2011年04月12日

Coffee Break229 のろいと祝福(民数記22章36節〜23章10節)




 バラムが来たと聞いて、バラクは国境のアルノンのイル・モアブという所まで、バラムを迎えに出てきました。

 バラクはバラムに言った。
「私はあなたを迎えるために、わざわざ使いを送ったではありませんか。なぜ、すぐ私のところに来てくださらなかったのですか。ほんとうに私にはあなたを手厚くもてなすことができないのでしょうか。」(民数記22章36章)
 バラムはバラクに言った。
「ごらんなさい。私はいまあなたのところに来ているではありませんか。私に何が言えるでしょう。神が私の口に置かれることば、それを私は語らなければなりません。」(38節)


 このやり取りは、いまの日本人の感覚からすると、ちょっとおもしろいですね。招待するバラクは、客の到着が遅いので、やきもきした気持ちを、「なぜ遅れたのですか。私が歓待するのを信じることができなかったのですか。」と言っているのです。一方、招待を受けた側(バラム)は、「私は今ここに来ているではありませんか。これ以上なにが言えるのですか。」
 暗に、神様の指示通りに行動したのだと、ほのめかしています。

 現代の私たちなら、理由はなんであり、次のような社交辞令であいさつすることでしょう。
「いらっしゃるのが遅いので、道中何か悪いことでもあったのかと心配しました。お待ち申しておりました」
「いえいえ。こちらこそ、来るのが遅れて申しわけありません」


☆☆☆☆

 バラクは準備していた場所に、バラムを連れて行きました。
 そこには、すでに犠牲の牛と羊とが用意されていました。バラクはそれをいけにえとしてささげ、バラムやバラクの家臣たち(モアブのさばきつかさたち)にもふるまいました。
 この犠牲のささげ方は、イスラエルの祭祀儀礼では、「和解の犠牲」に近いように見えます。全焼のいけにえなら、煙になるまで焼き尽くすので食べることはできないからです。
 犠牲をささげる儀式は似ていても、イスラエルの祭祀儀礼ほど厳格な決まりはなかったのかもしれません。

 翌朝、バラクはバラムを、バルテ・バアルと呼ばれる丘の上に連れて行きました。そこからは、モアブの平原に宿営しているイスラエルの民が見えました。

 バラムはバラクに、七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊をここに用意してくださいと言いました。(23章1節)
 バラクはもちろん、言われたとおりのものを用意しました。そこでバラムは一つの祭壇に一頭の雄牛と雄羊をささげます。
 その上で、バラクに、「あなたはあなたの全焼のいけにえのそばに立っていなさい。たぶん主が現れて下さると思います。そうしたら、主の言われることをお話ししましょう」と言って、自分は裸の丘の上に上って行くのです。
 
 神がバラムに会われたので、バラムは神に言った。
「私は七つの祭壇を作り、ぞれぞれの祭壇の上で、それぞれ雄牛一頭と雄羊一頭をささげました。」(23章4節)
 主はバラムの口にことばを置き、そして言われた。
「バラムのところに行き、あなたはこう言わなければならない。」(5章)



 バラクは彼の家臣たちと、全焼のいけにえのそばに立って待っています。

 戻ってきたバラムは、口を開きました。
 神がバラムの「口に置かれた」ことばは、バラクにとっては思いもよらない「託宣」でした。
 バラムはイスラエルをのろうどころか、祝福したのです。
 
 

posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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