラエルの全家は三十日の間、アロンのために泣き悲しんだ。(29節)


 この記事で大切なのは、アロンの(祭司の)装束をエルアザルに着せたことでしょう。幕屋と祭祀によって民を束ね、国を運営する神政政治国家では、祭司は大変重要な任務です。とくに、至聖所に入ることができる大祭司の不在は、致命的な状態です。

 神様はアロンの死が近づいた時、祭司が間違いなくアロンの家系の者に継承されるよう、このような命令を出され、じっさいに引継ぎを行なって民に示されたのです。
 これは、人間の祭司の限界でした。けれども、それから千五百年ほど後に、神ご自身が人となってこられて大祭司となられるまで、このような人から人へ、祭司職の引継ぎが行なわれました。


 ヘブル人への手紙の著者は、(神である)イエス様が永遠の大祭司となって来られた喜びを、次のように記しています。

 また、彼ら(人間の祭司)の場合は、死と言うことがあるため、務めにいつまでもとどまることができず、大ぜいの者が祭司となりました。(ヘブル7章23節)
 しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。(24節)
 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(25節)




  聖書は新改訳聖書を使わせていただいています。





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2011年04月07日

Coffee Break233 大祭司と預言者(民数記20章、ヘブル人の手紙3章2節3節)




 私たちは直接顔見知りでなくても、ある人の噂に心が騒ぐことがあります。毎日、テレビで見ている有名人の訃報などを聞くと、親しい人を失ったような錯覚に陥ることもあります。大好きなドラマや小説の主人公が最後に死んでしまったりすると、しばらく違う結末を思ったりします。

 私たちの心を占領するのは、必ずしも身近に生きている親兄弟や子ども、友人、先生、同僚たちばかりではないのは、だれでも経験することです。アロンの死も、出エジプト記の始めからつきあってきた私には、いささか身近に感じられるのです。

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 アロンが死んで、イスラエルの民は三十日の間、泣き悲しんだ。(民数記20章29節)

 無理もありません。モーセが召命を受けてエジプトに戻ってきたときから、アロンはモーセに同行して、パロとの交渉に臨み、民をエジプトから導き出す役目を果たしてきたのです。
 モーセが神の預言者で、アロンはモーセの預言者となると神は仰せになったのです。
 神が出エジプトのために召命されたのはモーセでした。事実、人間の世界の価値観で見ても、モーセはナンバーワンで、アロンはナンバーツーでした。
 旧約聖書の歴史において、モーセは、もっとも偉大な人物五人に数えられています。それに対し、アロンは十人にも入らないかもしれません。

 でも、あえて、小説を読むようにアロンを見るのを、神様に許して頂くとすれば、アロンはある意味でモーセより印象的なのです。
 出エジプトの最初からその死まで、アロンの、いかにも人間としての弱さが書かれている箇所は、三回出てきます。

 モーセが四十日四十夜シナイにこもっている時に、民にせっつかれて金の子牛(偶像)を鋳造し、それを拝むのを民に赦してしまったこと。モーセに咎められた時の、アロンのしどろもどろの言い訳にはあきれるほどです。(出エジプト記32章21節〜23節)
 また、幕屋で神に火を捧げる息子二人を失った時、彼がどれほどの思いで耐えたかを、私たちは、短い聖書の記述からでも、容易に察せられるのです。(レビ記10章3節)

 祭司は栄誉ある役職でしたが、生身の人間には耐えられないほどの厳しさ、辛さがありました。

 いきなり初代の大祭司に選ばれて、アロンは戸惑い、また高慢にもなったようです。
 ミリヤムといっしょになって、「主はただモーセとだけ話されたのでしょうか。私たちとも話されたのではないでしょうか。」(民数記12章2節)と、モーセに詰めより、モーセと同等の権威を求めたこともありました。


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 人間的な弱さにもかかわらず、アロンは大祭司に召され、彼の息子と彼の子孫が,祭司の家を代々引き継ぐことになりました。
 一方、モーセには、そのような目に見える見返りはありませんでした。預言者の召しを受けた者は、後の時代にもたくさん現れました。
 ただ、祭司が世襲だったのに対して、預言者は一代限りでした。
 祭司が、公務員的ないわば国のシステムを支える立場だったのに対し、預言者の多くは在野的な立場から、自由に発言(預言)しました。



 ヘブル人への手紙の著者は、モーセと大祭司の役目について、次のように書いています。

 モーセが神の家全体のために忠実であったのと同様に、イエスは自分を立てた方に対して忠実なのです。(ヘブル人への手紙3章2節)
 家よりも、家を建てるものが大きな栄誉を持つのと同様に、イエスはモーセよりも大きな栄光を受けるのにふさわしいとされました。(3節)


 本物の大祭司イエス様さまとモーセの栄誉は、比べるまでもないことでした。
 
 アロンは大祭司という大きな栄誉を受けたのです。それは、本物の大祭司イエス様に取って代わられるものだったのですから、アロンにとっては、重すぎる役割であったのはふしぎではありません。
 






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2011年04月08日

Coffee Break225 青銅の蛇(民数記21章4節〜9節、ヨハネの福音書3章14節15節)

 


 「荒野の旅」の苛酷さについては、これまで何度も見てきました。荒野の四十年は、大集団が、荒野を流浪していると言っても、過言ではないのです。神様がマナを降らせてくださって、なんとか毎日パンは手に入るのです。肉が食べたい時には、肉も降らせて下さいました。
 それでも、イスラエルの民は、不満や不平を言ってモーセやアロンに詰め寄りました。
 振り返ると、つぶやきの原因で一番多いのは、水でした。

 民数記20章で、モーセが岩を叩いて水を出しました。これはモーセとアロンが、岩に命じなさいと言う神の命令に反して、杖で岩を叩いたため、二人とも神の怒りに触れて、約束の地に入れないと宣告されるのです。

 民がつぶやき、神に背く度に、神の処罰が厳しくなってくるように見えます。
 それなのに、またしても、民は水のことでつぶやいたのです。今度は、アロンがいませんから、「神とモーセにさからって」と書かれています。

 彼らはホル山から、エドムの地を迂回して、葦の海の道に旅立った。しかし民は、途中でがまんできなくなり、(民数記21章4節)
 民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」 (5節)


 この愚痴は、神様の逆鱗に触れたことでしょう。水がないのはとにかく、神様が下さっているマナを、「みじめな食物に飽き飽きした」と言ったのです。
 
 まもなく、怖ろしい出来事が起こりました。毒蛇が宿営を襲ったのです。

 そこで、主は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。(6節)
 民はモーセのところに来て言った。「私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、私たちから蛇を取り去ってくださるよう、主に祈ってください。」モーセは民のために祈った。(7節)
 すると、主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」(8節)
 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、そのものが青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。(9節)


 ☆☆☆☆

 青銅の蛇を仰ぎ見れば、毒蛇の害毒から生還できるという話に、私は、ちょっと違和感を覚えるのです。鋳造した形あるものに霊的な効力を認めるのは、私たちの周りに、今もたくさんある偶像を使ってのまじないに似ています。
 金の子牛を拝んだために、神の怒りに触れたシナイでの記憶も新しいのです。
 

 この部分はのちに、新約聖書の福音書の中で、ヨハネは、次のように書いています。

 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。(ヨハネの福音書3章14節)
 それは、信じるものがみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。(15節)
 

 青銅の蛇はイエス・キリストの救いの予表だと言うのです。たしかに、金の子牛との決定的な違いは、青銅の蛇は神の命令で作られたことです。しかも、じっさいに、それを見上げた人々を、蛇の毒から癒したのです。死ぬべきいのちが、それを見上げることで回復されたのです。その意味では、キリストの十字架を表しています。






2011
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2011年04月09日

Coffee Break226 進撃(民数記21章)




 イスラエル人は旅立って、オボテで宿営した。(民数記21章10節)
 彼らはオボテから旅立って、日の上る方、モアブに面した荒野にあるイエ・ハアバリムに宿営した。(11節)
 そこから旅立って、ゼレデの谷に宿営し、(12節)
 さらにそこから旅立って、エモリ人の国境から広がっている荒野にあるアルノン川の向こう側に宿営した。アルノン川がモアブとエモリ人との間の、モアブの国境にあるためである。(13節)


「ようやく、イスラエルの軍団と民が動き始めました」
 今の時代のように、ニュースを聞きつけたテレビや新聞のメディアが駆けつけ、中継車やカメラで追いかけていたら、アナウンサーはこのように言うかもしれません。



 イスラエルの民は、パランの荒野でコラの反逆事件があり、大量の死者を出しました。そこで、その地にしばらくとどまって神礼拝と祭儀を徹底し、もう一度、神の民としての国家を、整え直しました。
 その後、ツインの荒野に出たのですが、そこでまた、水の騒動が起きたのです。岩に命じるようにと、神が仰せになるのを、岩を杖でたたいたため、モーセとアロンは神の怒りに触れ、「約束の地に入れない」と宣告を受けるのです。
 さらに、死海の西のコースを取ってカナンに入ることにきめ、エドムの国を貫く幹線道路「王の道」を通らせてくれるよう、エドムの王に申し入れたものの断られてしまいます。
 結果的にエドムの西の国境沿いに北上していきます。アロンは、その途中のホル山で、死ぬことになります。

 これらの宿営地に、それぞれのどれくらいの期間留まっていたのかは、書かれていません。しかし、ミリヤムとアロンの死が記された20章以降、荒野の旅は終盤に入ったのです。


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 青銅の蛇によって、いのちを救われたイスラエルの民は、エドムの西の国境にあるオボテから、モアブとエドムの国境を通って、今度はモアブの東側の国境ぞいに北上していきます。イエ・ハアバリムに宿営したあと、そこから旅立って、ゼレデの谷に宿営し、さらにそこから旅立って、エモリ人の国境から広がっている荒野にあるアルノン川の向こう側に宿営した。のです。
 アルノン川の北がエモリ人の領土だったので、モーセは、エモリ人の王シホンに使いを送って、「領土を通らせてください」と頼みます。
 
「あなたの国を通らせてください。私たちは畑にもぶどう畑にも曲がって入ることをせず、井戸の水も飲みません。あなたの領土を通過するまで、私たちは王の道を通ります。」(22節)

 王の道とは、以前、エドムに通行を交渉した道です。シリヤのダマスコからヨルダン川東岸のエドムの領内を通過してアカバ湾に至り、エジプトに向かう重要な通商路で、地中海に沿った「海の道」と対をなすものです。(岩波書店刊、旧約聖書V注釈)

 エドム同様、エモリの王も、イスラエルの通行を許可しません。それどころか、自分の民を集めて、戦闘の用意をして出て来ます。
 ヤハツという場所で、両者は戦いました。その結果、イスラエルはエモリの王シホンに勝ち、ヨルダン川の東岸の地、アルノン川からヤボク川までを占領したのです。

 
 イスラエルがエモリ人の地に住みついたことを聞いた北方のパシャンの王オグは、軍勢を整えて出てきます。

 主はモーセに言われた。「彼を恐れてはならない。わたしは彼とそのすべての民とその地とをあなたの手の内に与えた。あなたがヘシュボンに住んでいたエモリ人の王シホンに対して行なったように、彼に対しても行なえ。」(34節)
 そこで彼らは彼とその子らとそのすべての民とを打ち殺し、一人の生存者も残さなかった。こうして彼らはその地を占領した。(35節)


 主がお許しになったので、イスラエルは順調に勝ち進んで行きました。
 約束の地は、すぐにも手に入るかに見えました。 





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2011年04月10日

Coffee Break227 バラムのろば1(民数記22章)




 聖書の神様は、ふしぎな方です。天地万物を創造された全知全能の神様に対して失礼かもしれませんが、神にできないことは、ほんとうに何もない! じっさい、聖書を読んでいると、神様が、私たちの世界に働かれる方法の多様さに驚かされます。厳しいだけでなく、愛に満ち、シリアスなばかりでなく、ユーモアもお持ちだと、改めて考えるのです。

 ヨナ書をご存知でしょうか。旧約聖書の32番目の書物です。預言書に分類されています。内容を忘れても、大きなお魚の胃袋で、三日三晩いたヨナの話と言えば、思い出す方もいるでしょう。ノアの箱舟、バベルの塔などとともに、印象的な挿絵つきで、子どもの本にも紹介されています。

 同じように、民数記22章の「バラムのろば」は、とてもひきつけられる話です。人には見えなかった神の使いが、ろばの目には見えて、しかも、そのろばが、神によって口を聞くものとされるのです。
 
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 さて、イスラエルは、エモリ人の王シホンとパシャンの王オグとの戦いに勝ちました。エジプトから出てきたばかりの頃、荒野に住むアマレク人と苦戦しながら勝った(出エジプト記17章8節〜16節)頃と比べて、快勝といえる結果でした。荒野での四十年の苦難は、イスラエルを国家と呼べるだけの力強い組織に成長させたのでしょう。
 このイスラエルの力に、モアブの王バラクはおびえました。エモリとパシャンに勝ったイスラエルが、占領地はもちろん、モアブの領土にも、アリのように広がって住みついたからです。その様子を考えれば、この頃の「国」は、いま私たちが考えるような固い国境で仕切られた領土とは違っていたのでしょう。遊牧民が多いのですから、どの国に属するのでもない民が、広い範囲を行き来していたにちがいありません。

 モアブの成り立ちは、アブラハムの甥ロトとその娘たちにさかのぼります。(創世記19章30節〜38節)
 その意味では、イスラエルと多少のつながりはあるのですが、エドムよりさらに薄い関係です。

 バラクは、エモリやパシャンのように軍を立ててた戦っても勝てないと思いました。それで、当時有名だった霊能者(占い師)のバラムという人を招いて、イスラエルを呪ってもらおうと決め、長老を送ってバラムを招くのです。

「どうかいま来て、私のためにこの民をのろってもらいたい。この民は私より強い。そうしてくれれば、たぶん私は彼らを打って、この地から追い出すことができよう。私は、あなたが祝福するものは祝福され、あなたがのろう者はのろわれることを知っている。」(民数記22章6節)
 王の言付けをもってやってきた、モアブの長老たちと近隣のミディアンの長老たちに、バラムは、言います。

「今夜はここに泊まりなさい。主が私に告げられるとおりのことをあなたがたに伝えましょう。」
 バラクの使いを留め置いて、バラムは神にお伺いを立てるのです。すると、神は仰せになります。「あなたは彼らといっしょに行ってはならない。またその民をのろってもならない。その国は祝福されているからだ。」(12節)

 
 こうして、一度は断ったのです。断られたバラクは今度は、前より格の高い長老たちをバラムのところに寄越し、同時に、来てくれれば歓待するし、お礼もはずむと、バラムの欲をくすぐります。
 バラムは少々心を動かされて、はっきり断ることができなくなってしまいます。
 前回のように使いを一晩泊めるのです。彼の迷い心が、神に通じたのか、

 その夜、神はバラムのところに来て、彼に言われた。「この者たちがあなたを招きに来たのなら、立って彼らとともに行け。だが、あなたはただ、わたしがあなたに告げるだけのことを行なえ。」(20節)
 


 そこで、翌朝、バラムはろばに鞍をつけ、彼を迎えに来たモアブの長老たちといっしょに、出発しました。

 前途に、神様のご計画があるなんて、もちろんバラムは知りませんでした。




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