2011年05月26日

Coffee Break270 モーセの気迫(申命記4章)

 


 今、イスラエルよ。あなたがたが行なうように私の教えるおきてと定めとを聞きなさい。そうすれば、あなたがたは生き、あなたがたの父祖の神、主が、あなたがたに与えようとしておられる地を所有することができる。(申命記4章1節)

 私があなたがたに命じることばに、付け加えてはならない。また、減らしてはならない。私があなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令を、守らなければならない。(2節)



 モーセは、カナンに入れないことを無念に思ったことでしょう。それ以上に、同胞イスラエルの民が、約束の地で強い信仰に立って、国を立てていけるか、心配だったにちがいありません。

 イスラエルの民は、出エジプト以来の四十年の間、いく度となく神に背き、とうとう出エジプトの時20歳以上だった世代は、カナンを見ることなく死に絶えたのです。

 ですから、4章でもっとも強調されているのは、神、主への絶対的な従順です。
 ホレブで十戒を下さったイスラエルの神は、「比類なき神」だと、改めて民に認識させることなのです。
 

 さあ、あなたより前の過ぎ去った時代に尋ねてみるがよい。神が地上に人を造られた日からこのかた、天のこの果てからかの果てまでに、これほど偉大なことが起こったであろうか。このようなことが聞かれたであろうか。(32節)

 あなたのように、火の中から語られる神の声を聞いて、なお生きていた民があっただろうか。(33節)

 あるいは、あなたがたの神、主が、エジプトにおいてあなたの目の前で、あなたがたのためになさったように、試みと、しるしと、不思議と、戦いと、力強い御手と、伸べられた腕と、怖ろしい力をもって、一つの国民の中から取って、あえてご自身のものとされた神があったであろうか。(34節)

 あなたにこのことが示されたのは、主だけが神であって、ほかに神はいないことを、あなたが知るためであった。(35節)
 


 ☆☆☆☆

 イスラエルの神が比類なき神なのは、超自然的なその力、ふしぎな顕現の仕方などのためだけではありません。
 そのような力ある神が、そのような力を顕されて、イスラエルの父祖への約束を果たすため、奴隷であったイスラエルの民をエジプトから連れ出してくださったからです。

 その上で、イスラエルの民だけを特別な群れとして、シナイ契約をむすんでくださったのです。
ですから、当然、イスラエルの民はほかの神を拝んでもならないのです。ほかの神とは偶像の神、カナンのほかの民が拝んでいる神々のことです。

 あなたがたは十分に気をつけなさい。主がホレブで火の中からあなたがたに話しかけられる日に、あなたがたは何の姿も見なかったからである。(15節)
 
 堕落して、自分たちのために、どんな形の彫像をも造らないようにしなさい。男の形も女の形も。(16節)

 地上のどんな家畜の形も、空を飛ぶどんな鳥の形も、(17節)

 地をはうどんなものの形も、地の下の水の中にいるどんな魚の形も。(18節)

 また、天に目を上げて、日、月、星の天の万象を見るとき、魅せられてそれらを拝み、それらに仕えないようにしなさい。(19節)

 きょう、あなたは、上は天、下は地において、主だけが神であり、ほかに神がないことを知り、心に留めなさい。(39節)



 モーセは、出エジプトのリーダーという大きな使命を生きる中で、自分とイスラエルを選んでくださった神の偉大さに触れ、圧倒され、その神の大きな愛を、民に伝えないではいられなかったにちがいありません。4章全体からは、神のしもべモーセの気迫が、燃え上がってくるようです。

 ここには、召命を受けた日に、おそるおそる神の前でひざまずくだけだったモーセ。神の召しにためらいを見せていた、無口なモーセの面影はありません。





2011-05-2
posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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