2010年10月07日

Coffee Break45 サラの出産(創世記21章1節〜3節)



 
 聖書を読んでいると、どうしても「ついていけない」と思わされる箇所に出会います。
 クリスチャン用語では、「つまづく」のです。たとえば、創世記に出てくる人たちの並外れた寿命の長さとか(すでにご存知だと思います)。私たちの常識では、承服しがたいことを述べている箇所とか。

 さて、創世記16章で、ハガルはアブラムの子を産みました。これが、神の目からご覧になると、間違ったことであっても、人間の常識に従って起こったことでした。イシュマエルが生まれたとき、 アブラムが八十六歳の高齢であったとしても、認められなくはありません。



 ところが、それから十三年後、アブラム九十九歳のとき、主はアブラムに現れて告げられたのです。



 「わたしは全能の神である。
 あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。
 わたしは、わたしの契約を、
 わたしとあなたとの間に立てる。
 わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」(創世記17章1節〜2節)

 「わたしは、この、わたしの契約を
 あなたと結ぶ。
 あなたは多くの国民の父となる。
 あなたの名は、
 もう、アブラムと読んではならない。
 あなたの名はアブラハムとなる。
 わたしがあなたを多くの国民の父とするからである。」(4節〜5節)


 この時から、アブラムは、アブラハムと呼ばれるようになるのです。

 さらに、主(神)はこのあと、アブラハムとアブラハムの子孫との間に、永遠の契約を立てること。また、カナンの全土を、アブラハムとアブラハムの子孫に永遠の所有地として与えること。だから、アブラハムとアブラハムの子孫は、代々、神との契約を守らなければならないこと。
 そのしるしとして、アブラハムとその子孫、一族の男たちは、しもべに至るまで、割礼を受けなければならないと、仰せられた。(7節〜14節)

 主は、サライの名前も変えてくださるのです。


 また、主はアブラハムに仰せられた。「あなたの妻サライのことだが、その名をサライと呼んではならない。その名はサラとなるからだ。(15節)
 わたしは彼女を祝福しよう。たしかに彼女によって、あなたに一人の男の子を与えよう。わたしは彼女を祝福する。彼女は国々の母となり、国々の民の王たちが、彼女から出てくる。」(16節)
 アブラハムはひれ伏し、そして笑ったが、心の中で言った。「百歳の者に子どもが生まれようか。サラにしても、九十歳の女が子を産むことができようか。」
そして、申し上げた。「どうか、イシュマエルが、あなたの御前で生きながらえますように。」(17節)


 アブラハムが、心の中で神のお言葉に反論したのは、信仰的には良くないことだったでしょうが、人間の常識としては当たり前のことです。

 そして、何より、驚くのは、じっさい、サラは九十歳で男の子を産むのです。
 (神に不可能はないと思っていて全知全能の神の存在をお認めして読み進めている私の、この「不信仰」を神様にお詫びしつつ書いているのですが)、イシュマエルが生まれて、14年目に、アブラハムにもう一人の息子イサクが、正妻サラとの間に生まれるのです。

 待ちに待った子どもでした。

 アブラハムとサラも驚いたでしょうが、だれよりも驚いたのは、ハガルだったかもしれません。
 神の奇跡は、ハガルの運命を変えてしまったのです。



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posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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