2011年07月21日

Coffee Break323 その地の産物(申命記26章1節〜7節)




 子どもの世話をする仕事のなかに、子どものコレクションの処分というものがあります。いえ、表向きそのような仕事が指示されているのではありません。子どものママやパパも知らないことです。
 
 学期末や年度替りに、子どものロッカーやくつ箱を整理していると、たいていの子どもはその奥になにやら突っ込んでいます。木の葉だったり、蝉の抜け殻だったり、つぶれた折り紙だったり、小石だったり、鳥の羽だったり、貝殻だったり・・・。

 子どもを公園や山、海に連れて行くと、必ず探し物を始めます。そして、「ほら」と親や先生に見せに来るでしょう。ところが、遠足もなく、行事もなかったはずなのに、子供は何かしら集めているのです。

 コレクションは夢の反映です。毎日同じ通学路、同じ教室で同じ仲間と同じ先生と同じことをしているようでも、子どもには毎日が新しいのです。毎日、何かを発見して、それを誰かに見せようと、──あるいは、だれにも見せまいと、集めてくるのです。

 もし、「あした、凸凹山に行くから、できるだけそこにあるものを集めて見せに来るように」とでも言ったら、大変です。たちまち教室は、収穫物と戦利品の山になるでしょう。

 
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 あなたの神、主が相続地としてあなたに与えようとしておられる地に入って行き、それを占領し、そこに住むようになったときは、(申命記26章1節)

 あなたの神、主が与えようとしておられる地から収穫するその地のすべての産物の初物をいくらか取って、かごに入れ、あなたの神、主が御名を住まわせるために選ぶ場所へ行かなければならない。(2節)


 これは、いわゆる「ささげ物規程」ではありません。農産物のささげ物については、申命記14章22節〜25節に「十分の一を毎年必ずささげなければいけない」と、命じられています。

 これは、ある意味でもっと大変な命令です。でも、聞いていて、わくわくする命令です。
 考えてみてください。あなたが誰かから土地を与えられて、自由に住んで、使ってよいけれど、そうしたら、その地でとれる産物の初物を、すべて、かごに入れ、神様に見せに来なさいというのです。


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 そのとき、任務についている祭司のもとに行って、「私は、主が私たちに与えると先祖たちに誓われた地に入りました。きょう、あなたの神、主に報告いたします」と言いなさい。(3節)
 祭司は、あなたの手からそのかごを受け取り、あなたの神、主の祭壇の前に供えなさい。(4節)


 モーセから、このような命令を受けた時、民は思ったに違いありません。
 そうか。その場所には、きっと、珍しいものがあるんだ。変わった虫や鳥。きれいな花。たわわに実ったおいしそうな果物。おいしい魚も獲れるといいな。おいしい木の実も食べたいな。
 
 乳と蜜の流れる地──あふれ、地に流すほど乳がしぼれるのは、青々とした草原があって、家畜が丸々と太って、仔が次々生まれることです。蜜が流れるとは、花々が咲き乱れ、ミツバチが忙しく蜜を集め回り、森の中では、巣から蜜が滴り落ちているということです。


 あなたは、あなたの神、主の前で、次のように唱えなさい。「私の父はさすらいのアラム人でしたが、わずかな人数を連れてエジプトに下り、そこに寄留しました。しかし、そこで、大きくて強い、人数の多い国民になりました。(5節)

 エジプト人は、私たちを虐待し、苦しめ、私たちに苛酷な労働を課しました。(6節)
 私たちが私たちの父祖の神、主に叫びますと、主は私たちの声を聞き、私たちの窮状と労苦と圧迫をご覧になりました。(7節)


 彼らは、かつて、浅ましい思いで、神やモーセにつぶやきました。
「エジプトでは、ただで魚を食べていたことを思い出す。きゅうり、すいか、にら、たまねぎ、にんにくも」(民数記11章5節)
 しかし、耐乏生活もいよいよ終るのです。イスラエルの民は、心から、モーセの言葉を復唱したに違いありません。

 そこで主は、力強い御手と、述べられた腕と、恐ろしい力と、しるしと、不思議とをもって、私たちをエジプトから連れ出し、(8節)

 この所に導き入れ、乳と蜜の流れる地、この地を私たちに下さいました。(9節)
 今、ここに私は、主、あなたが私に与えられた地の産物の初物を持ってまいりました。」
 あなたは、あなたの神、主の前にそれを供え、あなたの神、主の前に礼拝しなければならない。(10節)

 あなたの神、主が、あなたとあなたの家とに与えられたすべての恵みを、あなたは、レビ人およびあなたがたのうちの在留異国人とともに喜びなさい。(11節)




 ※※※※

   主に感謝せよ。
   主はまことにいつくしみ深い。
              その恵みはとこしえまで。
   神の神であられる方に感謝せよ。
              その恵みはとこしえまで。
   主の主であられる方に感謝せよ。
              その恵みはとこしえまで。
   ただひとり、大いなる不思議を行なわれる方に。
              その恵みはとこしえまで。
   英知をもって天を造られた方に。
              その恵みはとこしえまで
   地を水の上に敷かれた方に。
              その恵みはとこしえまで。
   大いなる光を造られた方に。
              その恵みはとこしえまで。
   昼を治める太陽を造られた方に。
              その恵みはとこしえまで。
   夜を治める月を造られた方に。
              その恵みはとこしえまで。

   エジプトの初子を打たれた方に。
              その恵みはとこしえまで。
   主はイスラエルを
   エジプトの真ん中から連れ出された。
              その恵みはとこしえまで。
   力強い手と差し伸ばされた腕をもって。
              その恵みはとこしえまで。
   葦の海を二つに分けられた方に。
              その恵みはとこしえまで。
   主はイスラエルにその中を通らせられた。
              その恵みはとこしえまで。
   パロとその軍勢を葦の海に投げ込まれた。
              その恵みはとこしえまで。
   荒野で御民を導かれた方に。
              その恵みはとこしえまで。

            (詩篇136、1節〜16節)



   

   Coffee Breakは、聖書を「創世記」から読みながら書いている
   エッセイです。現在、最初の五巻「律法の書(モーセ五書)」のなかの、
   五番目の書物、申命記を読んでいます。
   
   
   

   聖書箇所の引用は、「新改訳聖書」を使わせていただいています。







posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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