2010年08月25日

Coffee BreakA 神様はいる?



「神様がいるなら、何をしているのかしら」
 腹立たしそうに言ったKさんの声を忘れることはできない。ふっくらした大柄な人が、Bちゃんを見なが ら言ったのです。
 私たちは、その施設で障がい児の担当として働いていました。そこに来ているのは、重度の障害をもった子供ばかりでした。全員、小学生です。

 Bちゃんは、知的障害、身体障害、難病の三重の障害を負っていました。移動するのも、トイレも、食事にも──小さなおせんべい一枚口にもっていくにも──介助を必要としました。ほとんど言葉はでてきません。意欲はあり、立ち上がって目を引くものの方へ歩くのですが、いつ転ぶかも知れず、介助にあたるものは、片時も目をはなすわけにはいかない子どもです。 


 夕方まで、Bちゃんの担当だったKさんは、疲れていたのでしょう。私は自分の担当の子供が帰ったので、少しの間でも、Kさんと交代して上げようと、そばに行ったのです。そこでは、手の空いたものが互いに助け合うルールでしたから。

「神様は何をしているのかしら」
  彼女は繰り返しました。

 その日の日記に、つぎの短歌があります。



    片時も 手足心の定まらぬ子
                「神様!」と言って 今見つめあう



 私も、体力も技術も足りなくて、疲れるといらいらするような職員でした。Bちゃんのときは、やはり、自分の限界を知らされるのです。
 そんな時、せめて、見詰め合えれば、せめて私を見て笑ってくれればと、祈ったものです。
 
 ある時、「神様!」と言って、Bちゃんの両手を取って握りました。ふしぎなことに、めったに視線の合わないBちゃんが、しっかりと私の目を見てくれたのです。

 その瞬間、二人の間に流れた温かさと平安を、今も眼前のことのように思い出します。
 
 信仰がだんだん、ゆるぎないものとなっていった頃でした。
 Bちゃんのことばかりではありません。

 祈り、祈り、祈って、いろいろな場面を乗り越えていったからです。

 神様は、働いてくださっているのよ。ここに、いらっしゃるわ。

 わたしは、Kさんにそう言うべきだったでしょうか。今なら、言えるでしょうが、その頃はただ、笑っているだけでした。




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posted by さとうまさこ at 04:16| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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