2010年11月01日

Coffee Break70 ユダとタマル




 ヨセフの話が始まったと思ったら、創世記38章は、ヤコブの四男ユダに話題が移ります。ユダはレアが産んだ四人目の男の子でした。
 ヨセフを売り飛ばすとき、ユダはその場にいました。ヨセフが野に見に行った「兄たち」の中に、はっきり名前が出てくるのは長兄ルベンとユダだけです。
 しかし、38章の書き出しは、「そのころのことであった。ユダは兄弟たちから離れて下っていき、その名をヒラというアドラム人の近くで天幕を張った。(38章1節)
 そこでユダは、カナンで、その名をシュアと言う人の娘を見そめ、彼女をめとって彼女のところに入った。(2節)
 彼女はみごもり、男の子を産んだ。彼はその子をエルと名づけた。(3章)


 〈そのころ〉が、ヨセフが売られたのと同じ時期だとすると、ヤコブは、ラバンのところに十四年いて、ヨセフが生まれた直後、ラバンに故郷に帰らせて欲しいと申し出、それから六年ラバンのところで働きました。そのヨセフが十七歳ですから、ユダは二十五歳以上にはなっていたのでしょう。
 しかし、話はもっと先に進みます。ユダにはエルのつぎに、もう二人子供が生まれます。それぞれ、オナンとシェラと名づけられます。

 話は、込み入ってきます。ユダは長子エルにタマルという妻を迎えてやります。ところがエルはまもなく死んでしまいます。死んだ理由は、「主を怒らせていたので」と書かれているだけです。
 長兄が、子どもを残さないまま亡くなった場合、ユダヤの習慣では、次兄が長兄の妻の所に入り、彼女に子どもを産ませることになっていました。この場合、生まれてくるのが次兄の子どもであっても、長兄の子どもとなるのです。
 オナンは子どもを作っても自分の子にならないと知っていたので、兄嫁のところに入ったけれども、けっきょく、交わりませんでした。これは、「主を怒らせたので」、オナンも死んでしまいました。
 つぎに、三番目の息子がエルの妻のところに入らなければいけないのです。しかし、ユダは「わが子シェラ(三男)が成長するまで、あなたの父の家でやもめのままでいなさい」とタマルにいいました。(11節)

 じっさいには、ユダはシェラもまた、死んではいけないと思ったので、タマルに近づけなかったのです。


 やがて、ユダの妻も死に、その喪が明けた時、ユダは羊を追ってティムナと言うところに行き、そこで、道端に座っていた遊女を誘い、その女のところに入りました。
 じつは、それは、嫁のタマルで、彼女はユダが三男をタマルに与えなかったので非常手段に出たのです。遊女の身なりをし、顔も覆っているので、ユダは嫁とも気がつかず関係をもってしまいます。タマルのほうは、彼に報酬の子やぎをもらうまでの担保として、彼の印形とヒモと杖をあずかります。
 彼はその時いっしょだった友人に、遊女に渡してくれるように子やぎを託して、担保の品々を取り返そうとしたのですが、その後、その場所に遊女は見つからず、土地の人によればその町には遊女などいたこともないとの返事です。あまり詮索すると、結局自分の恥になるので、ユダは担保の品々を取り返すのを諦めました。

 ところがしばらくすると、嫁のタマルが売春してみごもったらしいと、告げ口するものがありました。
 そこでユダは言った。「あの女を引き出して、焼き殺せ。」(24節)
 彼女が引き出されたとき、しゅうとのところへ使いをやり、「これらの品々の持ち主によって、私はみごもったのです。これらの印形とひもと杖がだれのものかをお調べください」(25節)
 もとより、それが自分のものであると、ユダは気がつき、いいました。
「あの女は私より正しい。私が彼女にわが子シェラを与えなかったことによるものだ。」(26節)


 人がもし息子の嫁と寝るなら、ふたりは必ず殺されなければならない。彼らは道ならぬことをした。その血の責任は彼らにある。(レビ記20章12節) 出エジプトの後に、このような掟ができるのですが、ユダには、このような自覚はあったのでしょうか。

 その後、月が満ちて、タマルは双子を産みました。しゅうとユダの子どもです。
 今の常識からすると、なんともすさまじい話です。夫が子どもを持つ前に亡くなったら、その兄弟によって子どもを作るというのは、後にレビラート婚と呼ばれて制度化したようですが、日本などにはない習慣なので理解しがたいものです。
  
 聖書がなぜ、このような事件をわざわざ載せているのでしょう。よく知られているように、後に、ユダ族からダビデ王(第一サムエル記参照)が出ます。その血筋に異邦の女ルツがいること、またルツの夫となったボアズの母は遊女ラハブであること。これは、イエス様の祖先にもそのような異邦人また、卑しい出自の女がいることによって、神の救いがあまねくすべての外国人、またどのようないやしい身分の人・罪びとにも及ぶと説明されています。
 じっさい、第一歴代誌2章の系図では、タマルが生んだ二人の子供ベレツとゼラフは、ユダの子どもとして記され、ベレツの子孫から、ボアズ、オベデ、エッサイ、ダビデと出てきます。
 



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posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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