2011年05月30日

Coffee Break274 律法の義(申命記6章5節〜25節)




 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。(申命記6章5節)

 わたしがきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。(6節)
 
 これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。(7節)
 これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。(8節)
 これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。(9節)


 モーセは、イスラエルの民に十戒を告げてから、それを常に心に刻み、念頭に上らせていなければならないと繰り返し述べています。

 十戒とそれにともなうおきてやさとしは、受験勉強の年表や動詞の活用のように機械的に「暗記すればよい」ものではないのです。ことばを心に刻み、子どもたちによく教え、四六時中唱え、さらに手に結びつけ、額に結びつけ、家の門にも書きしるしなさいと言うのです。


 あなたの神、主が、あなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地にあなたを導きいれ、あなたが建てなかった、大きくて、すばらしい町々、(6章10節)
 あなたが満たさなかった、すべての良い物が満ちた家々、あなたが掘らなかった堀り井戸、あなたが植えなかったぶどう畑とオリーブ畑、これらをあなたに与え、あなたが食べて、満ち足りる時、(11節)
 あなたは気をつけて、あなたをエジプトの地、奴隷の家から、連れ出された主を忘れないようにしなさい。(12節)

 あなたの神、主を恐れなければならない。主に仕えなければならない。御名によって誓わなければならない。(13節)


 もちろん、いかなる時もほかの神々を拝むこと(14節)、神を試みること(16節)を禁じています。
 また、生活のあらゆる面で、「主が正しい、また良いと見られることをしなさい」(18節)と命じているのです。

 ☆☆☆☆


 十戒の教えを、心に刻むことは、子どもにとっては大変厳しい学びだったのでしょう。

 モーセは、「あなたの息子が、この主が命じられたさとしとおきてと定めとは、どういうことか」と問うなら、主がイスラエルをエジプトから導き出された歴史を、きちんと説明しなさいと言っています。

 「私たちはエジプトで奴隷であったが、主が力強い御手をもって、私たちをエジプトから連れ出された。(21節)
 主は私たちの目の前で、エジプトに対し、パロとその全家族に対して大きくてむごいしるしと不思議とを行い、(22節)
 私たちをそこから連れ出された。それは私たちの先祖たちに誓われた地に、私たちを入らせて、その地を私たちに与えるためであった。(23節)

 主は、私たちがこのすべてのおきてを行ない、私たちの神、主を恐れるように命じられた。それは、今日のように、いつまでも私たちがしあわせであり、生き残るためである。(24節)


 しかし、次のモーセのことばは、注意が必要です。

 私たちの神、主が命じられたように、御前でこのすべての命令を守り行なうことは、私たちの義となるのである。(25章)

 ここには、明らかに「行いが、義とされる」と書かれています。信じる信仰だけで義とされたアブラハムの信仰とは、違った信仰が入ってきているのです。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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