2011年04月03日

Coffee Break220 カディシュにて(民数記20章) 


 

 イスラエル人の全会衆は、第一の月にツィンの荒野に着いた。そこで民はカディシュにとどまった。ミリヤムはそこで死んで葬られた。(民数記20章1節)

 イスラエルの民は、長くバランの荒野にとどまっていたようです。そこを出て、ツィンの荒野の南端ガディシュという地点に入ったのが、「第一の月」というわけです。正確に今から何年前のことだったかはわかりません。
 
 この記述で、注目すべきは、「ミリヤムがそこで死んで葬られた」ことです。同じ20章28節では、もう一人の重要な人物アロンの死が記されています。

 ミリヤムは少女だった時、死ぬべき運命だった赤ん坊のモーセを、機転で救ったモーセの姉です。アロンは、モーセが預言者となって、同胞イスラエルの民を脱出させる時に、口の重いモーセのことばを、民に取り次いだモーセの兄です。二人はモーセに対立するようなこともありましたが、ミリヤムもアロンも、ともにモーセの働きのために欠かせない人物でした。
 この二人の死が記録されるということは、出エジプトからカナンへの旅が、終局に近づいたことを意味しています。

☆☆☆☆


 ツインの荒野の先(北側)が待ちに待ったカナンです。まもなく、約束の地に入ることができるのです。民の心は熱く燃えたでしょうか。
 残念ながら、相変わらず不満と愚痴とあてつけを言って、モーセを困らせています。

 ところが会衆のためには水がなかったので、彼らは集まってモーセとアロンに逆らった。(民数記20章2節)
 民はモーセと争って言った。「ああ、私たちの兄弟たちが主の前で死んだとき、私たちもしんでいたのなら。(3節)
 なぜ、あなたがたは主の集会をこの荒野に引き入れて、私たちと、私たちの家畜をここで死なせようとするのか。(4節)
 なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから上らせて、この悪いところに引き入れたのか。ここは穀物も、いちじくも、ぶどうも、ざくろも育つような所ではない。その上、飲み水さえない。(5節)

  
 エジプト出てきて、葦の海の奇蹟を経験し、歓呼の歌を歌い、タンバリンを打ち鳴らしてシェルの荒野を三日間歩いたあと、彼らは「飲む水がない」とモーセに不平を言いました。(出エジプト記15章22節〜25節)
 同じ不満を民は、何度繰り返したでしょう。

 食べ物と飲み物は、人間が生きるためのいちばん基本的な必要とはいえ、そのたびに、「エジプトにいたらよかった。飢え死にさせるために連れ出したのか」と聞かされるモーセは、どれほど腹立たしかったでしょう。それ以上に、イスラエルの民の「助けて下さい」という叫びに答えて、彼らを救い出された神の御心はどんなだったでしょう。物分りの悪い子ども、あるいは、子どものように不満を夫にぶつけて、なじる妻の姿と見えなくはありません。シナイ契約は、アブラハム・イサク・ヤコブの神とイスラエルの民との結婚にもたとえられるのですから、その観点で見ると、イスラエルの民は、あまり「聡明な」妻とは言えないですね。

 モーセが、水のことで、また神にひれ伏したので、神はモーセに指示をお与えになります。

「杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。あなたは彼らのために岩から水を出し、会衆とその家畜に飲ませよ。」(民数記20章8節)

 そこで、モーセは杖を取り、岩の前に会衆を召集しました。

 モーセは手を上げ、彼の杖で岩を二度打った。すると、たくさんの水がわき出たので、会衆もその家畜も飲んだ。(11節)
 しかし、主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なるものとしなかった。それゆえ、あなたがたは、この集会を、わたしが彼らに与えた地に導きいれることはできない。」(12節)


 主は、岩に命じれば岩は水を出すと仰せになったのです。ところが、モーセは岩を杖で打ったのです。結果としては、このやり方でも水は出たのですが、主は、命じたやり方をしなかったことをお咎めになりました。モーセが岩を叩いたのは、以前、レフィディムで
岩を叩いて水を出したときの体験から、思わず体が反応したのかもしれません。(出エジプト記17章4節〜6節)

 その結果、モーセもアロンも共に、民を率いてカナンに入ることはできないと宣告されてしまうのです。
 それにしても、神の基準の、なんという厳しさでしょう。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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