2011年06月21日

Coffee Break292 預言者または夢見る者があらわれ(申命記13章1節〜3節)




 あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現れ、あなたになにかのしるしや不思議を示し、あなたに告げたその不思議としるしが実現して、「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう」と言っても、(申命記13章1節2節)

 私たちは、いま、自分は歴史上かつてなかったほど、「合理主義の世界」に住んでいると思っています。何しろ、生まれる前に赤ん坊の性がわかるのです。遺伝子も、胎内にいるうちからわかるのです。誰が、子どもの父親かで揉めるなどと言う数十年前にはあった三文ドラマは、もう書けません。赤ん坊の母親がどちらの女かで、揉めるなんてこともありえません。

 空も飛べますし、月へも行けます。明日の天気が、予報どおりになるかどうかはとにかく、天気予報の根拠は、衛星で空を眺めているのですから正確です。

 デジカメのおかげで、私のような写真下手なものもフィルム代を気にしないで、パチパチ写真が取れます。私には原理はわからないのですが、パソコンは怖ろしくたくさんの情報を小さなものに保存してくれます。

 レストランに行くと、メニューにカロリーが表示してあり、病院で血液検査をしてもらうと自分の血液の成分が、整然と数字で出てきます。レントゲンを撮ると、生きたままで自分の骨格が見えます。

 結婚を斡旋しているクラブでは、今やデータはコンピュータに入るのでしょう。ただ、それを解読する側の知力や感性の問題があるのですから、おびただしいデータは結局、パソコンに処理してもらうのでしょうか。
 ほんとうに、パソコンがすべてを解決するのだったら、昔の王様みたいに、「良きにはからえ」と言って、チェスなんか楽しんでいられるのです。知らぬ間に、宝石いっぱいのすてきなお妃様がそばにいて、かわいい王子様やお姫様が、花瓶をひっくり返したりしています。


 昨日のブログで紹介した友人のAさんが、ケイタイで娘への癒しの霊を送ってもらう取引をしたとき、一瞬、内心、みんなあっけにとられたのです。いくらなんでも、霊が電話通信に便乗するの?!

 霊というのは見えないもので、私たちが知っている見える世界を飛び越えるから、超能力とか霊能なのではないのと、だれでも思うのではないでしょうか。

 それとも、いまは、占い師もノートパソコンを打ちながら、相談に乗るのでしょうか。
「生年月日は? 大きな病気は? アレルギーは? どこか痛いところがありますか」
 これでは、お医者様と変わりませんね。


☆☆☆☆

 ヤコブの愛息ヨセフが奴隷に売られたエジプトで出世をしたきっかけは、パロ(王様)の夢を解いて差し上げたことでした。(創世記41章)
 このとき、パロは、夢の内容をつぶさにお抱えの呪法師や呪術師や学者に訊ねたのに、だれもわからなかったのです。

 聖書時代の王様は、みんなこのような学者や占い師を抱えていたようですが、王様の側もだんだん対応が変わっていったようです。

 
 バビロンの王ネブカデネザルは、自分の見た夢の内容を明かさず、お抱えの呪法師、呪文師、呪術者などに、その夢を解き明かすように命じ、もし、解き明かしできないなら、手足を切り落とすと脅します。

「王よ。しもべたちにその夢をお話ください。そうすれが、解き明かしてごらんにいれます。」(ダニエル書2章7節)
王は答えて言った。「私にははっきりわかっている。あなたがたは私の言うことにまちがいはないのを見て取って、時を稼ごうとしているのだ。」(8節)


 この物語は、バビロンで捕囚となっていたイスラエル人のダニエルが、神によって、夢の秘密の啓示を受け、それで高い位につくきっかけになったいきさつをのべています。


 ヨセフやダニエルのような人は、なぜ、夢のときあかしができたのか、考えて見る必要があります。
 彼らは、深い信仰を持ち神がいつも彼らとともにいてくださったのです。その結果、王様お抱え霊能者たちでさえ解けなかった夢を、神様の導きで解くことができたのです。

 たしかに、聖書は、霊の世界は存在し、預言者も夢見る人もいるのをあかししています。
 それゆえ、聖書は警告するのです。


 その預言者、夢見る者のことばに従ってはならない。あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、あなたがたを試みておられるからである。(申命記13章3節)

 悪魔もまた、預言者や夢見るものを「製造」するからです。
 心を尽くし、精神を尽くし、まことの神にひざまずき、祈りましょう。
 そうして、預言をいただくことなど、並みの人間には、めったやたらにできることではない、と知るものとなりましょう。
 聖書には、たくさん預言者がでてきます。
 しかし、2千年間という期間を考えれば、ほんのわずかであるのを思い起こしましょう。





posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。