2011年05月01日

Coffee Break246 ミディアン人との戦い(民数記31章)



 主はモーセに告げて仰せられた。(民数記31章1節)
「ミディアン人にイスラエル人の仇を報いよ。その後あなたは、あなたの民に加えられる。」(2節)


 ミディアン人との戦いについて、少し書き加えます。
 
 民数記25章で、イスラエルの男たちを誘惑したのは「モアブの娘たち」と書かれています。また、二万四千人が殺された悲劇のあとに、シメオンの家のジムリが連れて戻ってきた女は、ミディアン人だということです。
 これは、モアブに住む民を、人種や部族で区別していないために、このような二つの呼び名が使われています。

 ミディアン人とは、アカバ湾の西側の砂漠地帯からモアブ、さらにその北まで広く遊牧をしながら行き来していた遊牧民を指すようです。
 旧約聖書ではアブラハムが、サラの死後にめとった妻ケトラとの間にもうけた子孫とされています。(創世記25章2節)
 いっぽうモアブは、アブラハムの甥ロトの血筋です。(創世記19章37節) 民数記25章でイスラエルの民を誘惑したのは、モアブ人を含めたモアブに住むミディアン人だったのでしょう。

 聖書では、イスラエルがカナンに定着したあとにも、ミディアン人が侵入してきたため、戦争になっています。この戦いでは、ギデオン協会の名前の由来になった士師ギデオンが登場します。(士師記6章7節)

 
☆☆☆☆

 主はモーセに次のように言われた。(民数記31章25節)
「あなたと、祭司エリアザルおよび会衆の氏族のかしらたちは、人と家畜で捕虜として分捕ったものの数を調べ、(26節)
 その分捕ったものをいくさに出て取って来た戦士たちと、全会衆の間に二分せよ。(27節)
 いくさに出た戦士たちからは、人や牛やろばや羊を、それぞれ五百に対して一つ、主のためにみつぎとして徴収せよ。(28節)」

 
 このあと、31章の終わりまで、戦利品・分捕りものと、その分配について書かれています。

 捕虜や家畜は、全会衆と戦士たちとの間で二分せよと言うわけです。戦士は、一万二千人、残りの会衆は、人口調査時の六十万千七百三十人から増減がないと考えても、五十九万九千七百三十人ですから、戦争に行ったものと行かなかったものの受け取る分け前は、相当開きがあります。
 これは、戦争が命を張った衝突であったのはもちろんですが、当時は、装備や食料まで自分で用意したので、戦利品が経費や褒賞の役割を果たしたのでしょう。
 祭司ピネハスと、聖具をいっしょに運んだレビ人は、軍団とともに戦いに出たのですから(民数記31章6節)、祭司やレビ人に分け前を与えるのはとうぜんでした。


 軍団の指揮官たち、すなわち千人の長、百人の長たちがモーセのもとに進み出て、(31章48節)
 モーセに言った。「しもべどもは、部下の戦士たちの人員点呼をしました。私たちのうちひとりも欠けておりません。」(49節)
 


 戦争が徹底的な殲滅を目的としたものだったにしては、味方はほとんど無傷だというのです。奇跡的な勝利と言わなければならないでしょう。
 それで、戦士たち自身がモーセに申し出ました。

「それで、私たちは、おのおのが手に入れた金の飾り物、すなわち腕飾り、腕輪、指輪、耳輪、首飾りなどを主へのささげ物として持って来て、主の前での私たち自身の贖いとしたいのです。」(50章)

 主に供えた奉納物の金は全部で、一万六千七百五十シュケルありました。
 現代のお金に換算して、九千万円以上になります。(リビングバイブルより)




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2011年05月02日

Coffee Break247 カナンへの道(民数記25章、31章)



 民数記31章のミディアン人との戦いは、25章の事件に端を発しています。イスラエルの民がシティムのとどまっていたときに、モアブの娘たちとみだらなことをし始めたことです。それだけなら、たんなる「不品行」です。イスラエルのおきてでも、不品行だけなら、相手の女性が未婚なら、しかるべきお金を払うか、結婚してしまえばよかったのです。しかし、娘たちがイスラエルの民を招いて自分たちの神々を拝ませたことが、問題だったのです。これは、ただちに、偶像礼拝を意味していました。
 たちまち、主の怒りが燃え上がったのです。


 これを、モアブの側から見ると、イスラエルの男たちを性的に誘惑するだけなら、意味がないわけです。
 モアブは、ヘシュボンやパシャンに勝って、自分たちの領地にまで入り込んできたイスラエルを怖がっていました。そこで、イスラエルをのろってもらうために、霊能者バラムを招いたのですがうまくいきませんでした。
 女たちがイスラエルの民を誘惑したのは、モアブの次なる作戦だったのです。

 何度も書きますが、イスラエルはアブラハム・イサク・ヤコブの神への信仰によって建てられた国です。国とはいえ、領土がなく、いわば同じ神への信仰が国境です。ですから、ほかの神々が侵入してくるのは、国境を破られるのにも等しいのです。、
 モアブは、武器で戦って勝てそうもないので、この国家の見えない国境を破ろうとしたのです。
 
 まんまと敵の作戦に乗せられて、モアブの神々を拝んだ男たちは、それゆえ、殺されたのです。
 「殺せ」と命令したモーセや、じっさいに配下の者を殺した民のかしら、また、全イスラエル人が、そのあと、会見の天幕の入口で泣いた(民数記25章6節)のは、敵に国境を破られ、大きな損害を受けたからでしょう。
 
 ☆☆☆☆
 
 ただ、25章の危機と31章の報復の戦いとの結びつきには、少し、違和感を覚えるのは、私だけでしょうか。
 目に見えない「神政政治国家」の戦いにしては、その戦果が、あまりに、目に見える「具体的な記述」です。
 「敵の男子をすべて殺した」「五人の王を殺した」「男の子どもとイスラエル人を誘惑したと思われる女たちを殺した」と書かれています。
 分捕りものの数も、まるで帳簿にあるように詳しく記されています。戦利品の分け方も具体的です。

 しかも、分け方の具体的な指示を、主みずからしておられるのです。
 
 
 主はモーセに次のように言われた。(民数記31章25節)
「あなたと、祭司エリアザルおよび会衆の氏族のかしらたちは、人と家畜で捕虜として分捕ったものの数を調べ、(26節)
 その分捕ったものをいくさに出て取って来た戦士たちと、全会衆の間に二分せよ。(27節)
 いくさに出た戦士たちからは、人や牛やろばや羊を、それぞれ五百に対して一つ、主のためにみつぎとして徴収せよ。(28節)」



 エジプトを出てから四十年間、イスラエルは荒野をさまよう貧しい集団でした。その旅路は、渇きと飢えのなかにありました。その民が、ようやく力をたくわえてきて、三つの戦いに勝ちました。さらにカナンを勝ち取るための、資金や軍備が必要なところです。

 それにしても、イスラエルがカナンを得るプロセスは、楽なものではありませんでした。


 「これが、アブラハムに約束された神の祝福なの」と、思われる人もいるかもしれません。
 もとより、神様はこのようなことをすべてご存知の上、アブラハムに約束されたのでしょう。祝福は、すでに準備されていたのです。

 いま、完成した聖書を読ことができる私たちには、さいわいにも、それがわかるのですが。







 

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2011年05月03日

Coffee Break248 ルベン族とガド族(民数記32章) 




 集団の危機が一段落して将来が見えてくると、人はそれぞれ自分の利益を考え始めます。
 イスラエルの民も同じでした。ヨルダン川東岸の国々を制圧し、いよいよヨルダン川を渡ってカナンに攻め入る時が近づいてきたときのことです。


 ルベン族とガド族は、モーセと祭司エリアザルおよび会衆の上に立つ者たちのところに来て、次のように言った。(民数記32章2節)
「アタロテ、ディボン、ヤゼル、ニムラ、ヘシュボン、エルアレ、セバム、ネボ、ベオン。(3節)
 これら主がイスラエルの会衆のために打ち滅ばされた地は、家畜に適した地です。そして、あなたのしもべどもは家畜を持っているのです。」(4節)
 また、彼らは言った。「もし、私たちの願いがかないますなら、どうかこの地をあなたのしもべどもに所有地として与えてください。私たちにヨルダン川を渡らせないでください。」(5節)
 

 ルベン族とガド族は、イスラエルが攻め取ったヤゼルとギルアデが牧畜に適した土地なので、モーセにその地を下さいと申し出たのです。彼らはすでに、大変たくさんの家畜をもっていたのです。

 これを聞くと、モーセは怒りました。
「あなたがたの兄弟たちは戦いに行くのに、あなたがたは、ここにとどまろうとするのか。」

 これは当然の反応です。主は、イスラエル十二部族を一つの国として導いて来られたのです。彼らは、全員が「神の選びの民」であり、そこから一部族たりとも、脱落することは許されないのです。
 苦しい荒野の生活のあと、やっとカナン攻めの前哨戦に勝ったと思ったら、「自分たちはここが欲しい」と言うのは、あまりに身勝手と、モーセには思えたのでしょう。

 モーセは、かつて、ガディシュ・バルモアから、カナンの偵察に十二人を派遣した話しを持ち出しました。そのとき、カナン攻めに消極的な意見だった十人の斥候に同調して、イスラエルの会衆はエジプトに帰ると言い出したのです。
 その結果、不平を言った世代は四十年間、荒野をさまよい、ついにカナンに入ることなく死に絶えたことを、彼らに思い出させました。


「今、あなたがた罪人の子らは、あなたがたの父に代わって立ち上がり、イスラエルに対する主の燃える怒りをさらに増し加えようとしている。(14節)
 あなたがたが、そむいて主に従わなければ、主はまたこの民を荒野に見捨てられる。そしてあなたがたはこの民すべてに滅びをもたらすことになる。」(15節)


 これを聞いたガド族とルベン族の者たちは、ふるえあがったことでしょう。彼ら自身が、その地に住むことが叶わないだけでなく、イスラエルのほかの部族も全員、神の前に、彼らと連帯の責任をかぶって滅びるというのです。

 彼らは、モーセに言います。

 私たちはここに家畜のために羊の囲い場を作り、子どもたちのために町々を建てます。(16節)
 しかし、私たちは、イスラエル人をその場所に導き入れるまで、武装して彼らの先頭に立って急ぎます。私たちの子どもたちは、この地の住民の前で城壁のある町々に住みます。(17節)
 私たちは、イスラエル人がおのおのその相続地を受け継ぐまで、私たちの家に帰りません。(18節)


 彼らはギルアデで羊の放牧地を整備し、子どもや妻のために町を建てるが、壮年の男たちは武装して、ほかのイスラエル人とともにカナン征服のために戦うと誓うのです。
 
 モーセは納得し、祭司エリアザル、次のリーダーになるヌンの子ヨシュア、イスラエル人の部族のかしらたちを集めて命令を下します。

 「もし、ガド族とルベン族の戦いのために武装した者がみな、あなたがたとともにヨルダンを渡り、主の前に戦い、その地があなたがたの前に征服されたなら、あなたがたはギルアデの地を所有地として彼らに与えなさい。」(29節)

 申し立てたのは、ガド族とルベン族だけだったのですが、ヨセフの子マナセの子孫たちのうち、マナセの半部族と言われる者たちも、ヨルダン川東岸を与えられました。




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2011年05月04日

Coffee Break249 荒野の四十年の記録(民数記33章)




 死を前にしたモーセには、しなければならない仕事がたくさんありました。
 わけても、エジプトを出発してからモアブまでの、荒野の四十年間の移動地点を書きしるしておくよう、主のご命令がありました。

 モーセは主の命により、彼らの旅程の出発地点を書きしるした。その旅程は、出発地点によると次のとおりである。(民数記33章2節)

 記録の間に、出エジプト記から民数記までの対応する聖書箇所を書き込んでおきます。

●第1月、15日。過ぎ越しのいけにえをほふった翌日、イスラエル人はラメセスを出立。
●ラメセルから、スコテに行き宿営。(出エジプト記13章15節〜18節)
●スコテから出て、エタムに宿営。(20節)
●エタムから、バアル・ツェフォンの手前にある、ミグドルの手前で宿営。(14章2節)
●ビ・ハヒロテを通り、葦の海を通って荒野に向かう。エタムの荒野を三日ほど行ってマラに宿営。(15章9節〜)
●マラを旅立ち、エリムに宿営。エリムには十二の泉と七十本のなつめやしの木があった。(27節)
●エリムを旅立ち、葦の海のほとりに宿営。
●葦の海を旅立って、シンの荒野に宿営。(16章1節)
●ドフカから出立。アルシュに宿営。
●アルシュを旅立ちレフィディムに宿営。飲み水がなく、民は飢え渇く。(17章1節〜6節)
●レフィディムから旅立ってシナイの荒野に宿営。(19章1節2節)
●シナイの荒野から旅立って、キブロテ・ハタアワに宿営。(民数記10章11節12節、11章)
●キブロテ・ハタアワを出発。ハツィロテに宿営。(11章35節)

●ハツィロテを旅立って、リテマに宿営。(12章16節)
●リテマを旅立ってに宿営。
●リモン・ベレツを旅立って、リブナに宿営。
●リブナから、リサに宿営し、
●リサから、ケヘラタに宿営。
●ケヘラタから旅立って、シェフェル山に宿営。
●シェフェル山を出発、ハラダに宿営。
●ハラダを出発。マクヘロテに宿営。
●マクヘロテからタハテへ。
●タハテから、テラへ行き宿営。
●テラから、ミテカ。
●ミテカを旅立ち、ハシュモナに宿営。
●ハシュモナから出て、モセロテに宿営。
●モセロテから旅立って、ベネ・ヤアカンに宿営し、
●ベネ・ヤアカンを旅立って、ホル・ハギデガデに宿営。
●ホル・ハギデガデを旅立って、ヨテバタに宿営。
●ヨテバタを出て、アブロナに宿営し、
●アブロナから旅立って、エツヨン・ゲベルに宿営。
●エツヨン・ゲベルを旅立ってツィンの荒野・ガディシュに宿営。(民数記13章〜20章)
●ガディシュを旅立ってエドムの国の端にあるホル山に宿営。
祭司アロンはホル山に登ってそこで死んだ。イスラエル人がエジプトを出てから四十年目の第五月の一日だった。アロンは、死んだとき、百二十三歳だった。(20章27節〜29節)

●イスラエルはホル山から出発。ツァルモナに宿営。
●ツァルモナから出発。プノンに宿営。
●プノンから出発。オボテに宿営。
●オボテから出発。モアブの領土のイエ・ハアバリムに宿営。
●イイムを旅立って、ディボン・ガドに宿営。
●ディボン・ガドから、アルモン・ディブラタイムに宿営。
●アルモン・ディブラタイムを旅立って、ネボの手前にあるアバリムの山々に宿営。
●アバリムの山々から出発。エリコに近いヨルダンのほとりのモアブの草原に宿営した。(民数記22章)

 地名の中には、民数記の33章に初めて出てくるものもあります。これまでの聖書の物語に書かれていなかった細かな地名を記すことより、神様と民、モーセと民の間で起こった事件が、より詳しく生々しくなります。

 神様がモーセに旅路を書きしるさせたのは、イスラエルの民がこの苦難の歴史、神が彼らを導かれたその証しを末永く、記憶に刻み、子孫に伝えるためだったのでしょう。それらは、同時に、この民の子孫を通じて、神の祝福に入れられた私たちが、記憶するべきことなのです。



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2011年05月05日

Coffee Break250 カナン取得の条件(民数記33章50節〜56節) 




 エリコに近いモアブの草原で、主はモーセに告げて仰せられた。(民数記33章50節)
「イスラエル人に告げて彼らに言え。
 あなたがたがヨルダンを渡ってカナンの地に入るときには、(51節)
 その地の住民をことごとくあなたがたの前から追い払い、彼らの石造をすべて粉砕し、彼らの鋳造をすべて粉砕し、彼らの高きところをみな、こぼたなければならない。」(52節)



 カナン入りを目前にして、神は、その目的を明確に示されます。
 イスラエルの民は、「その地の住民を、ことごとく追い払わなければならない」のです。また、「彼らが祀り、拝んでいる石造や鋳造物、それらを据えている高台をことごとく壊せ」。

 イスラエル人たちは、カナンで、「乳と蜜が流れる土地に住めさえすれば良い」のではありません。契約や駆け引きや、婚姻を結びながら、現地のカナン人と同化したとしても、住むことはできるかもしれませんが、神はそのようなやり方を勧めておられません。

 モアブの娘たちと性的関係をもったことが、ただちに、偶像礼拝に結びつき、イスラエルの守りを危うくした記憶は、まだ生々しいのです。
 対決姿勢で、戦いをもって、カナンの住民を追い払わないかぎり、またしても、イスラエルの民は偶像礼拝の過ちを犯すでしょう。

「あなたがたはその地を自分の所有とし、そこに住みなさい。あなたがたが所有するように、わたしがそれを与えたからである。(53節)
 
 もし、その地の住民をあなたがたの前から追い払わなければ、あなたがたが残しておく者たちは、あなたがたの目のとげとなり、わき腹のいばらとなり、彼らはあなたがたの住むその土地であなたがたを悩ますようになる。(55節)
 そして、わたしは彼らに対してしようと計ったとおりをあなたがたにしよう。(56節)」

 
 カナン人を追い払い、偶像を徹底的に破壊したあとは、そこに住みなさいと主は言われるのです。 理由は、そこに、イスラエル人を住まわせるのが神のご計画だからです。
 人類を救いに入れるというご計画のために、神はアブラハムを召され、アブラハムの子孫にカナンを与えると約束されたのです。その約束がいよいよ成就するところなのです。

 神は、念には念を入れて命じられます。カナン人の追放は徹底したものであること。もし、いい加減なところで妥協したなら、イスラエルの民はその残っている民から悩まされ続ける。

 そればかりか、神の命令を完遂しないで、いい加減なところで妥協したなら、神ご自身が、イスラエルの敵にしようと思っていることを、イスラエルに報いると言われるのです。

 
 ☆☆☆☆


 それにしても、ここで、どうして神様はイスラエル人にカナンを与えるために、今、カナンに住んでいるカナン人を追い払うようなことをされるのだろうと、思われるでしょうか。
 徹底的に追い払われるカナン人はどこへ行くのか。彼らにも生活があるではないか。偶像礼拝が悪いというが、信教は自由ではないか。
 現代の民族対立、宗教対立などを思い浮かべると、神が片方の民族を生かすために、もう一方を滅ぼすのは、理不尽な気さえします。

 また、キリスト教を初めとして、さまざまな宗教を、同列に並べ「宗教」と呼んでひとくくりにすると、イスラエルの神と同じように、バアルの神も尊重されるべきだというような理屈になってしまいます。


 このような疑問を解く鍵は、ひとつです。

 私はCoffee BreakDで、聖書の主役は神であると書きました。聖書の世界に入っていくその鍵穴は、主役が神であると認めることです。それも、「はじめに天地万物を創造した」神さまです。
 神と呼ばれていても、だれか人間が想像し、手で刻み、鋳造し、それがいわしの頭でも信じれば神と言われるような「神」ではありません。
 また、昔話にあるような、「一番えらいのは、お日様だ、いや、雲だ、風だ、壁だ。やっぱり、ネズミだった」と頭でひねり出すようなものではありません。

 
 創世記1章1節から読んできた私たちは、天地を創造した神が人をお造りになり、楽園に置かれ、しかし、人が神の命令にそむいて楽園を追放され、それから罪に罪を重ねてきたことを知っています。
 
 神がアブラハムを召し出された目的は、彼の様子がなんとなく神の「お気に召した」からではありません。
 アブラハムの子孫を増やすのも、祝福されるのも、ある一族が「気に入った」というようなことではありませんでした。

 神は罪にまみれた人間を、何とかふたたび、楽園に連れ戻そうとするご計画のために、アブラハムの子孫を用いようとされているのです。
 それだけに、選ばれたアブラハムの子孫は、荒野の四十年の苦難を味わいました。神に従う民として、徹底的に厳しく鍛えられたのです。

 当時の地上のほとんどの民は、まことの神を知らず、とくに、豊かなカナンでは偶像礼拝がさかんでした。
 偶像礼拝には、子どもを犠牲としてささげる習慣や、乱交などの性的頽廃がありました。ソドムとゴモラを滅ぼされたとき、その地の男たちの間に、同性愛と無法があったことが記されています。(創世記19章4節〜10節) 
 そのような民を、神は追い払えと言われたのです。

 神はアブラハムにカナンをお見せになって、「この地をあなたの子孫に与えよう」と言われたとき、すでに、五百年後のイスラエル人がカナンで戦わなければならないことを、想定しておられたのです。

 聖書の歴史物語は、「神の人類救済の歴史」だということを、改めて念頭に入れたいと思うのです。




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2011年05月06日

Coffee Break251 神の視点、人間の視点(民数記34章)


 
 聖書の歴史物語が、神の視点で書かれたものだとわかっていても、常に神の視点を納得し、その基準にあわせて読み進めていくのは、なかなか難しいというしかありません。生まれたときから、人間の視点で世界を見て、限られた人間の能力で判断して生きているわけです。

 ある人は、「神様のような人」と言われますが、そのような表現すなわち、人間を中心に見ているわけです。神技、神がかり、など、すべて、人間の側から神を見ているのです。ほんとうの神様の全貌など、限られた能力で、火花のような小さな人間の人生の間に、とらえるべくもありません。

 アブラハムを選び出された天地創造の神が、アブラハムにカナンを見せて、「この地をあなたの子孫に与えよう」と言われるのも、むしろ、神様が人間に歩み寄ってくださって、わかりやすい形で、救いの第一歩を踏み出されたとも言えます。

 神様なら、召し出したアブラム(アブラハム)に、いきなりカナンをお与えになることもおできになったでしょう。
 最初から、王国をもっている王を選んでいれば、神の民の数が増えるのに、四百年も待たなくてもすみます。また、ノアが箱舟から出てきたとき、すぐにノアに命じて、カナンにイスラエル(と言う名前にならなかったかもしれませんが)の建設を始めていたら、カナンの部族を追い出すための戦争はなかったわけです。

 しかし、人間の歴史でさえ、「もし」がないのですから、神の御心で展開される歴史には、すべて必然があるのです。ただ、神の御心のすべてがわからない私たちには、その必然を分析したりしてわかるものではないのだと、私は思います。

 はっきりしているのは、人は最初、「楽園」に置かれていたことです。恵みと祝福の中で、なんの労苦もないところで、平然と失敗していることです。


 ☆☆☆☆
 
 民数記33章50節から56節までの間で、神は、カナンを徹底的に攻略しなければならない、その地の偶像は、徹底的に破壊しなければならないと命じられます。

 そのあとで、神がイスラエルにお与えになる相続地の境界線を、具体的に示します。


「あなたがたの南側は、エドムに接するツィンの荒野に始まる。南の境界線は、東のほうの塩の海の端に始まる。(民数記34章3節)

 あなたがたの西の境界線は、大海(地中海)とその沿岸である。(6節)
 
 北の境界線は、次のとおりにしなければならない。大海からホル山まで線を引き、(7節)
 さらにホル山からレボ・ハマテまで線を引き、その境界線の終わりはツェダデである。(8節)
 ついでその境界線は、ジフロンに延び、その終わりハツァル・エナンである。これがあなたの北の境界線である。(9節)

 あなたがたの東の境界線としては、ハツァル・エナンからシェファムまで線を引け。(10節)
 その境界線は、シェファムからアインの当方のリブラに下り、さらに境界線は、そこから下ってキネレテの海の東の傾斜地に達し、(11節)
 さらにその境界線は、ヨルダンに下り、その終わりは塩の海である。以上が周囲の境界線によるあなたがたの地である。」(12節)
 

 この相続地を、神は九部族と半部族でくじを引いて、場所を決めるよう命じられます。土地は、人数の多い部族には多く、少ない部族には少なく分けるのです。
 九部族半になったのは、すでに、ルベン族とガド族、マナセの半部族もヨルダン川の東側をもらったからです。

 神が下さる相続地を、じっさいに、分けるのはヌンの子ヨシュアと祭司エリアザルであると指名されています。同時に、それぞれの部族から、相続地のかしらとして族長を立てることが求められます。
 族長の名前は、以下のとおりでした。
        ユダ部族からは、  エフネの子カレブ。
        シメオン部族、   アミフデの子サムエル
        ベニヤミン部族   キスロンの子エリダデ
        ダン部族      ヨグリの子ブキ
        マナセ部族     エフェデの子ハニエル
        エフライム部族   シフタンの子ケムエル
        ゼブルン部族    バルナクの子エリツァファン
        イッサカル部族   アザンの子パルティエル
        アシェル部族    シェロミの子アヒフデ
        ナフタリ部族    アミフデの子ペダフェル
        
 
 ☆☆☆☆

 神はこのように厳格に相続地をお決めになり、神の強力な後押しのなかで、まもなくイスラエル人はヨルダン川を渡ることになるのです。

 しかし、イスラエル人は神が仰せになったように、完全にカナンを征服することはできませんでした。
 また、せっかくカナンに入った後も、ミディアン人やペリシテ人に攻められ、戦いが続くのでした。

 やがて、周辺諸国に攻められて困り果てたイスラエルの民は、神に人間の王を求め、神がサムエルを通して民の要求をお聞きになり、イスラエルは神権政治から王権政治に代わっていくのです。

 むろん、全知全能の神様にとっては、それもご承知の上での、イスラエルのカナン入りでした。





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2011年05月07日

Coffee Break252 レビ族(民数記35章)




 エリコに近いヨルダンのほとりのモアブの草原で、主はモーセに告げて仰せられた。(民数記35章1節)
「イスラエル人に命じて、その所有となる相続地の一部を、レビ人に住むための町々として与えさせなさい。彼らはその町々の回りの放牧地をレビ人に与えなければならない。」(2節)


 さて、民数記34章までで、カナンでの相続地がイスラエルの十二部族に割り当てられました。
 ところが、レビ族には、相続地はありませんでした。レビ族は、会見の天幕での奉仕をすると、主がお定めになったからです。
 レビ人は、イスラエル人が奉納物として供える十分の一を、永遠にあたえられることになりました。土地の代わりに、奉納物が「相続財産」になったのです。

 ただ、彼らも生活がありますから、どこかに居住しなければなりません。その居住地(レビ族の町)を、各部族が得た相続地の中に、分散して与えられたのです。単に居住地だけでなく、牧草地をその回りにつけるよう定められています。

 これは、当時のイスラエルの民の生活が、牧畜を生業としていない者でも、家畜を持っているのが当たり前だったからでしょう。
 神は、レビ族の町の数を全部で四十八、大きい部族からは多く、小さい部族からは少なく作るよう命じています。
 すべての地域にまんべんなくレビ族の町を作るのは、イスラエルのすべての地域に、神の御用をする人々を配置するという意味がありました。

 四十八のうち、選ばれた六つの町が「逃れの町」と指定されました。「逃れの町」とは、あやまって人を殺した者が性急なあだ討ちに会わないために、逃げ込むことができる場所でした。

☆☆☆☆
 
 モーセもアロンもレビ族の出身でした。(出エジプト記2章1節)
 出エジプトからカナンまでの道のりのリーダーで、偉大な預言者だったモーセと、神政政治国家の大祭司アロンがレビ族から出たのです。その祭司に仕え、幕屋の仕事をするよう、とくに選ばれたのがレビ人です。
 その理由を神ご自身が、明らかにしています。

 わたしはイスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子の代わりに、今これからイスラエル人の中からレビ人を取ることにした。レビ人はわたしのものである。(民数記3章12節)
 初子はすべてわたしのものだからである。エジプトの国でわたしがすべての初子を打ち殺した日に、わたしは、人間から始めて家畜に至るまでイスラエルのうちのすべての初子をわたしのものとして聖別した。彼らはわたしのものである。わたしは主である。(13節)
 


 レビ族は、イスラエルの長子と見られたのです。ただ、これは、事実とは違っています。
 ヤコブの息子たちを、生まれた順番で見ると、長男はルベン、次男がシメオン、三男がレビ、四番目がユダでした。その後は、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イッサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニヤミンとなります。

 三男のレビが長子のように扱われたのは、ルベンとシメオンに過ちがあったからです。ルベンは父の妾の床に入りました(創世記35章22節)。シメオンは彼の妹とある男との恋愛事件で、勝手に過激な行動を取り、父ヤコブを窮地に追い込みました。(創世記34章)
 これらの事件がふたりを飛び越えて、神がレビ族をイスラエルの初子とされた理由ではないでしょうか。
 
 土地を相続したのは、レビ族を除いても、「イスラエルの十二部族」でした。これは、ヨセフのふたりの息子マナセとエフライムがヨセフの代わりに、数えられているからです。
 ヤコブは死を前にして、ヨセフの代わりにそのふたりの息子に祝福を与えたのです。そのため、イスラエルは十三部族と数えられていたのです。

 
 相続地は持たなくても、祭司を代々継承し、会見の天幕の仕事をするレビ族は、神政政治国家の要をになう、大変栄誉ある立場でした。

 しかし、救い主イエス様はダビデの家系からお生まれになるのです。そして、ダビデの家系は、ユダ部族でした。




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2011年05月08日

Coffee Break253 のがれの町(民数記35章)




 あなたがたが、レビ人に与える町々、すなわち、人を殺した者がそこにのがれるために与える六つの、のがれの町と、そのほかに四十二の町を与えなければならない。(民数記35章6節)
 あなたがたは町々を定めなさい。それをあなたがたのために、のがれの町とし、あやまって人を打ち殺した殺人者がそこに逃れることができるようにしなければならない。(11節)
 この町々は、あなたがたが復讐する者から、のがれる所で、殺人者が、さばきのために会衆の前に立つ前に、死ぬことのないためである。(12節)
 


 十戒の五番目の戒めは、「殺してはならない」です(出エジプト記20章13節)。私たち人間社会で、一番深刻な過ちは人の生命を奪うことです。ですから、日本でも、殺人罪に一番重い刑罰が科せられています。

 ただ、残酷な殺人事件の加害者が、死刑になるとは限りません。加害者が未成年だったり、情状酌量の余地があったりして、死刑判決が下りない場合、遺族が「涙の記者会見」をする場合もあります。
 世の人々もそのような遺族に同情を寄せます。「目には目を。歯には歯を。命には命を」と、聖書のことばを思い出したりするのです。

 このことばは、じっさいにそうしなさいということではなく、過剰な報復を戒めているのです。というのも、人間の復讐心は強いもので、事実、歴史をさかのぼれば、多くの国で私的報復(あだ討ち)が認められていました。
 日本でも、1702年(江戸時代)、赤穂浪士のあだ討ち(忠臣蔵)が、大ニュースになり、浄瑠璃や歌舞伎の出し物になったのです。

 
 ☆☆☆☆ 

 人を打って死なせたものは、必ず殺されなければならない。(出エジプト記21章12節)
 ただし、かれに神が御手によってことを起こされた場合、わたしはあなたに彼ののがれる場所を指定しよう。(21章13節)
 

 現代のほとんどの国では、私的報復(あだ討ち)は、法律上認められていません。どんなに悔しい犯罪の犠牲になっても、裁決は国の司法当局に任されなければならないのです。
 
 あだ討ちが認められていた時代の一番の問題は、それが故意の殺人でなく、不測の事故であっても、復讐で殺される場合があることです。また、冤罪や人違いで殺されるかもしれません。

 
 敵意なく人を突き、悪意なしに何か物を投げつけ、または、気がつかないで、人を死なせるほどの石を人の上に落とし、それによって死なせた場合、しかも、その人が自分の敵でもなく、傷つけようとしたのでもなければ、会衆は打ち殺した者と、その血の復讐をするものとの間を、これらのおきてに基づいてさばかなければならない。(民数記35章22節〜24節)
 
 会衆は、その殺人者を、血の復讐をするものの手から救い出し、会衆は彼を、逃げ込んだそののがれの町に返してやらなければならない。彼は聖なる油をそそがれた大祭司が死ぬまで、そこにいなければならない。(25節)


 これを読むと、悪意ある殺人でなくて、裁判で無罪になっても、彼は故郷には戻れず、逃れの町で生活したのでしょう。うっかり、町の外に出てまだ、復讐者がいた場合、殺される可能性があったのです。ただし、大祭司が死んだとき、彼は完全に罪赦され、そこから出ることができました。その時は、復讐するものも、もう、手が出せなくなるのです。

 もちろん、のがれの町に逃げ込んだのに、裁判の結果、死刑になる場合もありました。

 ただ、その場合も、証人の証言によってその殺人者を、殺さなければならない。しかし、ただ、ひとりの証人の証言だけでは、死刑にするには十分ではない。(30節)

 死刑になる罪を、ふたり以上の証言によって裏づける制度は、裁判の公正を保障するものです。
 
 十戒の「殺してはならない」という戒めは、悪意ある殺人者は死刑であると規程しています。けれども、その適用は、何重ものセーフティネットで過剰な報復を防ごうとしています。
 のがれの町の規程には、殺人事件、殺傷事故に対する神の暖かい配慮が現れていると言えないでしょうか。
 




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2011年05月09日

Coffee Break254 相続地を守る(民数記36章)



 民数記最後の36章は、また、マナセの子マキルの子ギルアデの氏族の土地問題になります。二度目の人口調査の後、ギルアデの家のツェロフハデの娘がモーセと、祭司エルアザルと、族長たちと、全会衆の前、会見の天幕の入り口に立って、彼女たちに相続地を下さいと願ったのです。
 ツェロフハデは娘だけを残して死に、男のいない家は人口調査で数えられず、そうすると土地をもらえない可能性があったからです。
 
 モーセが、問題を神の前に出したところ、神は「彼女たちにも土地を与えなさい」と仰せになったのです。(Coffee Break242参照)
 
 ところが、ツェロフハデの娘たちが土地をもらうことについて、同じギルアデの氏族に属する諸家族のかしらがモーセに訴えました。理由は、娘たちが、イスラエル人の他の部族に嫁いだ場合、彼女たちの土地がほかの部族のものになり、結果的に、マナセ族の土地は少なくなってしまうという懸念でした。

 その結果、主は、ツェロフハデの娘たちは自分たちの心にかなう人にとついでよいが、それは同族でなければならないと、決められたのでした。


 イスラエル人の相続地は、一つの部族から他の部族に移してはならない。イスラエル人は、おのおのその父祖の部族の相続地を固く守らなければならないからである。(民数記36章7節)
 イスラエル人の部族のうち、相続地を受け継ぐ娘はみな、その父の部族に属する氏族のひとりにとつがなければならない。イスラエル人が、おのおのその父祖の相続地を受け継ぐためである。(8章)
 こうして相続地は、一つの部族から他の部族に移してはならない。イスラエル人の部族は、おのおのその相続地を堅く守らなければならないからである。(9章)


 ☆☆☆☆


 奴隷の境涯から救い出されたイスラエルは、領土を持たない「神政政治国家」でした。と言っても、神は、彼らをエジプトから導き出される前から、カナンを与えると約束しておられたのです。

 ヨルダン川の東側まで到達した時、その約束どおり、カナンの土地の分配が行われたのです。しかし、人間の目で見ると、この時点で、まだ、カナンは彼らのものではありません。

 イスラエル人たちは、これからヨシュアを指導者としてヨルダン川を渡り、カナンを攻め取らなければいけないのです。
 そして、攻め取る前から、神は、イスラエル人の部族は、おのおのその相続地を堅く守らなければならない、と命じられるのです。領土があいまいにならないために、その移動が部族内にとどまらなければいけないのです。

 この感覚は、海に囲まれた国土で国が成立し、国土が外敵に取られて無くなるといった経験のない日本人には、理解しがたいのではないでしょうか。

 日本の歴史にも、戦国時代のような国盗り物語はいくつもありました。けれども、どんなに熾烈な戦いがあって領地が一方から他方に動いても、私たちは、だいたい同じ民族でした。決して、単一民族ではないのですが、まるきり違う異民族に国土を取られ、その地から追放されてちりぢりになることなど、ありませんでした。

 蒙古来襲があるものの侵略されることはなく、太平洋戦争では、沖縄が地上戦を経験しましたが、本土は空襲だけでした。無条件降伏と呼ばれるような敗戦だったのですが、国土はなくならなかったのです。


 ☆☆☆☆ 

 荒地を彷徨する民が、日々生き延びるだけでも奇蹟が必要でした。アブラハム・イサク・ヤコブの神が、イスラエルの民を養われたのです。
 どこへ行くにも、何を手に入れるのも神の守りがなければ、たちまち死に絶えるような環境の中から、国を整えていったイスラエルが、国土を手に入れるのは、砂漠を放浪するより大きな試練に思えました。彼らの多くは、自分たちが、カナンを勝ち取れそうもないので、エジプトに戻ろうとさえ言い出したのです。

 神が共にいて励まし、叱咤し、お導きになって、初めて、イスラエルはカナンに入るところまできたのです。
 厳しい情勢の中で、厳しい戦いに挑戦し、勝ち取ることで、イスラエル人の神信仰は強められていったのです。





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2011年05月10日

Coffee Break255 だから、この子どものように(マタイ18章4節)







   遊びの部屋


   風船バレー 叩かれ トスされ 毒づかれ 揚げ句に 部屋の隅にしぼんで


   ボーリング すぐにサッカー つぎ野球 赤いゴムマリ こづきまわされ


   口げんか どちらも後に引かないで 勝っても男の子 センセに叱られ


   妹のご機嫌取りとり 連れ帰る にいちゃん 去年は「学童」にいた


   冷水筒 ひっくり返して 世界地図 拭けよ拭けよとはやされ 切れた子


  「気をつけて!」  子供の声に フリーズす 床の上のドミノのとりで

 



  
 子どもは残酷で、自己中心で、でも、しおらしいのです。
 窮屈な部屋をぞんぶんに使って、帰るまでの時間を、懸命に生き延びます。

 



 
 だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。
       (マタイの福音書18章4節)













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