2011年06月01日

Coffee Break276 アブラハムの末裔(申命記7章17節〜21節)

 


 神のおきてとさだめとさとしを、固く守らせるため、モーセはイスラエルの民のプライドに訴えています。
 あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。(申命記7章6節)

 また、神の無条件の大きな愛を教えています。(7節〜)


 つぎに、モーセは、彼らの弱気を警告しています。

 あなたは、あなたの神、主があなたに与えるすべての国々の民を滅ぼしつくす。彼らをあわれんではならない。また、彼らの神々に仕えてはならない。それがあなたへのわなとなるからだ。(16節)
 あなたが心のうちで、「これらの異邦の民は私よりも多い。どうして彼らを追い払うことができよう」と言うことばあれば、(17節)

 彼らを恐れてはならない。あなたの神、主がパロに、また全エジプトにされたことをよく覚えていなければならない。(18節)

 彼らの前でおののいてはならない。あなたの神、主、大いなる恐るべき神が、あなたのうちにおられるから。(19節)


☆☆☆☆


 出エジプト記の中のイスラエルの民が、勇敢だったとはいえないと思います。
 少し思い返しただけでも、彼らがむしろ臆病だったことがわかります。

 イスラエルの民を荒野に行かせよとのモーセの要求に対して、パロがかえって態度を硬化させ、イスラエル民の奴隷労働を厳しくすると、彼らは困って、モーセとアロンを恨みました。(出エジプト記5章)
 意気揚々とエジプトを出たものの、葦の海の手前で、背後に迫るエジプト軍を見たとたん、モーセにわめきました。(出エジプト記14章10節〜14節)
 何よりも、十二人の斥候のうち、十人が、目的地に入れないと報告すると、たちまちおびえて、エジプトに引き返そうとしました。(民数記13章27節〜14章4節)

 奴隷生活から解放された彼らは、すぐれた鉄の武器や、砦や城を持っているカナンの国の人々に対して、恐れを抱いていたのです。
 
 
 神は小心や臆病の結果として、不信仰、不従順に陥ることを警告しておられるのです。

 イスラエルの民がカナンの人々と戦う代わりに、婚姻や協定で妥協して彼らの間に住み、その境目もハッキリしないほど、彼らと混じってしまえば、イスラエルは彼らの神に従って生きることは不可能だからです。(シティムの事件──民数記25章参照)

 彼らが神を見失えば、神は彼らを捨てられるでしょう。
 
 神は、ハランでアブラハムを召し出され、長い時間をかけて、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫を育成し、エジプトで大きくされました。そこから、奴隷となっていたイスラエルの民をふしぎとしるしをもって連れ出されたのです。四十年かけて、やっとカナンの手前まで連れてこられた神、主にとって、そこで、彼らを捨てなければいけないような出来事があれば、それは子を失う父親の、激しい慟哭と同様の悲しみだったに違いありません。

 ☆☆☆☆
 
 ネットで、聖書の神を残酷な神と書いているのを見ました。また、新約の神と旧約の神は、同じ神とは思えないとの意見もありました。

 神が「殺せ」と命じるとは何ごとかと言うわけです。
 しかし、少し、まじめに聖書を読めば、神は、意味なく「殺せ」と命じるような方ではないこと、その必要もない方であるのが、わかるでしょう。

 聖書の神は、天地万物をお造りになり、いまもそれを総べておられるのです。宇宙万物の法則は神の意図されたように動いているのです。ですから、神にとっては、人の力を借りずとも国一つ滅ぼすことなど、簡単なことなのです。太陽でさえ消してしまうことが、お出来になるでしょう。

 ノアの洪水の話しを思い出してください。その時、神は、罪に罪を重ねる人類をぜんぶ滅ばされてもよかったのですが、正しく生きていたノアとその家族を助けようと決心され、箱舟を造って避難するよう命じられたのです。(創世記6章〜9章)
 ソドムとゴモラを滅ぼされるときは、アブラハムの嘆願によって、アブラハムの甥ロトとその家族をお助けになったのです。


 そのような全能の神が、なぜ、イスラエルの民を選んで、わざわざ険しい旅を続けさせたのでしょう。なぜ、苦しい戦いに直面させるのでしょう。

 イスラエルの民は、とくにすぐれた人たちでもありませんでした。それどころか、奴隷の民でした。富も領土も見るべき資産も教養も武力もありませんでした。もちろん、大きな民族ではありませんでした。

 主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった。(7章7節)
 と、モーセが言っているとおりです。


 私たちは、ここでも、創世記12章のアブラハムの召命に戻らなければなりません。

 ハランからアブラハムを召し出された主は仰せになりました。

 
 あなたは、
 あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、
 わたしが示す地へ行きなさい。

 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、
 あなたを祝福し、

 あなたの名を大いなるものとしよう。
 あなたの名は祝福となる。

 あなたを祝福するものをわたしは祝福し、
 あなたをのろう者をわたしはのろう。

 地上のすべての民族は、
 あなたによって祝福される。
     (創世記12章1節2節)
 





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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