2011年07月01日

Coffee Break302 アビブの月を守り(申命記16章1節〜8節)




 少し「神経を病んでいる」Hさん。ごくふつうの女性です。見た目もふつうで、言動がとくに変わっているわけではありません。生計は「主婦業」で成り立ち、かわいい子どももひとりいます。優しそうなご主人との家庭は、まさにどこにでもあるような「平穏な家庭」です。

 神経を病んでいるというのは、本人がそう言うからわかるのです。心療内科に掛かって、診察を受け、医師の診断名もあります。薬を十種類くらいもらって飲んでいるそうです。
 ここで診断名を明らかにすることはできません。同じ病名でも、その状態はさまざまですから、その診断をいただいている方々を、傷つける恐れもあります。

 私はHさんを幼い頃から知っていますが、非常に「よい子」「優等生」でした。良い人と結婚してそのまま絵に描いたような結婚生活に入ったのです。ところが、自分の子どもにひどく辛く当るようになってしまいました。また、町や電車の中にあるものが不潔に見え、病気になるではないかとおそれて、外出も思うに任せなくなったのです。

 お医者様は、「この病気はむりに治そうと思わないで、長く付き合っていく気持ちでいましょう」と言われるそうです。それにしても、三時間も待つ診察を受けるのも楽ではなさそうです。
 
 いろいろ話を聞いていると、最終的には、彼女の口から、育った家庭、とりわけ母親への批判が出てきました。だれが見ても平均的な家庭と思えるような家庭で、父親や母親が何か身勝手をして、子どもを顧みなかったり、養育に手を抜いたと言うようなことはありませんでした。むしろ、一所懸命子育てをしてきたのです。
 
 ☆☆☆☆

 アビブの月を守り、あなたの神、主に過ぎ越しのいけにえをささげなさい。アビブの月に、あなたの神、主が、夜のうちに、エジプトからあなたを連れ出されたからである。(申命記16章1節)

 出エジプトは、神の救いを体験したイスラエルの民の原点でした。イスラエルの民はエジプトで奴隷であったのです。そこからたくさんの不思議や奇蹟とともに、神様はイスラエルの民を連れ出してくださったのです。

 この日、このアビブの月を「過ぎ越し」として記念しなさいと、すでに、何度も命じられています。(レビ記23章5節〜7節)

 主が御名を住まわせるために選ぶ場所で、羊と牛を過ぎ越しのいけにえとしてあなたがたの神、主にささげなさい。(2節)

 それといっしょに、パン種を入れたものを食べてはならない。七日間はそれといっしょに種を入れないパン、悩みのパンを食べなければならない。あなたが急いでエジプトの国を出たからである。それは、あなたがエジプトの国から出た日を、あなたの一生の間、覚えているためである。(3節)


 過ぎ越しは、いわばお祭りでしたが、その日に、種の入っていないパン(おいしくないパン)を食べなさいと言うのです。エジプトを出てくるのが急だったので、種を入れて発酵させている時間がなかったのです。(出エジプト記12章34節39節、13章3節〜8節)
 奴隷生活を断ち切るその夜は、もちろん、新生ともいうべき劇的な意味がありました。しかし、それは「苦しい、緊張の夜」だったことを忘れてはいけないのです。
 
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 私たちは行き詰まった時、つい過去を振り返って、親や生い立ちに原因を見つけようとします。
 捜せば、必ず、その原因だと思われる出来事があるのです。
 まことの神様に従って、その愛に恃んで、「よし!」と、喜びと興奮のうちに旅立ったイスラエルの民でさえ、荒野の旅で苦しい状況に陥るたびに、「エジプトにいれば良かった」「ここでわれわれを殺す気か」とモーセにくってかかりました。「さあ、みんなでエジプトに帰ろう」と、帰りかけたこともありました。
 その結果、わずか一ヶ月の道のりといわれるエジプト──カナンを、四十年間もさまよったのです。

 カナンを目前にして、モーセが申命記でもう一度、「アビブの月を忘れるな」と言ったのは、辛い旅立ちの日を未来への展望のバネにするためでした。神が共にいてくださらなければ、そもそも奴隷から自立することも、かなわなかったのです。


 Hさんの医者は言うそうです。
「この病気は、なかなか治らない。まあ、治そうと思わないで、気楽に病気と付き合って」
 私は、彼女に言ったのです。
「でもね。そんなことなら、私でも言えそう」

 その先は、心の奥での独り言でしたが・・・。
「まあ、治そうと思わないで、気楽に神様と付き合って。神様はずっとあなたといっしょにいてくださってるのよ。
 少なくとも、神様には予約はいらないし、待合室で三時間も待つ必要はないし、二十四時間いつでもお話できる。お薬を出さないので、薬代も要らない。ほんとうよ。まず、お祈りしてみよう。お祈りの最後に、『イエス様のお名前で祈ります』と言ってごらんなさい。これは偉い方にお会いする時に、紹介者の名刺を出すようなものね。ただちに、神様の前に行けるのよ」
 







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2011年07月02日

Coffee Break303 例祭とさばき(申命記16章)




 アビブの月を守り、あなたの神、主に過ぎ越しのいけにえをささげなさい。アビブの月に、あなたの神、主が、夜のうちに、エジプトからあなたを連れ出されたからである。(申命記16章1節)


 アビブの月は、のちに(バビロン捕囚後)言い方が変わって、ニサンの月になります。今の暦では3月にあたるのですが、当時はこれが第一の月と呼ばれました。ちょうど初穂が実るころだったようです。
 申命記16章1節から17節までは、「主の例祭」と呼ばれる行事が記されていますが、これは、レビ記23章に詳しく記されています。
  @ 安息日
  A 過越し(エジプトを出た日の記念)
  B 七週のまつり(初穂の束を奉献した日から満七週間。その翌日の五十日目が五旬節)
  C ラッパの祭り(第七月の第一日)
  D 贖罪の日(第七月の十日)
  E 仮庵の祭り(第七月の15日から七日間)

 七週の祭りは、収穫祭です。米農業の日本と違って秋に種を蒔き、春に刈り入れます。いわば「春祭り」です。大麦と小麦の収穫に代表される「生存の基盤」である農産物は、神様がくださった物です。天候に恵まれて、無事に初穂が実り、それに鎌を入れることができるのはどれほどの奇跡、感謝なことか。今、あり余る食物に囲まれている私たちには、ちょっと実感がわかないでしょう。しかし、農産物の収穫祭が、どのような国、地域、文化にもあることから、収穫を与えてくださる神様のおかげで、人類が生き延びてきたのがわかります。

 過ぎ越しと狩庵の祭りは、出エジプトを忘れないための行事です。
 安息日は十戒の四番目の戒め(出エジプト記20章8節)です。それとは別に、第七月の第一日は完全に休むよう主が命じておられる日です。ラッパを吹き鳴らして告げ知らせたのでこのように呼ばれています。贖罪の日は、同様に仕事を休んで火によるささげ物をし、神による贖いを受ける日となっています。

 
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 あなたの神、主があなたに与えようとしておられるあなたのすべての町囲みのうちに、あなたの部族ごとに、さばきつかさと、つかさたちを任命しなければならない。彼らは正しいさばきをもって民をさばかなければならない。(申命記16章18節)
 
 例祭は、主との関係を正すことが目的です。
 いっぽう、18節以下は、いわば「民政」についての戒めです。

 イスラエルの民は、エジプトで奴隷でしたから、もともときちんとした政治組織はありませんでした。人々を束ねる指令系統は、各氏族や部族の長老でした。これはいわば親族代表、一族の家長ですから、じっさいにエジプトを出てイスラエル全体が動き始めた時、イスラエルの民は効率的に機能する政治的社会組織が必要でした。

 揉め事やさばきがあるたびに、モーセが孤軍奮闘してさばきを行なっていたのです。見かねたモーセのしゅうとイテロがが、十人、五十人、百人、千人と束ねて、その上に長を置いてさばきつかさとするよう助言しています。(出エジプト記18章13節〜20節)


 申命記16章18節で命じられているのは、これら「つかさ」たちが、正しいさばきを行なうことです。

 あなたはさばきを曲げてはならない。人をかたよって見てはならない。わいろを取ってはならない。わいろは知恵ある人を盲目にし、正しい人の言い分をゆがめるからである。(19節)

 正義を、ただ正義を追い求めなければならない。そうすれば、あなたは生き、あなたの神、主が与えようとしておられる地を、自分の所有とすることができる。(20節)


 それにしても、正義とは何でしょう。正しいさばきや判決は、それほどまれなことだったのでしょうか。

 十戒の九番めの戒めは、あなたの隣人に対し偽りの証言をしてはならない(出エジプト記20章16節)でした。

 また、すぐあとに次のような戒めもあります。

 偽りのうわさを言いふしてはならない。悪者と組んで、悪意ある証人となってはならない。(23章1節)
 悪を行なう権力者の側に立ってはならない。訴訟にあたっては、権力者にかたよって、不当な証言をしてはならない。(2節)
 また、その訴訟においては、貧しい人を特に重んじてもいけない。(3節)
 

 証人が正しく、裁く人が権力者の側に立たず、それでいて、貧しい人をその理由で特に重んじてはいけない。
 三千五百年も昔に、このような正義の理念があったことに驚かされます。もちろん、なかなか実行できることではなかったでしょう。ただ、命じられた方が神様であるのですから、信仰がたしかな時代には正義は実現したのではないでしょうか。
 
  七百年後、ユダ王国の預言者イザヤは信仰が失われた時代に、神のことばを受けています。

  「さあ、来たれ。論じ合おう」と主は仰せられる。
  「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、
  雪のように白くなる。
  たとい、紅のように赤くても、
  羊の毛のようになる。
  もし、喜んで聞こうとするなら、あなたがたは、
  この国の良いものを食べることができる。
  しかし、もし拒み、そむくなら、
  あなたがたは剣にのまれる」と、
  主の御口が語られたからである。     (イザヤ書1章18節〜20節)






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2011年07月03日

Coffee Break304 石打と律法(申命記17章5節6節 ヨハネの福音書8章、ローマ3章19節20節)


 

 申命記までにも、聖書においては、何度も偶像礼拝に対して警告があり、唯一の神以外のものを拝むことが死に価すると記されています。そのため、このブログでも偶像や占いについて、いくつもの記事を書きました。

 これは、十戒の第二の戒めです。
 イスラエルの民をエジプトから導き出され、シナイで、契約を結んでくださった時、アブラハム・イサク・ヤコブの神は、ご自分以外のものを礼拝することを厳しく戒められたのでした。

 この戒めを破ったものは、石打によって殺されることになっていました。
 申命記17章で、その戒めが、また繰り返されています。
 ただ、ここではおきてを述べるにとどまらず、死刑にするときの注意が書いてあります。

 あなたは、この悪事を行なった男または女を町の広場に連れ出し、男でも女でも、彼らを石で打ちなさい。彼らは死ななければならない。(申命記17章5節)

 二人の証人または三人の証人の証言によって、死刑に処さなければならない。ひとりの証言で死刑にしてはならない。(6節)


 死刑に処するには、まず証人たちが手を下し、ついで、民がみな、手を下さなければならない。こうしてあなたがたのうちから悪を取り去りなさい。(7節)


 偶像礼拝という最悪の罪に対しても、石を投げるには、二人または三人の証人が必要だと命じられています。複数の証人は、疑惑に対する公正さを保障するものです。一人が見たというだけでは、冤罪の温床になりかねません。私たち人間は、意識するとしないとにかかわらず、案外人を陥れるのです。主観や先入観など、誤解で人を訴える恐れがあります。二人以上で見たなら、いくらか歯止めになるということでしょう。

 さらに、証人になった者から先に石を投げなければいけないと言うのは、もう一つの歯止めです。
ひと一人を打ち殺すのは、大変深刻な行為なのです。十戒の六番目の戒めは、「殺してはならない」でした。
 打ち殺すのが神の命令であると確信がなければ、一転、神にそむく恐ろしい行為なのです。

 最初に証人が石を投げ、その者の目撃責任において、ほかの人たちが石を投げる。これも悪意や誤解による訴えを抑止する方法だったのでしょう。
 
 ☆☆☆☆ 


 イエス様の前に、姦淫の女が引き出されてきた時、律法学者とパリサイ人が訴えて言いました。(ヨハネの福音書8章)
「モーセの律法によるとこういう女は、石打にされるとありますが」
 腕まくりしてこぶしを固めた男たちが、イエス様と女を取り巻き、今にも石を投げそうな場面でした。この場面で、もちろん、姦淫の現場の証人はいたのでしょう。
 イエス様はおっしゃいました。
「罪のない者から先に石を投げなさい。」

 すると、群集は年上のものから順番に、一人また一人と立ち去ったのです。
 たとえ、律法で石打と定められている罪を犯した者に対しても、「自分に罪がないと思うものから投げなさい」と言われたら、だれひとりいなかったのです。

 これは、申命記の時代より罪を犯す人が多くなっていたからでしょうか。
 この答えを、私たちはパウロが書いたローマ書の中に見ることができます。

 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。(ローマ3章19節)

 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。(20節)



 旧約聖書の律法は、イスラエル民族が天と地の創造主だけを礼拝し、秩序のある社会生活をするために与えられたものです。
 同時に、新約の時代に、神のひとり子イエス様が提供してくださる無代価の救いを、感謝して受け取ることができるように、心の備えをさせるためでもありました。つまり人々が、自分は罪人であるということをしっかりと自覚し、自分の正義ではなく、神の愛に頼って、救われるようになるためでした。

 千五百年の間に、律法はイスラエルの民にあまねく浸透して、罪の自覚をもたせる目的も、かなり達成していたことが分かりますね。






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2011年07月04日

Coffee Break305 民が王制を望むとき(申命記17章14節〜20節)




 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地に入って行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが、「回りのすべての国々と同じく、私も自分の上に王を立てたい」と言うなら、(申命記17章14節)

あなたの神、主の選ぶものを、必ず、あなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でもない外国人を、あなたの上に立てることはできない。(15節)


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 イスラエルは神聖政治国家でした。
 神様の強力な後押しで奴隷状態から導き出され、民族としてまとまり、神様が末永くイスラエル民族を後押ししてくださることを、シナイで契約を結んで示してくださいました。
 神様をおそれ、礼拝し、その御声に聞き従い、右にも左にもそれず間違いを犯さなければ、約束の地を勝ち取り、祝福されるはずでした。

 しかし、神を恐れ、聞き従うことは容易なことではありませんでした。
 神聖政治体制の下では、神様の御意向を聞くことが何より大切ですが、神様と民を取り次ぐ祭司も、さまざまな厳しい条件の中から選ばれたにもかかわらず、いろいろと欠けがありました。そのため、必ずしも神の声をきちんと取り次ぐことができませんでした。

 神様の声を受けるもう一つの方法は預言者を通じたものですが、モーセほどの大きな預言者は、その後、サムエルが現れるまで待たなければなりませんでした。

 サムエルはイスラエルの民を、主に帰らせ、イスラエルをよく治め、さばき、ペリシテ人の攻撃を撃退してイスラエルに平和をもたらした偉大な預言者でした。
 あいにく、サムエルの息子たちは、不肖の子で、わいろを取ったり、利得を追い求め、さばきを曲げていました。

 モーセが申命記17章で将来の王擁立について預言をしてから、約四百年後のことでした。

 サムエルが年老いたとき、イスラエルの長老たちがサムエルのところにやってきて、言いました。

「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちは、あなたの道を歩みません。どうか今、ほかのすべての国民のように、私たちを裁く王を立ててください。」(Tサムエル記8章5節)

 神聖政治体制こそ、イスラエルのあるべき姿でしたから、サムエルは民のこのような声を気に入りませんでした。それで、神にお答えを祈り求めました。
 
 主はサムエルに仰せられた。「この民があなたに言うとおりに、民の声を聞きいれよ。それはあなたを退けたのではなく、彼らを治めているこのわたしを退けたのであるから。」(7節)が、お答えでした。
 

 この後、イスラエル最初の王サウルが選ばれていくのです。


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 王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない。馬を増やすためだといって、民をエジプトに帰らせてはならない。「二度とこの道を帰ってはならない」と主はあなたがたに言われた。(申命記17章16節)

 多くの妻をもってはならない。心をそらせてはならない。自分のために金銀を非常に多くふやしてはならない。(17節)



 いま、完結した聖書を読む私たちは、このようなモーセの戒めが、じっさいには守られなかったのを知っています。
 サウルの次にサムエルから油をそそがれ王となったダビデは、間違いを犯しながらも、神を恐れ神の声に聞き従う信仰の人でした。
 その子ソロモンは、父の遺志を継いで神殿を建て、また、すぐれた知恵と政治手腕でイスラエルに空前の繁栄をもたらした名君でした。しかし、彼は、自分のために馬を集め、妻七百人妾三百人をもち、その後のイスラエルの衰退の原因を作ったのです。

 南王国ユダと北王国イスラエルとに分裂したイスラエルの歴史は、苦難と混迷をきわめていくのです。神の救いのご計画は、そのような中にも前進していました。






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2011年07月05日

Coffee Break306 「わざとじゃないよ」(申命記19章)




 あなたの神、主があなたに与えて所有させようとしておられるその地に、三つの町を取り分けなければならない。(申命記19章2節)

 あなたは距離を測定し、あなたの神、主があなたに受け継がせる地域を三つに区分しなければならない。殺人者はだれでも、そこに逃れることができる。(3節)



 子どもたち相手の仕事をしていたとき、子どもの言い訳の決まり文句があるのに気がつきました。
「わざとじゃないよ」
 これは友だちを怪我させたとき、怪我ほどではなくてもなんらの痛みや損害を与えて、先生に告げ口された時、友だちから非難されたとき、たいていの子どもは言うのです。
「わざとじゃないってば」
 たとえば、コマをまわしていてそのコマが誰かの足の上に落ちることがあるわけです。
 打ち所によっては痛いので、怒る子供がいます。いきなり殴りかかって仕返しする手の早い子供もいます。

「わざとじゃないのに、殴ってきたんだ」
「あぶない!って言ったのにやめないんだもの。わざとだよ」
「わざとじゃないってば」
「嘘つき。こいつ、いつも危ないことやめないんだ」


 手が出ると相手も負けていません。蹴りが入ったりしています。


 ☆☆☆☆ 

 殺人者がそこにのがれて生きることができる場合は次のとおり。知らずに隣人を殺し、以前からその人を憎んでいなかった場合である。(19章4節)
 たとえば、木を切るため隣人といっしょに森に入り、木を切るために斧を手にして振り上げたところ、その頭が柄から抜け、それが隣人に当たってその人が死んだ場合、その者はこれらの町の一つにのがれて生きることができる。(5節)


 イスラエルの中に三つの町を取り分けるのは、「過失で人を殺してしまった」者を保護することでした。
 故意であれ、過失であれ、怪我をさせられれば痛いのです。親兄弟や子どもが殺されれば、だれでも平静ではいられません。防衛本能といえば聞こえは良いのですが、復讐本能とも言うべき強い反応が出てきます。本人が死んでしまった場合、残された家族や一族が「仕返し」「あだ討ち」をするのは、むかしは、当然のことで、むしろ道義的な美談だったのでしょうか。

 血の復讐をするものが、憤りの心に燃え、その殺人者を追いかけ、道が遠いために、その人に追いついて、打ち殺すようなことがあってはならない。その人は、以前から相手を憎んでいたのではないから、死刑に当たらない。(6節)

 だから,私はあなたに命じて、「三つの町を取り分けよ」と言ったのである。(7節)


 のがれの町の建設は、最初、民数記35章で、主、神がモーセに命じられたことでした。(Coffee Break253参照)
 モーセの遺言演説とも言うべき申命記で、モーセはそれをもう一度確認しているのです。ですから、ここで、「私」と言うのはモーセです。

 そういえば、十戒の細則を思い出してください。(出エジプト記21章23節〜27節)
 殺傷事故があれば、いのちにはいのちを与えなければならない。目には目。歯には歯。手に手。足には足。やけどにはやけど。傷には傷。打ち傷には打ち傷。・・・とあり、事故であっても、等価の報復が命じられています。

 「原則的な処罰」の不備を補うために、逃れの町が作られたのでしょう。当時の時代の人々の価値観の中で、神様の憐れみの現れでした。

☆☆☆☆
 
 人となられて世に来られた神・イエス様は、もっと積極的です。

「わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」(新約聖書マタイの福音書5章44節)

「わざとじゃないよ」は、もちろんのこと、故意に悪を計る相手をも許しなさいと言われるのです。

 なかなかできるものではありません。即座に手が出て足蹴りがでる子供を止めながら、自分もあまり変わらないのを知るのです。もちろん、じっさいに手は出しません。足には蹴りを入れるような力もありません。それだけのことです。

 ある日、「迫害するもののために祈りなさい」など、さかさまになってもできない!と、気がつく自分がいるのです。同時に、「わざとじゃないよ」と、自分も言っているのに気がついたのです。
 
 「このような私を、お赦し下さい」と祈ることができたのです。
 イエス様がいらっしゃると、わかったのです。
 
 


 
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2011年07月06日

Coffee Break307 殺人へのほんとうの戒め(申命記19章、出エジプト記21章、マタイ5章)




 子どもが、まっさきに、「わざとじゃないよ」と叫ぶのを聞くと、わざとじゃなければ許されると言う基準は、一般的に浸透しているのかなと思います。過ちはだれにでもあるし、だれのせいでもない不慮の事故もあるわけです。そのような原因を考慮しようと言うのが、情状酌量といわれるものです。

 ただ、思いがけない損害を人に与えるのを恐れる一方、同じ人間が、殺意をもつほど人を憎むこともあるのは否定できません。

 聖書で最初の家庭内殺人は、なんと、アダムとエバの長男カインと次男アベルの間で起こりました。それは、嫉妬によるもので、神様が声をお掛けになって冷静になるチャンスを下さったにもかかわらず、カインは一度、燃え上がった殺意を、押さえることができなかったのです。

 地上に人間が増え広がるにつれ、数限りない殺意を伴う殺人事件があったのでしょう。洪水で一度地上のものをすべて滅ぼしてしまおうと神様が決心された時、「地上には悪が満ちていた」のですから、殺人など日常茶飯事だったのかもしれません。

 エデンの園では、食べ物は豊富で、人間は神の守りの中でのんびり暮せたのですが、楽園の外では、悪魔があらゆるワナを仕掛けています。
「生めよ。増えよ。地に満ちよ」と神様から祝福された人間は、増え続けます。しかし、食べ物は、いつも足りないのです。気候は不順で、天災は予期しない時に起こります。
 人には死と病気が入り、心には、貪欲や妬みや恐怖心が縄のように撚り合わされていて、ほかの人を「殺して」も、自分が生きようとするのです。


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 しかし、もし人が自分の隣人を憎み、待ち伏せして襲いかかり、彼を打って死なせ、これらの町の一つにのがれるようなことがあれば、(申命記19章11節)

 彼の町の長老たちは、人をやって彼をそこから引き出し、血の復讐をするものの手に渡さなければならない。彼は死ななければならない。(12節)

 彼をあわれんではならない。罪のないものの血を流す罪は、イスラエルから除き去りなさい。それはあなたのためになる。(13節)


 申命記で、悪意ある殺人に対する刑罰は厳しいものでした。ただし、神は殺人者に刑罰をお与えになると同時に、のがれの町も用意してくださったのです。
 十戒が告げられた直後に、出エジプト記21章の十戒の細則では、同じことが、さらに厳しいことばで命じられています。

 人が、ほしいままに隣人を襲い、策略をめぐらして殺した場合、この者を、わたしの祭壇のところからでも連れ出して殺さなければならない。(出エジプト記21章14節)

 神殿で(出エジプト当時は幕屋)ささげ物をささげるのは大変神聖な行為です。たとえその最中でも、(殺人の犯人とわかっていたら)連れ出して殺せと、命じられているのです。
 これほどまでに、厳しく処罰を執行されても、殺人事件は、もちろん、なくなりはしなかったでしょう。

 処罰に対して、悪魔は、より巧妙に人間をそそのかします。
 上手に仮面を被らせるのです。
 「虫も殺さぬ風情」と言った表現がありますが、「自分こそ品行方正で、神の戒めを堅く守っている」と装う人間が出てきます。
 イエス様の時代、律法学者、パリサイ人をなどの宗教的エリートをはじめ、多くの人が律法的に「正しい」生活をしようと、努力していました。それは、しばしば表面的な「繕い」になりました。

 そのような、偽善的態度を誇る人に対し、イエス様はおっしゃったのです。

「昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。(マタイの福音書5章21節)」

 しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし』と言うような者は、「最高議会に引き渡されます。また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。(22節)






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2011年07月07日

Coffee Break308 いくさの恐怖(申命記20章1節〜20節)



 
 もう二十年以上前のことです。イギリスの英語学校の同じクラスにスイス人の青年がいました。スイスに来ることがあれば、どうぞうちに泊まってくださいと言って下さったので、遠慮なく連絡しました。
 お母さんと弟さんと三人暮らしのアパートは、日本で言えば、公営住宅だったようですが、彼らの体格に合わせて部屋のサイズが大きく、すっきり片付いた部屋はモデルルームのようだと思ったものです。

 楽しく数日滞在させていただいたのですが、その時一番印象に残ったのは、彼の軍隊装備一式でした。
 スイス人の男性は二十歳から、全員兵役につかなければならないのです。軍隊の施設で訓練を受ける時もあるのでしょうが、決められた日以外は、家にいてふつうに暮しているのです。そして、いったん戦時になればいつでも装備とともに、定められた部隊に戻って戦いに参加するのです。ですから、兵士としての装備を、常時家に置いているわけです。

 彼が見せてくれた軍装品の中で、一番「震えた」のは、小銃でした。小銃とはいえ、私の身長の半分くらいあるように見えました。持ってみると案外の重さです。映画などで、銃やリュックや水筒やさまざまな装備を身につけて、兵士が機敏に動いていたりするのですが、「ホンマかいな」と初めて気がつきました。

 彼は、私の目の前で、手際よく弾を詰め、「さあ、これで、いつでも使えるんだよ」と手渡してくれました。
「これが引き金さ。すぐ撃てる」
「こんなものをもっていて、こわくないの」
 私は訊ねました。ほんとに震えていました。

「どうしてこわいの。どこの家にもあるんだよ」
「だから・・・こわくないの」
 ヘンな気を起こす人がいたら・・・とは、さすがに言えませんでした。ただ、その翌日一人で町から帰ってくるとき、なんとなく、風景が違って見えました。どこの家の中にも、あんな大きな銃があるのだ!! 

☆☆☆☆


 あなたがたが敵と戦うために出て行くとき、馬や戦車や、あなたよりも多い軍隊を見ても、彼らを恐れてはならない。あなたをエジプトの地から導き上られたあなたの神、主があなたとともにおられる。(申命記20章1節)

 私は、平和憲法の中で育ち、徴兵制も戦争もない時代を暮してきましたから、よく言われる「平和ボケ」している一人かもしれません。
 戦争と言えば映画の中か、テレビの映像です。軍人にいたっては、自衛隊の人でさえ目の前で見ることはめったにありません。まして、銃だとか剣など手に取ったこともなかったのです。

 スイスで銃を手に取り、引き金を引きさえすれば人を殺せるのだと思った瞬間の怖さは、格別のものでした。もし、戦場で、そのような銃をもった相手と対峙したら、どれほどの恐怖でしょう。申命記の時代は、銃はありませんから、刃物を持っている人と触れ合うように身近に対面するのです。こわがる者がいても当然だったでしょう。

 あなたがたが戦いに臨む場合は、祭司は進み出て民に告げ、(2節)
 彼らに言いなさい。「聞け。イスラエルよ。あなたがたは、きょう、敵と戦おうとしている。弱気になってはならない。おそれてはならない。うろたえてはならない。かれらのことで、おじけてはならない。」(3節)


 共に行って、あなたがたのために、あなたがたの敵と戦い、勝利を得させてくださるのは、あなたがたの神、主である。」(4節)

 申命記20章は、カナンに入って戦うときの心構えと手続きと戦術が具体的に指示されています。
 その第一は、敵と相対する時に相手の数や戦備を見て、恐れてはならないということです。エジプトから自分たちを導き出してくださった神、主が共にいてくださるのだからとの理由は、イスラエル人ならこの上ない、心丈夫な状況のはずです。

 じっさい、人は、もう死ぬかもしれないと思うと、後ろ髪を引かれて足がすくんでしまうのです。
 それで、後ろ髪引かれる状況にいるものに、まず、戦場から離れるように命じています。
     新しい家を建てて、それをまだ奉献していない者。
     ぶどう畑を作って、そこからまだ収穫をしていない者。
     女と婚約して、まだ結婚していない男。
 奉献や収穫や、婚約者との結婚を、ほかの者が代わってするかも知れないと思うと、目の前の戦いに集中できないとしても、当然です。

 重ねて、モーセは命じています。

 つかさたちは、さらに民に告げて言わなければならない。「恐れて弱気になっている者はいないか。その者は家に帰れ。戦友たちの心が、彼の心のようにくじけるといけないから。」(申命記20章8節)

 聖書の神は、「勇気を出せ」と一方的に、むちで追い立てるような方ではありません。
 勇気がなければ、そもそも戦争には勝てないのですから、そのような者は「帰れ」とおっしゃるのです。
 弱い人間の心を、十分斟酌してくださる神様です。






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2011年07月08日

Coffee Break309 いくさのシナリオ(申命記20章9節〜17節)



 
 いまどきの日本では、戦争はどこか現実離れした話です。何しろ、1945年8月15日の終戦以来、直接にはどこの国とも交戦してはいないのです。
 もともと国土は四海に囲まれ、とくに東側一帯は太平洋ですから、外国から攻められたり、外国と交戦することが非常に稀でした。
 外国から一方的に攻めて来られたのは、日本史のなかで、元寇だけでした。

 
 聖書の世界は、多くの民族が入り乱れて、常時、陣取り合戦をしているような地域が舞台です。エジプトとメソポタミアという二つの大きな文明にはさまれた中東で、文明、物資、人、軍隊が激しく行き通って、国家、国民、民族、文化、言語、国境などは、今日の、私たち日本人の概念とはずいぶん様相が違っていたことでしょう。


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 つかさたちは、さらに民に告げて言わなければならない。「恐れて弱気になっている者はいないか。その者は家に帰れ。戦友たちの心が、彼の心のようにくじけるといけないから。」(申命記20章8節)

 つかさたちが民に告げ終わったら、将軍たちが民の指揮をとりなさい。(9節)


 いよいよカナン入りが目前のこの時期、民事を裁く「つかさ」。神の声を伝える「祭司」、戦場で戦うときの長である「将軍」と、役割が分かれてきたようです。
 うしろ髪を引かれるような個人的事情があるもの、恐れて弱気になっているものを家に帰したら、いよいよ戦争です。
 
 町を攻略しようと、あなたがその町に近づいたときには、まず降伏を勧めなさい。(10節)

 降伏に同意して門を開くなら、その中にいる民は、みな、あなたのために、苦役に服して働かなければならない。(11節)

 もしあなたに降伏せず、戦おうとするなら、これを包囲しなさい。(12節)

 あなたの神、主が、それをあなたの手に渡されたなら、その町の男をみな、剣の刃で打ちなさい。(13節)

 しかし女、子ども、家畜、また町の中にあるすべてのもの、そのすべての略奪物を、戦利品として取ってよい。あなたの神、主があなたに与えられた敵からの略奪物を、あなたは利用することができる。(14節)

 非常に遠く離れていて、次に示す国々の町でない町々に対しては、すべてこのようにしなければならない。(15節)


 この命令は、勝ち戦さのシナリオとも言うべき、とても勇ましいものです。
 イスラエルが、敵を取り囲む前に、向こうが迎え撃つために出てくるかもしれないとか、包囲したものの、案外に敵が持ちこたえて膠着(こうちゃく)状態が長引くとかといった、もうひとつの想定はしていません。

 部隊から臆病風を追い払って、さて、これから進軍です。もし、このような強気のシュミレーションを出さなかったら、とても勝ち戦さにならないことを、神はご存知だったのではないでしょうか。

 これは、今日の私たちの生き方にも、適用できそうな場面です。
 たとえば、セールスマンはまず、弱気や気がかりを、その心から追い払わなければなりません。そして心を整えたら、売り込み先に突撃です。断られたり、追い払われたりすることを考えるのではなく、まず、強い確信をもって攻撃が成功して、相手が門を開く場面を考えるのでしょう。神が共にいてくださると信じられれば完璧です。

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 聖書は、もちろん、生き方を考えるとてもよい教材になりえます。ただし、聖書は自己啓発や、「上手な生き方」のマニュアル本ではありません。
 
 カナンの攻略は、イスラエルの民が、たんに生きるための戦いではないのです。生き延びさえすれば良いだけなら、エジプトから出て来なくても良かったのです。荒野で四十年放浪したように、細々と中東全域を放浪し、やがて混血してほかの民の中に吸収されてしまっても、生き延びたと言えるかもしれません。

 イスラエルの民が、カナンを勝ち取るというのは、神がその父祖アブラハム・イサク・ヤコブにお与えになったお約束でした。それは、イスラエルの民を用いて、やがて、全人類を救いに入れようとされる神様のご計画だったのです。
 神様の救いのご計画に用いられる民に対して、神様は、「乳と蜜が流れる」豊穣の地を与え、彼らが天地を創造されたまことの神、エジプトから大きな犠牲を払って彼らを連れ出してくださった神を礼拝するかぎり、彼らを満ち足らせてくださるとおっしゃるのです。

 神が全面的にイスラエルの民をバックアップしてくださると同時に、イスラエルの民は神に信頼してその命令に従わなければなりません。

 勝ち戦のシナリオの最後に示されている次のことばは、イスラエルの民がカナンに遣わされる核心となる根拠です。

 非常に遠く離れていて、次に示す国々の町でない町々に対しては、すべてこのようにしなければならない。(15節)

 あなたの神、主が相続地として与えようとしておられる次の国々の民の町では、息のあるものをひとりも生かしておいてはならない。(16章)
 すなわち、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり、必ず聖絶しなければならない。(17節)


 新共同訳聖書では、「滅ぼしつくさなければならない」となっているのですが、よく話題になる「聖絶」については、明日取り上げます。





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2011年07月09日

Coffee Break310 聖絶(申命記20章15節〜18節)




 あなたの神、主が相続地として与えようとしておられる次の国々の民の町では、息のあるものをひとりも生かしておいてはならない。(16章)

 すなわち、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり、必ず聖絶しなければならない。(17節)


 勇ましい勝ち戦のシミュレーションの最後に、聖絶──滅ぼしつくす──ということばが出てきます。すべての戦いではなく、滅ぼしつくす相手の名前が上げられています。ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人です。

 これは、厳しい命令です。
 戦さは、昔も今も、基本的には武力によるぶつかり合いで、殺し合いなのですから、とくに、このように厳しい命令を出すこともないと思えるのです。
 なにより、この命令は、聖絶を命じられたイスラエル人にとって、厳しいのです。

 当時の戦争は、基本的には、どこの国も「略奪」が目的なのです。14節にあるように、「女、子ども、家畜、また町の中にあるすべてのもの、そのすべての略奪物を、戦利品として取ってよい。あなたの神、主があなたに与えられた敵からの略奪物を、あなたは利用することができる」ためなのです。

 いっぽう、「聖絶」「滅ぼしつくす」と訳されていることばは、神にささげるために滅ぼすという意味なのです。いかなるものも、人間も家畜も宝物も、滅ぼしくさなければならないのです。
 わずかなものでも、人が自分たちの楽しみや欲望や利益のために取ってはいけなかったのです。多大の犠牲を払って行なう戦いに、いっさいの見返りがないわけです。

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 ここで指定されている六つの国民は、すでにアブラハムが召命を受けてカナンに出てきたときに(創世記12章)、カナンにいた先住民でした。


 あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。
 あなたの名は祝福となる。
 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、
 あなたをのろう者をわたしはのろう。
 地上のすべての民族はあなたによって祝福される。  (創世記12章1節〜3節)



 このとき、まだ、一介の遊牧民に過ぎないアブラハムにとって、神のお約束をいただいてもカナンを手に入れて国を建てるのは、夢のような話でした。
 やがて、神はアブラハムと契約を結んで、仰せになるのです。

「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。
 エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。
 ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エプス人を。」(創世記15章18節〜21節)



 アブラハム契約から約500年後、(申命記の中では、名前が上がっていない民もいますが)この時の神のお約束が果たされる時がきたのでした。

 それは、彼らが、その神々に行なっていたすべての忌みきらうべきことをするようにあなたがたに教え、あなたがたが、あなたがたの神、主に対して罪を犯すことのないためである。(申命記20章18節)

 神の救いのご計画に用いられたイスラエルは、みずからの手で、忌みきらうべきことを行なっているカナンに住む民を滅ぼし、カナンを聖なる国として、そこに住みつくように命じられたのです。

 しかし、これは、弱小のイスラエルの民には、荷が勝ちすぎたようです。
 これらの民が滅ぼしつくされなかったことは、聖書をこの先、少し読むだけでわかります。
 そのため、イスラエルはその後ずっと、異邦人の間で、苦難の道を歩むのです。

「忌まわしいものを、すべて滅ぼしつくさなければならない」
 これは、カナンをイスラエルにお与えになるとき、主、神がイスラエルに命じられたことでした。


 人間の罪を、ことごとくその身に引き受けて滅ぼし尽くしてくださったのは、結局、神ご自身でした。
 千五百年後、イエス様は、人のあらゆるそむきの罪、忌みきらうべき罪、罪の性質のすべてをご自分のからだで十字架であがない、神へのささげ物としてくださったのです。





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2011年07月10日

Coffee Break311 聖絶のじっさい(ヨシュア記6章21節〜24節、7章)

 


 話は少し飛んで、ヨシュア記の出来事です。
 モーセの死後、ヨルダン川を渡ったイスラエルの、最初の戦いはエリコに対するものでした。

 そのころ、イスラエルには神がついておられて、カナンを与えておられるということが、ヨルダン川の西の地域にも知れ渡っていました。それで、エリコの住民はおそれおののいていたのです。

 ヨシュアを指揮官に、彼らがエリコを取り囲んだ時、エリコは城門を固く閉ざしていました。そのエリコ攻めは聖書でも有名な箇所です。(ヨシュア記6章)
 少し変わった方法でしたが、イスラエルはエリコを攻め、エリコは陥落しました。彼らは町にあるものは、男も女も、若い者も年寄りも、また牛、羊、ろばも、すべて剣の刃で聖絶したのでした。(6章21章)

 それは、主の命令を守るためでした。

 ところが、じっさいには、「息のあるもの」で、殺されなかった者がいました。イスラエルの斥候をかくまってくれた遊女ラハブとその一族です。
 また、銀、金、青銅の器、鉄の器──当時のイスラエル人に取って貴重な金属──は、主のために聖別されたものとして、主の宝物倉に持ち込むと言う条件で戦利品としたのです。

 この時点で、すでに、「聖絶」が、かなり臨機応変に解釈されているのがわかります。
 ただし、個人がその楽しみや喜びのために、戦利品を盗むことには、厳しい罰が待っていました。

 エリコの次に、エリコより小さな町アイを攻撃した時、イスラエルは思いがけない敗北をきっしてしまいました。
 ヨシュアたちが地にひれ伏して歎いていると、主がヨシュアに仰せられたのです。

 イスラエルは罪を犯した。彼らは、わたしが彼らに命じたわたしの契約を破り、聖絶のものの中から取り、盗み、偽って、それを自分たちのものの中に入れさえした。(7章11節)

 調べると、ユダ部族のアカンという者が、分捕りものを盗んで隠していたのがわかりました。シヌアルの美しい外套一枚、銀二百シュケル、目方五十シュケルの金の延べ棒でした。
 聖絶の物を盗み取ったものがいたため、主の怒りが燃え上がって、戦いに負けたのでした。


☆☆☆☆

 聖書の神は、天地万物を造られただけではありません。全知全能で、永遠から永遠まで、そして宇宙の果てから果てまでを存在させ、統べておられる方です。
 ですから、神がその御手でカナンの民を滅ぼされて、カナンを更地にし、そこにイスラエルの民を入れるなどは簡単なことなのです。あるいは、エジプトの王と人民を滅ぼして、イスラエル人だけをそこに残すことでさえ、簡単だったでしょう。

 神は、あえて、そのような「楽」な方法をお選びにならなかったのです。「わたしが共にいるから」と、イスラエルの民を励まして荒野を行かせ、飢えや渇きや内輪もめや、主への背信や、あらゆる罪を経験させておられるのです。
 また、カナンに入るために、ヨルダン川をせき止める「奇蹟」を現されますが、戦いはあくまで、イスラエルの民が自分の剣ですることになるのです。

 あなたがたの足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。(ヨシュア記1章3節)

 このように主が仰せになっている、その足が踏む一歩一歩は、剣で勝ち取るのです。


☆☆☆☆

 戦いに継ぐ戦い──そのような時期は一種異様な時間です。戦時体制がもつ異常な緊張は、日本でも、先ごろの大戦を経験した方々がしばしば口にするところです。どのように美しいスローガンを掲げ、どのようなもっともらしい大義名分があっても、日常的に血や死体を見るような極限状態では、人間の上辺の美しさなどは容易にはぎとられて、さまざまな罪の性質が現れます。兵士による略奪や強奪、強姦などが珍しくなくなります。ふだんはプライドの高い女が、一個のパンのために身を売るかもしれません。

 イスラエル人は、神の選びの民ですが、荒野での言動を見てもわかるように、じつに弱い人たちでした。
 その意味では、個人的な利益につながる略奪を禁じ、戦いが神の約束の地カナンを取るためであると、つねに思い起こさせるために、「聖絶」という大義名分は必要だったのかもしれません。

 ともかくも、こうして、少しずつ、イスラエルはカナンに入植するのです。





 
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