2011年07月09日

Coffee Break310 聖絶(申命記20章15節〜18節)




 あなたの神、主が相続地として与えようとしておられる次の国々の民の町では、息のあるものをひとりも生かしておいてはならない。(16章)

 すなわち、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり、必ず聖絶しなければならない。(17節)


 勇ましい勝ち戦のシミュレーションの最後に、聖絶──滅ぼしつくす──ということばが出てきます。すべての戦いではなく、滅ぼしつくす相手の名前が上げられています。ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人です。

 これは、厳しい命令です。
 戦さは、昔も今も、基本的には武力によるぶつかり合いで、殺し合いなのですから、とくに、このように厳しい命令を出すこともないと思えるのです。
 なにより、この命令は、聖絶を命じられたイスラエル人にとって、厳しいのです。

 当時の戦争は、基本的には、どこの国も「略奪」が目的なのです。14節にあるように、「女、子ども、家畜、また町の中にあるすべてのもの、そのすべての略奪物を、戦利品として取ってよい。あなたの神、主があなたに与えられた敵からの略奪物を、あなたは利用することができる」ためなのです。

 いっぽう、「聖絶」「滅ぼしつくす」と訳されていることばは、神にささげるために滅ぼすという意味なのです。いかなるものも、人間も家畜も宝物も、滅ぼしくさなければならないのです。
 わずかなものでも、人が自分たちの楽しみや欲望や利益のために取ってはいけなかったのです。多大の犠牲を払って行なう戦いに、いっさいの見返りがないわけです。

☆☆☆☆


 ここで指定されている六つの国民は、すでにアブラハムが召命を受けてカナンに出てきたときに(創世記12章)、カナンにいた先住民でした。


 あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。
 あなたの名は祝福となる。
 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、
 あなたをのろう者をわたしはのろう。
 地上のすべての民族はあなたによって祝福される。  (創世記12章1節〜3節)



 このとき、まだ、一介の遊牧民に過ぎないアブラハムにとって、神のお約束をいただいてもカナンを手に入れて国を建てるのは、夢のような話でした。
 やがて、神はアブラハムと契約を結んで、仰せになるのです。

「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。
 エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。
 ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エプス人を。」(創世記15章18節〜21節)



 アブラハム契約から約500年後、(申命記の中では、名前が上がっていない民もいますが)この時の神のお約束が果たされる時がきたのでした。

 それは、彼らが、その神々に行なっていたすべての忌みきらうべきことをするようにあなたがたに教え、あなたがたが、あなたがたの神、主に対して罪を犯すことのないためである。(申命記20章18節)

 神の救いのご計画に用いられたイスラエルは、みずからの手で、忌みきらうべきことを行なっているカナンに住む民を滅ぼし、カナンを聖なる国として、そこに住みつくように命じられたのです。

 しかし、これは、弱小のイスラエルの民には、荷が勝ちすぎたようです。
 これらの民が滅ぼしつくされなかったことは、聖書をこの先、少し読むだけでわかります。
 そのため、イスラエルはその後ずっと、異邦人の間で、苦難の道を歩むのです。

「忌まわしいものを、すべて滅ぼしつくさなければならない」
 これは、カナンをイスラエルにお与えになるとき、主、神がイスラエルに命じられたことでした。


 人間の罪を、ことごとくその身に引き受けて滅ぼし尽くしてくださったのは、結局、神ご自身でした。
 千五百年後、イエス様は、人のあらゆるそむきの罪、忌みきらうべき罪、罪の性質のすべてをご自分のからだで十字架であがない、神へのささげ物としてくださったのです。





posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。