2011年05月29日

Coffee Break273 十戒を要約すると(申命記6章、レビ記19章、マルコ 12章29節〜31節)




 十戒は、神からイスラエルの民への「十の戒め」ですが、それも、覚えるのが大変という方もいます。始めは、だれでもそうですね。

 でも、心配は要りません。
 「十の戒め」は、まず、二つに分類できるのです。

 イエス様は、ある律法学者が「すべての命令の中でどれが一番大切ですか」と尋ねたとき、次のように、お答えになっています。

(マタイの福音書12章29節〜31節)
「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』


 次にこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』 この二つより大事な命令はありません。」


 最初に挙げられた、神を愛しなさいは、第一の戒めから第四の戒めまでを指しています。
 「次に」と挙げられた、「隣人を自身のように愛せよ」は、第五の戒めから、第十の戒めを指しています。


 要約すれば、十戒は、神への愛と、隣人への愛の二つなのです。

 これらは、じつは、旧約聖書の「律法の書」(モーセ五書)に出ていることを、イエス様が引用されているのです。

☆☆☆☆

 神を愛することについては、申命記6章に次のように書かれています。

 聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。(4節)

 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。(5節)



 隣人を愛することについては、次のように出ています。

 あなたの隣人をしいたげてはならない。かすめてはならない。日雇い人の賃金を朝まで、あなたのもとにとどめていてはならない。(レビ記19章13節)

 あなたは耳の聞こえない者を侮ってはならない。目の見えない者の前につまずくものを置いてはならない。あなたの神を恐れなさい。わたしは主である。(14節)

 不正な裁判をしてはならない。弱いものにおもねり、強いものにへつらってはならない。あなたの隣人を正しくさばかなければならない。(15節)

 人々の間を歩き回って、人を中傷してはならない。あなたの隣人の血を流そうとしてはならない。わたしは主である。(16節)

 心の中であなたの身内の者を憎んではならない。あなたの隣人をねんごろに戒めなければならない。そうすれば、彼のために罪を負うことはない。(17節)

 復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。

あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。(18節)



 大切なのは、隣人への愛も、「人道的戒め」ではないということです。隣人を愛することは、人道的に正しいとか正しくないとかではなく、神が望んでおられることなのです。ですから、隣人を愛しているかどうかも、神が見ておられ、神がさばきを行われることなのです。神を愛し、神を畏れる者として、神が求めておられることを行うのは当然の義務なのです。(下線、太字は筆者)

 その意味では、十戒全部が、神の前に正しいかどうかが、問題となる戒めなのです。

 人はどんなに正しくあろうとしても、自分の力ではできません。
 欺くものですし、欺かれるものなのです。



posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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