2011年04月23日

Coffee Break238 復活・十字架刑の意味(マタイの福音書27章27節〜51節)


 

 それから、総督の兵士たちは、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスのまわりに全部隊を集めた。(マタイの福音書27章27節)

 また、彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。(27章30節)
 こんなふうに、イエスをからかったあげく、その着物を脱がせて、もとの着物を着せ、十字架につけるために連れ出した。(31節)

 そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた。(32節)
 ゴルゴダという所(どくろと言われている場所)に来てから、(33節)
 彼らはイエスに、苦味を混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。イエスはそれをなめただけで、飲もうとはされなかった。(34節)
 こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、(35節)
 そこにすわって、イエスの見張りをした。(36節)
 また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。(37節)
 


 イエス・キリストの十字架刑が決まってから、じっさいに処刑が執行される箇所です。容赦のない簡潔な描写に驚かされます。くどくどと書かれていないことが、なお切迫感と凄惨さをかもしだしています。
 総督の兵士たちの、イエスに対する敵対的な態度は、どうしたことでしょう。もはや、逃亡の恐れもなく、悪いことをしたという証拠もないイエスを、全部隊で取り囲み、着物を着替えさせたり、イバラの冠りをかぶせたり、叩いたり、つばきをかけたり、からかったり──あらん限りの方法で、慰み物にしているのです。
 

 こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、(35節)


 イエス様を釘付けにする場面の説明が省かれているのは、示唆的です。
 兵士が、イエス様の手に釘を打ち込んだとか、イエス様が痛そうに顔をゆがめたとか、そのような描写は、四つの福音書すべてに、書かれていないのです。書かれているのは、イエス様の肉体の痛みではなく、十字架刑を行なった兵士たち、十字架上のイエス様を見るたくさんの群衆の言動です。


道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、(39節)
言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」(40節)
同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。(41節)
彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。(42節)
「彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」(43節)
 
 
 とらわれ、十字架に付けられた無力な人に対して、からかい、あざけり、はずかしめることばの数々、まさに言いたい放題です。

 その理由を挙げることはできます。
 イエス様は、人気もあったけれど敵も多かった──。
 福音書に何度も出てくるように、イエス様を一番憎んだのは、祭司長たち、律法学者、民の長老などのユダヤ社会のエリートやリーダーでした。イエス様も彼らと対決することが何度もありました。イエス様は、形骸化したユダヤ教、その律法主義や形式的な神殿礼拝を打ちこわし、新しい真実な救いのために来られたのですから、旧守的な者から見れば、目ざわりを通り越して、怒りを覚えるほどの存在でした。
 また、ローマ兵の多くは、イエスをローマ帝国に敵対するリーダーだと思っていたのでしょう。そうでなくても、ローマ兵は植民地の民を下に見ていたことでしょう。

 けれども、一般庶民はなぜ、イエス様をあざけったのでしょう。群衆の中には、数日前までイエスに熱狂して、追いかけていた者もいたかもしれません。イエス様の行なった奇蹟を目撃した人、しゅろの葉を振って、イエス様のエルサレム入城を迎えた者もいたかもしれないのです。


☆☆☆☆


 熱狂的に迎えられていた政治家やスターや実業家などが、星が落ちるようにつまずいたとたん、人々が手のひらを返したように石を投げるのは、今でもよくあることです。
 人の攻撃や冷たさは、最初から無力なものに対するより、力があると思われていたものに対して、いっそう激しいのです。その心理を、どのようにも説明できるでしょう。強いもの、能力のあるものに対する憧れや期待と、その気持ちの裏にひそんでいた妬みや怒りが、時には、信じられないような冷酷さとなって現れます。それは、人間の罪の性質とも言えます。

 このときの、これほどの冷酷さは、まさに悪魔の差し金ではなかったでしょうか。
 
 そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。(27章50節)
 すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。(51節) 
 


 これは、至聖所と聖所を仕切る幕が裂けたのを、意味していました。
 イエス様がみずから十字架の上で血を流して犠牲となってくださり、全人類のあがないが完了した瞬間でした。大祭司だけが、ささげ物をささげて、神の臨在の場にでるしかなかった旧い契約の時代が、終ったのです。
 悪魔がいちばん、恐れていたことが実現したのです。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

Coffee Break239 イエス・キリストの死(マタイの福音書27章45節〜66節)




 さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。(マタイの福音書27章45節)
 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(46節)
 すると、それを聞いて、そこにいた人々のうち、ある人たちは、「この人はエリヤを呼んでいる」と言った。(47節)
 また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。(48節)
 ほかの者たちは、「私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることにしよう」と言った。(49節)
 そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。(50節)
 すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。(51節)
 
百人隊長およびかれといっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、「この方はまことに神の子であった」と言った。(54節)



 全地が暗くなり、イエスが息を引き取られると同時に、地が動き、岩が裂けたというのです。
 ここまで、十字架に架けられたイエスを、あざけったり、からかったりしていた群集もローマ兵も、この自然のとどろきに、一転して恐怖を覚えたのです。百人隊長は、厳粛な心に返り、思わず直立不動の姿勢をとったに違いありません。
「この方はまことに神の子であった」との思いは、その場にいた多くの者が抱いたことでしょう。

 群衆の中には少数ですが、イエスに仕え、最後まで従い、ゴルゴダの丘に来て、十字架刑を見つめていた女たち、またイエスの知人たちがいました。
 マタイは、イエスに仕えてガリラヤから来た女たちとして、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフの母マリヤ、ゼベダイの子らの母の名を挙げています。マルコは、マグダラのマリヤ、小ヤコブとヨセの母マリヤ、それにサロメと呼ばれる女性の名を挙げています。ヨハネの福音書には、イエスの母マリヤと母の姉妹、クロバの妻のマリヤと、マグダラのマリヤの名が見えます。
 
 彼女たちの言動は書かれていませんが、男の弟子が霧散してしまったようなのに(ヨハネだけは、十字架のそばにいたようです)、女の弟子たちが最後まで付き従ったのは、興味深いことです。

☆☆☆☆

 夕方になって、イエス様の遺体を下げ渡して欲しいと申し出る人がいました。アリマタヤのヨセフという金持の弟子でした。ピラトは許可しました。
 ヨセフは十字架から遺体を降ろすと、きれいな亜麻布に包み、岩を掘って造った新しい墓に納めた。とあります。その上で、墓の入口には大きな石を転がしてふたをしたのです。これは、入口の大きさに合わせて造った丸い石のふたで、当時のユダヤの正式な墓でした。

 さて、次の日、すなわち備えの日の翌日、祭司長、パリサイ人たちはピラトのところに集まって、(62節)
 こう言った。「閣下。あの、人をだます男がまだ生きていたとき、『自分は三日の後によみがえる』と言っていたのを思い出しました。(63節)
 ですから、三日まで墓の番をするように命じてください。そうでないと、弟子たちが来て、彼を盗み出して、『死人がよみがえった』と民衆に言うかもしれません。そうなると、この惑わしのほうが、前の場合より、もっとひどいことになります。」(64節)

 ピラトは「番兵を出してやるから、行ってできるだけの番をさせるがよい」と彼らに言った。(65節)
 そこで、彼らは行って、石に封印をし、番兵が墓の番をした。(65節)


 祭司やパリサイ人たちは、イエス様が人知を超えたことをする方であるのを、よく知っていたのです。そのイエス様を冤罪でむりやり十字架につけたことで、さらに恐怖にかられたにちがいありません。
 ピラトに頼んで、ローマ兵に墓の入口の番をさせたのです。
 
 ところが、この厳重な警戒にもかかわらず、イエス様の遺体が墓から消えるのです。




posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

Coffee Break240 復活・ともにいてくださる主(マタイの福音書28章)




 さて、安息日が終って、週の初めの日の明け方、マグダラのマリヤと、ほかのマリヤが墓を見に来た。(マタイの福音書28章1節)
 すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りてきて、石をわきへころがして、その上にすわったからである。(2節)
 その顔はいなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。(3節)


 福音書のクライマックス、イエス・キリストの復活は、また劇的な場面から始まります。
 十字架刑の三日後、女たちがイエス様の墓に行ったのです。目的はご遺体に香油を塗ることでした。ユダヤの風習は、火葬や土葬ではありません。洞穴の壁を棚にうがった場所に遺体を置いておくのです。日本などより乾燥した気候であっても、三日目には臭いがするので、香油を塗ったのでしょう。

 
 三日後のイエス様の復活については、四つの福音書すべてが記録しています。記者によって多少の記述の違いはありますが、共通しているのは、主のみつかいによって、墓の入り口の石が転がされて墓が開いたこと。みつかいは女たちに話しかけたこと。番をしていたローマ兵が仰天して逃げたことです。

 じつは、石のふたは大変大きなもので重く、溝の上を転がして穴をふさぐようになっていました。これは女たちだけでは動かないうえ、内側からは転がせないようになっていました。
 
 顔はいなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった「みつかい」を見た番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった、とあります。


 すると、御使いは女たちに言った。「恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエス様を捜しているのを、私は知っています。(5節)
 ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。(6節)
 急いで行って、お弟子たちにこのことを知らせなさい。イエスが死人の中からよみがえられたこと、そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれ、あなたがたは、そこで、お会いできるということです。では、これだけはお伝えしました。」(7節)
 そこで、彼女たちは、恐ろしくはあったが大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った。(8節)
 すると、イエスが彼女たちに出会って、「おはよう」と言われた。彼女たちは近寄って御足を抱いてイエスを拝んだ。(9節)
 イエスは言われた。「恐れてはいけません。行って、わたしの兄弟たちに、ガリラヤに行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのです。」(10節)


 女たちはどれほど喜んで、この伝言を伝えに弟子たちの元へ走ったことでしょう。
 
 ☆☆☆☆


 女たちが行き着かないうちに、もう、数人の番兵が都に来て、起こったことを全部、祭司長たちに報告した。(11節)
 そこで、祭司長たちは民の長老たちとともに集まって協議し、兵士たちに多額の金を与えて、(12節)
 こう言った。「『夜、私たちが眠っている間に、弟子たちがやってきて、イエスを盗んで行った』と言うのだ。(13節)
 もし、このことが総督の耳に入っても、私たちがうまく説得して、あなたがたに心配をかけないようにするから。」(14節)
 そこで、彼らは金をもらって、指図されたとおりにした。それで、この話は広くユダヤ人の間に広まって今日に及んでいる。(15節)
 

 
 イエス・キリストの復活は、イエス様の弟子たち以上に、イエス様を十字架に架けたユダヤ教の祭司や長老たちにとって、青天の霹靂でした。
 彼らは、イエス様を十字架に架けるときから、後ろめたさや恐怖はあったでしょう。イエス様が無実であることは、彼らにもわかっていました。民衆の間に、絶大な人気をあったのも承知していました。キリスト(救い主)であるとか、まして、神の子であるなどとは認めたくなかったでしょうが、イエス様が、下は罪人と言われるような下層の人間から、上は、国会議員や金持や祭司階級の人々の間にも、信頼と人気があるのはわかっていました。

 イエス様が復活したとなると、民衆が暴動を起こし、彼らユダヤのエリートたちの立場が揺らぐ可能性がありました。
 それで、彼らは、番兵たちに多額の金を与えて、弟子たちが死体を盗んだと言うよう、懐柔したのです。


 いっぽう、弟子たちは、復活のイエス様に会ったとき、ひざまずいて礼拝しました。それでも、弟子たちも、信じきれなかったのです。
 
 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。(18節)
 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、(19節)
 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(20節)



 「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」は、私たちクリスチャンの希望です。まさに、主イエスは復活されて、今も私とともにいて下さるので、私は、こんなに平安なのです。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

Coffee Break241 二度目の人口調査(民数記26章)



 
 イエス・キリストの降臨(クリスマス)と、十字架上での死と復活(イースター)は、アダムとエバが罪を犯して楽園を追放された直後から、神が計画されていた「救い」の実現でした。
 この神ご自身が救い主となって地上に来られ、人としてみずから犠牲となって、私たちの罪を贖ってくださったという事実に、私たちは、クリスマスを歓び、また復活をお祝いするのです。

 この感動は、旧約聖書を読むことでいっそう意味が深くなると思います。


 天地万物を創造された神は、創世記12章で、アブラハムを召し出されました。

「あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、
 あなたの名を大いなるものとしよう。
 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、
 あなたをのろう者をわたしはのろう。
 地上のすべての民族はあなたによって祝福される。」(創世記12章1節〜3節)
 


 神がこのようにして選び、慈しんで育成されたのがアブラハムの子孫・イスラエル民族でした。彼らは数を増やし、エジプトからカナンに移され、カナンで国を建てました。しかし、神の選びの民として、数々の試練と苦難によって信仰を精錬させられていくのです。
 その過程は、民数記25章までを読んできただけでも、厳しく苦いものに満ちていたのがわかります。


 ☆☆☆☆
 

 民数記25章では、モアブの娘たちと通じて、偶像礼拝をした男たちがたくさん殺される悲劇がありました。また、ミディアンの娘を宿営地に連れ込んで、祭司エリアザルの子ピネハスに殺されたシメオン人のサルの子ジムリの物語も、その部分だけ取り上げれば、若い男女の愛の悲劇と言えなくありません。
 もし、イスラエルが救いの計画に選ばれた民でなければ、このようなことは見過ごされたのかもしれません。

 イスラエルが、とくべつな使命を与えられた民族だったからこそ、神は、小さな遊牧民の族長の子孫を、大きな民族に育て、さまざまな奇蹟とふしぎな神の力で、エジプトから連れ出し、荒野で養ってカナンまで導いてくださったのです。

 ☆☆☆☆ 


 シティムでの大きな悲劇の後、神はモーセと祭司アロンの子エリアザルに命じて、仰せられました。

「イスラエル人の全会衆につき、父祖の家ごとに二十歳以上で、イスラエルにあって軍務につくことのできる者すべての人口調査をせよ。」(民数記26章2節)

 人口調査は、民数記1章で一度、行なわれています。その時の人口と二度目の人口を並べてみます。


 父祖の名   一回目の調査時の家の頭と人口       二度目の調査時の人口     


●ルベン    →エリツェル ・・・・・四万六千五百人    四万三千七百三十人
●シメオン   →シェルミエル・・・・・五万九千三百人    二万二千二百人
●ユダ      →ナフション ・・・・七万四千六百人    七万六千五百人
●イッサカル  →ネタヌアル ・・・・・五万四千四百人    六万四千三百人
●ゼブルン   →エリアル  ・・・・・五万七千四百人    六万五百人
●エフライム  →エリシャマ ・・・・・四万五百人     三万二千五百人
●マナセ    →ガムリエル ・・・・・三万二千二百人    五万二千七百人
●ベニヤミン  →アビダン  ・・・・・三万五千四百人    四万五千六百人
●ダン      →アヒエゼル ・・・・六万二千七百人    六万四千四百人
●アシェル   →バグイエル ・・・・・四万一千五百人    五万三千四百人
●ガド      →エルアサフ ・・・・四万五千六百五十人  四万五百人
●ナフタリ    →アヒラ   ・・・・五万三千四百人    四万五千四百人
  
総数 ・・・・・・・・・・・・・六十万三千五百五十人    六十万千七百三十人



 総数は、二十歳以上のイスラエル人で、男子。軍務につくことができるものとなっていますので、女性や子供、軍務につけない病人や老人は数えられていません。


 また、二度目の人口調査は、カナンでの割り当て地を決める基礎になるものでした。
 かつて、パランの荒野で神につぶやいた民のなかで、第一回の人口調査の時に二十歳以上だったものは、エフネの子カレブとヌンの子ヨシュアを除いて、ひとりもカナンに入れないと宣告を受けたのです(民数記14章29節)
 とうぜん、この人口調査の時には、第一回の調査のとき、二十歳以上だったものは、カレブとヨシュア以外いなかったのです。





 
posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

Coffee Break242 女性の相続(民数記27章1節〜11節、36章1節〜6節)



 今の時代、女の子どもが家の財産を相続しても、だれもふしぎに思いません。子どもが女の子ばかりだったら、「家」の存続が危ういなどと危惧する人もいません。選挙の投票用紙は二十歳以上ならば、ご主人(と呼ばれている方)にも奥さんにも、おばあちゃまにも、まだ、親のすねをかじっている学生でも送られてきます。
 私たちはみんな、日本国民として、数を数えられる存在です。

 でも、これは歴史的に見ても、きわめて最近のことです。日本でも戦前までは、家督相続権というものがあって、財産は男の子、それもふつう、長男が継ぎました。女の子は親が特別に配慮して贈与してくれないかぎり、財産はないわけです。参政権もないし、働くにしても職場が限られていましたから、独立して家を立てて暮らすなど、思いもよらないことでした。

 もし、家に男の子がいない場合、家の家督は女の子に養子を取って、その家を継いでもらうという形で続いたのです。これは、男子に圧倒的な権威があった時代には、ある意味で名目と実権のねじれがあったのでしょう。養子は、「粉ぬか(米のぬか)三合あったら、なるものではない」と言われ、いっぽう、養子を取った女性は、一生、夫に気を使わなければならなかったのです。

 とくに、このような制度が守られたのは、江戸時代の武家社会の制度と、土地に縛られた農民でした。武家社会では、上は将軍家・大名から、下は足軽まで、男の子でなければ世襲の仕事を継げないのです。大名家などは、跡継ぎがなければ、改易(お取り潰し)なのですから、家来まで含めた、何千人もの死活問題です。
 その名残で、封建制度が終っても、家督は男の子が継ぐという法律が、それに代わって生きていたのです。
 「さとう家の娘」と「さいとう家の息子」が結婚して、さいとうを名乗って、さとう家の田を耕しても良いではないかと思われるようになったのは、かなり最近のことです。家督が財産だけでなく、先祖の供養や家の墓の継承と結びつけて考えられていたため、家名にこだわったことも大きかったのでしょう。


☆☆☆☆

 さて、ヨセフの子マナセの一族のツェロフハデの娘たち──ツェロフハデはヘフェルの子、ヘフェルはギルアデの子、ギルアデはマキルの子、マキルはマナセの子──が進み出た。娘たちの名はマフラ、ノア、ホグラ、ミルカ、ティルツァであった。(民数記27章1節)
 彼女たちは、モーセと、祭司エリアザルと、族長たちと、全会衆との前、会見の天幕の入り口に立って言った。(2節)
「私たちの父は荒野で死にました。彼はコラの仲間と一つになって主に逆らった仲間には加わっていませんでしたが、自分の罪によって死にました。彼には男の子がなかったのです。(3節)
 男の子がなかったからといって、なぜ私たちの父の名がその氏族の間から削られるのでしょうか。私たちにも、父の兄弟たちの間で所有地を与えてください。」(4節)


 これは、今から見ると、とうぜんの申し出です。カナンでの土地をそれぞれの部族氏族家族に与えられる時に、人口調査で頭数を数えられた男だけに与えられたら、男親がすでに死に、女の子しかいない家族は、土地がないことになります。
 これは、マナセの一族のツェロフハデの娘たちが申し出たのですが、じっさいには、このような家族は、ほかにもいたに違いありません。
 
 モーセはさっそく、彼女たちの訴えを主の前に出します。お伺いを立てたわけです。

 主は、ツェロフハデの娘たちの言い分をお認めになりました。
 同時に、男の子がいないほかのケースについても、カナンでの相続地を与えるようにと命じられました。また、娘もいない──子供のいない家に対しては、その相続地を兄弟たちに与えること、兄弟もいない場合は、その父の兄弟たちに与えるよう、その父の兄弟たちもいない時には、その相続地を「彼の氏族の一番近い血縁のものに与え、受け継がせるように」決められました。


 しかし、これに対し、のちに条件がつきます。

 ヨセフ族の一つ、マナセの子マキルの子ギルアデの氏族に属する諸家族のかしらたちが進み出て、モーセとイスラエル人のかしらに訴えて、(民数記36章1節)
 言った。「主は、あの土地をくじによってイスラエル人に相続地として与えるように、あなたに命じられました。また、私たちの親類ツェロフハデの相続地を、彼の娘たちに与えるように、あなたは主に命じられています。(2節)
 もし彼女たちが、イスラエル人の他の部族の息子たちにとついだなら、彼女たちの相続地は、私たちの父祖の相続地から差し引かれて、彼女たちがとつぐ部族の相続地に加えられましょう。こうして、私たちの相続の地所は減ることになります。(3節)



 独身の女性がマナセ族以外の男と結婚する場合、全体としてみると、マナセ族の土地が、ほかの部族の土地になってしまうことを心配しているのです。
 そこで、主は仰せになるのです。

 「彼女たちは、その心にかなう人にとついでよい。ただし、彼女たちの父の部族に属する氏族にとつがなければならない。」(6節)

 同族の者たちから横槍が入った格好ですが、結婚は、やはり、社会の利害関係や制度に拘束されるようです。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月28日

Coffee Break243 モーセの解任とヨシュアの叙任(民数記27章12節〜23節)

 

 ついで主はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエル人に与えた地を見よ。(民数記27章12節)
 それを見れば、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたように、あなたの民に加えられる。(13節)
 
 「あなたの民に加えられる」とは、聖書の中では、死ぬことの慣用的な言い方です。すでに死んだ先祖たちの中に入るのです。私たちは、一足先に、アロンが死んだ記事を読みました。(民数記20章23節〜29節)


 そして、いま、神は、モーセにも、終わりが近づいたことをお告げになったのです。これは、モーセの寿命の終わりですが、同時に、民のリーダーとしての役割の終焉です。
 その理由は、はっきりしています。ツィンの荒野で、民が水を求めた時、モーセとアロンは主の命じられたように、岩に命じて水を出さなければならないのに、杖で岩をたたいてしまったことでした。間違ったやり方でも、水は出たのですが、主はそのとき、仰せになったのです。

「あなたがたはわたしを信用せず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。それゆえ、あなたがたは、この集会を、わたしが彼らに与えた地に導きいれることはできない。」(民数記20章12節)

 モーセは、もとより、覚悟ができていました。モーセの心配は、自分の死後、リーダー不在になることだけだったと思われます。

 そこで、主にお伺いを立てるのです。

「すべての肉なるもののいのちの神、主よ。一人の人を会衆の上に定め、(16節)
 彼が彼らに先立って出て行き、彼らの先立って入り、また彼らを連れ出し、彼らを入らせるようにしてください。主の会衆を、飼う者のいない羊のようにしないでください。」(17節)
 
 主はモーセに仰せられた。「あなたは神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを取り、あなたの手を彼の上に置け。(18章)
 彼を祭司エリアザルと全会衆の前に立たせ、彼らの見ているところで任命せよ。(19節)


 モーセの後継者は、主によって、ヌンの子ヨシュアと決められました。
 ヨシュアは、イスラエルの民が、初めて、荒野で、遊牧の民アマレクに攻められた時、モーセが指揮官に選んだ若者でした。(出エジプト記17章) その後、モーセの部下として陰のようにつき従い、十戒を受けるため、モーセがシナイ山に入ったときも、聖域ぎりぎりのところまでモーセの供をしています。(出エジプト記24章12節13節)

 ヨシュアは、また、十二人の斥候の一人としてカナンを偵察に行ったとき、エフネの子カレブとともに、その地を取ることができると、積極的な見解を出しました。ほかの十人は、カナン人が大柄なことやその町の城壁が堅固なことなどから、カナンに入ることはできないと、悲観的な意見を述べ、民を失望させ、主の怒りを招きます。


 神は続けて仰せになります。

 あなたは自分の権威を彼(ヨシュア)に分け与え、イスラエル人の全会衆を彼に聞き従わせよ。(民数記27章20節)

 モーセは主が命じられたとおりに行なった。ヨシュアを取って、彼をエリアザルと全会衆の前に立たせ、(22節)
 自分の手を彼の上に置いて、主がモーセを通して告げられたとおりに彼を任命した。(23節)
 

 このようにして、神様は、エジプト脱出以来、民を指揮してきた預言者モーセを解任され、ヨシュアを叙任されたのです。
 




posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

Coffee Break244 ヨシュアの立場(民数記27章18節〜23節)




 指導者を選出すると言うのは、どのような社会でも、どのような時代でも、一大事件です。人間は群れを成すものであり、その集団は指導者なしには成り立たないからです。
 だれが指導者かによって、国や国民の命運が決まることは珍しくなかったでしょう。
 
 これは現代を生きる私たちにとっても、古代社会の人たちにも適用されることです。聖書の出エジプト記を見るなら、出エジプトの成功は、リーダーがモーセだったことに尽きます。正確に言うと、神が召されたモーセだったことです。

 モーセは手を挙げて、イスラエルの民六十万人のリーダーとして立候補したのではありません。彼が弁舌が巧みで、武術や腕力があり、また私設の軍隊や、取り巻きの部下をもっていたのでもありません。
 彼は生まれた場所・エジプトから逃亡して、異邦の民の中に隠れ住んでいました。若くもなく、内気で口下手な羊飼いでした。若いときには同胞のイスラエル人のために罪を犯すだけの正義感がありましたが、もはや、その民のために、故郷エジプトに戻って、大きな働きをしたいといった野心ももっていませんでした。

 そのような寡黙で素朴な羊飼いの男に、アブラハム・イサク・ヤコブの神・主が、声をお掛けになり、彼を召し出されたのです。
 神は、ご自分の召し出したモーセに最大のサポートを約束され、じっさいあらゆる神のみわざを現して、イスラエルの民を救い出されたのです。
 問題が起こるとモーセに叫ぶ民は、モーセでなければありえなかった神のサポートを目にしても、しばしばモーセに逆らい、モーセを怒らせ、悩ませました。それでも、民のモーセへの信頼は、絶大なものだったでしょう。でなければ、四十年の間に、イスラエルは砂漠の中で消え去っていたでしょう。

 そのモーセにも「解任のとき」が来たのです。

 
 あなたは、自分の権威を彼に分け与え、イスラエル人の全会衆を彼に聞き従わせよ。(民数記27章20節)
 彼は祭司エリアザルの前に立ち、エリアザルは彼のために主の前でウリムによるさばきを求めなければならない。ヨシュアと彼とともにいるイスラエルのすべての者、すなわち全会衆は、エリアザルの命令によって出、また、彼の命令によって、入らなければならない。(21節)
 モーセは主が命じられたとおりに行なった。ヨシュアを取って、彼をエリアザルと全会衆の前に立たせ、(22節)
 自分の手を彼の上に置いて、主がモーセを通して告げられたとおりに彼を任命した。(23節)

 
 この場面は、モーセが召命を受けた時とはまるで違っています。モーセはホレブの山で神に呼ばれて、神の声を聞いたのです。彼が召しを受けた場面をだれも見ていないことを、モーセ自身も心配しました。(出エジプト記4章1節)


 カナン入りを目前にして、神はヨシュアのリーダーとしての立場が、民の見える形で、叙任されました。
 モーセが神の声を聞いて選んだヨシュアでしたが、もう一度大祭司エリアザルにウリムで占わせました。つまり、ヨシュアの認証には、ふたりの証人がいたのです。しかも、リーダーのヨシュアの上に立つ権威として、大祭司エリアザルを置かれたのです。これは、イスラエルが神政政治国家なのだから、当然のことなのです。
 
 ヨシュアは軍の指揮官でしたが、自分の手にある軍隊でさえも、大祭司の許可なく動かしてはいけないのです。

☆☆☆☆

 このイスラエルの神政政治制度が崩れたのは、民が王制を求めるようになった時です。(Tサムエル記8章6節)
 ヨシュアの時代から、四百五十年ほど後、イスラエルの民は預言者サムエルに自分たちの王を求め、サムエルは第一代目の王サウル、二代目の王ダビデに油をそそぎました。

 ヨシュアは、いよいよカナンに入るという大事な時期に、神から大きな役目を任されたのですが、後の王のように、「油をそそがれた」リーダーではありませんでした。






 
posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月30日

Coffee Break245 カナン入りの準備(民数記31章)



「あなたはアロンと、その子エリアザルを連れてホル山に登れ。
 アロンにその衣服を脱がせ、これをその子エリアザルに着せよ。アロンは先祖の民に加えられ、そこで死ぬ。」(民数記20節25節26節)


 これは、アロンが死ぬときの聖書の記事です。モーセは、主が命じられた通り行い、イスラエルの全会衆が見送る中、彼らはホル山に登ります。そこで、モーセはアロンの衣服(大祭司の正装)を脱がせ、アロンの息子のエリアザルに着せるのです。

 そして、アロンはその山の頂で死んだ。モーセとエリアザルが山から降りて来たとき、全会衆はアロンが息絶えたのを知った。そのためイスラエルの全家は三十日の間、アロンのために泣き悲しんだ。(27節〜29節)のです。

 モーセの「退場」は、アロンの最期のように、そっけないものではありません。
 なんといっても、「出エジプト」はモーセの存在なしには、考えられない出来事でした。その出エジプトを完遂し、ヨシュアがカナンに入る前にできるかぎりの準備を整えて、バトンを渡す必要があったのです。

 民数記では、モーセからヨシュアへの交代が全会衆に宣言されてから、まだ、モーセがさまざまな「仕事」をしています。
 ミディアンの女たちとイスラエルの男たちの間に起きた事件、それにともなう偶像崇拝への神罰で二万四千人が死んだ出来事。二度目の人口調査の結果に対する対応。また、女ばかりの家族に対する割り当て地に対するおきて。カナンに入った時のささげ物規定の追加など、カナンに入る前に、解決しておかなければいけない問題が残されていました。

☆☆☆☆


 民数記31章は、ミディアン人とのいくさについて記しています。

 
 主はモーセに告げて仰せられた。(民数記31章1節)
 「ミディアン人にイスラエル人の仇を報いよ。その後あなたは、あなたの民に加えられる。」(2節)
 
 モーセは部族ごとに千人ずつをいくさに送った。祭司エリアザルの子ピネハスを、聖具と吹き鳴らすラッパをその手に持たせて、彼らとともにいくさに送った。(民数記31章6節)
 彼らは主がモーセに命じられたとおりに、ミディアン人と戦って、その男子すべてを殺した。(7節)
 彼らはその殺した者たちのほかに、ミディアンの王たち、エビ、レケム、ツル、フル、レバの五人の王たちを殺した。彼らはベオルの子バラムを剣で殺した。(8節)
 イスラエル人はミディアン人の女、子どもをとりこにし、またその獣や、家畜や、その財産をことごとく奪い取り、(9節)
 彼らの住んでいた町々や陣営を全部火で焼いた。(10節)
 そして人も獣も、掠奪したものや分捕った物をすべて取り、(11章)
 捕虜や分捕ったもの、掠奪した物を携えて、エリコの近いヨルダン川のほとりのモアブの草原の宿営にいるモーセと祭司エリアザルとイスラエル人の会衆のところに来た。(12節)



 アマレクとの戦いに苦戦した、かつての弱いイスラエルとは思えない、圧倒的な勝利でした。
 しかし、モーセは、戦勝報告をした指揮官たち、千人隊長や百人隊長に対して、怒ったのです。彼らがミディアンの女たちを、全部生かしておいたからです。
 この戦いは、ミディアン人が、女を使ってイスラエルの男たちを誘惑し、結果として二万四千人が死ぬ事件が起こった、その報復の戦いと位置づけられているのです。イスラエル人の神罰の原因になった女たちを生かしておいてはならないというわけです。
 女でも男を知らない処女は(誘惑にかかわらなかったので)、生かしておいてもよいとされています。
 ただし、子どもでも、男の子の殺害は、命じられています。

 その上で、戦士たちは、七日間、宿営の外にとどまることを命じられます。その理由は、人を殺したもの、殺されたものに触れたものは、汚(けが)れていると見なされたからです。彼らが身につけていた衣服、皮製品、やぎの毛で作ったもの、木製品はすべてきよめなければならない、のです。
 
 戦争に行けば、人を殺し、また死体に触れるのは当たり前です。それらは汚れであり、悪であるとわかっていてもいくさに行かなければならないのが、世を生きる人間なのでしょうか。
 
 ともあれ、こうして、モーセは次の指揮官ヨシュアのために、カナン入りに向けて、一歩一歩、準備をするのです。





 
posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。