2011年06月22日

Coffee Break293 占いの霊(使徒の働き16章16節〜19節)




 新約聖書「使徒の働き16章」に、占いをする女についてのつぎのような記事があります。
 「使徒の働き」については、クリスチャンなら一応のことは知っているのですが、聖書は初めてという方のために、すこしだけ説明します。

 この事件が起こったのは、パウロが伝道旅行でシリヤのアンテオケを出発し、伝道のためにマケドニアのピリピと言う町に滞在していた時のことです。
 ここで、書き手になっている「私」は、「ルカの福音書」を書いたルカのことです。「使徒の働き」は、「ルカの福音書」の続編だと位置づけられています。


 私たちが祈り場に行く途中、占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させているものであった。(使徒の働き16章16節)

 彼女はパウロと私たちのあとについて来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあながたたに宣べ伝えている人たちです」と叫び続けた。(17節)

 幾日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り返ってその霊に、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け」と言った。すると即座に、霊は出て行った。(18節)

 彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、役人たちに訴えるため広場へ引き立てていった。(19節)



 解説するまでもありませんが、この占い師の女は奴隷でした。霊感が豊かで霊能が発揮できたのでしょう。
 彼女の予知能力に人気が出て、この女の主人は女を奴隷労働などに使うより占いをさせた方がよほど儲かったのです。
 この主人にとって、都合の良い彼女の霊力は、けれども、彼女自身ではありませんから、自分でコントロールできません。そこで、彼女は霊が命じるまま、パウロたちが「いと高き神のしもべたちで、救いの道をあながたたに宣べ伝えている人たちです」と叫び続けたのです。

 そうして、何日も付きまとうので、困り果てたパウロが振り返って、その霊に、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け」と言ったわけです。

 霊が出て行ってしまったので、女は霊力を失い、女の主人はいわば金づるを失って、パウロたちを訴えたと言う話です。


☆☆☆☆

 この話は、キリスト教と占いの関係を考える上で、大きな意味があると思います。

 クリスチャンのなかには、占いというと悪魔でも見るように毛嫌いして追い払う人がいるのです。とくに、信仰があまりよくわからないときは、いわゆるお守りなども、もっていてはいけない「しるし」として、いの一番に捨てられます。
 占い師などを、こわいもののように見たりもします。
 
 けれども、パウロは、道端の占い女など、「意にも介していません」。真(まこと)の神を礼拝している(霊的まじわりをしている)パウロにとって、勝敗は始めからはっきりしているからです。
 パウロが、「イエスの名によって、出ていけ」と占いの霊を追い出したのは、彼の伝道につきまとってうるさいからです。
 女はむしろ、パウロのことを、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあながたたに宣べ伝えていると、良いことを広めているのですが。

☆☆☆☆

 
 この占い女は、小さな霊に操られていたのですが、それでも、ホンモノの占い女です。少なくとも彼女は「霊能者」だったのです。

 しかし、いま、日本中に花盛りの占いの世界、マスコミや道端に、このような「ホンモノの霊能者」は、どれほどいるのでしょう。

 パソコンで堂々と占いの種類や占い師の名を広告し、占って欲しい人間にデータとお金を送らせ、それで、霊を使って占えるとしたら、お笑いではないでしょうか。
 ケイタイで霊を送ると言った「霊能者」から、高学歴の女性が「商品」を買い、石ころが万病に効くなどと売りつける商売が成り立っているとしたら・・・。

 私たちは、ひょっとして、平成の社会と江戸時代を、行き来しているのかもしれません。






posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。