2011年06月19日

Coffee Break290 偶像と姦淫(申命記12章、出エジプト記、レビ記)




 申命記12章13章14章は、カナンにおけるイスラエルの民の祭祀儀礼や礼拝の規則が指示されてきます。

 そのいきなりの書き出しは、次のとおりです。
 昨日の引用は、そのつづきにくるものです。

 これはあなたの父祖の神、主が、あなたに与えて所有させようとしておられる地で、あなたがたが生きるかぎり、守り行なわなければならないおきてと定めである。(申命記12章1節)


 あなたがたが所有する異邦の民が、その神々に仕える場所は、高い山の上であっても、丘の上であっても、また、青々と茂ったどの木の下であっても、それをことごとく破壊しなければならない。(12章2節)

 彼らの祭壇をこわし、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を火で焼き、彼らの神々の彫像を粉砕して、それらの名をその場所から消し去りなさい。(3節)


 偶像礼拝の禁止は十戒の二番目の戒めです。石や金属、木などを材料に、手で刻んだ像を拝んではならないと、その付則にも書いてあります。(出エジプト記20章5節、23節、24節、22章20節)、
 また、十戒の細則を記したレビ記でも、何度も偶像礼拝への警告や禁止が取り上げられています。(レビ記26章1節、14節〜41節)

 また、モレクに子どもをささげることへの禁止は、レビ記18章の性的禁忌の中に、「偶像へ子どもをささげて火の中を通すことは、あなたの神の御名を汚すことである」と、書き込まれています。

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 あなたの子どもをひとりでも、火の中を通らせてモレクにささげてはいけない(21節)
 この前の20節は、あなたの隣人の妻と寝て交わり、彼女によって自分を汚してはならない(20節)です。
 後の、22節はあなたは女と寝るように、男と寝てはならない。これは忌みきらうべきことであるとなっています。

 このような性的禁忌の箇所に、わざわざ子どもを偶像にささげることへの禁止が書き込まれているのはなぜでしょう。
 これは、現代、私たちがヒューマニズムの立場から口にする「子どもの生命の尊重」などとは、違う理由によるものなのだと、私は思います。
 何よりも、これは神様への冒涜なのです。

 偶像礼拝は、とくにシナイ契約──神と人との結婚にもたとえられる──を結んでくださった、イスラエルの民にとっていわば夫である神を裏切って、ほかの神々と姦淫を犯すことだったので、わざわざレビ記18章に入っているのでしょう。


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 呪術を行なう女は生かしておいてはならない。(出エジプト記22章18節)

 十戒の細則の中に、このことばがあるのも、同じ理由です。
 呪術は、霊との交わりなしには行えません。それは当然、天地を創造された神、アブラハム・イサク・ヤコブの神、イスラエルをエジプトから連れ出された神、主ではありえません。
 このような、ほかの霊との交わりは、姦淫となるのです。

 同様に、占いや霊媒、口寄せなども、聖書では禁止されているのです。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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