2011年06月07日

Coffee Break282 契約の三つのしるし(創世記9章12節、17章、申命記10章12節〜22節)

 

 昨日も書いたように、割礼は、アブラハムと神との契約(アブラハム契約)のしるしでした。

 しかし、出エジプトのあと、神はシナイ山で、新たな契約をイスラエルの民と結ばれました。それがシナイ契約でした。そのしるしは、十戒の石の板でした。


 一方、私たちが見てきたように、アブラハム契約より以前にも、神は人と契約をしておられます。 箱舟から出てきたノアと彼の息子たちに対して、契約を立てられたのでした。その時のしるしは、虹でした。(Coffee Break25,26)
  
「わたしはあなたがたと契約を立てる。すべての肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」(創世記9章11節)

 さらに神は仰せられた。「わたしとあなたがた、およびあなたがたといっしょにいるすべての生き物との間に、わたしが代々永遠にわたって結ぶ契約のしるしは、これである。(12節)

 わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。(13章)



 虹が契約のしるしだとは、なんとファンタジックな物語でしょう。じっさいには、ノアとノアの家族以外の生き物は全部滅ぼされて、いわば、地上がリセットされたのです。大変シリアスな話で、厳粛な気持ちにさせられることです。にもかかわらず、子ども向きの絵本にもなるような温かさとファンタジーが感じられるのは、ノア以後、神様は大洪水(のようなリセット)で人類を滅ぼされるようなことはしないと約束してくださり、美しい虹を契約のしるしに立ててくださったからです。

 また、この物語を読む人たち、現在地上に生きている人類は、すべて、ノアの末裔だからでしょう。
 
 
 ☆☆☆☆

 ファンタジックなノア契約のしるし・虹とくらべて、アブラハム契約は、にわかに現実的です。割礼は、ひとりひとりの肉体への刻印ですから、ファンタジーの入る余地はありません。
 
 神から割礼を命じられたアブラハムは、自分自身を含め、アブラハムの家の男子すべて、使用人も金で買取られた外国人にも割礼を受けさせました。これは、大変な痛みをともなう施術だったそうですから、まさに、ひとりひとり、アブラハムと神との契約を、「肝に銘じる」思いだったでしょう。


☆☆☆☆

 イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることはなにか。それはただ、あなたの神、主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くしてあなたの神、主に仕え、(申命記10章12節)
 あなたのしあわせのために、私が、きょう、あなたに命じる主の命令とおきてとを守ることである。(13節)

 あなたがたは、心の包皮を切り捨てなさい。もううなじのこわい者であってはならない。(16節)

 主はあなたの賛美、主はあなたの神であって、あなたが自分の目で見たこれらの大きい、恐ろしいことを、あなたのために行なわれた。(21節)
 あなたの先祖たちは七十人でエジプトへ下ったが、今や、あなたの神、主は、あなたを空の星のように多くされた。(22節)



 モーセはここで、民に、創世記のヤコブ一家のエジプト移住(創世記46章)にまでさかのぼって思い出させています。
 同時に、神はアブラハムに約束されたように、イスラエルの民を「空の星のように」増やしてくださったと、アブラハム契約を持ち出しています。

 10章16節「心に割礼を施すように」は、アブラハム契約とシナイ契約を固くジョイントする1節なのです。




posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。