2010年09月10日

Coffee BreakQ カイン


「あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」(4章7節)


 カインがひどく怒って顔を伏せたのをごらんになった神は、こう言われました。反抗的な膨れ面は、神への罪なのです。それで、神は、カインに注意を促したのです。悔い改めるようにと。
 悔い改めないなら、
罪は戸口で待ち伏せしているとは、なんとこわい状況でしょう。しかも、罪は罪を犯した人間を、恋い慕っている

 カーッとなって、我を失い、肩怒らせて出て行く人間を、戸口で迎えるサタン。サタンは満面に狡猾な笑みを浮かべて、怒っている人の手を握り、「よくやった」と、彼を連れ出す。そんな光景が目に見えるようです。

 だれでも、一度や二度は思い当たる場面ではないでしょうか。たびたび!という人もいるかもしれません。
それを治めるべきであると、神が言われるまでもなく、こんな時、怒りに駆られている自分を「制御したい」と人は思います。落ち着いて、落ち着いて! クールダウン! 深呼吸して。とりあえず、ここは我慢して・・・。

 でも、心の底から、「自分を治める」ことが、できるでしょうか。

 
 カインはどうだったのでしょう。
 小説なら、ここは作家の想像が羽ばたくところです。


 カインはあえぎながら、こぶしを握り締め、弟を睨みつけていました。弟のささげ物も自分が持ってきたささげ物も蹴散らしたい衝動を、必死で抑えていました。さすがに、主の目の前で、怒りを爆発させることは出来ませんでした。
 何も気づかないアベルは、兄を見て言いました。
「どうしたの。兄さん。顔が真っ赤だよ」
 戸口で待っていた罪が近寄ってきて、カインの肩を叩きました。
「あの余裕を見てみろ。この上、お前は、弟の笑いものになるのか」


 正しく行なう暇も与えません。サタンは抜け目がないのです。

 カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」 そして、二人が野にいたとき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。(4章8節)
 カインを、私たちは断罪できるでしょうか。私たちも似たような者なのです。ひとたび、罪に囚えられたら、自分の力だけでそこから抜け出すのは、容易ではありません。
 
 やがて、人間は、祭壇を築き、犠牲(自分の罪を身代わりに負う動物のいけにえ)を献げて、神に罪の赦しを乞い、その御心を聞くようになりました。自分で治められない自分を、神に委ねようと気がついたのです。でも、それは、カインからずっとずっと後の時代の話です。

 カインは、その上、過ちを尋ねられて、開き直り、しらを切りました。罪の上塗りをしたのです。
 

 主はカインに、「あなたの弟アベルはどこにいるのか」と問われた。カインは答えた。「知りません。わたしは、自分の弟の番人でしょうか。」(4章9節)

  

【関連する記事】
posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。