2011年06月20日

Coffee Break291 あなたがたのうちに預言者または夢見るものが現れ(申命記13章1節〜3節)

 

 
 ふつうのお宅でのクリスマス・コンサートとの触れ込みでした。
 主宰者の奥様は、以前二三度友人Aさんを介してお会いしていました。プロはいないけれど、みな正式な音楽過程で学んだ方々のお集まり。でも、聴くだけ、食べるだけもOKということで、私と友人がいたわけです。
 リースやツリーで飾り付けられた部屋には、白いグランドピアノもあり、なかなかの雰囲気です。ただし、「クリスマス」はパーティの冠ネームで、かつてミッションスクールで学んだ方もいるものの、じっさいのクリスチャンは、私ひとりでした。

 すてきな器に盛られた軽い昼食の後、演奏会が始まりました。
 ピアノの連弾、クリスマスソングの独唱などの間に、楽しいおしゃべりとお茶が出ます。ホステス役の奥様は五十歳くらいで、気品のある女性。8人ほどのお客様への気遣いも、料理の出し方も、話題の運び方もお上手で、なかなか楽しい会でした。


 誰かがピアノを演奏していたとき、とつぜんチャイムが鳴って、ひとりの男性が上がりこんできました。七十歳くらいの、目つきの鋭いその男性を「先生こちらへ」と、Aさんと私の友人でもあるDさんが招きました。「K先生よ」と奥様に紹介します。
 どことなく大切なお客のようなのですが、それにしては、全員にきちんと紹介してくれません。彼がお茶を飲んでいる間にも、べつの人がショパンを弾き始めました。

 演奏の間、みんな静かに聴いていました。演奏は悪くないのかもしれないけれど、グランドピアノに力いっぱい指を叩きつけるのですから、部屋の大きさに対して音が大きすぎると感じました。

 ショパンの演奏が終って、一同ホッとして座が和みました。
 その時、男性が口を開きました。
「あなたの生涯で、もっともすばらしい演奏だったね。そうでしょう」
 一瞬、演奏した当人を含めて、ちょっと戸惑ったような笑顔が交わされました。
 私は、それまで、彼は誰かの音楽の先生だろうかと思っていたのですが、あらためて、音楽とは何の関係もない人だとわかりました。

 ようやく、Dさんが言いました。
「K先生。スピリチュアル※※※※のK先生よ」


 ☆☆☆☆


 「スピリチュアル」以外を、あえて伏字にしたのは、正式な心理カウンセリング、まじめな精神医学療法と紛らわしい名前であったからです。

 K氏が、一種の霊能を売り物にしているのは、すぐに明らかになりました。彼をそこへ招いたDさんが、そのように紹介したからです。
 そういえば、以前、彼女が、個人的な悩みの相談で「ある人」を知り、初めて「霊の世界」があると感動したと話してくれたことがありました。とくに、その「先生」が、「霊」をまるで、猛獣使いが猛獣を動かすように動かすと言ったのが、記憶に残っていました。


 クリスマス・コンサートの会場がにわかに、オカルトじみた魔術会場に変わったかのようでした。
 K氏が、みんなに、霊を使うデモンストレーションをするから、輪になって手をつなぐよう言うのです。テーブルを囲んですわっていた私たちは、テーブルの下で手をつなぎました。
 ホステス役の女性は、慎重に従っていましたが、明らかに、醒めた顔でした。
 私は、あえて、手をつなぎませんでした。私を除いた人たちが、彼とともに丸く手をつないだのです。
「目を閉じて。霊を送りますよ」
 K氏が言い、みんな目を閉じました。彼は数をカウントし始めました。それからちょっと呪文とも掛け声ともいえない声を上げました。
 Dさんが、たちまち、「あ、今、来た!」と言いました。私は彼が薄目を開けて、私を見たのを見ました。何のことはない、私を盗み見しているのです。

 
 K氏は、「肩が痛い人?」「頭痛もちの人?」「腰痛の人・・・・?」と、個別に手を上げさせて、霊を送ります。
「どう、治ったでしょう。大丈夫、これで治るから」

 私は馬鹿らしくなりましたが、彼にはたしかに、一種の熱気があるのです。
 それで、日頃は、神様の話や霊の世界など、ばかにしている理知的なAさんまでが、最後には、「じつは、娘のことで・・・」と、初対面のK氏に打ち明け話を始めます。
 彼は、「ケイタイメールに載せて毎日、あなたの娘の心に癒しの霊を送りましょう。一ヶ月で一万円です」と言いました。
 そして、なんと、私の友人は、その「商品」を買い、その場で財布から一万円を出して払ったのです。

 K氏は、ほかにも、何かを書き込んだ紙切れや、木の棒や、子どもの握りこぶしくらいの黒い石などを売ろうとしました。石は一個五万円。それを病気の患部に当てれば、どんな病気でも快癒するとのことでしたが、さすがに、主婦の胸算用で出すには五万円は高かったのか、話がうますぎて信じられなかったのか、だれも買いませんでした。

 コンサートが再開し、ピアノを弾く人、フルートを吹く人と、主客が代わって、しばらく、拍手などして、聴いていたK氏は、やおら立ち上がると、そそくさと帰っていきました。


☆☆☆☆

 あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現れ、あなたになにかのしるしや不思議を示し、
 あなたに告げたその不思議としるしが実現して、

「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう」と言っても、
 その預言者、夢見る者のことばに従ってはならない。あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、あなたがたを試みておられるからである。    (申命記13章1節〜3節)



 申命記は、今から三千五百年も昔のイスラエルの民に、モーセが語ったことばです。

 しかし、聖書は、時代を超え、場所を越えて、私たち人間に与えられた書物だといわれています。
 そのとおりです。
 二十一世紀の、あろうことか、イエス・キリストの降誕を理由に集まったパーティに、やはり「しるしと不思議を行なう人」がやってくるのです。


 読者の方は、わずか3年前に私が見た光景を、ばかばかしすぎると思われるでしょうか。
 この文明国、先端技術の日本、合理主義の国で、K氏のような人は、一部の日陰者だと思われるでしょうか。

 いいえ、彼は、(ほんとかどうか、私は知りませんが)りっぱな「本部」があるそうですし、弟子もクライアントもたくさんいるそうです。

 第一、彼より有名で、稼ぐ「占い師」「霊能者」が、ごろごろしているのを、私たちは毎日テレビやネットで見ています。

 その数は、三千五百年前の中東より多いかもしれません。

 聖書は、生きています。

 もちろん、「初めに天と地を創造した」神も、生きておられます。




posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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