2010年09月06日

Coffee BreakM 聖書に見る罰(創世記3章)



 人を前(みまえ)から追放された神は、それをよしとされたでしょうか。追放の理由が、神の愛の性質ゆえなのです。とても、悲しいことだったと思います。たとえば、何か問題があったために、子どもを叱る親の気持ち、親友とあえて別れなければいけないとき、人は怒りとともに、怒りによって相手と引き裂かれる痛みを覚えます。できるなら、赦して、適当なところで折り合いをつけて、これまでどおりの関係を続けて生きたい──。
 じっさい、人の場合は、完全に親子の関係を断つなんてことは、できないのですが、神さまはちがいます。許すと、愛する人が火に飛び込む虫のように一瞬にして、滅んでしまうのですから。

 人にとっては、もちろん、神の保護を失うことは怖ろしい結果をもたらしました。


 女にはこう仰せられた。
「わたしはあなたのうめきと苦しみを大いに増す。
あなたは苦しんで子を産まなければならない。
しかも、あなたは夫を恋い慕うが、
彼はあなたを支配することになる。」(創世記3章16節)

 また、人に仰せられた。
「あなたは妻の声に聞き従い、
食べてはならないと
私が命じておいた木から食べたので、
土地はあなたのゆえにのろわれてしまった。
あなたは、一生
苦しんで食を得なければならない。(3章17節)

土地はあなたのために、
いばらとあざみを生えさせ、
あなたは、野の草を食べなければならない。(3章18節)

あなたは、顔に汗を流して糧を得、
ついに、あなたは土に帰る。
あなたはそこから取られたのだから。
あなたはちりだから、
ちりに帰らなければならない。」(3章19節)
 

 これは、なんと厳しい!
 というより、あまりに、人が置かれた状況そのものなのではないでしょうか。
 私は、最初これを読んだとき、むしろ、この刑罰にとても驚きました。
 今、私たちが、生きるためにしなければならないもろもろの労苦、女性が子どもを産むことが、一つの大きな「事業」のように、心身の負担を伴うこと。また、夫と妻の関係などが、この時、神によって「刑罰」として宣告されたものだった!!

 アダムとエバは、自分たちの犯した罪が、このように、彼らの子孫に永遠に及ぶとは、考えたでしょうか。


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posted by さとうまさこ at 05:45| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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