2011年06月06日

Coffee Break281 心の包皮を切り捨てる(申命記10章16節)

 


 モーセは、イスラエルの民の不従順だった過去を、繰り返し思い出させて、言うのです。

  あなたがたは、心の包皮を切り捨てなさい。もううなじのこわい民であってはならない。(16節)

 包皮を切り取るとは、割礼のことです。割礼は、男の性器の包皮を切り取るものです。
 一般的な解説では、衛生上の利点があったとか、中東やアフリカにはもともとそのような習慣があったと書かれています。


 しかし、聖書では、割礼は、イスラエル民族の始祖アブラハムに、神が契約のしるしとして、お命じになったものです。

 わたしは全能の神である。
 あなたはわたしの前を歩み、全きものであれ。(創世記17章1節)
 
 わたしは、わたしの契約を、
 わたしとあなたとの間に立てる。
 わたしはあなたをおびただしくふやそう。(2節)


 この契約とは、カナンを与えるという神のお約束に対し、アブラハムとその子孫たちが、神の前に完全なものであることです。

 アブラハムの子孫はイサクもヤコブもヤコブの十二人の息子たちも、エジプトで増え広がった者も、モーセもアロンもヨシュアもカレブも、モーセに反乱を起こした不従順の者たちでさえ、男子はすべて割礼を受けていました。

 肉体に割礼を受けている彼らは,常に、神との契約を思い出さなければいけなかったのですが、民は神に背き続けたのです。
 そこで、モーセは、「心の包皮を切り捨てなさい」(10章16節)と命じたのです。 

☆☆☆☆

 割礼は、福音がユダヤの世界を越えて広がる時に、使徒や信者の間で大論争になりました。
 割礼を受けていない異邦人が福音を信じる時に、割礼を受けるべきだというユダヤ人信者がいたのです。
 「使徒の働き」にそのいきさつが書かれています。

 しかし、パリサイ派の者で信者になった人々が立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、また、モーセの律法を守ることを命じるべきである」と言った。(使徒の働き15章5節)

 激しい論争があって後、ペテロが立ち上がって言った。「兄弟たち。ご存知のとおり、神は初めのころ、あなたがたの間で、事をお決めになり、異邦人が私の口から福音の言葉を聞いて信じるようにされたのです。(使徒の働き15章7節)

 そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与
えて、彼らのためにあかしをし、(8節)

 私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。(9節)

 それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの父祖たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。(10節)

 私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、あの人たちもそうなのです。」(11節)



 キリスト教は、イエス様の十字架によるあがないで、全人類を救うものです。
 ユダヤ教の中にあった、厳格な幕屋制度、祭祀制度を取り払いました。犠牲の羊をささげる必要もなく、祭司に神様に取り次いでもらう必要もありません。厳格でこまごました律法を守るかわりに、だれでもイエス様を信じる信仰だけで、救っていただけるようになったのです。

 この論争はまもなく決着がつきました。

 福音を信じるものは、肉体に割礼を受けなくても、信じる信仰だけで救われるのです。

 ただ、神に従うというたとえとして、「心の包皮を切り取りなさい」は、今でも生きていることばではないでしょうか。




posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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