2011年07月07日

Coffee Break308 いくさの恐怖(申命記20章1節〜20節)



 
 もう二十年以上前のことです。イギリスの英語学校の同じクラスにスイス人の青年がいました。スイスに来ることがあれば、どうぞうちに泊まってくださいと言って下さったので、遠慮なく連絡しました。
 お母さんと弟さんと三人暮らしのアパートは、日本で言えば、公営住宅だったようですが、彼らの体格に合わせて部屋のサイズが大きく、すっきり片付いた部屋はモデルルームのようだと思ったものです。

 楽しく数日滞在させていただいたのですが、その時一番印象に残ったのは、彼の軍隊装備一式でした。
 スイス人の男性は二十歳から、全員兵役につかなければならないのです。軍隊の施設で訓練を受ける時もあるのでしょうが、決められた日以外は、家にいてふつうに暮しているのです。そして、いったん戦時になればいつでも装備とともに、定められた部隊に戻って戦いに参加するのです。ですから、兵士としての装備を、常時家に置いているわけです。

 彼が見せてくれた軍装品の中で、一番「震えた」のは、小銃でした。小銃とはいえ、私の身長の半分くらいあるように見えました。持ってみると案外の重さです。映画などで、銃やリュックや水筒やさまざまな装備を身につけて、兵士が機敏に動いていたりするのですが、「ホンマかいな」と初めて気がつきました。

 彼は、私の目の前で、手際よく弾を詰め、「さあ、これで、いつでも使えるんだよ」と手渡してくれました。
「これが引き金さ。すぐ撃てる」
「こんなものをもっていて、こわくないの」
 私は訊ねました。ほんとに震えていました。

「どうしてこわいの。どこの家にもあるんだよ」
「だから・・・こわくないの」
 ヘンな気を起こす人がいたら・・・とは、さすがに言えませんでした。ただ、その翌日一人で町から帰ってくるとき、なんとなく、風景が違って見えました。どこの家の中にも、あんな大きな銃があるのだ!! 

☆☆☆☆


 あなたがたが敵と戦うために出て行くとき、馬や戦車や、あなたよりも多い軍隊を見ても、彼らを恐れてはならない。あなたをエジプトの地から導き上られたあなたの神、主があなたとともにおられる。(申命記20章1節)

 私は、平和憲法の中で育ち、徴兵制も戦争もない時代を暮してきましたから、よく言われる「平和ボケ」している一人かもしれません。
 戦争と言えば映画の中か、テレビの映像です。軍人にいたっては、自衛隊の人でさえ目の前で見ることはめったにありません。まして、銃だとか剣など手に取ったこともなかったのです。

 スイスで銃を手に取り、引き金を引きさえすれば人を殺せるのだと思った瞬間の怖さは、格別のものでした。もし、戦場で、そのような銃をもった相手と対峙したら、どれほどの恐怖でしょう。申命記の時代は、銃はありませんから、刃物を持っている人と触れ合うように身近に対面するのです。こわがる者がいても当然だったでしょう。

 あなたがたが戦いに臨む場合は、祭司は進み出て民に告げ、(2節)
 彼らに言いなさい。「聞け。イスラエルよ。あなたがたは、きょう、敵と戦おうとしている。弱気になってはならない。おそれてはならない。うろたえてはならない。かれらのことで、おじけてはならない。」(3節)


 共に行って、あなたがたのために、あなたがたの敵と戦い、勝利を得させてくださるのは、あなたがたの神、主である。」(4節)

 申命記20章は、カナンに入って戦うときの心構えと手続きと戦術が具体的に指示されています。
 その第一は、敵と相対する時に相手の数や戦備を見て、恐れてはならないということです。エジプトから自分たちを導き出してくださった神、主が共にいてくださるのだからとの理由は、イスラエル人ならこの上ない、心丈夫な状況のはずです。

 じっさい、人は、もう死ぬかもしれないと思うと、後ろ髪を引かれて足がすくんでしまうのです。
 それで、後ろ髪引かれる状況にいるものに、まず、戦場から離れるように命じています。
     新しい家を建てて、それをまだ奉献していない者。
     ぶどう畑を作って、そこからまだ収穫をしていない者。
     女と婚約して、まだ結婚していない男。
 奉献や収穫や、婚約者との結婚を、ほかの者が代わってするかも知れないと思うと、目の前の戦いに集中できないとしても、当然です。

 重ねて、モーセは命じています。

 つかさたちは、さらに民に告げて言わなければならない。「恐れて弱気になっている者はいないか。その者は家に帰れ。戦友たちの心が、彼の心のようにくじけるといけないから。」(申命記20章8節)

 聖書の神は、「勇気を出せ」と一方的に、むちで追い立てるような方ではありません。
 勇気がなければ、そもそも戦争には勝てないのですから、そのような者は「帰れ」とおっしゃるのです。
 弱い人間の心を、十分斟酌してくださる神様です。






posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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