2011年07月14日

Coffee Break316 実生活における諸問題(1)(申命記22章)




 申命記22章は、とくに、当時のイスラエル人の実際の生活に根ざした具体的なおきてです。社会状況、文化状況がまるで違う現代社会で暮らす私たちには、あまり意味をなさない面も多いのです。 聖書は最初、書かれた時代状況の中で、そこに生きていた人たちに当てて書かれたと言うことを、思い起こす必要があります。(参照、このブログのリンク・佐々木先生のサイト・聖書を読むぞー、聖書の読み方Y、D、正しい理解の助け、3、文化背景を考えて読む)

 箇条書きに出してみましょう。

@牛や羊が迷っているのを見つけたら、持ち主のところに返してやらなければならない。彼のろばや着物、なくしたものについても同様にしなければならない。(申命記22章1節〜3節)

今の日本で、牛や羊が迷っていることはまずないけれど、意味はわかりますね。

Aろばや牛が倒れて、持ち主が助け起こすのに難儀していたら、いっしょに助け起こしてやらなければならない。(4節)

たとえば、車が故障して立ち往生していたら、何かお手伝いするのでしょうか。でも、今では、ケイタイで修理店を呼び出して、必要ならレッカー車が来て、素人が手伝うことはあまりなさそうです。

B女は男の衣装を身につけてはならない。男は女の着物を着てはならない。(5節)

これが、なんらの性的倒錯の禁止を意味しているのだとしても、今の時代は、このようなことは個人の趣味の問題だと、考えられてしまうのではないでしょうか。

C木の上に鳥の巣を見つけ、ひなか卵を母鳥が抱いている場合、母鳥とひなの両方をいっしょにとってはならない。必ず母鳥を去らせて、子をとらなければならない。(6節7節)

このような行動は、現代ではバツですね。野鳥を獲ったりしてはいけません!

D新しい家を立てるときは、屋上に手すりをつけなさい。万一そこからだれかが落ちても、あなたの家は血の罪を負うことがないために。(8節)

井戸を掘ったら、ふたをして置くようにというのもありますね。今では、危ない場所に手すりや柵をつけるのは常識ですが、三千五百年前に、事故に対するこのような責任感覚があるのを、私は進んでいると思ったのですが。(出エジプト記21章33節34節参照)

Eぶどう畑に二種類の種を蒔いてはならない。(9節)

F牛とろばを組にして耕してはならない。(10節)

たとえて言えば、体格や体力や脚力が違う同士の二人三脚みたいなものでしょうか。

G羊毛と亜麻糸を混ぜて織った着物を着てはならない。(11節)

これも今の時代には、意味がないのかもしれません。綿と化繊の混紡、羊毛と綿の混紡などいろいろあるようです。
 
H身にまとう着物の四隅に、ふさを作らなければならない。(12節)

これは律法を表していて、ふさを見ることで、律法を心に刻む意味があったそうです。
しかし、初めは良い目的のあることでも、形式化して行きます。
イエス様は、律法学者やパリサイ人のことを皮肉っておっしゃっています。

「彼らのしていることはみな、人に見せるためです。経札の幅を広くしたり、衣の房を長くしたりするのもそうです。(マタイの福音書23章5節)
また、宴会の上座や会堂の上席が大好きで、(6節)
広場であいさつされたり、人から先生と呼ばれたりすることが好きです。(7節)


I妻をめとったあと、初夜に処女のしるしがなかったと訴える場合。(13節14節)

「処女のしるし」といった言葉自体、あまり聞かなくなりました。

J処女のしるしがなかったと、訴えられた娘の親の対応。(15節~21節)

現在、結婚式のあとに初夜を持つカップルは、どれくらいいるのでしょう。同棲が先で、その次が妊娠で、いわゆる「できちゃった」婚も珍しくなくなりました。もし男女が初夜のあと、別れ話が出ても、今では二人だけの問題、せいぜい弁護士と三人の問題かもしれません。

K夫のある女と寝ている男が見つかった場合。婚約中の処女と寝た場合(22節)
男女とも石打の刑。

十戒の七番めの戒め「姦淫してはならない」で、述べたように、相手の女性に夫や婚約者がいる場合だけ、男にとって姦淫になりました。自分の妻や婚約者に対して、姦淫ではなかったのです。

L婚約中の女がほかの男と、町の中で寝た場合。(23節24節)
ほかの男に強引にレイプされたとしても、それが町の中なら和姦(合意)だったと見られました。大声で助けを呼べば、誰かに聞こえたはずだと言うのです。婚約者がいる場合は男も女も死刑。

M婚約中の女が野で強姦された場合。(25節〜27節)
野原では、大声を出しても聞こえませんから、レイプされたと判断され、女は無罪、男は死刑。

N婚約していない処女を捕らえていっしょに寝た場合。(28節29節)
男は女性の父親に銀五十シュケル払い、この女性と結婚しなければならない。さらに、この男はこの女性をはずかしめたのだから、一生彼女を離縁できないと書かれています。

O父の妻を娶ってはならない。(30節)
これは、父親に複数の妻がいた場合のことです。もちろん、同時に二人ではなくて、彼の母は死んでいて、後妻に来た女のことかもしれません。さらに、娶るというのですから、父親は死んで、父の妻はやもめの場合でしょう。





posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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