2011年06月27日

Coffee Break298 必ず彼に与えなさい(申命記15章10節)




 貧しい者が国のうちから絶えることはないであろうから、私はあなたに命じて言う。「国のうちにいるあなたの兄弟の悩んでいるものと貧しい者に、必ずあなたの手を開かなければならない。」(申命記15章12節)

 
 もう、二十年以上前のことです。テレビで、「南米移民のその後」を特集していました。
 発展途上国からの出稼ぎ労働者を受け容れる今の日本人には、知らない人も多いと思いますが、じつは明治以後、日本は移民をアメリカ(ハワイを含む)や南米に送ってきた国なのです。

 日本は国土が狭いだけでなく、山地が多いのですから農地は限られ、昔から農家の次男以下は、家をでて商家の丁稚奉公や鍛冶屋、大工などの徒弟に入ったわけです。明治以降は、人口が急激に膨張し、移民政策が提唱、推進されたのです。
 日本人は勤勉で、正直で、アメリカやハワイの大農園などで働くと、どこでも評判が良くて成功した人も多かったと、私たちは聞かされてきました。
   
 テレビの特集は、第二次大戦後の南米移住民の「その後」を取り上げたものでした。第二次大戦後、敗戦で中国や朝鮮半島(日本の植民地となっていた場所です)にいた日本人が戻ってきて人口が膨張し、その上、貧しくて十分に食べることができないので、移民が奨励されたのです。

 テレビでは、成功した一家と失敗続きの一家。また、「夢の処女地開拓」と謳われた入植地が、石ころだらけで、どうにもならず、ついには、移民を勧めた日本政府を相手取って、訴訟を起こした人たちのことも報じられていました。

 私は、農業や国の政策のことなど、ほとんどわかりませんが、しかし、その時、日本にいては決してありえないような貧しさがあるのだと、思ったものです。

 水道も電気も通っていない人里はなれた荒野で、もしそれが「地の産物」を生み出さなかったら、餓死するしかないのです。まわりは外国人で、言葉も習慣も違う人たちのなかで、関係を築いて生きていくのは勤勉さや正直さだけでは、どうにもならないものがあったでしょう。
 ある貧しい夫婦は、入植した場所で、ゴムの樹が収穫できるくらいになると病気で全滅、それが何年も続いて、みすぼらしいほったて小屋同然の住まいを建て替えることもできないまま、老いてしまった様子が映されていました。
 
  
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 ただ、あなたは、あなたの神、主の御声によく聞き従い、私が、きょう、あなたに命じるこのすべての命令を守り行なわなければならない。(申命記15章5節)

 あなたの神、主は、あなたに約束されたようにあなたを祝福されるから、あなたは多くの国々に貸すが、あなたが借りることはない。また、あなたは多くの国々を支配するが、彼らがあなたを支配することはない。(6節)


 貧しい兄弟のために、手を開いて与えれば、神はあなたを祝福されると、聖書(モーセ)は言っています。これは、たんに福祉は、回りまわって自分を豊かにするといったレベルの話ではありません。

 
 三千五百年前のイスラエルは、いわばこれからカナンに戦って入植しようという流浪の民です。神様と契約をした神聖政治国家ですが、何度も確認したように、国の中心理念と制度と組織はありますが、国土は、神が、「これから、与える」といってくださる「約束の地」にすぎません。
 そこを戦って勝ち取らなければいけなかったのですから、徒手空拳で荒地に入っていった移民と変わらないのではないでしょうか。

 神様ご自身、そのことをよくご存知でした。それゆえ、何度も何度も強調されるのです。

 必ず彼に(イスラエル人の同胞)与えなさい。また、与えるとき、心に未練をもってはならない。このことのために、あなたの神、主はあなたのすべての働きとわざを祝福してくださる。(10節) 

 私たちは現在、とても豊かな社会に住んでいるので、聖書の申命記15章で命じられているような隣人への「援助」の切実さが、案外飲み込めていないのではないでしょうか。

 





 
posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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